50000HIT企画作品その1

 

連なるものたち

 

 

『遅い!!』

「た、玉?」

身を溶かした瞬間、全身に感じた

馴染の感覚に由良は目を瞬かせる。

母なる樹に広がる内面世界はその樹から

生まれた木霊だけが住むことができる世界で

いわば木霊たちのもう一つの体。

ここに来さえすればここ数日の喪失感を

なんとか取り戻すことができるのではないか、と。

わけがわからない存在に成り果てた相方に

もう一度、コンタクトできるのではないか、と。

縋るような、しかし確信しながらの思いは

一瞬で充分以上に充たされる。

由良は久しぶりにシンクロした感覚に

思わず涙を滲ませて半泣きで怒鳴った。

「玉の馬鹿ぁ!」

『・・んだとぉ。馬鹿はお前だ。気づくまで何日掛かってる!』

「だって、あれ・・・」

『泣いている場合か。森はどうなっている?』

不機嫌そのもので怒鳴られた由良はその

声にさえ安心して、ますます嗚咽を漏らす。

『ったく!』

どうやら感情が一段楽するまで話をする状態には

ならないらしいと気づくと、玉は苛立たしげに

ため息をつきながら、しばらく気配だけを残す。

しゃくりあげる声にそれだけ由良の傷心と心労を

感じ取り、玉はばつ悪げに呟いた。

『ああ、オレが馬鹿だったんだよ。

油断して身体を乗っ取られたんだし、

言い訳の仕様もない。

けど、お前ならすぐに分かると思ったんだけどな。』

「うっく。ごめん。」

皮肉めいた言葉に、さすがに自分が情けなくなった由良は

ここ数日の騒ぎを思い出し、どっと崩れるように座ると

今度は泣き笑いしながら納得したように話し出した。

「なんかね。つながりが断ち切れたときから

なんかね、もう、なんも考えられなくなっちゃって。」

「でも、そうだよね。あれが玉のはずないじゃん。

いっくら体は、そう、でも全然別人だし。

うん、うん、そうだよ。別人、別人。

よかったあ、玉がいなくなったんじゃなくて。」

『お前ね。一人で納得してるんじゃない。』

「うん、うん。」

爆発した感情がやっと収まって少しは

思考力が戻ってきたのか、等閑に頷いていた

由良は、ようやく当たり前のことを問うた。

「でも玉、なんで?身体を乗っ取られちゃったって。」

座り込みキョトンとしたように首をかしげている

相方に玉は、今度は呆れたようにため息をついた。

『やっと、本題にたどり着いたか。』

「うん。この前拾ったやつのせいでしょ。それくらいは分かるし。」

『ああ。ここに封印しようとした瞬間、やつが唱えていた

呪が完成したんだ。あっという間もなく絡め取られてしまって。

なんとか意識だけをこっちに残すのがようようだった。

まあ、体だけだからやつの呪も完全じゃなかっただろ?』

「うん。なんか当り散らすのがようやくって感じだったけど。

でも、いったい何?こんなことができるなんて。」

『花魄(かはく)だ。それも飛びっきりのやつ。』

「花魄!あれが?ぼく初めて見たよ。」

 

うっそうとした森の木々の中で、どういうわけか

人が吸い寄せられるようにしてやってくる場所がある。

なぜ、そこなのか、理由は判然とはしなくても、

そこで人は決まって同じことをしでかすのだ。

・・・己の命を絶つことを。

枝振りが良い?のかなんなのか、

同じ木で人が3人以上首を括ってしまうと、

その恨みが凝って妖しが生まれることがある。

即ち、これ花魄(かはく)である。

かつて人の世に姿を現して数々の悪行を働いたと、

大陸で伝説のように伝えられているそれは

この秋津島では今まで見られたことはなく、しかし

木から生まれる歪んだ木霊(モノ)として

話だけは木霊たちには知られた存在なのだ。

 

「でも、なんで?人の恨みをなんでここで?」

『だから、どっかの霊(かみ)の作為だろ。

ったく、主様の留守を狙ったようにこんなことをするなんて。』

『にしても、お前なあ、3日だぞ3日。

今まで何してやがった。』

「玉のフォロー。」

『やつ、何しでかしやがったんだ。』

とたんに流れ込んできた映像に玉は呻く。

『おまっ、なんであれがオレじゃないって気づかない。』

「だって、あれ玉じゃん。」

『身体は俺でも、違うだろ。』

「うん、違う。全然、玉じゃなかった。」

掛け合いのように交わされる言葉に

その思いまでをも重なって、

由良は理屈ではない信頼と

絶対の安心感を体中に感じながら何度でも頷く。

そうして、中性体の木霊は目をつぶると

男性体である玉の意識に問う。

「うん。でもどうする?これから。」

『お前が来た以上簡単だろ?』

「・・・ああ、そっか。」

『行くぞ。』

「うん。」

一瞬の半分にも満たない時間で交わされた

意識の交換に、由良はにっこり笑って勢いよく立ち上がると

その身を母樹より現したのだった。

 

そうして、それから半時も経たない内に、

不完全な呪によって、出来ることと言ったら

不和のタネを蒔くぐらいであった人の恨みの念より

生まれた妖しは、乗っ取った体の持ち主を

身のうちに宿したこの森の一の眷属である木霊たちの

相乗の力により封じられることとなった。

 

 

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突っ込みはなしの方向で。

(にっこり笑って後ずさりながら)