100のお題・015、ブルーストローハット(別設定の千と千尋の神隠しより)

別設定のお遊び話・第2部恋人編

 

7・ブルーストローハット

 

その2

 

千尋は手に持った帽子を所在無げに

いじりながら、視線を彷徨わせる。

目の前には入り江になっている美しい海と

小さな砂浜があり、穏やかな波が

眠りを誘うようなリズムを奏でていて、

しかしなぜか今の季節見られるはずの

海水浴客は一人も見えず、千尋は

小さくため息を吐くと、今日の青空にも

負けていない鮮やかな帽子を

ポスンとかぶりなおし、

ちらっと視線を左前方に向けた。

夏の日差しに眩しいほど白い砂浜に

唯一ある岩場の上。

その大岩に腰をかけて

なにやら話し込んでいる2人の

男性のうちの一人は

千尋をここまで連れてきた張本人で

もう一人はたくましい体躯に褐色の肌を

した、まるで地元の漁師といった風情の

短髪の男性。まるで対照的な男たちは

千尋の存在など忘れたかのように

すでにこ一時間は話をしている。

『好きにしていていいって言われても、ねえ。』

どうやら千尋を紹介する気がないらしい

恋人は、上空から見えていた件の男性から

少し離れたところに千尋を下ろすと

竜から人型に転変したと同時に

仕事を済ませてくるといって、

まっすぐ岩場に向かったのだ。

・・・遊びに来たんじゃなかったわけね。

千尋はせっかくキャミソールワンピの

下に着てきた水着を思い浮かべて

顔を顰める。

『泳ぎたいなあ。』

千尋は視線をもう一度海に向けると

足元の砂を蹴る。しかし、海水浴を

している者など一人も見かけない浜で

遠目とはいえ見知らぬ男性の前で

水着になる気にもなれず、千尋は

くるりと向きを変えると浜を囲むようにして

まばらに生えている林のほうに歩き出した。

 

・・・・・・・・・・

 

「千尋お待たせ。」

「はく、もうお仕事はいいの?」

「なんとかね。そんなことより暑かっただろう。

海に入っていればよかったのに。」

竜の魔法使いは、大人しく木陰に座って

海を眺めていた千尋に微笑みながら手を差し出す。

その手に素直につかまりながら立ち上がると

千尋はずっと気になっていたことを尋ねた。

「はく。」

「なに?」

「あの男の方はどなた?」

「ああ、この浦の主神だよ。

今日一日、そなたのためにこの浜を

空けてくださったんだ。」

「え、だって。」

さり気ない言葉に一瞬固まった千尋は

思わず周囲を見回した。

「はく、あのここってどこ?」

竜の魔法使いは、喉の奥で笑うと

「心配しないで。ここは向こうじゃないよ。

なんだったら帰りはJRを乗り継いで帰ろうか?」

「それより、ほら。せっかくの主神様のお心づくしだ。

他の人間が近寄れないうちに一泳ぎしようよ。」

まるで浮かれているかのように笑いを含んでいる恋人を

ぽかんと眺めると、千尋はふうっと深くため息をついた。

どうやら地元の人間だと思っていた男性は

只人ではなく本当に神様だったらしい。

はくが自分以外の人間とも

親交があるのかと、驚いて損をしたような

そんな気分で脱力すると、千尋は

ちょっとばかり拗ねて見せた。

「あのね、こっちの世界では神様が

あんな風にお姿を現すことって

無いはずなんだけど。」

「んんん?そんなこと無いよ。

人間が気がつかないだけでね。」

話は終わりというかのように

手を差し伸べてくる恋人に千尋は首を傾げる。

「どんなお仕事だったのって聞いてもいい?」

もしかしてまた何か無茶をしているの?

胡乱げに目を細めている千尋に

竜の魔法使いはにっこりと微笑む。

「そなたが心配しているようなことは

なにもないよ。実はね、ここの神様が今度

油屋に眷属のみなを連れて遊山にこられる

ことになってね。その予約を頼まれたのだ。」

「え?だってはくはもう油屋はやめたんじゃ。」

「まあね。でもフリーランスな形で油屋の営業

のようなこともすることがあるんだよ。」

「え、営業?」

「そう。」

「30人ほどの団体様ご一行、松コースでってね。

かなりの上客だから湯婆婆も喜ぶよ。マージンも入るしね。」

「マ、マージン?」

呆然としている千尋に竜の魔法使いはにっと笑う。

「ほんというとね、魔法使いなんて聞こえは良いけど、

その実、神々の便利屋というか使いっぱしり

みたいなものなのだ。そなたが心配しているほど

危険なことはめったに無いんだよ。」

どちらかというと、俗っぽい仕事ばかりだな。

がっかりした?

顔を覗き込むようにして聞いてくる

はくはどこか茶目っ気たっぷりで千尋は

思わず笑い出す。

「もう、そんなはずないじゃない。

でも、ちょっと嬉しい。はくがお仕事のこと

話してくれたのって初めてでしょう?」

・・・ついこの前、あの古神の息づく北の村で

千尋が吐露した心配を取り除こうと、

だからわざわざ仕事をしているところを

見せてくれたのか、と。

はくのさりげない気遣いに千尋は

また一つ心の楔を解く。

そんな恋人の様子に、密かにほっとした竜の魔法使いは

気づかれないくらい僅かに視線を海に流した。

 

 

・・・そう、神々の便利屋のようなもの・・・

 

千尋が大儀そうに林のほうへ向かった様子を

横目で見ていたこの浦の主は

「よいのか、姫が退屈しているぞ。」

揶揄するかのようににやにやしながら

狭間の向こうの魔法使いを見やる。

以前一度顔を合わせたときは古色蒼然とした

狩衣姿だったはずが、どうやら恋人である人間の娘に

合わせてでもいるのであろうか、今回は

黒っぽい半そでのカットソーシャツに

スラックスといった姿で現われていて

ちょっとばかり驚かされたのだ。

その意趣返しというわけでもないが

生真面目な表情を変えようとしないこの若者を

からかってやるのも面白かろうと。

しかし、木陰に入り、木を背もたれに

すとんと腰を下ろし海を眺めはじめた

娘を同じように目で追いかけていた若者は

顔を戻すとほんの少し目を細め

冷気が漂うつららのごとき視線を向けてきて。

・・・

新米ながらも、その仕事ぶりは八百万の神々の間でも

評判となりつつある竜の魔法使い。

守護するべき川を失って神としての地位を

追われたはずのこの白竜は、今ではいっぱしの

魔法使いとなって、狭間と現し世を行き来しては

種々様々な神々の難しい依頼を請け負っている。

もっとも、以前はかの有名な油屋の魔女の元で、

帳簿係をしていたせいか、値もかなり張っていて、

おまけに一度転落しているためか、根本無情で

若いとはいえ侮るとえらい目にあうらしい。

・・・

との噂を思い出し、浦の主は首を竦める。

今回はとある事情から己とトラブルを起こしている

風神との仲立ちを頼んでいるのだが

なかなかに条件が折り合わず

また初めての依頼ゆえにその手腕を試して

やろうとごねてやっている最中でもあって。

「お構いなく。」

無表情に氷を上乗せしたような冷酷さが

漂い始めた竜に、どうやら逆鱗に触れたらしいと

浦の主は密かに冷や汗をかく。

「分かった分かった。そう怖い顔で睨むな。」

「話を逸らされても条件は変わりません。」

「計算高いやつだな。」

ちっと舌打ちながら、この浦の主は諦めたかのように

手をあげると、しぶしぶといった風情で

魔法使いの条件を呑み、契約を交わしたのだった。

浦の主が魔法で出した契約書にサインを済ませると

魔法使いは慇懃に礼をする。

「では、長月に7日ほどこの浦を留守にされますように。

その間、南風の御方がここで贄を召されます。

それで、双方痛みわけということで

水に流すということでよろしいですね。」

ふん、とそっぽを向きながらしぶしぶ頷いた

男臭い神に、魔法使いは付け加える。

「余計なことではありますが、その期間

ぜひ眷属のご一同を連れて

油屋に御逗留されることをお勧めいたします。」

「あ〜、分かった好きにしろ。」

「では、油屋に予約を入れておきましょう。」

「分かった分かった。」

とやけになったかのように顔を顰めた浦の主は

腰をかけていた大岩からのっしと立ち上がる。

「どこに行かれるのです?」

「いや、悪名高い竜の魔法使いの

想い人に挨拶の一つもしようとな。」

筋骨隆々とした褐色の腕を、一見すると

たおやかに見える白い手がつかむ。

と、瞬間まるで海月に刺されたかのような

痺れが腕を走り、この海の主は

降参というように手を振り払うと両手を挙げた。

「分かった分かった。手は出さぬ。

ったく冗談が通じないやつだな。」

「南風の御方との揉め事も、もとは

あなたの好色が原因だったはずでは?

少しは身を慎まれますように。」

浦の主はばつ悪げに首を竦めると

「分かった分かった。約束どおり我は宮に

戻るゆえ、しばし我が海で戯れてゆけ。」

そういうと、竜の視線から逃れるように

すっとその姿を消したのだった。

 

・・・・・・・・・・

 

そう、来月始めの大嵐の日、南風の神の

怒りを静めるためにこの浦に人間が

沈むことになったのは、元を質せば

この浦の神の自業自得。

神の留守中に、嵐の只中サーフィンとやらを

やるために、知らず守護なき海に入ろうとする

運の悪い人間はその愚かさの報いを受けることになる。

そうして、南風の神は贄の力を得、不浄の霊となる

人間を浦の主に押し付けることで溜飲を下げるのだ。

神々同士の揉め事は、人の命を媒介に、こうして

帳尻を合わせることで、収まっていく。

 

・・・かの村の荒神が特別なのではないよ、千尋。

人の力に流されるのも神ならば

人の命を利用するのも神なのだ。

もっとも、そなたがそれを知る必要などないけれど・・・

というより、そなたには知って欲しくなどない、な。

 

・・・・・・・・・

 

竜の魔法使いは首を軽く振ると

目の前の光に手を伸ばす。

「千尋、泳ごう。」

「うん、ってはくっ!!」

徐に肩に手を伸ばし、キャミソールの肩紐を

下ろそうとする魔法使いに、

千尋は顔を真っ赤にして飛び退る。

「・・・そんなに恥ずかしがらなくても。」

下に水着を着ているのだろう?

クスリと笑った魔法使いは

「そ、そういう問題じゃないでしょう!!

もう、後ろ向いていてよ!!」

真っ赤になった愛しい娘に、

青い麦藁帽子を顔にばしっと押し付けられ、

降参というように片手をあげて帽子をつかむと

差し込む青い光の中でくすくすと笑い続けたのだ。

 

 

おしまい

 

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もう一ひねり入れようとしたネタが

どうしてもうまく収まってくれなくて。

遅くなりましたが、なんとかこんなもんで許してやってください。

うう、胸キュン少女マンガ風味

(↑その1でいただいたコメントでっす。ありがと〜!!)

から、離れていってしまった。ごめんなさい、コメントくださった方。

これ続きは、めちゃくちゃバカップル風味に

なっちゃいそうで、さすがにうざくってお腹いっぱい。

なので、ブルーストローハットはここまででおしまいです。

 

んなわけで、今回ははく様から

千尋さんへ、さりげに?アプローチ編。

おいらは、しがない魔法使いで

しょせんは下っ端さ。

危ないことなんてなんにもしないから、

安心して嫁に来なさいってか。

この性悪魔法使いめ!!(By浦の主)

まあ、はく様もそれなりにご苦労なさっているってことで。

うそもつかないけれど、本当のことも言わない

魔法使いは、さすがに女子高生の上手をいっているようです。

(ふっ、いつまで千尋さんを誤魔化せるかな?かな?)