50000HIT企画作品その1

 

連なるものたち

 

5

 

起き抜けにぐんと伸ばした腕の感覚が

いつもと違うと気がついたのは、

それから間もなくのことだった。

 

 

 

 

花魄と呼ばれる妖怪は、女の

もっともいやらしい部分だけを

切り取ったような存在だった。

おそらくは男に裏切られた女が

その恨みを男に向けたばかりでなく、

その男が情けをかけうる女たち総てに対して

呪いを放ちながら自らを縊ったのだろう、と。

この妖しの元となった木は、何の因果か

同じような恨みを帯びた女たちのみを

引き寄せたらしい、と。

一人の恨みが相乗して、その念は

邪悪にて暴走し、おそらく人間社会に

放たれていれば、幾多の凄惨な事件を

引き起こしていただろう、と。

玉の体を取り戻し、そうして妖しの

力を封印すべく立ち向かった由良は

本性を現した花魄の瘴気に

自身の心気を保つのが精一杯で

身のうちに宿した玉の力なくば

返り討ちにあっていたかもしれない。

 

「この男は私のもの。」

「私だけのもの。」

追い詰められ、狂気に取り付かれたごとく

乗り移った玉の体に執着した妖怪は

その半身たる由良を嘲るように囀る。

「心などいらない。

どうせ離れていくのだから。」

「お前もちょうどよいではないの。

一つの木に宿れる精霊は本来一柱。

そのままそこにある心を同体にしてしまえば

お前があの木の真の主になれるのよ。」

由良の動揺に、唇を引き上げ妖しげに笑うと、

憑かれたごとき光りを本来半身のものである瞳に乗せて

狂った夢を呟き続けたのだ。

「この体は私のもの。

ようやく得た私の男。

もう放さない。離れない。」

半身の体を使い自らを抱くように

その手を這わせるおぞましさに、

由良はきっと眦を決する。

裏切った男の形代として代償に奪わんと、

男である玉の体を生贄のごとく欲している花魄の狂喜に

双子は相乗の怒りのパワーを解き放つ。

「「黙れ。」」

「「玉はぼくのものだ!!」」

小さな花びらのごとく纏わりつく光に包まれて、

玉の体から小さな思念体が吹き飛ばされていった。

由良はたった今光りに包まれていた体に駆け寄る。

「玉。」

「ああ。」

「どこもなんともない?」

「大丈夫。それより・・・」

寄り添い立つ双子の木霊は

そっくりの仕草で振り返った。

「身の程を知らぬもの。

標の森の一の木霊の力を思い知れ。」

しかし、そこに浮かぶ表情は意外なほど異なっていて。

見たこともないほど冷たい怒りに満ちた視線で

倒れ付している小さな女体をにらみつけた

男性体の木霊は、自らの腕を伸ばすと

花魄の全身を覆うように硬い結界の膜を張る。

そうして、固い表情で立ち尽くしている由良を

そのままに、標の森の一の眷属である木霊は

側に控えていた武神に命じて

もとの場所に放置させたのだった。

「玉。」

小さな声に振り向くと、

どこか心細げな表情の半身がいて。

「心配いらない。あの結界は破ると同時に

中のものが粉砕されるし、そうでなくても

ほうっておけば一昼夜で干からびて死ぬ。

どっちにしても、もうあんなやつに

煩わされることはないよ。」

「そうじゃなくて・・・」

そのまま俯いた由良の肩を玉はポンとたたく。

「・・・そっちも心配するな。」

そうして、男性体の木霊は、

「不在」だった間に滞っていた森の運営を

平常に戻すべく、程なくお役目に戻っていった。

「・・・玉は知っていたんだ。」

その後姿を見送った中性体の木霊は

小さく小さくため息をつく。

「潮時、かな。」

いつもどこか楽天的で、ある意味享楽的な

木霊らしい木霊だった由良は

今まで浮かべたことのない表情で

自らを覗き込むようにそっと微笑んだのだ。

 

 

 

そうして・・・

 

 

 

「おはよう。」

「ごめんね、玉。長いこと待たせちゃった。」

傍らで肩肘をついて見つめている半身に

微笑みかけると、中性体だった木霊は

グンと伸ばした手をそのまま差し出す。

「謝るのは俺のほうだろ。先に変体したんだから。

お前に選択の余地をやらなかった。」

二柱の個性ある木霊。

生まれたときは一心同体のごとくだった体は

その心のごとくあるがままに分かれていって。

「ん〜。しょうがないよ。僕だってちー様好きだし。

でも、もっと早く言ってくれればよかったのに。」

そうして、今、ようやくあるべき姿で

一つに結びつくことができるのだ。

「お前はお前でいて欲しかったからな。

それより、もう『僕』じゃないだろ。」

伸ばされた手を引き寄せると男は女の耳元で囁く。

「そっか。慣れるまで時間掛かりそう。」

クスリと笑った口元を力強い指が優しくなぞって。

「すぐ慣れるさ。」

そうして、男性体の木霊と女性体の木霊は

初めての口付けを交わしたのだった。

 

 

 

 

かつて、この森の主であった桜樹の神が

この世の名残りに残した木霊は2柱。

互いが互いのために作られた木霊は

こうして夫婦神として連理の枝となり、

末永く結びついたのだった。

 

 

 

おしまい

 

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えっと、そういうわけです。

それじゃあ。

(と、手を挙げ歩み去る)

 

のはお待ちくださった皆さまに失礼なので、

ちらっと解説をば・・・

 

双子の木霊たちはもともとが

一つが二つに分けられたような存在だったので、

その誕生から、

夫婦神となるべく運命付けられていました。

どっちが男になるか女になるかは、決まっていませんでしたが。

運命しだいで、男女は逆転していた可能性もあったのです。

夫婦となって初めて一人前に、完成体になれる木霊たち。

どっちかと言うと、玉は早くから

そのことに気づいていましたが

由良に強制する気はなく、

自然に大人になるのを待っていました。

由良が男になることを選んだらそのまま樹から

身を引くつもりだったのかもしれません。

そうして、そんな玉に気がついて

ようやく由良も大人になる決心をしたのですね。

玉がちーちゃんに惚れたり

由良がいつまでも子どものままでいたがったり

運命を受け入れるまでにはお互い

たくさんの道草をした感じですが

やっと納まるところに納まったってところでしょうか。