100のお題・千と千尋の神隠し・・・なんです、一応。

 

 001. 闇を切って飛ぶ鳥 

 

森林限界を超えたはるか雲海の上、

厳しい岩肌が露出した懸崖(けんがい)の上に

そのものたちの宮はあった。

無辺の天空をその支配下に、

地上を睥睨しつつ周囲と隔絶した

世界に身をおきつづけた結果、

その一族の力は衰微し、今現在

となっては、かつての勢力など

夢のまた夢というところであった。

もっとも、それはこの一族に限らず古よりの流れを汲む

古い種族すべてにいえることなのではあるが。

それゆえ、よりいっそう外界と隔たった場所に

その住いを移しつづけてきた結果

その話が耳に入るまで長い年月を要したのも

無理はないことであったかもしれない。

しかし、今。

一族の最後の希望を伴って、

その終の棲家と定めた場所から

すべてのものたちが飛び立つ。

一族が飛び立った断崖の下は

いまだ闇に覆われていて、

はるか彼方、東の空には曙の

光の気配もない。

いまはまだ闇の支配にある

秋津島のとある森。

一族が希望を託したその場所に向って

すべてのものが

闇を切って飛んでいく。

 

その噂は、風が運んできたのだ。

秋津島に昔日の栄光を纏う神が降臨された。

男神と女神。

仲の良いその夫婦神は

周囲に遍くその恵みをもたらしたもうという。

ことに慈愛に満ちた女神さまは

優れた癒し手でもあらせられ、

傷つき苦しんでいるものたちは

その地で平穏をとりもどすことができるのだとか。

力ある、しかし厳しい男神は

あまりよそ者を受け入れたがらないが

女神様のお取り成しでその力を与えられ

助けられたものも数多くいるらしい。

『あなたたちも、そのような所に隠れていないで

そのお恵みに与(あずか)りに出かけていったら?

運よく女神様にお会いできればその子も

助けられるかもしれないよ。もっとも、

地上に降りる勇気があればだけどね。』

意地悪半分からかい半分、しかし

どこか真摯な思いのこもった若い風の精の

忠告は一族の長老の心に届いた。

一族に最後に生まれた子。

長老の血筋、古(いにしえ)より伝わる

その貴重な血を受け継ぐべき若子が

病に冒されその光を奪われた。

一族中に満ちる絶望と諦観をどうしてやることも

できずにいた長にとってやっと現れた

ほんの一筋の光明。

長の一言により、残されたものたちの心にも

差し込み始めたその光は

突き詰めて考えれば頼りない噂によるもので。

しかし、縋ってみるのも一興かと。

どうせ、滅び行くものならば、どう足掻いたとて無駄なこと。

誇りと共に滅んでいく、その選択もできたのだが。

しかし、長は別の選択をする。

どんなに情けなくみえるとも

その噂話にかけてみようかと。

そうして、今、一族ことごとくを引き連れて

闇の中を飛んでいるのだ。

中心に病に犯され光を失った若子を置いて

かわるがわるその翼となりながら。

『南に南に飛んでいって、大きな山脈を越えた先

今度は東に向かって飛んでごらん。

蒼い光を放つ小さな森があるから。

噂では龍穴の泉がその中心にあるらしいけれど

空からは見つからないよ。強い結界で守られて、

我ら風の精の中にも見たものはいないのだから。

けれど、森そのものは行ってみれば、すぐにわかる。

たとえ、蒼い光が見えなくてもね。

我らの風の長様も力ある男神様に遠慮して 

その上空には決して立ち入ることがない。

ゆえに、そこだけ気流が変わっている。

でも、結界に入れるかはわからないよ。

なにしろその森の主は気難しいという噂。

心を開くその相手は妻たる女神様ただ一人。

めったにその腕の中から離さないという女神様、

運良くその女神様の目に留まることができれば

きっと、助けてくれるだろうけれど。』

『それに、』

心配げだった瞳の光を意地悪そうなものに

変えた風の精は、最後に一言付け加える。

『それに、飛んでいくのならば闇にまぎれなくっちゃ。

だって、その森は人間達の大きな町にその境を接している。

あんたたちが人間達の目にふれたらどうなることか。』

希望と絶望を等しく与えたその若い風の精は、そういうと、

さっさと南へ飛んでいってしまった。

来られるものなら来てごらん。

そう挑発しながら。

そうして噂を聞いて一昼夜。

風の精に遅れること一日にして、

その一族は飛び立ったのだ。

南へ、南へ、はるばる行って、

そこからさらに東の彼方、

人間界に接するという

蒼い森を目指して。

 

 

このお話の続きはこちらです。

 

100のお題目次へ

お題そのまんま。