10万HIT記念企画・無謀にも「七粒ノお題A」に挑戦してみよ〜
02・貴方が遺してくれた事
もうかれこれ1年半以上前になるであろうか。
大学に通うためにこの街で一人暮らしを始めてすぐ、
偶然迷い込んだあの通りで見つけた昔馴染み。
最初はとぼけていた彼女も私のしつこい追及に
困った顔をしながらようやく認めてくれたのだ。
自分があの世界でリンと呼ばれていた『モノ』であることを。
・・・あの夏の出来事が夢ではなかったことを。
『俺いつかあの町に行ってやるんだ。こんなとこ止めてやる。』
あの夏、ともに油屋の女部屋から眺めた遠く光輝いていた町。
どのような仕組みなのか、まさかあれがトンネルのあったあそこから
東に百キロ以上も離れた人間の世界にあるこの町のことだったなんて。
そうして、私は親元から、彼女は油屋から、
共に独立してほどなく巡り合った偶然を
運命と呼ばずしてなんと呼ぼう。
人としての幸せを望むなら物の怪なんぞと
係わり合いになるなとの心配げな忠告も
懐かしさとようやく繋がった一筋の希望の前には
なんの意味もなく。
『ねえ、リンさん。ハクは?ハクはどうしているの?』
『ああ?またハクか。あいつはお前が帰ってすぐに
油屋をやめてどっかいっちまった。噂ではこっちに
還ったんじゃないかって言われてたけどどうかな。』
『・・・ハク、還ってきてるの?』
『噂だ噂。ほんとのとこは誰も知らないんだ。』
せめて消息をとの期待は、あっけなく砕け散って。
『・・・そう・・・』
だけど、繋がった縁(よすが)を手放せるはずもなく。
『リンさんがこっちに来ているんだからハクも来てる可能性高いよね。』
『わっかんねえな。竜っつうのは俺たち狐狸(こり)の類とは
違って、人間の社会に入り込んだりしないもんだし。』
『・・・』
『お前もさあ、あんま俺たちみたいのと係わり合いにならないほうが
身のためだぜ。こっちで人に溶け込んでるやつらはたいてい
妖怪の類で人を化かしてやるためにいるんだから。』
『大丈夫よ、だってリンさん良い人だもん。それに、トンネルの
向こうで会った人たちみんな良い人ばっかりだったし。』
『・・・お前ねえ。』
呆れ顔のリンさんは深いため息をつくとそのまま黙って
私のためにシェーカーを振ってくれた。
初めての大人の味。
『ほら。』
『え?でもわたしまだ二十歳になってないし。』
『お前がお子様だってこたあ分かってるよ。
酒っつうのもおこがましいほど軽いカクテルだから
試してみな。再会を祝して俺の驕りだ。』
恐る恐る口をつけると甘酸っぱい香りが広がってとてもおいしくて。
だから思わず重ねた杯に知らず酔いが回って
いつの間にか心に秘めていた想いを溢していたのだ。
『せん、お前さ、なんでそこまでハクに拘るんだ?』
『千尋。』
『え?』
『私の名は、千尋。』
『お、おまっ。馬鹿、そういうことはこの店では絶対口にするな。』
『あら、いいじゃない。だってハクは私のこと最初から千尋って
呼んでくれていたもの。だからリンさんも私の名をちゃんと呼んでね。』
『ああ。だけどやっぱりお前この店にはほかに客がいるときには
絶対来るな。油断してるとかどわかされるぞ。』
『油断しないもん。だって私はハクのものだから。』
『ホエッ?』
『私はハクのものなの。』
コロコロと思わず笑ってしまったのはリンさんの唖然とした
顔が面白かったからで、からかった訳ではもちろんなくて。
『・・・なんで・・・?・・・』
『だって・・・』
「だってリンさん。ハクは私に命をくれたのだもの。」
思い出の中のリンに向ってあの時と同じセリフを呟く。
「私がハクを助けたのじゃないわ。
ハクが私を助けてくれたの。それも2度も。」
そう、川に落ちて亡くなったはずの命を。
あの世界で絶望に震えながら消え去ったはずの命を。
「私はハクのものなの。この命も体も愛しいと思う心も
そうして、約束も総てハクが遺してくれたものなのだから。」
だから、私待つの。
もう一度会えるその時を。
その時は・・・
あなたが私にくれたもの〜♪
という歌が昔流行ったっけ。
それにしてもハク様何処にいるのやら。