100のお題・015、ブルーストローハット(別設定の千と千尋の神隠しより)

別設定のお遊び話・第2部恋人編

 

7・ブルーストローハット

 

その1

 

長いホースの先に付けたシャワーノズルから

冷たい水が勢いよく流れ出す。

夏の日差しにしおれかかっていた

庭の草花がみるみる息を吹き返し

葉の上に小さな玉となって煌いている水玉は

暑さを忘れてしまうくらい涼しげで。

水の勢いで冷やされた空気も心地よく、

外に出たついでにほんのちょっとのつもりだった

水遣りは、もう15分は続いているだろうか。

ゴミだしだけのつもりだったので、何の対策もしていない

タンクトップの肩先に容赦の無い日差しが降り注いでいて

さすがに日焼けも気になってはいるのだけれど・・・

・・・でも、水をまくのって大好き。

千尋は楽しそうに微笑みながら目を細める。

早朝とはいえ、すでに真夏の太陽はぎらぎらと照りつけていて、

シャワーから放たれる水に反射して眩いほど輝いている。

「そういえばずっと前、はくに水をかけちゃったことあったっけ。」

千尋は初めてはくをこの家に

招きいれたときのことをぼんやりと思い出す。

・・・あれから1年以上たつなんて早いよねえ。

手を動かしてはいても、気はそぞろな千尋は、

だから、こっそりと背後から

近寄ってくる気配にまったく気づいていないのだ。

そうして、急に日差しがかげったかと思うと、

ポスンと、頭に軽い衝撃があり、

千尋は驚いて反射的に後ろを振り向く。

「うわっ。」

「はく!!」

手に持ったホースから勢いよく流れ出るシャワーは

ものの見事に少女を驚かせた青年の頭に降り注いでいて

千尋は慌ててノズルをシャットダウンした。

「ご、ごめんなさ〜い。またやっちゃった。」

「いいよ、気にしないで。そなたを驚かせた

わたしが悪いのだから。それより千尋、だめだよ。

この日差しの中、帽子もかぶらずに

外にいるなど、日射病になってしまう。」

「うん。ちょっとのつもりだったから。

あ〜あ、かなり濡れちゃったね。

本当にごめんなさい。」

琥珀主の小言を半分に聞きながした千尋は水を滴らせている

恋人を申し訳なさそうに見ながら、

せめて顔に掛かっている滴を拭ってもらおうと

ショートパンツのポケットの中をごそごそ探った。

「ああ、ありがとう。でも、この日差しだから

かえって気持ちが良いくらいだよ。気にしないで。」

「でも・・・」

竜の魔法使いは差し出されたハンカチで顔を拭うと、

困ったような顔で見あげてくる娘に微笑みかけた。

「ああ、よく似合っているね。」

「え?」

「その帽子、気に入ってくれるといいのだけれど。」

そんな言葉にはっとして、慌てて手を頭にやった千尋は

やっとブルーのつば広の麦藁帽子を

かぶせてくれたことに気がついたのだ。

「これ・・・」

「アア、ぬいじゃダメだよ。取るのならば家の中に入ってから。」

帽子に手を添えながらいいかけた言葉を遮られ

千尋はちょっと肩を竦めると、おずおずと微笑んだ。

「ありがとう。綺麗な色の帽子ね。」

「気に入った?」

「うん。」

「よかった。今日は少し遠くの海に行くからね。」

それをかぶってくれると嬉しいな。

ほらこのスカーフで縛れば帽子も飛んでいかないよ。

と、まるで歌でも歌いだしそうなほど上機嫌な竜は、

いつの間に取り出したのか、ふわふわの小花の散った

白いスカーフを帽子の上からかけると、展開の速さに

唖然としている千尋の顎の下でリボンに結んだのだ。

すでに濡れたシャツも乾き始め、爽やか好青年そのものの

涼しげな笑顔とともになされた強引な申し出は

この夏の恒例行事になっていて。

千尋は間近に立っている恋人が結んだリボンに

そっと触れると、圧倒されたかのようにほんの

一歩を下がって顔をあげる。

「い、いいけど・・・。」

「じゃあ行こう。」

さあ!

そう言って手を差し出してくる恋人に瞬きをした千尋は、

ふっと笑うと片手を伸ばしてパチンと手の平を打ち付ける。

「はくったら。せっかちなんだから。」

そうして、くるりと身体を翻すと立水栓まで

歩いていき、くるくるとホースを巻き取り始めたのだ。

「千尋?」

屈みこみ、くるくるとハンドルをまわしてホースを収納ししながら

千尋は頭にかぶせられた帽子の影でほんのりと頬を染めた。

 

いつも千尋に向かってそっと差し出される手。

今にもその手に己の手を添えて、そうしてその胸に

飛び込んでいってしまいたい気もするのだけれど。

思えば再会してすぐのあの頃、千尋に向かって差し出される手は

まるで千尋をこのまま連れ去ってしまいそうな気がして

恐怖に竦みあがっていたものだけれど。

・・・同じことなのに、なんて違うのかしら。

 

千尋ははくがかぶせてくれた帽子にそっと手を添える。

優しくて力強くて、でも千尋が自分から手を伸ばすまで

辛抱強くまっていてくれるはくの手。

先程パチンと合わせた、

そんな僅かな触れ合いにさえ、実はこんなに

心が震えていることを、はくはわかっているのかしら、と。

千尋は煩いほど高鳴っている胸を隠すようにしゃがみこむ。

・・・はくに本当の気持ちを知られたら、

このまま連れて行かれちゃうかもしれないもの。

でも・・・・

千尋はそっと息を吐くと、瞳を閉じる。

でも、もう少し・・・

せめて、己の歩むべき道をしっかりと

見定めることができるまでは・・・

 

千尋はコクンと頷くと勢いよく立ち上がる。そうして

手を所在無げにさすりながら、それでもずうっと

千尋を見つめている恋人を振り返った。

「千尋?」

「はくったら、どうせ朝ごはんもまだなんでしょう?一緒に食べよ?」

お出かけは、それから。

オーシャンブルーの麦わら帽子のつばの下、

そんな誘いとともに与えられた鮮やかな笑みに

竜の魔法使いは日差しのせいでなく、くらりとしたのだった。

 

 

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はくの押しに負けていない千尋が好き好き。