20002HIT記念リクエスト小説(ふく様リクエストによる)

 

挽歌

後編

 

芽吹いたばかりの山ボウシに、白い妖精が舞い降りる。

まるで森の春を羨んで、芽吹いたばかりの若い緑を

白に塗り替えようかという勢いで、しかし、地面にその

痕跡を残す間もなく次々に落ちては消えていく春の雪。

千尋は、森の花畑の真ん中で、一人空を見上げる。

乳灰色の空を背景に渦を巻いて舞う純白の羽は

じっと見ていると、今にも吸い込まれ自身も

一片の羽になって空に舞い落ちていくかのようで、

ふと見渡すと周りの木々が風に大きく揺れていて、

確かにそこには梢のざわめく音があるはずなのに、

雪に吸い込まれてしまったかのようにしんと静まり返っている。

千尋は、空を見上げたまま、総ての雪を抱き取ろうと

いうかのように両手を高く掲げた。

「千尋。」

何の気配も感じさせず、突然、ぎゅっと背後から

抱きしめてくる温もりが、落ちようとする涙をそっと拭う。

「名残の雪ね。あの子への贈り物のような。」

ぽつりと呟かれた言葉へ腕の力が強まって。

そうして、ぐるんと空が回転したと思う間もなく

憂いを帯びた翡翠の瞳が目の前にあった。

「・・・はく。」

包み込むように抱き上げられた千尋は暖かい胸に体を寄せる。

「獅鬼(しき)殿が、そなたに挨拶をしたいと

お待ちになっている。」

「・・・もう、お発ちになるの?」

「ああ。」

琥珀主がゆっくりと歩くリズムに身を任せながら

千尋は掠れた声で問うた。

「あの子は?」

「無事に宙無の眠りについたよ。」

「・・・そう。」

龍神は瞳を伏せる千尋をそっとゆすると、小さな耳に囁く。

「獅鬼殿がそなたのお蔭だと礼を言っていた。」

「・・・・・」

腕の中で俯いている千尋を見つめながら

慰めるかのように言葉をつなぐ。

「少なくとも、あの者は自身を失うことなく黄泉に下れたのだから。」

「・・・ねえ、はく。」

「ん?」

千尋は、まっすぐ前を向いている白皙の美貌をそっと見上げた。

「あの子の最後の望みって何だったの?」

死を覚悟していた小さな小さな霊。

せめて、心安らかに眠りについたことを祈りたい・・・

「・・・故郷に帰りたい、と。どうやら、あの者も

秋津島の生まれではなかったようだ。」

「え?」

「詳しくはわからないよ。大口の真神の流れを汲んでいた

ゆえ、白神姫様が後ろ盾になっておられたようだが。」

「・・・あの子の故郷ってどこなのかしら。」

「さあ?でも、獅鬼殿が塚は故郷に築きたいと言っておられたゆえ。」

「・・・そう。」

ぽつんと呟く千尋の耳に、森に木霊する遠吠えが響き渡る。

 

ゥオオオオオオ〜〜〜ン〜〜

 

応えるように同じような声が森の中心から次々にあがって。

物悲しく響き渡る声に、千尋は小さく体を震わせた。

「怖がらなくてもよいよ。大口の真神一族だ。」

「とても、悲しい声ね。」

「あの者を悼んでいるのだろう。」

「あの子を連れて行くのなら、お見送りをしてもよい?」

「ああ、きちんと仕度をしておいで。」

「はい。」

琥珀主は、待ち構えていた表の宮の女官長である鴉華に

千尋を任せると、自身も礼装をすべく歩み去った。

 

白神姫の主席眷属であり、寵愛を得ている恋人の

一人でもある獅鬼は『大口の真神』の族長である。

『大口の真神』、すなわち日本狼は、人間たちには

とうに滅び去ったと思われているが

かつて神の使いとして崇められていた他の

化生のものたちと同様に、

神が守る森の中でひっそりと生き残っている。

もちろん、人間の勢力に追われその力が

弱体化していることは隠しようもない事実で、

特に勢力が激減した日本狼の一族は今は、その総てが

白神姫の眷属となっていて、その守護地である

白神山地に肩を寄せ合うようにして生きているのだ。

千尋が標道で拾った迷い子は、産まれはともかく

大口の真神の末席に連なる子狼であったという。

 

『堂々たる美丈夫』

銀の髪と金の瞳、鍛え上げられた身体に精悍な顔立ちの

大口の真神の族長は、そう形容するに相応しい霊であった。

龍神夫婦が謁見の間に入ってくると同時に、流れるような動作で

鋭い光を放つ金色の瞳を伏せ、すっと片膝をつくと

初めて会う二人に礼を尽くして頭を下げた。

「お顔をお上げくださいませ。どうぞ、お楽に。」

そんな千尋の言葉に、獅鬼は顔だけをあげる。

「奥方様には、心よりの感謝をいたします。

お蔭で、わが一族から祟り神を出さずにすみました。」

「感謝していただくようなことは、何もできませんでしたのに。」

まだどこか大人になりきれない少女のような透明な声に

痛ましげな思いを感じ、獅鬼はその瞳をふと細める。

「いえ、あれは、母が北の大陸の魔狼一族でしたゆえ、

下手をすれば、厄神となっていたやもしれません。」

甘さのない厳然たる顔を見ながら千尋は、目の前に倒れていた

子犬の哀れな様を思い浮かべ、顔を伏せた。

あんなに小さい子が一人で油屋に行き湯婆婆と契約を

結ぶなど、どのような事情があったのだろうか。

今更知っても詮方ないことではあり、たとえ事情を

知っていたとしても、どうしてやることも出来はしなかったであろうけど。

そう、今出来ることといったら、せめてその死を悼むこと位で。

「まだ、ほんとうに幼い方でしたのに。お悔やみ申し上げます。」

そんな千尋の遣る瀬無い葛藤に気付いたのだろう。

獅鬼は、感謝の色を瞳に乗せる。

「あれ自身が選んだ道です。事情はお話しできませんが、

あれの弱さがもたらした定めだったのでしょう。

5人兄弟の末子で、もっとも脆弱な生まれではあったのですが。」

そう言うと、獅鬼は気を取り直すように息をつぎ

改めて、沈黙を守る龍神に向き直る。

「いずれ、大陸よりあれの兄弟がもどりましたら、

改めて、ご挨拶に伺わせていただきます。

とりあえず、亡骸はこのまま、お山に連れ帰ります。

標の御方には、まことにお世話になりました。」

「道中、気をつけて行かれるがよい。」

必要最小限の言葉だけをかける龍神に、頷く。

「はい。それでは。」

 

ゥオオオオ〜〜〜ン〜〜

棺を担ぐため人型に転変した者たちの周囲を取り囲んだ

狼から次々に声が上がる。曇天の空からは

その一片(ひとひら)が一段と大きくなった雪が舞い散っていて。

そんな森を背景に獅鬼は見送りに出た龍神夫婦に

一礼すると、一族のものに出発を告げようと片手を挙げた。

「待って。」

「?」

「あの、あの子の名前を教えていただけませんか?」

まっすぐ大口の真神の族長の瞳を見つめる

龍神の妻に、ほんの少し目を見開くと獅鬼は

ふっと表情を緩めた。

「一族には、シュエ・パイと呼ばれていました。」

「シュエ・パイ。」

「はい。」

かみ締めるように名を口にする少女にもう一度頭を下げると

今度こそ、大口の真神一族は亡骸となった一族の

逸れ子の葬列と共に森を去っていった。

 

「シュエ・パイ。」

葬列を見送りながら、千尋は再び名を呟く。

「シュエパイ。雪のように白いという意味だ。」

囁くような琥珀主を見上げると、その視線は

去っていった葬列に向けられていて、千尋は

そっとその身をすり寄せる。

「あんなに大勢の人達に迎えに来てもらって

シュエ・パイ君は寂しくはないよね。」

琥珀主は儚いほど小さな身体をぎゅっと抱きしめる。

・・・そう、総てはそなたの成したこと。

呪いを受けて孤独のうちにのたれ死ぬ

運命に比べれば格段の違いだ・・・

「わたしと同じだな。」

「なあに?」

「わたしも呪いを受け、あのまま闇に

落ちるところをそなたに救われた。」

「でも、あの子は助けることできなかったよ。」

「何を言うの。獅鬼殿も言っていただろう。

無事に宙無の眠りにつけたのだ。

霊として生まれてきた身には、それで充分だよ。」

死が総てを清めるのは、輪廻の流れで

過去を浄化される人間のみ。

闇に落ちながら死を迎えた霊霊の行く先は

再び自我に目覚めることのない永劫の暗黒だという。

宙無の眠りにつき、黄泉の大御神の元で

いつか再び、甦る日を待つことを許されたあの者は

充分幸運だったのだ。

琥珀主は腕の中の輝きを眩しげに見つめる。

そなたがいる限り、我は二度と闇に落ちることはないだろう。

そう、いつか・・・・

いつか、この世に飽いて眠りを欲したときも

そなたが我の腕の中にいるのだから。

 

「我らのときは・・・・」

「え?」

「どのような運命をたどろうとも、少なくともそなた一人ではやらない。」

「え?」

突然の言葉にほんの少し体を離すとはくの顔をまじまじと見つめる。

「いや、逆、だな。我が逝くときにはそなたも共に連れて行くのだから。」

ほんの少し自嘲が混じった、しかし熱く真摯な声に千尋は

ほんのり微笑む。

「・・・・ん。一緒に連れて行って。」

森に舞い散る春の雪の中、

囁かれた言葉は、静かに重ねられた二人の

唇からその身のうちに刻まれていった。

 

 

 

 

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ふく様、長らくお待たせしてしまって、もうしわけありません。

やっとお届けすることができて、ほっとしております。

ふく様からいただいたリクエストを見た瞬間、最後の

「雪が舞い落ちる森を去っていく葬列のシーン」

が目の前に浮かび上がってしまい、

ど、どうしよう。誰が死んだんだ?

え?え?

ちょっと、そこのご夫婦ってばなに雪の中でいちゃこいてんのよ。

ってな具合に妄想爆発でした。

ここに行き着くまで、長かった〜。

そんなわけで、皆様、ふく様からいただいたリクエスト、

第一案:「ある神様の死を目の当たりにした千尋」

とは微妙にずれてしまった気がなきにしもあらずですが

以上で、20000HIT記念企画を終了させていただきます。

 

いいわけを追記

えっと、前半と後編のアップの期間が空いてしまったので

微妙に雰囲気が異なってしまいました。

すみません。精進します。

おまけに何回も書き直しているうちに、またまた新しい設定が・・・

銀髪の狼さんについては、千と千尋を逸脱して、

オリジナル話になってしまいそうな予感が。

北の大陸の魔狼って魔狼って、いったい何?

シュエ・パイちゃん。

あんたのバック・グラウンドっていろいろありそうでいや〜ん。