第4部 龍王たちの伝説

第2章、幕開け・・・目覚めて後の

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「コハクヌシ殿は、どうお考えですか?」

八百万の神々より議論が出尽くしての後、静かに

座っているだけの琥珀主を、空の女神が名指す。

一瞬静まり返った会議の席で、種種の力ある神々が注目する中

秀麗な白い龍はいつもながらの無表情ですっと立ちあがった。

「私も皆さまと同様に。ただ、異国(とつくに)からの

異形の神が起こすトラブルをこれ以上放置しないためにも、

標道は秋津島の霊霊以外には、その門戸を

閉じることをお許しいただきたいと考えております。」

「それはよいが、油屋の魔女がそれを許すか?」

揶揄するような誰かの声に視線は向けぬまま応える。

「湯婆婆殿には私と同じ考えをお持ちのようです。」

その意見に、ざわめいている神々を見渡すと 

白い龍神は視線を上席の翁神に向け

気づかれぬくらいわずかに首を傾けた。

ここしばらく、自身のことにかまけていたため

 今回の出雲の集いにも 数日ほどの

遅れを取っての出席となってしまった。

いつもならば、遅刻したことに対する嫌味の一つも

吐いて時も所も関係なく琥珀主を構ってくる翁神は

しかし、今日は入室した瞬間に視線をよこしたのみなのだ。

琥珀主はふと感じた違和感を表に出すことなく、

自席に静かに座りなおす。

いつもと違い口数がなく、しかして意味ありげな

態度を見せている翁神は気になるが、

いずれにせよ、これ以上自ら口を開いて

墓穴を掘るべきではないだろう、と。

そうして、様々な事案が検討される中、

近年で一番の懸案について

会議の終盤になって出した琥珀主の意見は

次々に頷く上位神の具申もあり、

八百万の神々に採択されたのだ。

琥珀主は知らず強張っていた肩の力を少しだけ抜く。

自身の提案が通った以上琥珀主はこれ以上

この席にいる意義を失って、

次の議題に移った神々の声をバックに 

ぴりぴりと感じる感覚に意識をむける。

先ほどから、いや、正確にいえば、

10年ほど前の自身の和子誕生から、

ずっと感じているこの感覚は、

もう慣れ親しんだものなのだ。

 

生まれた瞬間にあった莫大な力の発現。

おそらく千尋に注いだ神気がなくば身体が千に

千切れさったであろうほどの、すさまじかったそれは

その半瞬後、父である琥珀主の力によって抑えられ、

誰にも気づかれぬうちに隠されたはずなのだ。

そうして誕生した和子は、生まれて三月で龍玉石の眠りにつき

今では人知れず森の泉の龍穴に封印されている。

唯一このことを知らせた東の竜王も

極秘にするということについては 

同意見でありその言質もとってあることで。

崑崙でも竜宮でもいわんや秋津島でさえも

ここ数千年、誕生を見なかった龍王姫。

その存在の貴重さは隠すに足るだけの理由となっていて。

娘が平安にあるために、と。

従って、この場にいる神々に

知られているはずはないのだ。

はずはないのだが・・・

まるで 心中の表面を 静電気が走っているかのような

ぴりぴりとした感覚は、不快で琥珀主を落ち着かせてくれない。

まるで何者かにどこからか常に見られ探りを入れられているような、

そうして、それに対して無意識に自身の力が発動し

周囲で力がせめぎ合っているかのようなこの感覚・・・・

考えにふけっていた琥珀主は、周囲のざわめきで我に返る。

ふと見上げた先にはそろって退席をする上位神の姿があって。

琥珀主は、ざわめく神々にまぎれて

さり気なく席を立つと、議場の外にでる。

そうして、長居は無用とばかりに、

結界の外に出るため神気を集中した。

「おっと。」

「そうはいかぬ。」

しかし、龍神がはっと気配を感じたとたん、

その両側に風と火の上位神が立ち、

両腕をがっちりと押さえていて。

琥珀主はため息をつくと、腕を外そうと試みる。

「そのように掴まずとも、お声をかけていただければ

参上いたしました。腕を放していただけませんか。」

「ふん、抜かせ。前回の集いのことを忘れたか。」

秋津島上位神、火の神 金床耶迦具土彦穂弟命

(かなとこやかぐつちひこほでのみこと)は、鼻をならす。

「お主は、前科があるゆえこのような目にあうのだ。

我らの手を煩わせた事 高くつくぞ。」

相変わらず、裏のありそうな笑みでいっそうきつく

腕を握ってくるのは 同じく風の神 天馳嵯祁李男命

(あまはせさぎりおのみこと)であった。

そうして、両側をがっちりとした まるで仁王像のような神に

(いや、仁王様は仏だが)挟まれた、ニギハヤミシルベノ

コハクヌシは 脱走を見付かった高校生といった風情で

少しだけ眉を顰めると 諦めて大人しく連行されていった。

 

神々の結界に隠された地の さらに奥深くにあるとある社。

琥珀主が連れてこられたのは、上位神が集い、乾坤の

信賞必罰についての最終決定を下す、聖なる場であった。

もちろん、秋津島の神の一員となって、すでに人間の3、4世代ほどが

経過している琥珀主は、ここにきたのは初めてではなく、

どころか、ここ10回ほどの集いにおいては、むしろ来るのが

当たり前というか、義務と化しているような感があった。

これは、本人の自覚はともかく、すでに上位神と同等の

神力が神々によって認められている証でもあるのだが・・・

しかし、それは、同時に大きな責任と枷を背負うことでもあり、

公式的には いまだ、標の森の主に過ぎない、(というか、

その他のお役目を引き受けたがらない)琥珀主にとって、

迷惑極まりない事態でもあった。

前回の集いにおいては、何とかうまくごまかして、

脱走、もとい辞去したのであったが、

今回は上手(うわて)を取られたということであろう。

琥珀主は内心のため息を隠して、無表情を保つ。

と、空の神 天津旭高日子旭日昇天空姫の命

(あまつひこひこきょくじつののぼろあめのそらいひめのみこと)

の笑い声が3人の男神を出迎えた。

ころころとした、鈴を鳴らしたかのような笑い声に

渋面で返答したのは、琥珀主の右腕を掴んでいる風の神で。

「ほれ、あさひ殿、ご下命により捕まえてまいりましたぞ。」

「ご苦労様。」

くすくす笑いながら、労いの言葉をかけてきたのは地の神である

白神姫の命(しらかみひめのみこと)である。相変わらず、

派手好みなこの女神は 本日は西欧の妖精の女王といった

出で立ちで、神々の集いにおいても 

特に一人身の男神の熱い視線を集めていた。

しかし、そんな女神たちの明るい笑みに含まれる

一筋縄ではいかない裏の意は 琥珀主にも充分伝わって、

彼は嘆息とともに、腹を据える。

社の中心に据えられた円卓。

五つの椅子がいつからか六つ用意されていて。

「こちらへ。」

本日、初めて声を出した水の神である翁神の導きにより、

車座の一員となった琥珀主は 一礼とともに、挨拶をする。

「お招きをいただきまして。」

己は、上位神ではなく あくまでその下にいる

秋津島のいち守護神に過ぎないという、

牽制をこめての挨拶は 物の見事に無視された。

どころか、先制を受ける事となったのは、やはり年の功には

適わないという事の証明であったかもしれない。

しんと静まる聖なる場で真向かいの水の神が

その白髪を揺らしながら、琥珀主を見据える。

そうして、琥珀主の挨拶を遮るがごとく、唐突に

何者にも侵されることのない威厳を込めて

低い声で言霊を発した。

「ニギハヤミシルベノコハクヌシ。」

「はい。」

「秋津島上位神水の神であり、

そちの後見(うしろみ)である、

我ニギハヤヒオウミナガエノミコトの名において、

そちに秋津島上位神の補佐役を命ずる。」

一瞬固まった琥珀主を、5柱の神の視線が 絡め取る。

神名を名乗った以上、翁神の覚悟のほどが知れるというもので

もちろん言霊として、乗せた以上後戻りは許されない。

しんと静まり返った聖地の空気が 

琥珀主に諾以外の返答を許すはずもなく。

そのまま、いつまでも続くかと思われた沈黙は、

ため息とともに、琥珀主の低い声によって破られた。

「・・・・・お受けいたします。」

その瞬間、緊迫した空気が入れ替わる。

翁神はその固かった表情をふっと崩すと、まるで好々爺と

いった風情の、全開の笑顔で さっそくシビアーな命を下した。

「ついては、そちに秋津島の全龍穴の管理を一任する。

先ごろ、対馬の龍穴が、異形の神により 破られそうになった

ことは知っておるな。どうやら、そやつの目的は大陸からの

道を繋げる事にあったようだ。壱岐の主により、阻止されは

したが、いつになくかなり強引なやり口であったという。

真の目的は判然とせぬが、そちに任せるゆえ善処せよ。」

内内の打ち合わせは済んでいたのであろう。

上位神たちはお手並み拝見とばかりに面白そうに

二柱の龍神のやりとりを見守る。

琥珀主はしばらくの沈黙の後 表情を崩すことなく提案した。

「・・・・・では、全龍穴をいったん封印いたしますゆえ

東西の竜宮への渡りは翁様の方でお願いいたします。

綻びの検分と結界の再強化が終了するまで、秋津島の神々にも

ご不自由をおかけする事になりますがよろしいですか。」

「任せる。」

さりげない決定は もちろん 何気ない事態ではない。

成り行きを見守っていた他の上位神たちは

龍神同士のやり取りに呆れたような声を漏らした。

白神姫の命がさすがに心配そうに口を挟む。

「いつから、取り掛かるおつもり?」

「今すぐ。」

そういうと、標の森の龍神は 席をたつ。

そんな龍神の腕に軽く手を乗せると

空の御方が楽しそうな声をかけてきた。

「まあ、お待ちなさい。今回はこれ以上、そなたに

役目を背負わせません。そのように、あせらず

少しは落ち着いてお話していきなさいませ。」

「うむうむ。まあ目出度い事よの。さすが翁殿。

この龍神に首輪をつけることができるのは御方しか

いないと思うていたが、まさにその通りであったのう。」

「しかりしかり。まあようやっと、という感も拭えぬがな。」

わざとらしく頷きあい、ならば祝いの宴をと騒いでいる

火と風の神に、琥珀主は小さく肩を竦めると、

諦めたように6番目の椅子に腰をおろした。

千尋が龍穴の眠りから目覚めて、十余年。

更に言えば、わが子が竜玉石の眠りについてから

十年のときが過ぎている。

極力目立たぬように、と面倒ごとを避けてきた

標の森の龍神も年貢の納め時というべきなのかもしれない。

義務の伴う権力は、しかし何より大切な

妻と子を護るためにも有用であろうと。

更には特別な子の運命を上から押さえられぬためにも

有効利用する価値はあろうと。

自ら望んだものではなく得た権力に、

琥珀主は皮肉気に笑む。

我の力を利用するのならば、我とても。

そう決意した龍神は自身を探るようなひりつく感覚に

挑戦するかのようにその翡翠の瞳に鋭い光を載せたのだ。

 

 

こうして、秋津島上位神は

 とらえどころがなかった若い龍神へ

さらなる枷をはめる事に成功し 

琥珀主は公式的にも、上位神に次ぐ

秋津島第6位の神格を得る事になったのである。

 

 

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文の推敲をするうちにいつのまにやら

とんでもない方向に。

はく様、秋津島のためにがんばって働いてねん。