100のお題083. 無邪気な犯罪より(別設定の千と千尋の神隠しです)

別設定お遊び部屋・第2部恋人編

 

5・無邪気な犯罪

 

それは、4月の最後の日の出来事だった。

高2へと進級して早々にあった実力テストを

中の上くらいの成績で、なんとかクリアした

千尋は、テスト中 等閑(なおざり)になってしまった

家事を済ませようと、朝から飛び回っていた。

 

ピンポ〜ン

 

大物を洗おうと2回目の洗濯機を回していた

千尋は、せっかくのってきた家事を中断させられた

ことに、ほんの少しむっとすると玄関のドアを開ける。

「はく?」

「千尋だめだよ。ちゃんと相手を確認してから開けなくては。」

「あら、だって土曜日の朝早くに訪ねてくる人なんて

はくくらいしかいないんですもの。」

「千尋。」

「・・・ごめんなさい。気をつけます。」

ぺろっと舌を出しての返事に、返ってきたのは

真剣な顔で千尋は思わず謝る。

 

一人暮らしも10ヶ月をすぎ、もうじき1年になろうとしているが

ともすれば、ひどくマイペースで自分勝手な生活になりがちで

そんな中、たまに会うハクは、ある意味お目付け役のような

お小言を言うことがあって、千尋は煩く思う反面、

心の奥底ではそれを嬉しく思っていたりもするのだ。

 

黙って視線を向けてくる竜に千尋は訝しげに首を傾げる。

「あの、今お掃除とお洗濯の途中なの。

だから、上がってもらうわけにはいかないのだけれど。」

「ああ、すまない。突然来てしまったのだから

気にしないで。それに、すぐに済むから。」

「ん、珍しいね。今日はどうしたの?」

いつもは千尋が名を呼んだときか、前もって

約束をしていたときにしか訪ねてきたことがなかった

恋人が突然訪問してくるなど、何かあったのだろうか。

そんな心配を含んだ声音に竜の魔法使いは

首を振ると、どこか慌てたように名を呼んだ。

「千尋。」

「なあに?」

無邪気な返事に琥珀主は微笑む。

「来週の連休に、二人で会えないだろうか?」

その笑みに目を奪われそうになった千尋は

問われた内容が頭に入ったとたん、眉を寄せた。

「んっとぉ。ごめんなさい。先約が入っていてちょっと無理みたい。」

その言葉にがっくりと肩を落とす魔法使いの顔を、

ポニーテールにした髪を揺らしながら、すまなそうに覗き込む。

「で、でも、日曜の午後は空いているから。」

すまなそうであっても、そんなつれないことを言う千尋に

魔法使いはため息をつくと仕方がないというように微笑んだ。

「ならば、その時間は私のために空けておいて欲しい。」

そういうと、ちらっと上目遣いで瞳を

覗き込み返し、小声で付け加えた。

「油屋に誘おうと思ったのだけど。」

「油屋?え?でも。」

案の定驚いたように目をくりくりさせた千尋に

安心させるように付け加える。

「もちろん、客としてだよ。」

「で、でも、あそこは神様のお使いになる

お湯屋だって湯婆婆が。」

「むろん、だけど、そなたは特別だから。」

『そなたはわたしの妻なのだから・・・』

 

どのような形であろうとすでに契りを結んだ以上

形式はともかく、実質は神である琥珀主が娶った妻であるのだと。

おそらく結婚も離婚も書類上の手続きに過ぎず、

是非はともかく、伴侶と定める前に契りを結んだり

気持ちが離れれば簡単にその相手を変えたりするのが

当たり前の現代の人間社会に生まれ育ってきた千尋には、

完全には理解しがたいことなのであろうけれど。

だが、人間の社会が変わり契りの真の意味を忘れてしまっても

神々の世界の理は決して変わらないのだ。

即ち一度交わした契りを覆すことはできないのだ、と。

 

『もっとも、わたしは神としては不完全な存在なのだけれど。』

だが、それ以上にパワーアップした魔法使いとなった琥珀主は

理で定められた以上に、千尋を心から欲していて。

ゆえに心の中の言葉はそのまま秘めて、竜の魔法使いはにっこり微笑む。

「リンは今ではけっこう出世しているし、

釜爺もそなたに会いたがっていた。」

しかし、諦めたようにみせかけての誘いに、

千尋は悔しそうにしながらも、結局は乗ってこず、

彼の見せ掛けの余裕を吹き飛ばすような発言をしたのだ。

「ん〜!!残念。バイトを入れてしまっているから

どうしても無理なの。でも、また誘ってくれる?」

「・・・・いつでも、そなたの都合がいいときに。

そ、そんなことよりアルバイトって、そなた何を?」

 

学校と部活はまあ仕方がない。

同年齢の友達との付き合いも、大事であるのだろう。

しかし、それにプラス、さらに二人の間に割り込んでくる用事を

わざわざ作るなど、千尋はわたしの忍耐の限度を

ためすつもりであるのだろうか、と。

 

心の中でオドロ線を背負った魔法使いは、

できるだけ穏やかな(つもりの)声で追求する。

「最初の3日は、友達の家の喫茶店のお手伝いで、

もう一日はデパートの棚卸しの臨時の仕事なの。

けっこう時給いいのよ。」

「だがそなたがアルバイトなど。もしや、生活費が足りないのか?」

「違う、違う。そうじゃなくて。」

「もし何か買いたいものがあるのならば、遠慮せずわたしに・・・」

千尋は畳み掛けるように言ってくる

琥珀主の口をふさぐように手をあげて黙らせる。

「じゃなくて、んとね。夏休みに

ちょっと行きたいところがあるの。

文化祭に発行する文芸部の冊子に

旅行記というか、エッセイというか、紀行文というか、

そんな感じの作品を載せようと思って。」

アメリカに来いと呼んでいる親の誘いを断る以上

自分の力でできることはしたいのだと。

若者特有の夢を見るかのような煌いた瞳に琥珀主はぐっと詰まる。

 

行きたいところがあるのならば自分が連れて行くと、

そう言いたいのだけれど。

だが、こちらの世界での千尋の生活に対しては

時がくるまでは、干渉しないと。

高校生としての生活を優先させるのだと、

そう誓ったのは自分なのだ。

 

「・・・夏休み?だが、夏休みには向こうへ行くのではなかったのか?」

昨年同様、千尋をあちらの世界に連れて行き

銭婆のところにあずけるつもりであった竜は、

それさえも危うそうな事態に愕然とする。

「行きたいけど、スケジュール的に余裕が出るか微妙かも。」

そんな恋人の内心に気づかない千尋は無邪気に続ける。

「旅行用に、6,7万円はためたいの。

来週の連休の4日半で27000円になる予定だけど、

全然足りないから、夏休みの最初にバイトをして、

その後できれば10日くらい旅行をするつもりなの。

はくとあまりゆっくり会えなくなっちゃうけど、ごめんね。」

最後のごめんね、のところだけ

小首を傾げ機嫌を窺うように顔を覗き込んでくるのは、

ずるいと思いながらも、しかし、そんな様子に思わず目を

奪われてしまうのだから、いやだなどとは言えるはずもなく。

惚れた弱みとでも言うしかないであろう。

「一人で行くつもりなの?」

平静を装って尋ねてくる恋人に、千尋は続ける。

「ん。文芸部の友達も誘っているけどどうかなあ。

おうちの人に聞いてから返事をするって。」

「女子の一人旅など。」

眉を顰める魔法使いに、千尋はにっこりと笑ってみせる。

「10歳で経験した油屋でのことを思えば、

たいていのことなんて平気。

もうすぐ17になるんだし、

外国に行くわけじゃないんだから。」

17という年頃ゆえの危険に対しては無頓着なのだろうか、

と思わずため息を吐こうとする魔法使いに

そうして、最強の恋人は無邪気そうに止めを刺したのだ。

 

「それに、いざというときにははくが助けに来てくれるのでしょう?」

 

そう、最悪の形で裏切ったはずの信頼を、

千尋はもう一度してくれているのだ、と。

ならば、

旅行になど行くな、と。

アルバイトなどするな、と。

もっと私と共に時を過ごして欲しいのだ、と。

そんな千尋を裏切って自身の気持ちのままに

束縛などできるはずがない。

 

竜の魔法使いは、小さくため息を吐く。

だが、クールに見えて往生際が悪いのも彼と言うべきで。

「もちろん。ならば、最初から共に・・・」

「それは、だめ。」

言いかけた言葉を最後まで言わせてもらえずに、

がっくり肩を落とした魔法使いに、

千尋は今度の日曜楽しみにしているね、

と無邪気に微笑んだのだった。

 

そうして、数年後、心身共に千尋を

我が物とした竜の魔法使いは

箍が外れたように常に妻に付きまとい、

千尋を辟易させることになる。

 

 

おしまい

 

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落書き小話を書き直して正式にアップしました。

別設定の更新を、とコメントをくださった方

こんなんですが、お許しを。

 

しかし、千尋さん。

無邪気なのかどうか分かりませんが、

ここまでこはくくんを振り回せるなんて確かに犯罪級かも。

まあ、がんばって青春を満喫してくれ。

友林は君の味方だ。