竜神情話

第3章  発現   結果的には必要なかったけれど必然だったんです 

お披露目・第3日目

地の神 白神姫の命(しらかみひめのみこと) ご降臨

 

今日は、秋津島の上位神のひとり 地の神である 白神の御方が御来光(ごらいこう)くださる。

本来なら神在月(かんざいづき)の出雲以外 出歩く事などしない女神が、翁殿の

とりなしで、はるばる狭間のこちらまで来てくださるのだ。

もちろん、この方くらいになればわざわざ標道など使う必要などなく

その神力を持ってすれば 今すぐここにあることなど容易いだろう。

この女神は、秋津島の東北にある広大な、それこそ鎮守の森がちっぽけな

水溜りだとすれば、湖にも匹敵する山野を治めていらっしゃる方だ。

その力は、この地をして人間どもに『世界遺産』とやらに登録させ

人間自ら禁忌の地と定めてさせてしまうほど 偉大なもの。

秋津島の神の中でも かなり合理主義で その力の使い方を現代の

人間世界に合わせることができる 稀有な神なのだ。

琥珀主は、千尋と並んで 湯屋の入り口で来光を待つ。

程なく、ざわざわとした騒ぎが近付いてきた。

「えっ、リムジン?」となりで千尋が驚いているが、琥珀主は

頭を抱えたくなる気持を押さえたまま無表情に

宙をかけて来たリムジンが 止まるのを待った。

車からおりたのは、真っ赤な露出度の高い ドレスを身にまとった 

まさにゴージャスとしか 表現しようもない女神様で。

後に控えていたリンが小声で

「うわ、やべっ。広間の仕様変更だな。いそいで手配しなけりゃ。」

と、呟いてそっとその場を離れたのを感じたが おそらく、会場を

異国のパーティー形式に変更するつもりなのだろう。こういう融通が

効くのは、翁様のスポンサー効果か などと、その場にふさわしくない

考えがチラッとよぎったのは、現実逃避だったのだろうか。

千尋を簡単に紹介し、挨拶を済ませた後

すべて女性ばかりの眷属を引き連れて、部屋に引取り際に

投げかけてきた 意味ありげな微笑みにため息を吐いた。

 

「やっぱ、タキシードだろ。」

この2日、ドレス姿の千尋と異なり衣冠(いかん)姿であった

琥珀主に 勧めてくるリンは どこかいらいらしているようだった。

なにしろ、今日はせんに付いていてやれないのだ。

宴、いやパーティーか、の準備が終わってしまえば 大広間に

出入りするのを許されるのは、女神様と主役2人の眷属達だけで。

湯屋の従業員は準備が済み次第、宴が終わるまでの間

休んでいて良い事になっていて、それはこの2日オーバーワーク気味

だった、全ての従業員にとっては ありがたいことではあるのだが・・・

「『ハク様』よ。あんた あんなお偉いさんに

せんを引き合わせて 一体何をするつもりなんだ?」

うろんげな問いは、もちろん越権行為で 不興を買っても仕方がない

覚悟があったたが、今日の披露目が近付くに従って様子が変わってくる

せんを見ていれば、どうしても言いたくなってしまって。

たんなる、祝いの宴ではないことくらいお見通しなのだ。

琥珀主はチラッとリンを見やったが、何も答えようとはしなかった。

さらに詰め寄ろうとするリンを止めたのは、顔を曇らせていた千尋だった。

「リンさん、はくが翁様にお願いしたの。わたしに守護をいただきたいって。

変わりに、何か神様のお願い事をかなえる事になっているの。」

千尋の言葉に目を見開いたリンは驚きのあまり直ぐには言葉に

ならないようだった。何回かつばを飲み込んでいったのは、

「いくらなんでも、あんな上位神との取引なんて、あんた大丈夫なんか?」

だって、秋津島の上位神っていったら、あれだろ。

八百万の神々の中から5人だけ選ばれるって。

乾坤(けんこん)の信賞必罰(しんしょうひつばつ)の

最終決定権を持っている方々で

その神罰は容赦のないものになるって。

たしかに守護を得られればすごいことだけど、

そんな神々の守護を得るっつったら、それなりの代償が

必要で、いかに祝いの席とはいえ 

ぬるい事を要求してくるとは考えられない。

「やっぱり、そう思う?はく、わたし上位神様の神気なんていらない。

はくがいてくれるだけで充分なの。お願い、いまからでも やめて。」

琥珀主は、千尋の不安を掻き立ててくれたリンに苛立った視線をやったが、

千尋を安心させるように穏やかな声で言った。

「心配要らないよ。前にも言ったろう?

どんな課題がいただけるか楽しみだって。

それに、もういらしているあの方に

やっぱりやめます、なんて失礼だろう?」

「はくが言えないなら、わたしがお断りしてくる。」

今すぐ部屋を飛び出しそうな千尋を止めたのは、リンだった。

リンは千尋を胸に抱きとめたまま『ハク様』を睨みつけ

「せんを悲しませたら承知しない。」

吐き捨てるようにでた言葉に 以外にも琥珀主は 口角を上げた。

「それは、わたしが言うべきセリフだな。私自身を含めて、

千尋を悲しませるものは 許すつもりはない。」

さあ、支度を。

その決意に満ちた表情を見て、何を言っても無駄だと悟ったリンは

眷属に導かれ 支度をするために部屋を出て行った後姿を見ながら

せんに向かい、肩を竦めて言った。

「釜爺じゃないけど、まさに なりふり構わぬ愛ってやつだな。

お前も、大変だな、せん。」

その言葉に、きっ、とした顔をした千尋が答えた。

「はくは何にも解かっていないの。リンさん、お願い。廊下でいいから

側に控えていてくれる?はくが無茶をしたら、無理やりにでも

止めるつもりだから、呼んだらすぐに来て欲しいの。」

「だって、お前そんなことしたら、上位神の怒りを買うかもしれないぞ。」

「構わない。はくばかりに 何でもやらせるつもりは無いもの。」

千尋の言葉に さらにがっくりと肩を落としたリンは 自棄になったように

「ああ、ああ、任せておけって。このリン様は

お前の頼みなら 何でもきくことになっているんだ。」

と叫ぶと、口の中で呟くように、

「ほんと、バカップルだわ。似合いすぎるっつうの。」

そういうと千尋の支度を整えるために準備を始めるのであった。

 

 

「あ〜ら、まあ、タキシード姿もとっても、似合うわねぇ。

ちひろとやら そなたも、そう思うでしょう?」

パーティー会場と化した湯屋の大広間に入ると、そこは色とりどりの華やかな

ドレスに身を包んだ女性たちが、まるで花園の花に留まって

舞う時を待っている蝶のように そこかしこに佇んで、主役の2人を出迎えた。

白神姫の命は先ほどと違いエメラルドグリーンに光るドレスを

身にまといその中でも一段と華やかで美しい存在として際立っていた。

琥珀主は,その中で唯一の男性で、タキシードをピシッと着こなした

その姿は、思わず見とれてしまうほど。

唯一 真っ白なドレスをまとった千尋は,白神姫命の言葉に

頬をそめ、素直に頷いた。

「はい。いつも和装なので、こんな姿は始めて見ました。

見慣れないせいか、まるで別人みたいです。」

その言葉に、白神の御方は思わず笑い出した。

 

なるほど、翁様がおっしゃっていた通り、

本当に若くて素直な娘だこと。

まだ、汚い事も 穢れた事も 知らないような。

でも、そう この魂の輝きは この魂がかなりの

経験値をつんできた事を示していて。

・・・これだから、人間は面白い。

生まれ変わりの毎にリセットされて、真っ白になって

新たな生を初めから生きるのだから。

無垢な中にも、人生の深遠を見てきた魂。

・・・なるほど、よくまあ、見つけ出したものだこと。

この娘に守護をねぇ。

 

「シルベノコハクヌシ殿。本当に可愛らしい妻を娶(めと)ったものだこと。

この子に守護を欲しいという、そなたの気持ち、よく分かるわ。」

 

輪廻の輪に戻すものかという、そなたの執着心もね。

神人となったこの娘が、そなたから逃れる唯一の方法は

そなたの力の及ばない存在に そなたより先に、その身を

砕かれてしまう事。この秋津島の理(ことわり)の中ではありえない

ことではあるけれど、そう、そなたという存在は、このまま

秋津島の一守護神として終われるとも限らないものね。

でもねぇ。それって、結局は・・・

本当に愚かで若い竜神ね。

 

「でもねぇ、このわたくしの守護が易(やす)く得られるとは 

そなたも 考えてはいないでしょう。」

白神姫の命は蕩けるように色香を含んだ声で述べる。

周囲の眷属たちも、主の機嫌にあわせて さえずるようにくすくす笑った。

琥珀主は、表情を変えずに答えた。

「はい。どうぞ交換条件をお教えください。」

先ほどから,はらはらした顔で女神と夫を交互に見やっていた千尋は

思わず口を挟もうとしたが、女神から目を離さないまま

夫の腕が見越したように、顔の前に伸ばされたことで

タイミングを外されてしまい、息を呑んだ。

「あら、そんなに恐い顔をしないの。私の条件はね、

そう 今夜一晩女だけのパーティーを楽しみたいということ。」

思いがけない言葉に、一瞬意味がわから無かった琥珀主が

はっとした時には すでにその体は白神姫の結界の中であった。

ドレスと同じエメラルドグリーンに輝く球体の中に閉じ込められた

琥珀主は、遠くから聞こえてくる白神姫の命の声に唇をかんだ。

「明日の朝までに、その結界から抜け出して、この部屋にくることが

できたら、この子に守護を与えましょう。出来なくても怒らないから

心配しないでよろしいのよ。そなたの邪魔が入らなければ、

それだけ長くこの子に楽しませてもらえるから。

どうぞ、ごゆっくりね。」

からかうような声が消えるととともに、

千尋の気配も感知する事が出来なくなった。

 

『ここは・・・』

いったい、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。

千尋の気配も、それにつけていた眷属の気配も

探り出す事が出来なかった琥珀主は、ようやく少し冷静さを

取り戻した。上位神とその眷属の只中に一人で放り出すことに

なってしまった千尋が気になり、先ほどまでこの結界を

破ろうと、闇雲に力を使っていたのだ。

服がぼろぼろになり、あちこちから肌が露出していることにも

気付かないまま、振るっていた力が、自らの頬を掠め

かすかな傷をつけたとたん ピリッとした感覚に我に返った。

『どうやら、湯屋からかなり遠くへ飛ばされたようだが・・・』

琥珀主は、結界の周囲の気を 目を閉じて探り始める。

太古から続く深い森。そこに立ち込める気の薫香に

思考が乱れかかり、今にも意識が飛ばされそうだ。

『白神姫の力の属性は、地〈ア)。しかし、この結界の色は

どこかで見たことがある。どこでだったか・・・』

結界の中心に座り込み右ひざを立てると 腕を組んで熟考にはいる。

少し右に傾いた背が石になったかのように動かなくなった。

ア バ ラ カ キャ

地 水 火 風 空

乾坤の礎たる ア〈地) 

自らの属性は水(バ)

バはアの上を流れ下る。

・・・いや、上だけではない。

その下に染み込み、

水道(みずのみち)を作ってアを潤(うるお)す。

バはアの中を通る。

アの中心。

緑の生まれ出る場所。

ちから。

そう、この感覚は覚えがある。

鎮守の森の中心で、

主として初めてちからを注いだ時。

地に注ぐちから。

そう、あの地の下に流れていたちから。

地下の光から汲み上げたちから。

大地の地下の暗闇の中の、白く輝く道。

輝きの中に佇(たたず)んだとき、聞こえてきた音。

地下が静かだと 誰が言ったのだったか。

そこかしこから、聞こえてくる大地のざわめき。

命の芽生え。

命の流れる道。

龍道。

りゅう どう。

そうか!

 

瞬間、琥珀は自らの守護地の地下にいた。

地下の龍道を流れのままにたどり下る。

アの中心に向かって。

そこに、たどり着いた時・・・

 

琥珀は、湯屋の入り口をくぐった。

唖然とし見送る蛙男に チラッとも目をやらず、

ホールの上方を見やると、大広間の千尋の気配に微笑む。

・・・

どうやら、楽しく過ごしているようだ。

エレベーターに乗り 回廊を広間に向かう。

「『ハ,ハク様』、なんでこんな所にいるんだ。せんはどうした。

それに、その格好は、いったい?」

呆然として問うてくるリンの言葉に 初めて自分の服に目をやると、

苦笑した琥珀主は、パチンと指をならした。

見る間に、泥だらけであちこちにあった破れ目はもとの

パリッとした服に戻り、大広間に入ろうと、ドアに手をかけた。

「今、何時(なんどき)だ?」

ドアに手をかけたまま、リンを見やる。

「ぁぁっと、あといっ時ばかりすると夜が明けると思うけど。」

「そうか、もう千尋を下がらせるゆえ、そなたも共に部屋に下がってくれ。」

そう言うと、琥珀主は部屋の中に入っていった。

 

「あら、残念。女の子だけのパーティーもこれで終りね。」

薄い茶色に鈍く光っているソファーに千尋とともに腰掛けていた

白神姫の命は、ドアが開いた瞬間、駆け出していった千尋の

背中をみながら、わざとらしく呟いた。

琥珀主は 胸の中で震えている千尋をきつく抱き占める。

琥珀の動向がわからない間、ずっと緊張していたのだろう。

顎に手を当て顔を上向かせると その、潤んだ瞳を見た瞬間、

思わず唇を奪っていた。

「こほん」

わざとらしい、咳払いが聞こえてくる。千尋がビクッとしたのを

感じ、しぶしぶ唇を離すと 胸に抱き寄せたまま、白神姫に

笑みを浮かべて見せた。

「あら、いいお顔。どうやら、解かったみたいね。」

ソファーから立ち上がり 優雅に近付いてきた白神姫は、

琥珀主の頬の傷を人差し指で突っついた。

琥珀主の腕の中で向きを変えた千尋にむかって、

「ね、心配する事ないって言ったでしょう?ちゃんと、

ちーちゃんのもとに帰ってきたじゃない。」

馴れ馴れしい言い方に、微かに眉をひそめた竜神を

面白そうに見やると,続けていった。

「それで?私の守護はまだ必要かしら?」

琥珀主は微笑む。

「はい。やはり、秋津島の上位神、地の神たる白神の御方の

守護は、特別ですから。」

「ふふ、まあ 持ち上げてくださる事。そこまで言うのなら

約束どおり、神気を差し上げましょうね。

さあ、ちーちゃん。こちらにおいでなさい。」

そう言うと、白神姫は千尋を連れて部屋の中心に行く。

白神姫の命の眷属達が互いに手を組み その周囲を取り囲んだ。

女神は千尋を跪かせ、その頭上に手をかざし何事か唱える。

その瞬間、エメラルドの光が周囲をきらきらと回り始めた。

緑の光の中、聴覚までもが視覚に奪われてしまったようで。

光の中に意識そのものが 囚われてしまいそう。

千尋が、その輝きに心を奪われていると、目の前にいた白神姫が

動いた。ふと、意識が白神姫に戻っていく。

姫がそのすらっとした腕を伸ばし

手のひらを天に向け、両腕を突き上げると、その光が

見る間に手の中に吸い込まれていった。

千尋が気が付いた時には眷属達の囲みも解かれ、側に

琥珀主が立っていた。

「さあ、ちーちゃん。これを額にあてて。」

白神姫がさしだした物を見ると薄いエメラルドの欠片(かけら)

のような緑の破片だった。

触ってみるとまるで、木の葉のような感触で

見かけとの違いに少し驚く。

躊躇(ためら)いながら,夫をみると 

やはり、千尋の手の中に置かれた

この欠片をじっと眺めていた。

と,顔をあげ 白神姫の命に向かって何事か囁いた。

苦笑しながら頷いた姫神に、軽く頭を下げると

琥珀主は千尋の手のひらごと、目の前に持ち上げ

ふぅっと息を吹きかけた。

欠片が,再び輝きはじめる。

どうやら、琥珀主は白神姫の神気に自らの気を混ぜたらしい。

「さあ,千尋。そのまま、額にそうっとおいてごらん。」

言われるままに 手を額に持っていく。手のひらを欠片ごと

額にゆっくり押し付けると、触ったという感触も無いまま

それは額の中に吸い込まれていった。

 

「せん。」

驚いたようなリンの声に思わず、しぃっと口を動かす。

琥珀主の腕の中で、気を失うように眠ってしまった千尋に

先ほどの意趣返しなのか 千尋を抱えていた琥珀主が止められないのを

見越して 白神姫の命は 千尋の額に口付けしてきた。

そうして、静かな瞳で 琥珀主を見やる。

「この子の気は、とても気持ちいいこと。大地と水を繋(つな)ぐ

者達に好かれるでしょう?わたくしももともとは、樫に宿っていたから

この子に付いている眷属たちの気持がわかるわ。あまり、

意地悪しないでやってちょうだいね。」

冗談のように言うと、さあパーティーはお開きよ、と宣言して

眷属と共に部屋から出て行った。

入れ替わりに入ってきたリンに頷くと、

自らの中に地の力の発現を見たニギハヤミシルベノコハクヌシは、

愛しい妻を抱えたまま、広間を後にしたのだった。

 

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いいわけは、そのうちに2部の設定集にでも・・・