別設定のお遊び話10

一つの道を

 

「お婆ちゃん、この薬ってはくがのんだらどうなる?」

素っ頓狂な言動はいい加減にして欲しいね。

銭婆は、ため息を吐くと千尋の真面目な顔をじろっと睨む。

「何を考えてのことか、分からない訳ではないけれど無駄だね。」

あのはく竜にお前さんのことを忘れさせようとしたところで

なんになる?今の魔力を別にしても、湯婆婆に操られている時でさえ

お前のことは忘れることは無かったのだよ。

自分の名前さえ失っていたくせに。

「・・・・そう。」

千尋は、銭婆に向けていたその視線を床に落した。

「で、決めたのかい?」

銭婆の言葉にわずか顔をあげると、ゆっくりと首を振る。

「はくを忘れて、なかったことにしても、はくが私のことを

忘れなければ、はくだけがつらいのじゃない?」

そんな千尋の言葉に銭婆は眉を上げる。

「つまり、はく竜を受け入れる、と?」

「ん、それはまだ決めていないの。でも、薬は返します。」

千尋は胸のロケットから薬を取り出すと銭婆に渡す。

銭婆は白い薬と千尋の顔を交互に見やる。

そうして、この魔女にしては珍しく迷ったかのように手を彷徨わせた。

「はく竜を受け入れないのなら飲んだほうがいい。」

このままでは、人間の男に嫁げなくなる。

迷っているのなら、持っていなさい。

そう言って、薬を千尋のほうに押しやる。

しかし、千尋は首を横に振った。

「いらないの。お婆ちゃん、わたしはくが好き。

たぶんこれからも悩みつづけると思うけれど、はくのことは

忘れたくないの。あの怖かったはくのことも含めて。」

銭婆は、ますます眉を吊り上げた。

「なのに、はく竜を受け入れるか決めていないというのかい?」

そんな銭婆に千尋は頬を染める。

「だって・・・・」

銭婆は視線を彷徨わせた千尋をじっと見つめる。

そうして、次の言葉に思わず噴出してしまった。

「はくは、わたしのどこがいいのかしら?」

「・・・・まあ、基本的な疑問だとは思うけどね。」

それこそ、悩むだけ無駄だね。

げらげら笑いながらの銭婆に憮然とした千尋は

だって・・・と言葉を繋げる。

「だって、わたしなんか、美人じゃないし。(はくはあんなに綺麗なのに)

本当にどこにでもいる凡人だし。(はくは元河の神様で今では魔法使いなんだよ)

頭だって良くないし。(ほんと、数学に困ってるんだから。

宿題、はくに手伝ってもらわなかったら、絶対終わらなかったと思う)

性格だって善人じゃないよ。世間知らずの甘ったれだし。

(銭婆お婆ちゃんに鍛えてもらったから少しはいろんなこと勉強できたけど)

それに、残酷な人間だし。(コウタ君のこと結局おいしく食べちゃったし

おまけにはくがおいしいといってくれて嬉しかったりしちゃったし)

おまけにはくのことも、自分の世界のこともどっちも選べないような

優柔不断な人間だし。両方の世界を失いたくないと思っているなんて

すっごくずるいし。(はくはわたしのためになんでもしてくれるのに)」

「ちょっ、ちょっと、お待ちな。」

ほっとけばいつまでも続きそうな千尋に、よじれている腹の皮を

元に戻すのに苦労するほどの大笑いをしながら、銭婆は言葉を挟んだ。

そうして、その両頬を大きな指の先でむぎゅっと掴んだのだ。

「イ、イタイョ。お婆ちゃん。」

涙目になっている千尋にもう一度笑いの発作が起きそうになりながら

銭婆は、掴んでいた頬を離すと、そのまま頬に指を這わせる。

そうして、その大きな目をさらに大きくしながら千尋に顔を

近づけると、優しく言ったのだ。

「ばかだね。本当にばかな娘だ。はく竜なんかのどこがいいんだい?」

「・・・だって、はくははくなんだもの。」

困ったように眉尻を下げて答えた千尋に銭婆は微笑む。

「まったくね。愚かで優しいもの同士、お似合いさね。」

「でも・・・・。」

若い娘特有の自信の無さに、それだけはく竜に心を寄せている

証を見て、銭婆は千尋の頭を撫でる。

「まあ、いいさ。正式に嫁にくるまでまだまだ時間は

あるんだ。せいぜいお悩みな。」

そうして、た〜んと、はく竜を悩ませてやりなね。

後半の言葉は口には出さず、悪戯っぽい笑みだけを

「あうっ」と項垂れている千尋に与える。

「ならば、いいね。この薬は破棄するよ。」

話を元に戻した銭婆に頭をあげた千尋は大きく頷く。

これだけは自信を持って自ら選んだ道なのだから。

銭婆の手のひらの上で薬が消えてなくなるのを見ながら千尋は微笑んだ。

 

ガタガタガタガタ・・・・

突風に家が震える。

「ちょうど、お迎えが来たようだね。」

はからずしてドアを見やった二人の目の前でドアが大きく開いた。

入り口から見える庭先には現実離れしているほど

眉目秀麗な青年が立って、こちらを見つめていて。

「また、おいで。」

「はい、お世話になりました。また、いろいろ教わりにきます。」

「あんたが来てくれて、本当に楽しい夏になったよ。いつでも

来たい時にはく竜につれてきてもらいなさい。待っているからね。」

「ありがとうございました。さよなら。」

千尋は、はくの元に駆けていく。

その後姿を見送りながら青年に視線をやると、視線に気付いた

はく竜は顔を綻ばし、黙礼をしてきて。

竜に転変した若者は愛しい恋人を乗せるため姿勢を低くする。

それは、まさに娘の心を希(こいねが)う若者が、

娘の足元にひれ伏しているかのようで。

そんな竜に何かを言って、その背にそっと跨った娘は

その身体を委ねるかのように竜身に添わせていく。

まさに、相愛の恋人達。

なのに、互いの気持ちを思いやりすぎて未だに心を

真からは寄り添わせていないのだ。

そんな二人が飛び立っていった空を見上げながら、

長い時を生きてきた魔女はおかしくて楽しくて愛しくて仕方が無い

というかのように、瞳を和ませる。

まあ、しばらくはあの魔法使いもまた、忙しくなるのだろうね。

トンネルのあちらとこちらを行き来するのだろうから。

そうして、本当の恋人となるまでにたくさんの

物語を作り上げていくのだろう。

もちろん、互いの気持ちを理解しあった後は言うも及ばず。

そうして、真っ青な空に白い細い線となり、遠く消えていった二人を

魔女は、いつまでも見送ったのだった。

 

一応、終わり?

 

 

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書き終わってみれば、なんのことはない。

結局、千尋がはくのダークな面をも含めて受け入れることができるのか

ということが、テーマだったらしいです。

本編がオリキャラの嵐なので、設定はともかく、極力余計なキャラは

省きました。もっとも、三本柱のお姉さんとやらいう、わけのわからない

キャラが名まえだけ出ていて、気になる〜と悩ませてしまったみたいで

ごめんなさいです。

この後は、どうしよっかな。

千尋の心が決まった以上、これ以上は瑣末な話になりそうだし。

もっとも、べたな展開だけど、こっちの世界で学生生活を送る

千尋にはくがごちゃごちゃ絡んでくる話も楽しいかも。

油屋に遊びにいくって言うのもありだし。

喧嘩したり、仲直りしたり、いちゃこいたり、肘鉄くらわしたり

邪魔がはいったり、先を悩んだり、まあ、青春!というお話を

本編の合間に書くのも気晴らしになるかなあ。

いろんなイベントなんかで楽しめるのはやっぱ学生のうち?

卒業後に、約束されている式も気になるしねえ。

お遊び部屋だから、いろいろ遊ぼうと思えば遊べる、かも?

(そう思って始めた話が気晴らしどころではなくなって

どつぼにはまったくせに我ながら懲りないね。)

まあ、最後は結局、千尋は魔法使い琥珀の嫁になるんだろうな。うん。

なんか、ずるいぞ、はく。

 

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