50000HIT企画作品その1

 

連なるものたち

 

 

 

人里近いとある森。

かつてはこの何倍も大きかったという森は、

開発と言う名の人間の力により少しずつ削られ、

その下には国道が走りトンネルまでをも抱えている。

もっとも、北と西の方角には小高い山が連なっていて、

うっそうとした木々は森の境などは知らぬ

とばかりにどこまでも続いていっている。

削られて道になった南の境と、同じく宅地として

均されている東の境の辺りが、

かつてこの森の中心であった面影は、

とちの木台と呼ばれる団地へと続く坂道の途中に立つ、

本来山奥にあるはずのオオヤマザクラによって

その痕跡を残すのみである。もっとも、この木は

一度枯れてしまい、伐採まで検討されたことがあるのだが、

どのような自然の采配によるものか今では再び芽を吹いて、

その盛りの時には及ばずとも

春になると里に遅れて花開く

知る人ぞ知る桜の名木として大切にされている。

さもありなん。

この桜木は、神々に標の森と呼ばれている

この森の一代前の主が宿っていた神木なのだ。

玉響姫と呼ばれていた桜木の女神は、

その命と引き換えに森の開発に勤しんでいた

人間達に神罰を与え、これ以上の人間の

横暴を森に及ぼすことを防いだのだ。

標の森の力を保つぎりぎりの選択。

力の源である龍穴の泉を封印し、

二つの世界をつなぐ標道の始まりの

御印である鳥居より奥は人の手から守らんと。

そうして、人間の力が及ばなくなったと同時に

神を失ったその森は、紆余曲折の末、

今では新進気鋭の白龍が主となり

玉響姫が宙無の眠りに就いたときに

最後の息吹から誕生した

双子の木霊もろともにその強大な力の

庇護の元におかれている。

 

 

 

 

「「シン、そなた何を持っているのだ?」」

ステレオ放送のように左右から重なる声が

森の木々を縫いながら走っていた武神を呼び止める。

この森の龍神夫妻が半月の予定で狭間の向こうに

出かけている間、留守を預かる責任者である

双子の木霊が声をかけたのは

シンと呼ばれる蛟竜(こうりゅう)で、

主がその愛妻を正式に比売神としてたてた際、

竜宮から祝いの使者として来たまま

森にいついてしまったという変わり者である。

外見年齢20代半ばの青年の姿を取っているシンは

どこにでもいそうな平凡な顔立ちながら

鍛えられた肉体美の持ち主で

その武人としての腕と無骨なまでの生真面目さから、

主の力に依存してぬるま湯のようにいい加減だった

森の守備についている眷属たちの様子を

見るに見かね、若い龍神を一喝して

竜宮なみの武神集団に育て上げた功労者でもある。

そんな武神は急停止するとほっとしたように、

森に住む眷属たちの総元締めである木霊たちに

手に持っているものを掲げてみせた。

「標道に落ちていた。」

「「落ちていた?」」

樹影から姿を現した双子の木霊たちは

不思議そうに首を傾げる。

「これ何?玉知ってる?」

「いや、初めて見るよ。」

まるで独り言を言っているかのように

同じ声で言葉を交わしている木霊たちは

生まれたときはまるで瓜(うり)のように

そっくりだったのだが、しかし、一方が

早々に男性体に分化したことにより

今では見分けがつかないというほどではない。

そっくりの顔つきはさすが桜の樹精だけあって

双方ともにどこか優しげで、その祖である

玉響姫の面差しをよく受け継いでいるが

眦がすっと切れ上がっている分

かの御方よりも幾分きつめの印象が

ある、というのは古くからこの森にいる

小さな地霊の言である。

伸ばせば美しいであろう黒髪は

共に肩に付くか付かない程度に

切りそろえられていて、顔つきも

背丈も声も、髪型さえもそっくりの

外見年齢14,5歳の双子は、

しかしその体つきだけは

僅かに異なっているのだ。

生まれたままの中性体を取っている由良は

男性体である玉よりもほんの少し華奢な体つきを

していて、その幾分ほっそりとした腕を伸ばして

シンが持っているものをつっついて揺らしながら

「それ」を持っている無骨な手の持ち主を見上げた。

「いや、オレも初めて見るものだ。」

視線で問われたことに首を振った蛟竜は

おそらく、主の留守中いつも以上に気を張って

森のパトロールをしていたのだろう。

標道にわざとらしく置かれていた「もの」を

放置もできず、その判断を仰ごうと木霊たちを

探していたところだったのだ。

「ふうん?玉どうする?」

「元のところに放置する、というわけにはいかないか。」

「うん。たぶん、異国神のしわざだね。

余計なトラブルを引き起こすのはたいていやつらだ。」

双子の木霊は、膝を屈めてそれの中を覗き込んだ。

シンの指の中でゆっくりと左右に揺れている「それ」は

木製の真四角の鳥かごで、その天辺には

持ち運びができるように細い組紐が結ばれていて、

そうして、その中からは聞きなれない

声が絶えず漏れている。

「こいつも異国から流入した霊なんだろうな。」

篭の中にいるのは、14,5cmほどの

背丈の美しい女の姿をした小さな霊で、

玉のような真っ白な肌は毛ひとつ無くすべらかで

しきりに何かを呟いている。野の生き物と

あまり変わらないモノなのか、素裸でいるにも

関わらず恥ずかしがるそぶりもなく、

まるで仮面のように動かない表情(かお)は

覗き込んでいる木霊たちなど気づかないように

視線さえ合わせてこないのだ。

「どこから来たのかな。」

「さあねえ。」

絶えず唇を動かして発している声は

早口すぎるためか、または全く異なる言語を

使っているためか、まるで話をしているというより

鳥が囀っているかのように聞こえてくる。

「気配は我らの同属かも、ね。」

「うん。だけど木属を特定できないね。

この辺りにはないものなのかしら。」

由良は小さな女霊の顔を見ながら首を傾げる。

「異国から来たどこぞの神の慰みものなのかしらん?

前にちー様が欧国にいる妖精と呼ばれる妖し(あやかし)の

お話を読んでくださったけれど、それかしらね。」

そういいながら格子の隙間に指を突っ込もうとした由良を

玉の手がハッシと掴む。

「お前なあ。正体もわからないものを

勝手に触るな。それにわざと標道に

放置されていたとしたら、何か我らに

対する仕掛けがあるのかもしれない。」

玉は先程から黙って双子たちの

やり取りを見ているシンを見やった。

「とりあえず、これは僕が預かろう。そなたは

森の警戒を怠らないように気をつけてくれ。

知っての通り、最近見慣れないやつらが

秋津島に入り込んでいて、狭間の向こうでも

かなりのトラブルを起こしているらしいから。」

それに頷いた武神は、足元に拾い物を置くと

上司にあたる一の眷属に律儀に一礼して

その場を去っていった。

 

 

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すみませ〜ん。近々といいながら

なかなかアップできなくて申し訳ありません。

続きものになっちゃいますが

あんまりお待たせしないですむように

細切れにアップしていきたいと思います。

(そうでもしないとなかなか先へ進みそうもないので)

 

 

さてさて、ようやく木霊ちゃんたちの

外見設定が顕かになってきましたね。

シンちゃんの設定もおまけで登場。

(ついでに分けわかんない霊も登場。

次回正体が明かされる・・・・かも?)