別設定のお遊び話・第2部恋人編

7・ブルーストローハット おまけ話

 

夏の黄昏

(拍手小話23として公開済み)

 

 

茜色に反射している雲が水平線近くに

たなびいている夕暮れ近い海岸。

シーズン真っ盛りのはずの海岸に、しかし

他の人影はなく、恋人と寄り添いながら

この雄大な景色を独り占めしていると

まるで世界中にただお互いの存在だけがあるようで、

シチュエーションとしてはロマンティック

この上ないものであろう。

ここで指輪を出してプロポーズなんてことにでもなれば

(当然、最低でも1キャラット以上ある

ダイヤか誕生石が望ましい)

まるでロマンス映画のようで、

どんなに臆病で頑なな乙女の心も

一発で落ちるであろう。

と、ちらと浮かんだ不埒な考えは

しかし、大切な恋人の半泣きの声に

うろたえているうちに霧散していってしまい、

もはや心の中には愛おしい少女の苦痛を

いかにして和らげてあげればよいかと

様々な呪文が目まぐるしく駆け抜けていっている。

「だ、だから言ったのに。ああ、千尋大丈夫?」

「大丈夫、じゃないかも〜。」

へニャッと顔を歪ませて答えた千尋は、

もぞっと身体を動かすたびに

ビクンと背中を硬直させている。

「うう、痛いよ〜。」

背中がほんの少しワンピースの布地に擦れるだけで

ひりつく痛みに涙目になっている千尋は

すでに動く気力もないという感じに

砂浜の外れに敷いたシートに倒れ伏しているのだ。

「だから大人しく日焼け止めを塗ればよかったのに。」

「キャア、触らないで。」

せめて痛みを止める呪文をかけようと伸ばした手から

千尋は体をひねって逃げ出す。

「だって・・・」

千尋は恨めしげに竜の恋人を見上げる。

無論、海に入る前にはしっかりと日焼け止めは塗ったのだ。

どうしても手の届かない背中だって、

ためらいつつもこんな事態を恐れて

目の前の男性に頼んで塗ってもらった。

もらったのだが・・・

千尋はほんのり頬を赤らめるとぷいっと顔を背けた。

恋人の思ったよりもずっと大きな手のひらが

背中をすべる感触に、明るい日差しの下にも関わらず

今までで一番親密な状況に陥らされたような気がして、

心臓に悪いことこの上なく、

そうして、その1回で懲りてしまった千尋は

海水に剥がれた日焼け止めを塗りなおしてあげるという

恋人の手からカンカン照りの日差しの中、

午後中逃げ回っていたのだ。

言われたとおり自業自得ではあるのだけれど・・・

「はくのせいだもん。」

「逃げていたのはそなただろう?」

眉を上げて抗議の表情を作っている魔法使いは

しかし、あの最初のときは

異性との触れあいに慣れない千尋が

どぎまぎしている様子を楽しんでいた

確信犯に違いないのだ。

「だって・・・」

背中の痛みと情けなさにぽろりと零れた涙を拭うと

千尋は顔を背けて身体を丸める。

「もう、はくなんて嫌い。」

そんな幼い恋人に、魔法使いはほんの少し顔を

顰めてため息を飲み込んだ。

確信犯的な求愛も、

まだその恋心を告白してくれたばかりの

少女には、荷が重過ぎたのだろう。

にもかかわらず、初々しい反応が可愛らしくて、

ついやりすぎてしまったのだ。

苦しめることなど本意ではないのに・・・

「すまない。」

「はくのばか。」

「そうだね、ほんとにバカだ。」

ずんと落ち込んだかのように先程までとは

打って変わって低い声に、千尋ははっと振り向く。

「こんなに赤く腫らしてしまって。」

「・・・痛いだろう。」

痛ましげに落とす瞳には涙は浮かんでいなかったけれど

しかし、その声音はまるで泣いているかのようで

千尋は背中の日焼けを忘れ、思わず手を伸ばして

恋人の日焼け知らずの白い頬に触れようとした。

「いっっ。」

「ああ、千尋じっとして。私に触れられるのは

いやだろうけど、魔法で熱を冷ますから。」

「・・・・」

痛みに顔を顰め反射的に手を引っ込めた千尋を

もう一度うつぶせになるように促すと

竜の魔法使いは、その指をそっと伸ばす。

びくっとした背中は、しかし今度は逃げを打たず

ほっと息をついた魔法使いは先程から検討し続けた

呪文の中から、最も効果的で最も早く効き目が出る

ものを選んで、耳に心地よいリズムを唱えたのだ。

 

 

そうして、完全に日が没する頃、

ようやく家路についた恋人たちは、

星が瞬き始める空の中、風の音に身を浸す。

どれほどの沈黙が続いたのだろうか。

少女はすっかり痛みの引いた背中の感覚に

その上を滑っていった力強くて優しい指の感触を

思い出して目をつぶる。

そうして、手にしっかりと持っている角を

手繰り寄せるようにしてほんの少しずり上がると

「はく、いやじゃないよ。」

ずっと黙ったまま魔法使いのすることを受け入れていた

少女は、若緑色の鬣に頬を摺り寄せる。

「はくに触られるのいやじゃない。」

そうして、そのまま鬣に顔を埋めると

唇だけで囁いたのだ。

「はく、大好きよ。」

 

その瞬間、胸に走った痛みに

白い竜は、瞳を閉じる。

愛おしさと喜びと、

そうして痛いほどの喪失への恐怖に

その身を浸し、溺れていって。

そうして、竜は祈ったのだ。

己の思いが先走り、

再び傷つけてしまった少女への

真摯な懺悔と許しを請うて。

『そなたに相応しい我でありたい』と。

『そなたの想いに恥じない我でありたい』と。

そうして、竜は

もう一つの誓いを新たにする。

 

そなたが、望むのならばもう一度・・・

もう一度こちらに甦りを・・・

 

 

おしまい

 

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新しい展開への序曲だったり。

この魔法使いさんってば

思い込みで

暴走するの得意だから。

そんでもってドツボにはまって

トッピンシャン、なのさ。