第4部龍王たちの伝説

第3章定律・・・水の流れのごとく

 

世界の総ての音が絶え果てたかのような荒涼とした静けさ。

風も火も水も土も日の光も

この世界を形作る総ての元素が主の怒りを前にして

息を潜めるように静まり返る。

いっさいの表情を無くした森の主が

その翡翠の瞳を伏せ、まるで彫刻になったかのように

森の一点に立ち尽くしてからすでに

どれほどの時間がたったであろう。

すぐにも痕跡を追って森を飛び出すかと思われた龍は

妻が突然に気配をたったブナの下に飛び来ると

しかし、そのままぴたりといっさいの動きを止めたのだ。

むき出しの神経に突き刺さるような物理的な痛みが伴う波動に

ただ地に身を伏せるしかできない眷属達の中、

唯一、出自崑崙の竜たちのみが、四方を固めるように立っている。

と、微動だにしない主の、そこだけは

次第に血の気の失せていく顔色に、

唇の端から一筋の血が流れるにいたって

その動向の一切を見逃すまいと

身を潜めるように凝視していた武闘神たちのうち、

唯一少年形を取っている竜が

さすがに顔を蒼くして声をかけた。

「殿下。」

傍若無人を装うことがすでに肌身に染み付いているはずの

竜でさえ、かつてないほどの震えを含んでいて。

 

自失してただ立っているかのように見える

この主が為していることの凄まじさ。

それを、可視できるものがいれば、まるで光の球体が急速に巨大化し

繭のようにこの島国を包み込んだかのように見えたかもしれない。

完全なる封印。

全龍穴をその手中においているがゆえにできた技。

自然を省みず、傲慢にもその支配下に置いていると

錯覚している人間たちとて

はっとして怯えるほどの、凄まじい神力の発現に

そう、今このとき、この瞬間、

この大海原に浮かぶ島国には

ただ一人の神のみが君臨しているといっても

過言ではないかもしれない。

 

「殿下。」

声音にかつてないほどの畏怖を込めてヤ・シャは囁く。

その声に応じるようにゆっくりと顔をあげた龍神の瞳は

金色の光を放っていて、辺り一帯を金色に染め上げていく。

 

「探せ。」

 

主語が欠如した命は、瞬時に森の隅々までに行き渡り

ひれ伏していた総ての眷属達はその命を受けた瞬間、

雷に打たれたように秋津島の総ての方角に四散していった。

 

そうして・・・

懇願でも依頼でもない顕かな命(めい)。

その言霊は、次第に秋津島の全域に

波が伝わるように広がっていって。

秋津島上位神

ニギハヤミシルベノコハクヌシ。

遥か古、この現世に君臨していた神竜の力を引き継ぐ龍王は

森羅万丈、秋津島に宿る総ての神々に

その真の力を顕かにして、己の命(めい)を響き渡らせる。

 

即ち

我妻をわが元に戻せ

と。

 

眷属のみならず、4大元素の配下にある

八百万神々の総てが

この森を支配する龍神の言霊を受け

地の下、木の影、水の中までをも覗き込み

龍王の妻を懸命に探し続ける中、

この騒ぎの中心にいる上位神は

突然に膝を折ると肩で大きく息を注いだ。

「千尋・・・」

慌てて駆け寄る武闘神たちを、

王たる龍は鋭い視線で止める。

「気が途絶えた。」

「まさか・・・」

「まさかもう秋津島の外に出たとおっしゃいますか?」

愕然と動きを止めた4人衆をまるで

焼きつくせんばかりに金色の光が覆う。

「ありえぬ。総ての道は閉ざした。」

狂気に輝く金色(こんじき)の光に中てられて

声にならない悲鳴が4柱の竜たちの口からいっせいにもれる。

 

「探せ。」

「千尋に触れたもの総てをわが元へ。」

我思い、思い知らせん。

「・・・はっ。」

 

まるで黒い炎が立ち上るがごとき気を張り巡らせ

逆らうことなど思いもよらぬ神力に、

かつて水晶宮の4天王と呼ばれた武闘神たちとても

なす術がなく頭を下げ、秋津島に散っていった。

 

 

 

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秋津島、完全に隔離されています。

人間界がどうなっているか想像つかん。

 

 

 

 

 

そうして・・・

なぜ、コハクヌシ自身が千尋の後を追わなかったのか。

それは・・・・