第4部龍王たちの伝説

第4章 水晶宮・・・女王様の帰還

 

 

地平まで連なるかのように

見えた都など塵に過ぎないほど

幾つもの国が入るような大平原の前方に

山脈が現れ立つ。

風に乗り抜けるたびに高くなっていく山々と

大河が廻る広大な大地を通り越すこと数回。

先方に現れた九つめの山塊を目の前にして

竜泉は呆れたようにため息をついた。

「崑崙は天帝の地上の都というが。」

人界から離れ九重の隔壁で囲みこみいったい

何から何を守ろうというのか、と。

肩の上の幼い姫は

くすりと笑いながら山塊の彼方を指す。

「この向こうには440の門で囲まれた

11000理114歩2尺6寸に聳え立つ九重の城が

あるそうですよ。門の側には不死の水を

汲むことの出来る井戸があるのだとか。」

「意味のないことだ。」

目を眇め切り捨てた竜泉に龍王姫は軽く頷く。

そうして

「玉京はあちら。」

天上を指した小さな指を、そのまま水平に下ろす。

「水晶宮はこちら。」

小さな指が指す方向には山塊の裾野を

穿つ巨大な門があって。

「本当なら一息にここに来るはずだったのだけど

父様と私を引き離すべく結界陣を張っていたのでしょうね。」

「・・・の割には余裕だな。」

「あら、だって好都合ですもの。」

「・・・ふむ。」

「私には海神(わだつみ)の竜王軍が

ついていることですし、ね。」

外見3歳の幼児に過ぎない龍王姫は澄まして言う。

「喰えないことだ。」

先程とは微妙に異なる竜泉の呆れた声音に

幼女はくつりと笑うと視線を上げ、

この軍団を先導する男の背中をじっと見やった。

「竜泉おじ様。」

「お前ね、頼むからおじ様はやめろ。」

幼女はくすっと笑うと頬を引き締める。

「ならば、竜泉様。」

その声の響きに海神(わだつみ)の武神はふっと笑うと

肩から小さな娘を下ろし左腕の上に抱きかかえなおす。

「お覚悟を。」

「承知。」

そうして、神託を告げる女神の小さな手を取ると

契約の証にそっと唇を落とした。

 

「ようこそ水晶宮へ。」

先の穏やかならざる会話を聞いてか聞かずか

黒曜石の瞳を持つ東海竜王第一公子、

四方を果ての無い海に囲まれた

水晶宮の継嗣と目されている男が

二人の密話を切るように無表情に手をあげる。

ギギギギィ・・・

重なる山塊の裾野を穿つ遂道に

築かれた門がゆっくりと開かれ

そうしてその先に現れものは

荒涼たる色と対をなす青い光。

冷たいほどに澄み切った青空を写し取ったかのように

青く透明な水を湛えたそれは紛れもない海で。

さしもの竜泉も気を飲まれたように目を瞠る中

磨きこまれた鏡のような水面が割れ

はるか水平線の先、

空を覆うほどの巨大な水晶の塔を

併せ持つ城まで1本の道が開いていった。

「こちらへ。」

長く国を離れていた女王の凱旋を迎えるがごとく

この世の財宝を総て集めたといわれているほどの

壮麗な王宮を上げての仰々しい出迎えに

しかし幼女はその総てを無視するように轟然と顔をあげる。

海の中道の両端に並んだ水晶宮配下、崑崙の竜一族の間を通り

出自秋津島の龍王の幼い娘は、そのどちらにも組しない

海神の武神を引き連れて無表情に通り過ぎてゆく。

開かれた城門からまっすぐの先。

その一つが標の森の倍はあろうかという東西南北に配する4つの王宮は

その中心にある塔の先端のみが辛うじて見えている。

そうして、城門からまっすぐ続く回廊が伸びている先には

名を冠した水晶でできた5つ目の塔が立っていた。

先導していた男がいつの間にか姿を消したことなど

気にも留めず、幼い龍王姫は竜泉の肩に乗ったまま指を指す。

仰せのままにと楽しそうに応じた武神は

正面に位置する4つの眩い玉座に向かい

無造作に歩をすすめると、4つ並んだ玉座のうち

中央に位置するもっとも豪奢かつ大きなものに

幼い姫龍を恭しげにそっと下ろした。

そうして、周囲を囲むように静かに展開する自軍の長に

軽く頷くと、幼い姫を護る騎士のごとく玉座の斜め後ろに立つ。

しんと静まり返る水晶宮玉座の間。

足をぶらつかせ黄金の玉座をかかとでリズムよく

蹴りながら、幼女はその瑠璃色の瞳で

広大な広間を埋め尽くす崑崙の霊霊をじっと見やった。

そうして、唯一人の男に

視線を定めるとアイスブルーの刃を突き刺す。

「母様はどこ?」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ぃ痛っ!」

「動くな。」

意識が戻ったとたん反射的に

ぐっと起こしかけた上体が崩れ落ちる。

「動くな。お前が一番ひどい。」

腕先の違和感に眉を顰めると声の元に視線をやる。

その先にいた朋輩とても顔の半分は

巻かれた布で隠されていて。

ヤ・シャは包帯で巻かれ顕かに短くなった腕を

まじまじと見やると諦めたようにため息を吐いた。

「・・・参ったな。狙い撃ちかよ。」

「赤竜王陛下の火炎の直撃を受けたのだ。

腕1本ですんだのが奇跡だろう。」

「ちっ相変わらず容赦ねえな、あの御仁も。」

「・・・お前には特に、な。」

その腕は再生不可だろう、と目を眇めるツェン・ツィに

ふんと頷くと無理やりに上体を起こす。

「・・・で?」

「殿下は陛下方のもとに赴かれた。」

「じゃなくてさ。」

「・・・ゲイ・リーは姫君に御付きしている。

何れ竜泉殿にのみに頼るわけにもいかんだろうしな。

カァ・ウェンは当りをつけに出た。」

「ちっ。今んとこ俺が一番役立たずってとこか。」

「そうだ、が、目覚めた以上ひと働きしてもらうぞ。」

「へいへい。つか、ツェン、その目うっとおしくね?

再生かければって、そっちも無理か?」

「・・・まあ、お前よりはましだがな。」

「ちぇっ、やなやつ。」

腕を組み片頬をあげる隻眼の武神を胡乱そうに見やると

寝台から足を下ろしふらつきそうになるのを

堪えながら、少年形の龍は立ち上がる。

左掌を上に向け高まる神力を己が身に向けると

一瞬間、真青の炎で身体を包んだ。

「・・・よっし、OK。」

短いままの右腕の包帯を毟り取り身支度を整える

様子を黙ってみていたツェン・ツィは軽く頷く。

青い短髪を残された手で梳くとヤ・シャはにっと笑った。

「さあて、先手を取られっぱなしじゃ四天王の名が廃る。

何れ四海竜王のお相手は殿下にお任せするとしても

奥方様と姫君は、俺達の手でなんとかしようぜ。」

 

 

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お久しぶりの更新です。

何かいろんなエピソードの繋ぎ合わせになってますがお許しを。

どうも調子が狂うのは、やっぱ主役2人がいないせい?

どーこいってんのやら。

それにしても、ぼろぼろの傷だらけになっちゃった

武闘神の皆さま、ごめんよ。

これからの君達のご活躍を期待していまっす。(かも?)