100のお題・002. パンプキンパイより(別設定の千と千尋の神隠しです)

別設定お遊び部屋・第2部恋人編

 

ご注意1・先にテキスト1「別設定のお遊び部屋」第1部出会い編を読んでくださったほうがわかりやすいです。

ご注意2・・・最初は、ほのぼののつもりだったんです。(←嘘じゃないよ!!)

なのに、いつの間にか、はくが、超ブラックになってしまいました。

それでもよろしければ、どうぞ

1・パンプキンパイ

 

「千尋、お招きありがとう。」

ピンポーンとならされたチャイムに、千尋は一瞬目をつぶると

覚悟を決めたように一つ深呼吸をした。そうして、ゆっくりと

ドアを開けると、予想通りそこには嬉しそうに顔を

綻ばせた青年がたっていた。

「はく、いらっしゃい。呼び出したりしてごめんなさい。」

そうして、寒かったでしょう、早く入って、と気遣う千尋に

青年は後ろ手に隠していた鮮やかな色彩の束を差し出す。

「そなたに。」

「え、あ、ありがとう。すごく、綺麗ね。」

驚きのあまり目を見開き、ついで頬を赤く染めた千尋は、

花束を受け取ると、香りを楽しむかのように顔を埋めた。そうして、

今の季節にこんな豪華な花束を用意するの大変だったのじゃない?

無理をさせてしまったのでは、と首をかしげる千尋に、

龍の魔法使いはにこっと微笑む。

「たいしたことではないよ。それに、あちらにも

温室というものがあるからね。」

「そっか。」

千尋に案内され、夏以来2回目になる居間のドアを開くと

そこは、白い光に満ちていて琥珀主は目を細めた。

薄曇の隙間から、寒々しい、しかし、明るさは充分含んでいる冬の

日差しが差し込み、千尋の家のリビングの窓を輝かせている。

テーブルにはすでに2人分のお茶が用意されていて、

千尋ははくからもらった花束を家にある一番大きな花瓶に

さすと、壁に沿っておいてある飾りだなの上においた。

「よいにおいだね。」

千尋がダイニングから菓子の並んだ皿を持ってくるのを

見つめながら、琥珀主は微笑む。

「ん、今日は冬至だから、かぼちゃのパイを焼いたの。

ほんとなら、10月のハロウィーンのほうがふさわしいお菓子なのだけど

でも、日本でかぼちゃといえば、冬至でしょう?」

だから・・・

そういうと、千尋はさくっとナイフを入れてパイを切り分ける。

琥珀主は、そのしぐさを愛しげに見つめながら

楽しそうに皿を指差した。

「こっちは?この色だとこれもかぼちゃがはいっているの?」

「そう、かぼちゃのスコーン。りんごジャムをつけるとおいしいの。」

同じ皿に盛られたクッキーはどうやらかぼちゃの種を

干したものが入れられているらしい。

四角いケーキ(パウンドケーキというらしい)に

混ぜられているのはかぼちゃのペーストだとか。

「はい、どうぞ。召し上がれ。」

紅茶とともに差し出されたかぼちゃ尽くしの菓子たちには、

冬至だから、かぼちゃをどうぞ。

この冬、風邪をひかないように・・・

そんな千尋の気持ちがこめられていて、

それだけで、琥珀主の体と心を温めてくれるようだ。

向かい合わせに腰を下ろし、一瞬、琥珀主の翠の瞳と目が

あった千尋はさり気に視線をずらすと、カップを持ち上げる。

そんな千尋に、内心首をかしげながら、それでもそれを

表に出すことなく、琥珀主もいただきます、とカップを傾けた。

お茶とお菓子を楽しみながら、他愛無い話をしている千尋の

緊張を感じながらも、琥珀主は今この瞬間をいとおしむ。

夏以来、こうして二人でゆっくりと時を過ごすことなど

無かったことで。一人暮らしをしながら、高校生をしている

千尋には、いつも何かしらの用事がありアメリカに行っている母親は

ほったらかしているようでも連絡だけはまめにとってくるのだ。

実は、千尋が言うハロウィーンにも、こうしてお茶に

招かれることになっていたのだが、急に母親が一時帰国して

おじゃんになった経過があったりする。

もちろん、そんな日々を手をこまねいて傍観していたわけでは

ないのだが、いかんせん千尋の高校生としての生活を

優先させるということは、『あの時』千尋と交わした約束の

一番重い内容で、しかも、千尋の意思を尊重するというのは

取り返しのつかないことをしてしまった琥珀主の誓約だったりする。

そうして、心地よい小鳥の囀りのような、小川のせせらぎのような

そんな会話が途切れたとき、ふと舞い降りた沈黙に

琥珀主は、ふっとため息を吐いて千尋を見つめた。

「・・・千尋?」

「あ、そ、それでね、はく。たくさん作ったから銭婆おばあちゃんのとこと

リンさんたちにもおすそ分けしたいの。お使いを頼んでもいい?」

「・・・いいよ。私が届けてあげる。」

「ありがとう。もう箱につめて用意してあるの。」

パイとクッキーとスコーンとパウンドケーキと、きちんと詰めた

つもりだけど、ひっくり返さないように気をつけてね。

崩れちゃったら悲しいかも。

「千尋?」

あわてたように、言い募る千尋に琥珀主はもう一度声をかける。

そんな琥珀主に、千尋もやっと覚悟を決めたのか

息を呑むと、ゆっくりと瞳を合わせてきた。

「そなたが本当に私に話したいことは、何?用があるのだろう?」

「・・・はく・・・」

「なに?」

「・・・3日前にお母さんからメールが届いたの。

お父さんね、アメリカの支社で今いる部の部長さんに

なったの。・・・それで、やっぱりもう4,5年は

向こうにいることになりそうなの。」

「・・・それで?」

強い視線を向けてくる琥珀主に耐えられなくなったかのように

千尋は膝に視線を落とす。固く握られている拳は

小刻みに震えていて、千尋はその震えをとめようと

手を握りなおした。そうして、もう一度顔をあげると

揺らいだ黒々とした瞳で、どこか表情を無くした琥珀主を見つめる。

「それで、それで、ね。私にアメリカに来なさいって。」

このお正月にお母さん帰ってくるから、手続きをしようって。

「・・・・・」

「・・・はく?」

「・・・そなたは、苦労して入った高校を卒業したいのだろう?」

「・・・・」

「千尋?」

俯いている千尋に静かな、静か過ぎる声が返答を促す。

「そなたは、どうしたいの?」

「・・・あなたがいなければ、たぶんわたし喜んだと思う。」

 

向こうの夜明けを待って慌てて電話を入れると

母の冷静な声が返ってきて。

『これからの時代、日本に囚われるなんてばかげているわ。

今から、こっちにくれば言葉も早く覚えられるでしょう。

大学だってこっちのを受ければいいのよ。そんなに特別な

ことじゃないわ。千尋と同じくらいの日本人の子、

けっこう大勢いるし、国際色豊かな友達もできるわよ。』

 

「・・・そなたは、行きたいの?」

「・・・もう、決まったこと、みたいなの。向こうの学校へは

年明けから行けることになっているって。退学届けとかは

お母さんがこっちに戻ってきてから、だけど。」

あの人たちは、娘の言うことなんて耳に入らないし・・・

「・・・・」

「えっ、なんて言ったの?」

「いや。そなたの意思のとおりに。

行きたくないのならご両親を説得しなければ。

そなたが行きたいというのならば、仕方がないけれど。」

「え?はく、わたし行ってもいいの?」

「・・・本当に行きたいのならば、ね。」

「・・・・・」

「千尋?」

「・・・はくは、行ってはいけないと言うと思っていた。」

「行ってほしくはないよ。でも、約束しただろう。

そなたの望みを優先させるって。」

「だから、行きたくないのなら、ご両親の説得に力を貸すよ。」

「千尋は、どうしたいの?」

畳み掛けるように言葉をつなげる琥珀主に千尋は目を見開くと

自身の気持ちを覗き込むように首を傾ける。

私の、気持ちは・・・・

・・・千尋、あなたは、どうしたいの?

「行ってみたい。」

瞬間、窓から入る光が翳った。強い北風が家の窓をがたがた揺らす。

そんな表の騒がしさも、気づかないかのように

室内の空気は固く張り詰めていて。

千尋は自分をじっと見つめている琥珀主を感じながら息を吐く。

「・・・でも、ここから離れたくない。」

しかし、光を遮っていた雲は風に流されたらしく、

一瞬で冬の日差しが部屋に満ちてくる。

「はくから、離れてアメリカになんて行けない。」

「・・・千尋。」

琥珀主の顔に穏やかな笑みが浮かぶ。

「ならば、このままここにいなさい。」

大丈夫、そなたがそなたの気持ちをきちんと伝えれば

ご両親も許してくれるよ。

そんな琥珀主に心を決めた千尋は、コクンと一つ頷いたのだった。

 

「はく、ありがとう。お菓子ちゃんと届けてね。」

「ああ、もちろん。今日はご馳走様。また近々あえる?」

「うん。もう冬休みに入っているし、お母さんが来るの30日だし。

ああ、でも大掃除もしなければいけないから、

クリスマスの次の日くらいまでなら時間がとれるかな。」

「ならば、明日迎えにくるよ。遊びに行こう。」

嬉しげにせっかちな約束を取り付ける琥珀主に千尋も素直に頷く。

「・・・ん。・・・はく。」

「何?」

そっと手を伸ばし、琥珀主の袖をつかみながら、見上げる瞳は潤んでいて。

「ありがとう。本当いうと迷っていたの。あなたが

わたしの気持ちを聞いてくれたから、決められたの。」

「・・・そなたが、残ることを決めてくれて嬉しいよ。」

静かに微笑んで身を屈めた琥珀主はそっと千尋の耳に囁いて。

そうして、明日の約束を交わしながら

二人は、しばしの時間別れたのだった。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

「よくまあ、我慢したもんだ。」

千尋の使いで菓子を届けた先の魔女は、

どうやら事情を察知したらしい。

「なんだい、あんな負の魔力を放っておいて

隠しておけるとでも思っていたのかい。」

フン、と鼻をならす魔女に龍は冷たく感じるほど秀麗な顔を

わずかにゆがめ、笑みを浮かべてみせる。

「逃がすつもりは、ありませんから。」

誰を、とは聞かずとも承知の上で。

「千尋が行くといったら、あんたどうするつもりだったのさ。」

背筋に冷たいものを感じながら、それでも聞かずには

いられないのが魔女の魔女たるゆえんで。

「ふふ、そうですね。母親が乗る飛行機を落としてやろうか

とも思ったのですが、千尋が悲しみますし。ならば

次元の扉を開いて、異国(とつくに)の理を曲げ

この世界とリンクさせて、千尋についていこうか、とも。」

「・・・あんたね。あっちとこっちの世界を歪めるつもりかい。」

そんなことをしたら、そこら中に次元の穴が開くよ。

現世と天国と地獄が入り乱れる世界など、いくら

魔女でもごめんこうむる。

顔をしかめる魔女にお構いなく、龍は

否定された未来の予想図を描き続ける。

「もっとも、退学届けを出した時点で千尋の言霊は満願

となったでしょうから、そのまま式を挙げて娶ってしまう

という手もありましたねえ。あの両親の記憶など

奪ってしまえば、それですみますし。」

ごく楽しそうに言い続ける龍の魔法使いの瞳は

すでに赤く光っていて、銭婆は大きくため息をつくと

千尋の選択に心底安堵したのであった。

 

 

おしまい

 

  100のお題目次へ  別設定目次へ

 

 

 

一瞬、続き物になってしまうかも、と焦りました。

はく、あんたコワレテイル?

千尋、頼むから世界の理のために明日のデートは円満に、ね。