100のお題・026.かいき(好きな漢字で)(別設定の千と千尋の神隠しより)

 

別設定のお遊び話・第2部恋人編

 

9・回帰

その1

 

ニューヨークのアパートメントの一室。

会社が用意してくれたという『社宅』は

ダイニングキッチンと広いリビングのほかに

寝室が3部屋もあり、どの部屋の天井も

間取りもさすがにゆったりと作られている。

このアパートは建物の中にプール付のジムまで

あって、こんな部屋を個人で借りるとなれば

ニューヨークの物価からいっても

予算オーバー必死であろうが

そこはそれ、こういう面ではちゃっかりと

している両親は、ハウスキーピング代以外は

会社に出させているらしい。

用意されていたゲストルームに落ち着き、

こざっぱりと片付けられつつも年頃の娘に相応しい

色がふんだんに使われた部屋を見回しながら

どうやら両親はずっと前からこの部屋を

自分用にキープしていたらしいと思いあたると、

千尋は罪悪感と困惑の混じったため息を吐いた。

未成年のしかも高校生という時期に親と離れて暮らす

不自然さは当然のこと、彼らが自分を手元に置きたい

という気持ちはもっともで、千尋自身にとっても保護者の庇護の元に

あることの絶対の安心感はかけがえの無いものであって。

しかしあの10歳のおりの体験から千尋自身一人の人として

自分自身の足で立つことの意味を悟っていて、

親離れを精神的には早々に果たしているのだ。

そうして、それは両親にとってもそうであって。

父はともかく母は以前からその傾向があったものの

あの出来事以降よりいっそう千尋に対して

子どもというより一人前の人間として

接しようとしているのは、千尋の意思を尊重して

強引に親の権力を振るおうとしないことにも現われているのだ。

もっともそれと子どもに対する愛情は別物のようで

千尋のほうもこのように来るかどうかも分からない

娘の部屋をきちんと確保していてくれている

親の気持ちがわからないような娘ではなくて。

「親不孝しているな。」

千尋はこそりと呟くと、窓辺に行き外の景色を眺めた。

クリスマスシーズン真っ盛りのこの町は

大通りから奥に入ったこの前の道にある街路樹まで

色とりどりのイルミネーションに飾られ

上方にある千尋の部屋にまで

赤や緑の電飾の光が届いてくる。

そうして、その光を顔に映した瞬間に

両親のことなど頭から消えてしまったのも事実なのだ。

緑の光のけばけばしさとは

似ても似つかぬ翡翠色の透明の光と、

安っぽい赤い光とは深みが全く異なる

黒いほどの深紅の光が

胸いっぱいに浮かんできて。

千尋は思わず胸を押さえ、

額をこつんと窓ガラスに当てた。

「はく。」

この町に付いたばかりだというのに

焦がれるほどに恋しがっている胸のうちを

一体どうしたのもなのか。

千尋は固く目を瞑って恋人の面影を

振り切ろうとするかのように首を振る。

この夏からの数ヶ月。

まるで普通の恋人同士のように過ごした日々に

言葉にしないながらもはくからの求愛は

日に日に熱くなり千尋自身を焦がし続けたのだ。

今にもその胸に飛び込みたい気持ちを

普通の高校生としての生活に紛らわせ、

そうして、もう一つの楔が千尋を引き止めていた。

「千尋。」

「はあい。」

夕食よと呼ばれた声に応えると、

千尋は瞼を上げて、もう一度窓からの光を眺める。

そうして、久しぶりの母の手料理を堪能すべく

部屋を出て行ったのだった。

 

 

 

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両親の元についたばかりの千尋さんはこんな感じでした。

魔法使いのはくがいない場所で17歳の千尋さんは

何を考え何を決断するのでしょうか。