龍神情話・第2章      

『あの2人、あんまり変わっていないな。』

リンは、特別室の2人のために 食事の準備の采配を振りながら、

顎に人差し指をあて 考えていた。

ここ数ヶ月、油屋の話題を攫(さら)いつづけたのは、若き新進気鋭の龍神とこの湯屋で

運命の出会いをした人間の娘のラブロマンスで、特に女部屋では 憧れのカップル

として、薔薇色の眼鏡を何重にもかけて捏造(ねつぞう)した話が あること無い事 飛び交っ

ていた。もっとも、あの2人がこの湯屋にいたのは もう7年も前の事で 特にせんは

4日しかいなかったのだし、実際の姿を 見知っているのは 今では上司らと 釜爺、

そしてこの女部屋にいる中では リンくらいになっている。そのため、想像の余地が 

山ほどあったらしく、特にロマンスに憧れる年頃の 小女たちは 何かというと話題に

もちだし、リンから情報を得ようと 煩く付きまとってきて 姦しいったら なかったのだ。

リンも調子に乗って、せんの武勇伝を大げさに話してやったり

(容姿に関しては深く追求させない・・・何しろ10歳の小娘だったのだし) 

身分を隠して?湯屋の従業員として働いていた 若き龍神の容姿を話してやったり

(性格については誉めるところなし・・・だとリンは思っている〉

と、小女たちの夢を壊さないようにしてやっていたが、毎日のようにくりかえ

されると さすがに飽きてきて 好きに考えろとばかり、ほおっておいたのだ。

したがって、今では

「美男美女の運命で結ばれたカップルが苦労の末、やっと 

この湯屋でめぐり合い 幾多の困難を経てとうとう結ばれた」

のだという、3文ロマンス小説も 顔負けの話が出来上がっているのだ。

まあ、実際にあってみてどう感じるかは 自由だし、

がっかりしても俺の責任じゃあないってことで。

いや、ハクの野郎は相変わらず(外見は)いい男だったし、

せんも「あの」湯婆婆に抱きついたり 「あの」若様や 

「あの」わけわかんない かおなしと ためで話していたんだから 

おれは嘘をついていないぞ。うん、うん。

でもな、そんな「誤解」何時まで続くかな。

ハクの野郎は、相変わらずせん以外には興味なしというのを

 隠そうともしないような すかした野郎だったし、

おまけに独占欲の強い事って言ったら 鬱陶しいくらいだ。

なんせ、あの『坊』にまで 焼きもち焼くんだぜ。

せんはせんで、あいかわらずの ぼけと とろさだったし、なにより 

どうみても龍神様とそれに召された人間の娘というより、大文字で

「バカップル」と言ってやったほうが いい組み合わせだ。

まあ、夢は夢のままのほうが美しいってことだな。

ガキどもが 現実に目覚めるいい機会かもしれない。

思いっきり失礼な事を考えながら、リンは小女のなかでくじに当たった

幸運?の下働きに手伝わせて、離れにお膳を運んだ。

 

「より、どうだった?お給仕したんでしょ。」

配膳室にお膳を下げてきたよりは、朋輩(ほうばい)たちに取り囲まれた。

リンさんは この後しばらくは特別室に付きっきりになるし

ここぞとばかり、隙を見てうわさのカップルの

真相を聞きだそうとみんなで迫ってくる。

「う、うん。まあね。」

言葉を濁したよりに詰め寄る前に、上役の怒鳴り声がした。

とたんにわらわら散りながら、「あとで、教えなさいよ。」と

口々に駄目押ししてくる仲間達を見ながら、よりは一人で

赤くなった頬を ペチペチとはたいた。

『い、いえない。あのクールビューティーの竜神様が、

お食事の間中 いやがる千様に引っ付いていて、

しまいにリンさんに ど付かれていたなんて、い、言えない。』

な、なんか、イメージが・・・・

その後は、大勢の客が次々に到着したこともあって

それこそ目の回る忙しさだった。

宴会の準備が終わったかと思ったら、ホッとする間も無く

それこそ戦場のような騒ぎだったのだ。

霊霊様の宴会には 慣れているつもりだったけれど。

いつもおいでになる方々よりも、少しお力が上の方々とお聞きしていたのに

その騒ぎたるやいつもの2倍、いや3倍、いや10倍にも感じられた。

大広間と配膳室を何回も往復し、空いたお膳やら酒瓶やらの

上げ下げにいそがしく、どうやら一段上の雛壇(ひなだん)に居るらしい千様に

ちらっとも目をやる暇もなかったのだ。

『わーん、ちょっとでいいから、御衣装を身に纏(まと)われた千様を見たいよ〜』

女の子らしい憧れは、どうやらかなえることが無理なようだ。

が、その日のよりは、やはり幸運だったのだろう。

夜半過ぎ、一段と大きな歓声が上がったと思ったら、間も無くリンさんに

付き添われて千様が広間から退出してきたのだ。

「お、ちょうどいい。より、お前 そっちの手をささえてさしあげろ。」

退出したとたん足をよろめかせ、倒れかかった千様をうまく受け止めたリンさんの

指示に従おうとしたとき、突然後から聞こえてきた声に よりは飛び上がった。

「いや、よい。わたしが連れて行こう。」

次の瞬間には竜神様の腕のなかから、真っ白で繊細な打ち出し模様の

透けたレースが垂れ下がり、千様は抱き上げられていたのだ。

「はく。ごめんなさい。わたし、あんなに強いお酒だと思わなくて。」

「いや、わたしが悪かったのだ。わたしの隙をついて 

そなたに酒を勧めるなど、古峰殿ときたら、まったく。」

「はくッたら、お世話になった神様なのでしょう?

わたしは大丈夫だから お部屋に戻って お話の続きをして。」

そういう、千様に続けるようにリンさんが口を挟んだ。

「そうだぞ、『ハク様』。主役が2人とも抜けるなんてまずいだろ。

せんには俺がついているから、あんた 宴に もどれって。」

しかし、竜神様は、聞こえないかのように向きを変えると、

千様を抱き上げたまま 回廊の奥のエレベーターホールに行ってしまった。

その後を、慌てて追いながらリンさんが、いまいましげに

「ちぇっ。アウト オブ 眼中かよ。より、女部屋に帰ったら、

あいつの正体 みんなにばらしてやんな。」

そう言ったりんさんの後姿を み送りながら ぼ〜っとしていた よりは、

「ぼけっとするんじゃないよ。」

と大湯女のお姉さまに怒られてしまったのだ。

最後の一人の神様が宴席から退出したのは、夜が白々とあけるころだった。

あれから、再び宴にもどった竜神様は、最後の一人がつぶれるまで

お付き合いし、涼しげな表情を崩すことなく お部屋に戻っていかれた。

片づけが終わってやっと女部屋に戻ってきたより達は、もう話を

する元気もなく、倒れこむように寝入ってしまったのだ。

こうして、お披露目第1日目は無事に終わった。

 

その次の日も、同じように怒涛(どとう)のごとく過ぎていって、

この日にお給仕についたのは よりの同期の ちね で。

やっぱり、ちねもお給仕が終わってから ぼおっとしていた。

その理由がなんとなく解かっていたよりは、

顔を見合わせて 頷きあったりして。

どうやら、リンさんは、妄想がたくましく 憧れが大きい順に

給仕としてお側による機会を与えてくれたらしいのだ。

そんな、繊細な気遣いができるリンさんは、

今のよりと同じ立場だったのに

よりはいまだ リンさんの足元にも寄れないと思っている。

あのひと月続いた前代未聞の神々の宴は、すでに7年も前の事なのに、

未だに昨日の事のように感じられるのだ。

あのひと月のうち、上位神がいらした5日間だけは宴もお休みで

湯屋のものが大広間にはいることも禁じられていたから、

みんな、いい骨休みだとありがたく、

休ませていただいていたけれど。

神様がなさる事は、詮索しないことが、

この湯屋の大切な決まりごとなのだけれど。

りんさんは、その5日の間、心配げに唇をかんで 

広間の廊下に控えていたっけ。

最後、31日目、空の御方がお帰りになって 

晴れ晴れとした顔をなさった千様は

次の日は湯屋の従業員一同に 

無礼講の労(ねぎら)いの宴を開いてくださったのだ。

それは、同時にリンさんの旅立ちのお祝いも兼ねていて。

25日目にいらした、鼻面稲荷大明神様に 気に入られたリンさんは、

披露目がおわったら鼻面さまの眷属として、

神々の仲間入りをするための 修行が許されたのだ。

その、リンさんが 今日この湯屋にやってくる。

はれて、お役目をいただいて 小さいながら屋敷守(やしきもり)として お社を

いただいたリンさんは、神籍に名を連ねる神様の一人となった。

その、お祝いの宴をごく身内だけで祝おうと、

千様とともに、来てくださるのだ。

「よく、お越しくださいました。」

この湯屋の小女から出発して 一人前の神になった伝説のリン様を

見知っている数少ない従業員のひとりとして、出迎えたよりに、

「より、相変わらず、乙女チックな顔だな。ほんとお前って変わらないのな。」

乱暴な中にも暖かい口調そのままのリンさんの言葉に

思わず、なみだが浮かんでしまい、側で微笑んでおいでの千様や

相変わらずクールビューティーの竜神様のお顔も滲(にじ)んでしまったのだった。

 

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おっと、やっぱり主役を食っちまったよ。りんさんへの愛に免じてお許しあれ。

次は、ハクの成長物語というわけで。