別設定お遊び話第2部恋人編4

 

029.恋心(100のお題より)

 

「1年C組、出席番号37番荻野千尋さん。」

「は、はい。」

「たしか、文芸部と家政料理同好会に所属している、んだよね。」

「はい。」

千尋は、目の前の見目麗しい顔に緊張しまくって返事をする。

「ああ、そんなに緊張しないで。」

困ったように眉をよせているのは、すでに受験のため休みに

入ったはずの3年A組(だったっけ?)の前生徒会長様。

「・・・あの、同好会のことですか?」

生徒会室ってこんなに暖房が効いていて、ずるいよね。

でも、なんで前の生徒会長の沢木先輩がここにいるわけ?

などと思いながら、呼び出しをくらった理由はあれだろうな、

と見当をつけて先走ると、かなりの数の女生徒の

胸を焦がしている(らしい)前生徒会長様は

かすかに苦笑した。

「まあ、関係なくもないんだけど。」

 

やっぱりかあ。

 

「いろいろ」と吹っ切った去年の夏以来、

学校での千尋の行動はかなりはじけていた。

はじけるといっても、妙なふうにではなく

今をめいっぱい楽しんでいるというか。

1学期にはどちらかというと目立たない生徒だったのが

最初に入っていた文芸部のほかに

趣味と実益を兼ねた同好会を立ち上げたりして。

もちろん、学生の本分も忘れることなく

授業はいつも本気の真剣勝負で受けていて、

そうして、残りの時間は部活と同好会に勤しんでいる。

授業中、うざいぐらいに納得いくまで教師に質問を繰り返したり、

家政料理研究会なんぞという同好会を立ち上げてみたり、

文化祭実行委員に自ら手を上げちゃったりする千尋を、

最初は、どうしちゃったの、あんた、と奇異の目で

見ていた友人たちも、いつの間にかそんな千尋に慣らされて、

むしろ便乗して一緒にお祭り騒ぎを楽しんでいたりする。

そう、千尋はあの時はくの前で拘ってみせた

高校生活という貴重な時間のすべてを

悔いのないように満喫することにしたのだ。

そんなわけで、2学期からの千尋はクラスは言うも及ばず

学校の中でも、かな〜り目立った存在となっている。

なので、こうして生徒会室にお呼び出しをくらうことに

心当たりがないわけでもなくて。

 

千尋の提案で同好会のメンバー手作りのチョコレートを

バレンタイン向けに密かに販売していることが、ばれたらしい。

・・・だって正規の手続きって保健所の許可証がいるし、

検便ってめんどーだったし、

それに、いい小遣い稼ぎの機会を見逃したくなかったし、

同好会メンバーもノリノリだったし、

事前注文でもかなりの人気だったし・・・・

あう、やっぱまずかった、かな。

愛があれば何でもOKってな勢いで日本特有の

お祭り騒ぎに便乗して突っ走ってみました。

 

「うう、見逃してもらうというわけにはいきません・・・よね?」

上目使いで言ってみると、なぜかちょっと怯まれてしまって。

しかし、そこは生徒会長まで務めたお方。

すぐに体勢を立て直して、にこっと爽やかな笑顔を振りまかれてしまう。

(美形慣れしている千尋にはあまり効かなかったけれど。)

「交換条件次第だね。」

「はい?」

なにを言い出されるかと、固唾を呑んで次の言葉を待ち受けて

いると、しばらくの空白の後に、爆弾発言をされてしまった。

「君が作る本命チョコを僕にくれたら、

『手作りチョコ極秘販売』を見逃してもいいよ。」

「はいぃ?」

驚きのあまり目を見張っていると、自分でも発言のあざとさを

自覚したかのように、沢木先輩は苦笑して。

そうして今度はこちらが怯むほど真摯な視線を向けてきた。

「つまり、荻野千尋さん。好きです。付き合ってください。」

 

さらりと流れるような首を覆うくらいの長さの黒髪。

色白で整った顔立ちに、抜群のバランスの体。

千尋より頭一つ半くらい背が高くて。

入学式で壇上に立ってたときから気になって

ほのかな憧れを掻き立てられていた人。

どうして、こんなに気になるのか。

初恋ってこんな感情なのかなと思わせるような。

・・・・でも・・・・

 

「あ、あの・・・」

「どうしてこんな時期にって思うかもしれないけど

推薦が決まってからって思ってね。

今更だけど何も言わずに卒業式を迎えるのもいやだから。」

「あ、えっと・・・」

「去年の文化祭で一緒に仕事をしたときからずっと好きだった。

君のおかげで格段に楽しい文化祭になったし。」

一瞬頭が白くなっていた千尋は、深呼吸を一つする。

彼の真剣な告白に対していい加減なごまかしはできなくて。

千尋は、顔を上げるとまっすぐに黒目がちの瞳を見つめる。

「ごめんなさい。わたし・・・」

話し出す前に千尋の瞳に何かを感じたのか、ふっと視線が落ちて。

「・・・そっか。ほかに好きなやつがいるのかな。」

「・・・ごめんなさい。」

 

ああ、たった今わかってしまった。

流れるような黒髪と印象的な瞳。

こうして見ると、まるで似ていないのに、

どこか、彼を思い出させるようなパーツ。

初めて見た入学式の時、その時にはまだ

記憶の奥底に封印されていたはずの面影を、

無意識に慕っていたのだと。

だから、見かけるだけであんなに懐かしい

ような感情を掻き立てられたのだと。

はくと再会して本当のことを思い出してからは

意識にも上がらなくなっていた目の前の彼は

知らないことであっても、真摯な告白に

居た堪れなくて千尋は俯く。

 

「ああ、泣かないで。千尋さんの気持ちも考えないで

自己満足のようなことをして、ごめんね。」

「・・・ごめんなさい。」

「同好会のことは口実だから心配しないで。

本命チョコでなくていいから、僕も一つ注文していいかな。」

って、未練がましいか。

苦笑している沢木先輩に、申し訳なくて。

項垂れている千尋の頭にそっと手を置くと、かつての憧れの先輩は、

ため息を一つついてそのまま静かに部屋を出て行ってくれたのだ。

 

千尋は、俯いたまま唇を噛む。

・・・そんな優しさをもらえるような価値など、わたしには・・・

・・・はく

もし、あなたと再会していなかったら

わたしあの人に応えていたのかしら。

あなたの面影を無意識に追って

身代わりにしていたことさえも自覚しないまま。

 

『また、会える?』

『きっと・・・』

『きっとよ。』

『さあ、お行き。振り向かないで・・・』

 

あなたと別れてから、封印されていた記憶。

なのに、それからのわたしの行動は

無意識にあの世界の影響を受けていて。

こんな受験校を目指したのも、

大学で柳田國男先生のような民俗学を

学びたかったから。

そう、遠野物語を読んでから

求めていたものを見つけたかのように夢中になって。

・・・失われた神様たちの痕跡を少しでも辿れたら、と。・・・

こんなにも捕らえられていたことに

今になって気づくなんて。

・・・ああ、はく。わたし、やっぱり先輩に

優しくされる価値なんてない。

失恋した先輩のことを思いやりもせず、

今すぐ、あなたに会おうとするのだもの・・・

 

「はく・・・」

目を瞑り、口に出して唱えるだけで胸がいっぱいになる名前。

ほら、温もりまで感じさせてくれる、わたしの魔法使い・・・

「千尋。」

頭上から、落ちてくる優しい響き。

「呼んでくれて嬉しいよ。そなたが寝込んだ時以来だね。」

「・・・はく。」

「そなたにそのような顔をさせるあやつは許せないが、

会う機会をくれたことには、感謝をしようか。」

暖かい胸に抱きこまれながら、千尋は自分からも寄り添っていく。

「・・・はく、沢木先輩に何かしたら、だめ。」

「解ってる。冗談だよ。そなたに思いを寄せる者たち

すべてに罰を与えていたら、仕事をする暇もなくなってしまう。」

本気混じりの声に呆れながら、千尋は潤んだ瞳ではくを見つめる。

「・・・はく。」

「ん?」

「・・・好き」

「・・・・・・」

と、突然強くなった腕に身動きが取れなくなって。

痛いほどの抱擁に、苦しそうな声。

「・・・ああ、このままあちらにつれて帰りたい。

千尋、千尋。今すぐ妻になると言っておくれ。」

千尋は小さく首を振る。

「・・・それは、だめ。」

「・・・・・・」

「解っているくせに。」

気が抜けたように抱擁が緩み、ため息が落ちてきて。

「まったくそなたは、つれないね。」

いつもと同じ、優しい声にすねたような響きが

混じっていて、千尋はくすりと笑った。

「だって、やりたいこと、まだまだたくさんあるんですもの。」

「ならば、せめてもう少し頻繁に会っておくれ。」

「ん〜、暇があったらね。」

千尋の言葉に、がっくりと肩を落とすはくに

もう一度くすりと笑うと、そっと伸び上がる。

「明日の夜には、会いにきてね。」

本命チョコをあげるから。

そう囁くと、身を翻し、はくから離れる。

「じゃあね。わたしこれから同好会に行かなくちゃ。」

バイバイと手を振る千尋に、苦笑した琥珀主は

さっと腕を伸ばすと、流れるような動作で唇を奪う。

「続きは、明日の夜にね。」

そうして、顔を真っ赤にして立ちすくむ千尋に

にっと笑いかけると、そのまますっと姿を消したのだった。

 

「もう、はくったら。」

刻印のように押された感触に指先で触れてみる。

「つ、続きって、何考えて。」

そうして、指先まで赤くなった千尋は

本命チョコ作りに勤しむために、

今頃、大騒ぎであろう調理室に向かったのだった。

 

 

おしまい

 

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沢木先輩、哀れ・・・

つか、千尋さん、小悪魔と化しています。

いつの間に、こんなに成長してしまったの?

性悪魔法使いと、ある意味、お似合い?

でも、泣かせるのは、はくだけにしときなさい、と言っておこう。

 

そんなこんなで、千尋さん

高校生活をめいっぱい楽しんでいます。

母ちゃんがいくら甘い言葉で誘っても

アメリカに行きたがらないわけは

こんなことにもあったのだ。