50000HIT企画作品その1

 

連なるものたち

 

 

 

ちきちきちきちき・・・

シンの後姿をそっくり同じ仕草で見送っていた

双子は、足元の中の篭から

聞こえてくる声に同時に視線をさげる。

「それ、ぼくが預かって鴉華に見てもらおうか。

何か囀っているみたいだから鳥族のほうが

言葉が分かるかもしれないよ。」

そうして、華奢な腕が差し出されるのを遮ると、

男性体の木霊は首を振った。

「いや、主様の留守中に得体の知れないものを

宮に入れたくは無い。とりあえず樹家に

連れ帰って正体を探ってみるから

お前は先に宮に行ってな。」

「うん、わかった。」

 

 

 

 

あれからハグしてきたシンに驚いて、

しかしその男くさい温もりに包まれているうちに

次第に落ち着きを取り戻した由良は

促されるまま玉の変わりようの原因について

やっと真剣に向き合った。

それまでは驚きとフォローに手一杯で

生来の性格もあって原因などにまで

頭が回っていなかったのだ。

ここ数日で日常と変わった出来事といえば、

あの時預かった得体の知れない

女霊(めがみ)の存在だけで、

こうして思いついてみればそれ以外に考えようがなく。

 

由良は一人、森の中を自分たちの母樹に向かって

歩きながら数日前の出来事を思い出す。

うかつにも玉に預けたまますっかり存在を忘れていたのは

あれから見かけなかったせいで

玉の突然の変容のフォローでそれどころでは

なかったということもある。

『玉はあれをどうしたんだろう。』

『どうして、わかんない、かな。』

『玉、玉、どうしちゃったの?』

 

「まるで玉がぼくじゃなくなってしまったみたい。」

 

考え考え森を歩く木霊は、ふと背後の気配に

振り向くと思わず頬を緩めた。

行列を作って由良と仕草を真似したり

互いにじゃれあったりしながら

付いてきていたのは先程傍らを通った

とちの木に宿る小さな小さな木霊たち。

絶対の庇護者の下でなんの憂いも無く

本能ままに生きている樹の精霊たち。

このうち母樹から独立して樹の精として

成長をしていくことができるのは

『運の良い』ほんの一握りで、

大部分は母なる樹と運命を共にしていくのだけれど。

母樹にその総てゆだね偉大な揺り篭の中で

無邪気に生を過ごし終えていくことは

ある意味これ以上の幸福はないのかもしれない。

 

「戻りなさい。ここから先は森の外れに近すぎる。」

 

かつては自分たちの宿る桜樹もたくさんの

同種の精霊がいたというが、かの御方の死とともに

その総てが生を終え、最後に生まれた自分たちだけが

今では母樹の宿主(しゅくしゅ)として

こうして生き抜き、あまつさえこの森の主の

主席眷属として権勢を振るっている。

 

由良はとちの木の木霊たちににっこり笑って

手を振ると、戻るように促して歩みを再開した。

後には立ち止まった小さな白い精霊たちが

折り重なるようにして手を振りながら

由良の姿を見送っている。

由良は背中に木霊たちの視線を感じながら

そうして次第にその視線とその思考に

同化しながら、己の意識を探り出す。

 

『遊ぼうと思ったのに。』

『遊べないの。』

『つまんない。』

『ごめんね。』

 

わらわらといた木霊たちは一つ一つに

人格といえるほど強いものはなく、

集団で一つの人格を構成しているかのように

同じ思考を伝えてくる。

しかし、強くは無くてもそこには

個性というべき人格は確かに備わっていて。

茫漠として、混沌としている意識集団。

 

「ぼくもこのままでよかったのだけれど。」

 

中性体の木霊はつらつら考えながら歩み続ける。

未だに小さな白い木霊だった時と

本質的に変わっていなかったのは由良だけで

半身もそうだと思いこんでいたのは

己が変わりたくなかった、から。

 

「だけど、玉は・・・」

 

主様と姫君の絶対の庇護の元

なんの憂いも無く導かれるまま生きてきた自分。

しかし、もう一人の己のごとく思ってきた相方は

よくよく考えてみれば

己とはまったく異なる生を送っているのだと。

同じような行動をしていても、

そこに生まれる感情や思考はまったく

異なるもので、二つ身として生まれた

以上は、別人格なのは当然なのに。

由良はしかし、今の今まで

玉のことをまるでもう一人の己が

そこにいるかのごとくに、

先程の木霊集団のように

二人で一つのごとくに

そのありようを受け入れていて。

 

「本当にそうなら、ぼくも男になっていたはずなのに。」

 

由良は自嘲するように頬を歪める。

 

「ごめんね、玉。」

 

 

 

そうして、中性体の木霊は己の宿り木の前に立つと

すうっとその身を樹に溶かしていった。

 

 

 

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お、終わらなかったあ。

(しくしく・・・・)

次こそは・・・・

 

 

今回のテーマは

由良ちゃん、人(霊)生にはっと気づいた瞬間。

 

友林は、5歳くらいのときに

母親や弟が自分とは異なる人間だ、

と、はっと意識した瞬間を覚えています。

当たりまえっちゃあ当たり前なのですが

それまで、漠然と自他の区別が

ついていなかったのでしょうね。

具体的にどういう思考過程を経て

そこに行き着いたのかは覚えていませんが

その瞬間だけは鮮やかに切り取られたように

焼きついているのですよ。

感覚的なものでうまく説明できませんが。

 

由良ちゃんは、玉限定で自他の区別がやっとついたみたい。

やっとかい、ってなもんですが、

それが木霊ちゃんってもんさ、ということで。

玉ちゃんが特別早熟だったのよん。