100のお題・030,しなしなレタスより

 

別設定の千と千尋の神隠し

第三部・気まぐれ更新夫婦編

その2・しなしなレタス

 

カーテンの隙間から溢れる

真白い光と、辺りに漂う香りに

気がひかれ、数日ぶりにベッドを降りる。

壁に縋りながらゆっくりと足を動かし、

コトコトとした物音が響いている

小部屋のドアをそっと開けた。

「おはよう。」

とたんに眩暈がするほどの早さで風が巻き起こり

気がつくとダイニングの椅子に座って

翡翠の瞳を見上げていた。

この一瞬の間に何が起きたのやら

パジャマ1枚のはずだった体は

厚い毛布に包まれて、しかもふらふらと覚束なかった足は

夫の膝の横からぶらりとたれている。

「えっと、おはよう。」

鋭く見下ろしてくる無言の視線に目を瞬く。

「熱は下がったようだけれど・・・」

額に乗せられた手はほんのり温かくて。

「だけど、まだ2,3日は起きては

いけないとあれほど言ったのに。」

「ん、でもだいぶ調子良いのよ。それに

さっきからいい匂いしていたから。」

伸び上がって夫の後ろを覗き込むと

コンロにかかった小さな鍋が

なにやらクツクツと音をたてている。

「良かった。食欲も出てきたようだね。

もうちょっとで出来るから待てる?」

「ん。ありがとう、ハク。心配かけてごめんね。」

そうして、久しぶりに会うような

奇妙な懐かしさを感じながら手を伸ばし

どこかやつれたような頬にうっすらとある

ざりざりとした感触をそっと撫でた。

 

ほかほかと湯気をたてるお椀から

アーンしてとひと匙差し出されるのは

さすがに気恥ずかしくて、自分で食べるから

と、奪うように口に運んだおじやから

優しい味が広がってくる。

「どう?塩味薄かったかな。」

心配そうにじっと見つめてくる眼差しは

一瞬たりとも逸れてくれそうもなく

再び上げんばかりの熱が篭もっていて、

くたくたに煮られた野菜たっぷりのオジヤとともに

ジンと染み入るような幸せをかみ締めながら

千尋は微笑んだ。

「とってもおいしい。ほかほかして

おなかの底からがあったまる感じがする。」

「それはよかった。」

にっこりと嬉しそうに笑っている顔を見ながら、

「ハクは?一緒に食べないの?」

「私はいいよ。そなたが元気になってくれるだけで

おなかいっぱいだから。さ、それより食べたら

もう少し横になっていた方がいいね。

薬飲んだら部屋に行こうか。」

手渡された湯呑のにおいに顔をしかめながら

上目づかいに夫を見上げる。

「う〜ん。でももうすっかり調子よいのよ。

シャワーあびちゃダメ?」

「もうひと眠りして、起きても熱が出てなかったらね。」

「ん。」

こういうときは逆らっても無駄だということを

経験から知っている千尋はこくっと小さく頷くと、

夫特製の煎じ薬を、ゆっくりと飲み干したのだった。

 

夕方、渋る夫を説得してシャワーでさっぱりと

風邪の気を追い払った千尋は、久しぶりに台所に立つ。

寝込んでいた間のお詫びとお礼を込めて

腕を振るおうと張り切りながら

ふと野菜用のかごを覗くと、

しなっとしおれたレタスが転がっていて。

そういえば、と倒れる前にもらったみずみずしさは

見る影もなく、千尋はあ〜あとため息を付いた。

と、まさかと思いつくと千尋はあちこちの食料だなを覗き込む。

ゴミ箱の中まで確認した千尋は思わず眉間を押さえた。

台所全体を見渡しても、あったはずの食料品は

今朝作ってくれたおじやの材料を鑑みても

ほとんどがまったく手付かずで、どころかゴミ箱の

中身でさえ、倒れる前と全く変わっていないのだ。

あの人は、もうっ。

「ああ、千尋。やっぱり具合がよくないのだろう。

無理をしてはだめだ。早く横になって。」

とたんにどこで見ていたのやら

慌てて台所に飛び込んできた夫に

千尋はぴっと指を突き指した。

「はくっ。」

「うっ?」

あまりの迫力にぴしっと固まった夫をぎっと睨む。

「はく。私が寝込んでいる間、何を食べていたの?」

それこそ真夜中でも早朝でも昼間でも

うとうとしては目覚めることを繰り返しながら

寝込んでいたここ数日の間、いつ目覚めても、

夫の顔は常に傍にあって心配そうに覗きこんでいて。

おそらく仕事どころか、一歩も外には出ていないのだろうな、

とは感じていたのだけれど。

たしかに、まるではくまで寝込んでいたみたいに

面差しが少しやつれたように感じてはいたのだけれど。

そんなに心配かけてしまったのか、

と申し訳ないと思っていたのだけれど。

「あのねえ、はく。自己管理って言う言葉の意味しっている?」

倒れてしまった自分が言うにはおこがましいけれど、

でもまさか、食事もとらずにいたなんて。

子どもじゃないんだから、

と、こんこんと諭しては見たものの。

神妙に聞いている魔法使いの夫に、千尋は

この人を残しておちおちと寝込むことさえ出来ないなあ

と、しなしなレタスをゴミ箱に捨てながら

大きくため息をついたのだった。

 

 

おしまい

 

こっちのハク様もやっぱりヘタレでした、とさ。

壁紙、はくさいしか見つからなくて。

はくさいなら表面多少しなびていても中身は大丈夫なのにね。

しなしなレタス、友林なら無理やり食わせるよ。

だってもったいないもん。

こっちのちーちゃんもはくに甘いのね。

 

ちゃんちゃん

 

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