第4部龍神たちの伝説

 

 

 

序章、花宴  まさに満開の花の下   

「あ、カァ・ウェン様。」

給仕をしている女官のかけ声ももどかしく、

たった今、狭間の向こうから戻ってきたばかりの

4武闘神の一人、カァ・ウェンは、激しく息を

弾ませながらドアを潜り抜けた。

「おっ、思ったより早かったな。」

宴の末席に鎮座していたツェン・ツィが朋輩に

向かって手を上げた。

宴はすでにかなり盛り上がっていて

酒瓶を片手に立ち歩いているものやら

肩を抱き合いながらうれし涙を流しているものやら

はしゃいで周囲のものに一芸を披露しているものやら

自席についているものはまれで

誰がどこにいるのか定かではないほど賑々しい。

なので、遅れて飛び込んできたカァ・ウェンに気づいたのは

今声をかけてきた男くらいで、4人衆のうちの

残りの2人はその姿さえ確認できないのだ。

「・・・すごいな。」

「ああ。これほどの眷属がいるなど今初めて知ったな。」

「殿下はどちらに?」

その言葉に肩を竦めた同僚は、右手の親指を

立てるとぐいっと指差した。

「えっ?」

親指の先を辿っていったカァ・ウェンは呆然と固まる。

 

立ち動く眷属たちの隙間に見え隠れしている輝きは

見間違えようもないほどであるのだが、その傍らにあるのは?

 

ポン

肩に感じた振動に振り返ると

ヤ・シャとゲイ・リーがうんうんと頷きながら立っていた。

「いや、分かるぜ、その反応。」

「ヤ・シャなど目の前の酒瓶を倒しても

まだ気づかないくらいバカ面を晒していましたものね。」

「そういうリーちゃんも、かなりのものだったぜ。」

「リーちゃんと呼ぶなと言っているでしょう。」

久しぶりに会う相変わらずの同僚たちの軽口に

カァ・ウェンはやっと我に返ったかのように首を2,3回振った。

「奥方様、だよな。」

ツェン・ツィを振り返って確認すると満足げに笑っていて。

「それ以外の何者でもないだろう。」

「殿下のデレデレぶりを見れば、間違えようないよねえ。」

ヤ・シャの言葉に、もう一度主席をまじまじと見つめる。

「ウェン。殿下が先程からお待ちになっています。

先に挨拶して来られたほうがいいですよ。」

ゲイ・リーがグラスを渡そうとしていたヤ・シャの手を

抑えながら、駆けつけ一杯はその後で、とにこっと笑った。

 

「殿下、奥方様。」

「カァ・ウェンさん。お久しぶりです。」

「狭間の向こうに行っていたとか。あちらはどうか。」

相変わらず表情を変えない主の傍らで

懐かしげに顔を綻ばしている女人は確かに

見覚えのある容姿をしている。

3年ほど前に竜宮で初めて逢い見た時には

すでに主に嫁いで100年ほど経っていたというが、

その割には女性というよりも少女と言ったほうが

よいような幼げな表情(かお)を時折垣間(かいま)見せていて、

16で時を止めている肢体もその手足を始めとする線の細さが

水晶宮や竜宮に仕える女官やら崑崙の女神や女仙やらを

見慣れた目には、まだ子どものようにも写っていた。

もっともその子どもから発せられる波動は、まるで

黄龍の水面のように穏やかで透明なもので、

主が惹かれているのもその聖乙女のごとき

オーラにあるのであろうと思っていた。

はるかな記憶の彼方、いまだ現世(うつしよ)が

神と近しかった太古の昔に、力ある神と人間を

繋いでいた巫女が持っていたのと同質の力。

その力を肉体的処女性を失っても持ち続けることができる珍貴さは

たしかに古の竜王の血を受け継ぐ主に相応しいといえなくもなく、

カァ・ウェンも女主として受け入れ仕えるのも

吝か(やぶさか)ではないつもりでいたのだが。

 

しかし、この力は・・・

馴染むほどの間を置かず龍穴の結界に隠されて

しまったゆえに見誤っていたのであろうか、と

一瞬考え込むほどに・・・

 

「おっかえり〜、つか、もういいんか?」

簡単な挨拶だけでほとんど言葉を発することなく

同僚たちの元に戻ったカァ・ウェンに、

ヤ・シャがにっと笑ってグラスを渡す。

「・・・ああ。詳しい報告は明日でよいと申されたゆえ。」

勢いのまま一息に飲み干す様をやんややんやと

囃し立てたヤ・シャも、顔にはでていないが、

かなり飲んでいるのだろう。

主とその妻の帰還に浮かれ騒いでいる周囲の

眷属たちに煽られてすっかり祭り気分でいるようだ。

「ヤ・シャはどう思う?」

「ン〜、殿下って幸せ者?」

へらへらと笑いながらそんなことをいう

少年の振りをした同僚を横目で窺う。

「お前も骨抜きか?」

 

呆れ混じりに揶揄してやったのは、3年前の邂逅で

この同僚が4人衆の中でも一番千尋のことを

認めたくなさそうだったからで、もちろんそれは

すなわち、己が仕える主の伴侶には力も美貌も

性格さえも最高の女性が相応しいとの、

彼の勝手な思いによるもので。

 

玉座の間で、竜王に対してまるで毛を逆立てた

猫のような噛み付きっぷりと、一騒動の後の宴の席で

借りてきた猫のように夫に縋っていた姿のギャップは

かなり印象的なもので、竜宮への帰属を求める竜王に

自分たちが守る森への思いを話す子どものような

無邪気さとあいまって、人間であることはおいておくとしても

ともかくまだまだ子どもなのだ、と。

(いや、確かに実年齢からいっても神による国づくりの時代、

今ははるか昔となった古き良き時代の記憶を持つ武闘神である

彼らと比べることができるほど年経ている神は、

秋津島全体を見渡してもそう多くはないのだけれど)

生まれたての殿下をあやしながらヤ・シャが

まるでわが子のたいするようにデレデレと内心で思い描いていた

『殿下のお嫁さんにはこんな女性がいいな〜。』

という理想とはかなりかけ離れていたものだったのだろう。

 

『だってさあ、ホレ見てみ?サーガ王妃の

典麗優雅なこと。確か西の竜王の皇女だっけ?

東の竜王陛下の伴侶に相応しい佳人だよねえ。』

それに比べて、とため息を吐いたヤ・シャは

『殿下に申し上げてくれば?』

そうして、さっさとご不興を買うが良いさ。

と冷たくはき捨てたゲイ・リーに

『ん〜。まあいいや。先は長いんだし先のことは

誰にもわかんないもんだしね。』

とわけのわからないことを抜かして

今と同じ顔でへらへら笑っていたのだった。

 

「綺麗になったよね〜。あれなら納得だしぃ。」

「確かに髪が伸びて大人びた分、盛りの美しさとは思いますが、

以前とそれほど変わりはないように思いますけれどね。」

「リーちゃんは女見る目ないからねえ。なんつうか

こう醸される女の色気っつうの。そういうのを

感じれないなんて朴念仁だよね。」

「うわ、お前ってやっぱさっさと殿下のご不興を買って

追い出されたほうが身のためじゃないんですか。

姫君をそんなヤラシイ目で見ないでくださいね。」

心底いやそうに言うゲイ・リーに、カァ・ウェンは

宥めるように腕を叩き、首を振る。

「ほっとけ。こいつの言動はいい加減に見えて

けっこう計算づくだ。振り回されるだけ疲れるぞ。」

や〜ん、ウェンが苛める〜と泣きまねをしている

ヤ・シャを無視すると、面白そうに見学していた

ツェン・ツィが徐に話しかけてきた。

「銭婆殿から何を預かってきたのだ?」

「・・・結い紐を・・・」

「なるほど、さすが狭間の向こうの魔女殿だな。」

「ああ。」

 

千尋の動きに合わせて揺れる身の丈に余る髪は

確かにそれ独自が発光しているかのような

オーラに覆われていて、まるでその中に

龍穴の力を閉じ込めたかのパワーに満ち、

そのせいで一瞬別人かと思ったほどなのだ。

そうして、殿下帰還の連絡を受け、

帰途を急ぐカァ・ウェンに対し

『千尋へ私からの祝いだよ。』、と

狭間の向こうの魔女が託してよこしたのは

一組の美しい組紐で、

かの魔女は千尋姫命様の生まれ変わったかのような

姿態をすでに予期していたのだ、と

さすが神々の相談役も務める魔女殿だ、と

内心舌を巻きながら奥方様に手渡すと

主の憮然とした顔と対照的に花のような顔(かんばせ)を

綻ばして、礼を言ってくれたのだ。

 

「似合うよね〜。まるで古典絵巻にでてくる

お姫様だよねえ。」

「ヤ・シャは昔からお姫様とか皇女様とかが

大好きでしたよね。」

「いいじゃ〜ん。お姫様。千尋ちゃんもさ

ああやって形から入っていくのって大事さ。

そのうちだんだんと本物になっていくよ。

あ〜、楽しみ〜。あの御髪、組紐なんかで

縛っちゃうのもったいないなあ。

魔女殿も余計なことしてくれるよねえ。」

そんなことを言っているヤ・シャを呆れたように

見やるとツェン・ツィは、肩を竦める。

「姫君はよくお髪をお切りになりませんでしたね。」

ゲイ・リーが不思議そうに言いかけたとき、

カァ・ウェンがシッと指を立て、主席を指差した。

 

・・・・・・・・

 

宴のざわめきが次第に鎮まる。

森に住む土着の精霊も別の場所から主を慕って

やってきた眷族も、その総てが

憧憬をこめて見つめる先に

白と翡翠を纏う龍神と春を象徴するかのような

紅を纏ったその妻が端然と立っている。

そうして、森の総てに響き渡るかのように

言霊が発せられたのだ。

 

千尋、懐妊、と。

 

小鳥たちさえも耳を澄ませるかのように

シンと静まり返った森に主の命が響き渡る。

 

すなわち、

こと総て千尋が健やかなること優先すべし

と。

 

主の帰還を喜んで

春の祝いの宴のさ中。

神の御子を身籠った姫君が

恥ずかしそうに微笑んで。

幸せそうに主を見つめる。

寿げ祝え、祝福を。

そうして、森中の総てが

龍神とその妻と

そうして、これから

産まれる神の前に

ひれ伏したのだ。

 

 

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4武闘神による(つうより、ヤ・シャによる)千尋論?

というか、龍神様による御解任カミング・アウト?

書きたいことがありすぎて、どうまとめりゃいいんだよって感じ。

次できちんと、まとめられるかなあ。

というか、前のサスペンス風予告の結果

全然書いてないじゃん。