第4部龍王たちの伝説

第4章 水晶宮・・・女王様の帰還

 

ヒュルリと乾いた風が頬をかすめ髪を吹き上げながら

巨大な岩壁に向って吹きすさぶ。

「・・・ここ、か?」

海神の庇護を受けし武神たちには

かつて経験がないほどに乾ききった風が

色のない大地を吹き渡り、幼児が積み上げた積み木のごとく

不安定な岩の重なり合う山塊にぶつかっては

行き場のないまま散じていく。

迷宮のごとく絡みあった次元の狭間を

いったい幾つ通り抜けたのか。

従えた武神たちの先頭にたって迷うことなく駆け抜けてきた

白い龍は最後の転移ののち唐突に現れた荒涼たる大地と

その先にある頂があることさえわからぬほどの

巨大な山塊を目前にようやくその足を止める。

「琉玲。そなたは竜泉殿の元に。」

「・・・はい。」

馴染のない光景に大人しく父の命に従った幼女は

父の肩から飛び降りてひたりと大地に足をつくと

とてとてと数歩を下がり、竜泉と呼ばれた

逞しい武神の手に己の手を滑り込ませた。

「抱っこしてやろうかおチビさん。」

「なら、肩に乗せてくださいませね。おじ様。」

言うなりトンと地を蹴り竜泉の左肩にすとんと

納まった幼女に、竜泉はにやりと笑いかける。

「見下ろされるのは嫌いか?」

「見るべきものを見逃したくないだけ。」

「見なけりゃならんものは足元にあるかもしれないぞ。」

面白がるような竜泉の声に

溢れんばかりの瑠璃の光を下に向けると

龍王の気を纏う姫はにっこりと微笑んだ。

「足元と背後はおじ様にお任せします。

私が見落としたものがあったら教えてくださいませね。」

くくっ

「ご命令どおりに。」

竜泉は口の中で笑うと共々に視線を前方に向け

面白そうに出自崑崙の龍たちを見守った。

「しかし意外だな。」

「?」

小首を傾げて続きを促す瑠璃の瞳に東の海神竜王弟は目を細める。

「水晶宮とやらがこのような荒れ果てた陸(くが)にあるとは。」

くつりと笑った龍王姫はつと左の人差し指を上げる。

「ここはまだ崑崙の入り口の端にもならない場所。

ここからがけっこう大変なの。私と父様だけならば

もっと簡単に水晶宮にのりこむ道はあるのだけれど。」

「ほっ、おちびさんは物知りだな。」

幼女は肩を竦めるとちらっと海を司る竜王の弟を見やる。

「おじ様それ止めて。私の名は琉玲です。」

「琉玲姫(りゅうれいひめ)か。呼びにくい。」

「姫はいりませんわ。母様は私のことをレイと

お呼びになられますから、よろしければそのように。」

「レイ、ね。おお、そうだ。瑠璃というのはどうだ。

瑠璃姫。そなたにぴったりだ。」

「はぃ?」

「そんな顔するな。呼び名などいくつあっても

不都合ではないぞ。瑠璃姫、うん、いいじゃないか。」

自画自賛するように頷いている東海神竜王弟を呆れたように

眺めた幼女は付き合ってられないとばかりに視線を前方に戻す。

「・・・では、お好きに。そんなことよりそろそろ動きがありそうです。

竜泉おじ様、父様に遅れないでついていってくださいましね。」

「琥珀の元に戻らなくていいのか?」

4柱の武闘神が陣を張る様に四方に散るのを興味深げに

見守りながら竜泉は、一瞬瞳を見交わしたらしい父子の

様子に、揶揄するように肩上の姫に問う。

「はい。ここからはおじ様と共に。

竜宮軍を必要とするのは私ですから。」

「・・・潔いことだ。」

琥珀主を中心にして東西南北に散った武闘神をなぞるように

岩と乾ききった砂でできた大地から魔方陣が浮かび上がり

そこから巻き上がる力の波動に周囲の岩がぎしぎしと

音をたてて吹き飛ばされていく。

「派手だな。」

「うん。お父様すっごく怒っていらっしゃるから。

ここから一気に水晶宮まで乗り込むおつもりみたい。」

キーンと耳を聾さんばかりの音が広がっていく中、

そこだけ姿に似つかわしいあどけない口調に戻った

姫に竜泉はふっと笑むと囁きかけた。

「どうだ、この騒ぎが終ったら俺のところに嫁に来ないか?」

父と離れた心細さを瞬時に隠した幼女は、一拍ほどの

時を挟むと瑠璃の瞳を鋭く尖らせる。

「考えておきます。扉が開きます。遅れないで。」

魔方陣の光の中に出現したまるでブラックホールの底が

抜けたような闇が急速に拡大する。そうして、

秋津島上位神を先頭にそこにいた総ての神々を飲み込むと

闇を縁取っていた魔方陣の光は、徐々に弱まって、

後には乾いた風が何事もなかったように

荒涼とした大地を吹きすさんでいった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「父様!!」

目の前に出現した光景にさすがの竜泉も息を呑む。

次元のトンネルを抜ける間のほんの僅かな時間差に

すでに琥珀主との間は取り返しが付かぬほど開いていて。

眼下に広がる地平までをも埋め尽くす広大な都の上空に幾柱もの

巨大な龍がその鎌首をもたげながらこちらを睥睨している。

「北海竜王、南海竜王、西海竜王、か。」

鬣も鱗も同色の赤、黒、白に綺羅綺羅しく輝くその龍身は

空を覆うほどの迫力を纏い、ただ一人を睨んでいる。

竜泉は呆然と呟くと飛び降りようとした姫の足を瞬時に手で掴む。

そうして、そのまま左腕で抱え上げるようにぎゅっと押さえ込んだ。

「離して!」

まるで荷物のように持ち上げられた龍王姫は

小さな足をばたつかせて、胴回りの鋼のような腕を

引き剥がそうと懸命に暴れる。

「大人しくしていろ。」

すでに幾つもの傷を負い立つことさえも儘ならない

武闘神たちを背後の部下たちに任せた竜泉は

自分たちが出現した巨大な岩棚の突端に佇み

一人三龍王の視線に晒されている養い子を鋭い目で見つめる。

人型のまま、龍に転変した兄たちに何を思うのか。

憂いを含んだ視線はしかし、瞬時に警戒に染まる。

急に大人しくなった龍王姫と共に周囲にめぐらせていた

気に異変を感知した竜泉は、その養い子との間に唐突に

顕れたモノに顔を顰めると抱えていた幼女を肩に放り上げた。

とその瞬間、時を同じくして琥珀主は懸崖から身を躍らせる。

そうして、翡翠の鬣と白く輝く鱗を纏う龍神は

そのまま3柱の兄たちと遥か上空に飛び立っていったのだ。

「父様。」

幼女は放り投げられたまま空中で呟く。

そうしてその瞳を一瞬だけ潤ませると、海神の武神の肩にストンと

腰を下ろしたときにはすでに龍王に見まごうほどの気を纏い

凍てつくアイスブルーの視線で前方を撫でていた。

「よう参られた、と申しておく。」

兄竜王より伝えられている東海竜王とそっくりの姿形を持つ男に、

海神龍王弟は重量を感じさせるかのような視線を突き刺す。

「四海竜王に置かれては末弟公子にお話が

有られるご様子。貴公らにはこちらに来ていただこう。」

が、黒曜石の視線は先に竜泉自身がそうであったように

瑠璃色の瞳を持つ幼女に留めおかれたたままで。

そうして、男は東の海神の武神を無視したまま

おそらく値踏みをしたのであろう遠慮斟酌のない

視線をゆるめ満足げに笑むと、手を上げる。

それを合図に背後のおそらく数百はいるであろう

眷属たちが、ざっと音がするほど一斉に両膝をつき

礼を取っていく。シンとした気配の中、先の風とは顕かに

異なる馥郁たる気の流れが両者の間を流れ下って。

「どうする、瑠璃姫?」

小さな手が縋るように頭にまわされるのを感じながら

竜泉は気負う様もなく尋ねる。

どこか楽しげな響きさえ含むその声は幼女の

言葉一つでその腰に帯びた剣を抜くのだろう。

「やる気満々ですね、おじ様。」

「まあな。」

静かに巡らせていた瑠璃色の瞳を対峙する

黒曜石に輝く瞳にひたり合わせた幼女は

「やっちゃって、と言いたいところですけど。」

僅かにたじろいだ気配に口中でくつりと笑う。

「ふふん、まあ任せる。いやになったら

いつでも言うんだぞ。」

こくりと頷いた龍王姫は、東海竜王の第一公子を見やる。

そうして、秋津島生まれの龍王姫は父と離ればなれとなったまま

海神の武神たちを引き連れて水晶宮に足を踏み入れたのだった。

 

 

 

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おっと、作者も予想外の展開だったり。

兄ちゃんたち、待ち構えていたらしいよ琥珀君。

まあ、兄弟げんかはよそでやってくれ。

それにしても竜泉様とレイちゃんのコンビって意外と書きやすかったり。

ちなみに竜泉おじさんはロリコンではありません、と

彼の名誉のために明記しておきまっす。