第4部龍王たちの伝説

第4章 水晶宮・・・女王様の帰還

 

整然と並び立つ種種様々な戦支度の霊霊たち。

まるで今にも戦が始まりそうな物々しい雰囲気に

平和になれた秋津島の霊霊たちは固ずを呑んで

遠巻きに様子を見守っている。

森の女主人が何者かに連れ去られてから半日あまり。

秋津島中を巻き込んだ捜索も徒労に終わり

森の主が崩れ去った狭間のトンネルから出てきたのは

ほんの半刻ほど前のことで、

女主はどうやら異国に連れ去られたらしいとの噂に

その真偽も確かめられぬまま、時を置かずして

現われた武装集団に森は騒然とざわめいている。

しかしそんな周囲の戸惑いなど気にも留めず

整然と立ち並んでいる武神たちは

ただ一人の主の命を待って微動だにしない。

父の左肩にちょこんと腰掛けた銀髪の幼女は

その瑠璃色の瞳を好奇心に輝かせ興味深げに

周囲を見回すと大人たちの会話に耳を傾けた。

「わざわざの御出座痛み入りますが、此度のこと

あくまで私ごとに過ぎません。どうぞご懸念なきように。」

言外に邪魔だとの意を含ませての物言いに

にやりと笑った東の竜宮の弟は、翡翠ではなく

瑠璃色の瞳に視線を合わせている。

「まあそう言うな。連れて行け。こけおどし程度には役に立つぞ。」

「そういうわけにはまいりません。東の竜宮まで

巻き込んでは現世に影響が大きすぎましょう。」

「お前がそういうか?」

磁気嵐を巻き起こし人間界を巻き込んだ張本人の言に

竜泉は鼻で笑うと、あくまで瑠璃色の瞳の幼女に向い話を続けた。

「ん、まあ俺とてもさすがに竜宮軍を率いるつもりはない。

今度のことも俺が養い子を心配するあまり勝手にすることだ。」

「竜泉殿。」

「あいつらは俺の私兵ゆえ、好きに使ってくれていいぞ。」

こんなところでこんな言い争いをしていることさえももどかしく

一刻も早くと急く気にぐっと拳を握り締めた秋津島上位神たる若龍は、

ふっと息を吐くと己の師匠でもある目の前の武士(もののふ)を睨みつけた。

約定に基づき本来ならば正規軍を遣したい所であった東の竜王とて

さすがに本格的に水晶宮とことを構えるつもりはないようで、しかし

不正規軍と名がつく精鋭部隊を第一将軍とともに遣わしてくれている。

その恩情はありがたいと思うべきなのだが、しかし・・・

「重ねてご辞退を。どうぞお引取りください。」

「お父様、ならば私がお借りいたします。」

「ほっ、そうこなくては。」

「琉玲。」

翡翠に煌く鋭い光を遮るように龍王姫はきっぱりと宣じる。

「私にはそのこけおどしが必要ですから。

王弟殿下、どうぞよろしくお願いいたします。」

「竜泉でいいぞ。おちびさん。」

「ならば竜泉おじ様、どうぞお力をお貸しください。」

「・・・おじさま、ね。」

ぷっと吹き出したのは背後にいる武神達の誰からしく

竜泉はじろりと後ろを振り返った。

「参朴(さんぱく)、貴様覚えてろよ。」

そんな会話を苛立ちと共に聞き流した上位神は

遠巻きにしかし、その忠誠心を露わにしている眷属達を

見やると、ふっと気を吐いた。そうして、

「こちらへ。」

「主様。」

「必ず、千尋姫様を・・・」

「どうぞ、連れ帰ってくださいませ。」

「ご無事の帰還を・・・」

「主様。」「主様。」「主様。」

武神たちを押しのけるようにしてどっと押し寄せた

森に宿る龍神の眷属達。

龍王姫を肩に乗せ端然と立つ森の主を囲んで跪き

口々に訴えてくる眷属達は、この武神たちと違って

共にいくことすら出来ない無力さに悔し涙を湛えている。

そうして、ただ一つ出来ることを必死で成しているのだ。

主を信じることを。

信じて待つことを。

千尋と共にこの森に還ってくるその時を

ただひたすらに祈り待つのだと。

その姿は、まるで・・・・

まるで、琥珀河を失わんとしたかのときに、

己に向けられた眷属達の真摯な姿とだぶって。

琥珀主は遠い記憶を振り払うように眷属達を見渡す。そうして

「玉、由良。後を頼む。」

「はい。」

「千尋は必ず取り戻す。」

「はい。」

「シン。」

「はっ。」

「森を頼む。荒神たちに付けいれられぬよう守備を固めよ。」

「はっ。お任せください。」

「遊佐。出雲の宮と湯婆婆殿に繋ぎをつけよ。

狭間のトンネルの復旧はこの騒ぎが治まったら行うとな。

何れ礼を失したお詫びは我自身で行うゆえ。」

「はい。」

主の指示に喜々として従う眷属達は一言も

聞き漏らすまいと貪るように中心に立つ龍を見つめている。

そんな姿を海神の神の守護神である竜泉は

森の片隅に引っ込んで静かに眺めた。

「ちぃ姫様も。」

「・・・ん。」

「どうぞご無理をなさいませんように。」

「ん。ありがと。母様をお迎えに行ってすぐ還ってくるね。」

「はい。お待ち申し上げております。」

肩に乗せられた小さな幼女までをも含んでなされるやりとりに

海神の神の一員は微かに微笑む。

いつの間にか、そうこの若い白龍自身でさえも

気づかぬままに強く繋がっていた主従の絆。

「もう完全に・・・」

「はい?何かおっしゃいましたか?」

自身の参謀が訝しげに見やる中、竜泉は呟く。

「もはや俺の手助けなど要らぬのかもしれぬな。」

「はい?」

「琥珀もようやく一人前になったということさ。」

 

そうして、秋津島上位神第6位を頂く

ニギハヤミシルベノコハクヌシは

その愛娘と共に、竜宮の軍勢と

かつて水晶宮四天王と呼ばれていた武神を引きつれて

遥かな昔、龍玉石の眠りのままに脱してきた

降誕の地を再び踏んだのであった。

 

 

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琥珀君、お前も大人になったねえ。

としみじみしている竜泉おじさんでした。

だって、昔の琥珀なら、トンネルから出たその足で

後先考えず水晶宮に殴りこんでいただろうから。

残された眷属達も自分と同じくらい

千尋のことを案じているなんて思いもしないでね。

ダイアリーの落書き小話「春の嵐」にでてきた

「総ての柵を断ち切って千尋と二人で時を過ごそう。」

という思いは根本本気ではあるけれど、でも

もはや簡単には捨てきれないたくさんのものを

抱えている身であることをきちんと自覚しているのです。

まあ、ちーちゃんに

「ふたりっきりになろ〜よ〜」

って駄々こねて

「だめよ。ちゃんとがんばらなきゃ。」

っていい子いい子されちゃったからには

ちゃんとやらなくちゃ愛想尽かされちゃうもんね。

 

 

「やはり千尋姫命様のお力が大きいかもしれませんねえ。」

「ああ、そうかもな。」

「男が大成するにはやっぱりいい女が必要なのかもしれませんねえ。」

「ふむ。」

「閣下もいい加減、お心に染まるお妃様をお迎えになられては?」

「ほっとけ。」

ってな感じで。