龍神恋歌第4章

休みが明けてから、なんか学校の雰囲気がおかしい。

毎年、ひと夏の経験とやらで、羽目を外した連中が、

やばいものをくっつけてくるのは、当たり前なのだけれど。

今年は、何かおかしい。

得体の知れない黒いやつらが、そこかしこに出没して、

生徒達にちょっかいを出す。

たいした力があるやつらではないから、今の所、大きな実害は出ていないけれど。

俺が飛ばした力で、簡単に逃げていく程度ではあるのだけれど。

如何せん、数が多い。

その影響か、体調を崩したり、怪我をしたりする生徒がやたら目に付く。

しかも、なぜか荻野千尋の周りに。

相変わらず、周囲に聖域のバリヤーを張っている、

荻野千尋は台風の目、って感じだ。

弾き飛ばされた黒いやつらが、周りにうようよいるのに、

本人は全く気付いていない。

もっとも、気が付いているのは俺くらいのものだけれど。

「なあ、高野。お前、荻野千尋ちゃんと付き合っているんじゃないのか?」

放課後、教室の窓から、帰っていく荻野を目で追っていたら、

悪友の宮下雄司が突然聞いてきた。

「・・・なんで?」

「だって、休み前、ずっと、音楽室でデートしていたじゃん。有名だよん。

最も、悔しがっているやろーが、結構居るから、気をつけたほうがいいと思うけど。」

「はぁ〜?何言ってんだ。あれは、たまたま一緒になっていただけで、

付き合っているとか、そういうんじゃねえよ。」

「そうなの?」

「そうだよ。第一、合唱部のコンクールが終わったら、

荻野、音楽室に近寄りもしないじゃんか。」

「何、お前、悔しがっているわけ?振られたとか?」

わくわくと、言った様子で、追求してくる宮下に、

ヘッドロックをかけてやった後、

「お前な〜。俺としては、あの荻野千尋に手を出す勇気があるやつがいたら、

お目にかかりたい位だ。」

「あん?どういう意味?」

「どうもこうも、そのままの意味。お前も、そんな事言う位だから気になってんだろ。」

「うっ、まあな。荻野千尋ちゃんってかわいいし、なんか雰囲気が良いんだよな。」

まあ、分かるけどな。

「諦めろ。あれは、俺達程度のやつが手を出して良いような女じゃない。」

「は?なに、もう誰かのお手つきな訳?」

「お前、お下劣。そうじゃなくて、お前、あの子に面と向かって告白とかできるか?」

俺のセリフに 宮下は うっとつまり、固まった。おそらく、自分がそうしている所を想像したのだろう。

「・・・・」

がっくりと 肩をおとしている やつに、とどめの一言を言ってやる。

「そういうこと。いわば、高嶺の花ってやつね。」

命が惜しければ、そういう目で見る事も、やめておいたほうがいいと思うけどな。

どっちにしろ、後についているやつのお眼鏡に適わなければ、

近寄れもしないと思うけれどね。

 

「なんか、やばい感じ。」

11月の始めにある文化祭の準備が始まり、いつもの年のように、

夕方遅くまで、学校に残る生徒が出始めた。

どういうわけか、休み明けから学校にかかっている影が、だんだん濃くなってくる。

荻野千尋は、帰宅部のせいもあって、放課後遅くまでのこる事はないが、

彼女が居なくなったとたん、其処彼処から影がでてくるのは気のせいじゃない。

・・・これは、俺の手に余るかもしれない。

どうする?おやじに相談するか?いや、でもな、また、こんなこともできないのかって

鼻であしらわれるのも面白くないし・・・

ほとんどの生徒は、こんな影を撥ね返してしまうが、

中に闇に呑まれるやつがいないとも限らない。

なにしろ、青春の悩みってやつが途切れる事の無いお年頃。

ちょっとした加減で闇に憑依され、呑まれるやつらは結構居るのだ。

そんなわけで、俺は自主的にパトロールを実施中。

残っている連中の陣中見舞いと称して、やばいのが居ないか確かめる。

ほんとにやばいのがいたら、おやじに任せるとして できることはやらないと。

そんなこんなで、俺が気付いたのは4人の人間。

佐藤ミコと、依田綾子、箕輪卓に高橋千恵美。

4人ともに、ちょっと、やばいのに取り付かれている。

う〜ん、俺の力で、どの程度押さえられるか。

いずれも、合唱部員というのは 何か意味があるのだろうか。

「高野空也さん。」

「ほい、佐藤ミコさん。ご依頼ですか?」

4人のうちの一人が、文化祭前の昼休み、俺の所に来た。

この後輩は、取り付かれやすい性質みたいで、

以前にも一回、顧客になっている。

今回もまた、自覚症状が出始めて、除霊の依頼に来たのかと思ったのだ。

が、彼女が聞いてきたのは意外な事。

「高野さん、荻野千尋さんと親しいのでしょう?」

「はい?」

ちょっとあなた、そんなこといっている場合じゃないと思うけど。

「荻野さんに何度お願いしても、後夜祭にでてくれないの。

せめて、打ち上げに、飛び入りでいいからでてくれるように、

頼んで欲しいのだけど。」

「あ〜、無理じゃない。荻野さん、なるべく早く帰るようにしているみたいだし。」

「文化祭は、特別じゃない。」

「いや、夜遅く出歩くと、やばいのに捕まるかもしれないからね。」

俺の言葉に、佐藤ミコの表情が変わった。

「そう、やっぱり、あなたも、邪魔するのね。」

「へ?」

覚えているのは、佐藤ミコの歪んだ笑顔。

・・・くそ、不覚を取った。やっぱり、俺の手に余るやつらだったか。

俺の記憶があるのは、ここまでで。

 

秋も深まり、神無月が近づく。

千尋は、わたしと会うために、帰宅する前のひと時を、

この森で過ごすようになった。

森の入り口で、千尋を待つ。

バスを降りてから、坂道をわたしに向かってまっすぐに駆け上がってくる

千尋の、その姿をこの目で確認するまで、わたしの心は落ち着かない。

千尋の周りに張っている式の結界が、闇の眷属の存在を伝えてくる。

守ってはいても、そなたに闇が纏わりつくのはわたしのせいで。

そなたの髪の中に与えた、わたしからのただ一度の口付けが

輝く聖痕になって、闇をひきつけている。

すまない、千尋。だけど、

「ただいま。」

「お帰り。」

微笑みながら、この一言を伝え合う喜びは、代えがたく。

そなたと離れてしまう事など・・・

「もうすぐ、文化祭なの。いろいろ、お手伝いを頼まれているから、

少し遅くなってしまって。ごめんね。」

「いや、そなたも忙しいのだろう。でも、あまり遅くなってはいけないよ。」

「ん、分かってる。夜、外にでてもいけないのね。」

なぜとは問わず、くすくす笑いながら、心配性の青年をからかう。

笑顔の千尋を見つめるその瞳に、絡め取られると、自然と笑いがおさまって、

翠の瞳に吸い込まれるように視線が外せなくなる。

強い光を放つ 何かを、訴えるかのような瞳。

視界が互いでいっぱいになって、光に包まれたような一瞬。

と、青年がはっと視線をはずし、何かから庇うように、何かから隠すように

千尋の体を抱き寄せた。

唐突な動きに一瞬戸惑ったが、青年の緊張が伝わり、千尋も体を固くする。

「ど、どうしたの。」

「静かに。」

背後を警戒しながら、さらに、千尋を抱き寄せる。

・・・奇妙なデジャブ。

「家まで、送ろう。」

家の結界に千尋を送り届けるまで、青年の緊張は解けることが無かった。

 

秋が深まるにつれて、あの人の憂いが深くなっていくような気がするのは、

わたしの気のせいかしら。

ほんのわずかな時間でも会いたいと望むのは、わたしのわがまま?

わたしは、あなたを困らせている?

悩みながらの長風呂から やっと上がり、髪を乾かしていると、母から呼ばれた。

「千尋、電話よ。」

「は〜い。」

「合唱部の佐藤さんから。」

電話を受け取った千尋は、その声が訴える内容に動転して

青年の警告を思い出す間も無く、

程なく家を飛び出していった。

 

突然存在を顕示してきた、闇の眷属。

「御大がおでましか?」

千尋を見ていたようなその視線から、庇うように結界を張り巡らし、

更なる、結界の中に囲い込んだ。

2重3重の結界で囲んでも、尚不安で、

今宵こそは、千尋に纏いつく闇との決着をつけようと、

琥珀は、泉の上で力を張り巡らせる。

 

「みっちゃん先輩、こんな所でどうしたんですか。とりあえず、家にいきませんか?」

坂下の公園に呼び出された千尋は、泣き声で助けを求めてきた本人を見つけ、

心配そうに、佐藤ミコに駆け寄ろうとした。

と、その周りには数人の人影。

「えっ?」

思わず立ち止まった千尋をじっと見つめてくるのは、合唱部の顔見知りばかりで。

それなのに、得たいの知れないものと向き合っているような

不気味な錯覚が千尋を襲い、

知らず知らず、後ずさりをした。

「荻野千尋さん。」

後から、聞こえるなじみのある声。

「高野先輩?」

少しだけホッとして、振り向いた先に居たのは、知っていても知らない人。

気が付いたときには、千尋の周りは、囲まれていて。

5人の人の形をしたものが手を繋いで、千尋を囲っていて。

「ど、どうしたんですか。先輩?」

おずおずと、声をかけてみても、全員、無表情に千尋を見つめてくるばかり。

と、高野空也の姿をしたものが口を開いた。

「ほら、あいつの匂い。」

「おいしそうな、ご馳走の匂い。」

「あいつは?」

「森で影と対しているよ。」

「喰いたいな。喰ってもいい?」

「大丈夫、いつものゴムをしていないよ。」

「喰っちゃおうか。」

「あいつが、こないうちに、喰っちゃおう。」

風の音が ブランコを揺らす。

金縛りにあったような体が、その瞬間 動き、

千尋は囲みを破ろうと体を翻した。

ゆらゆらと、人とも思えぬ動きをしていた5人は

動きを合わせて一斉に、千尋に手を伸ばす。

捕まる!!はっとした、

次の瞬間、千尋の体は、冷たく蒼い炎に包み込まれ、

悲鳴をあげる間も無く、そのまま地面に崩れ落ちた。

 

「千尋!」

合意魔法のその渦巻く力の発露を感じた瞬間、

琥珀は力の全てを千尋の存在に注ぎこみ、半瞬後千尋の元に駆け参じた。

琥珀の目に映ったのは、合意魔法の炎に包まれ、

すでに命を失った千尋の姿。

若い龍は、悲痛な声無き 叫びをあげる。

「千尋!!!」

 

暖かく、透明な水の中。ゆらゆらと揺り篭に乗せられているような心地好さに

このまま、体をゆだねて、流されようとしたとき、

『千尋』

どこかから、懐かしい声がした。

『千尋、そっちに行ってはいけない。』

『千尋、戻っておいで。』

ふっと意識が覚醒する。

『・・・だれ?わたしの名を呼んでいるのは誰?』

『あの人によく似た声で、わたしを呼んでいるのは・・・』

『千尋、わたしの元に戻っておいで、千尋』

『ああ、あなただ。初めてわたしの名前をよんでくれたのね。』

『千尋』

『・・・初めてではない?わたし、前にもあなたに名前を呼ばれていた?』

『千尋』

『千尋、千尋、千尋。』

 

ふと、気が付くと、そこはいつも居る泉の側だった。

瞬きしながら、鬱蒼とした梢を叩く 雨の音を聞く。

「あ、あれ、わたし。」

「気が付いたね。良かった。」

すぐ側からから聞こえて来る声に、肩肘をついて起き上がる。

「無理をしてはいけない。」

祠を背に、腰をおろして、千尋を見つめているその姿に、はっとして飛び起きる。

「あ、あなた、どうしたの?き、消えてしまうよ。」

駆け寄りながら、焦って叫ぶ。

「いやよ、どうして?いかないで。側にいてくれるって約束したじゃない。」

「すまない。わたしは大丈夫だから、そなたはこのまま 家にお帰り。」

「いや、一緒にいく。連れて行って。消えてしまわないで。」

引きとめようと、伸ばした手が、青年の体を突き抜ける。

・・・奇妙なデジャブ・・・

・・・これって前にもあった?

待って、思い出すから 待って。お願い、行かないで。

頭の中に、弾けるように 覚えの無いはずの場面が 駆け巡る。

・・・わたしを囲うあなたの着物の袖。

・・・伸ばした透明な腕。

・・・手を繋いで、見詰め合っているわたし達。

涙の中、縋るように青年に叫ぶ。

「お願い、わたしの名を呼んで。わたし、あなたを知っているの。

お願い、わたしの名前を呼んで。」

驚いたように目を見張った青年の顔に

静かな そして、嬉しげな微笑が浮かぶ。

「千尋。」

ああ、わたし、あなたを知っている。

あなたが呼んだ、その響きを知っている。

『忘れないで。わたしは、千尋の味方だからね。』

『そなたの、小さいときから知っている。わたしの名は・・・』

「はく」

あなたは、約束を守ってくれたのね。

わたしに、会いに来てくれていたのね。

「はく、はく、ああ、ごめんなさい。わたし、約束を忘れていてごめんなさい。」

「はく!!」

「いかないで!!!」

瞬間、琥珀の体に天から下った翡翠の光が走り抜け、その眩しさに

目がくらむ。

「はく!!!」

渾身の叫びとともに、目を見開き懸命に その姿を探す。

・・・この森に、たった一つだけ残った結界の中。

千尋を魂呼びするために、もてる神通力と魔力を全て注いで、

仮のお役目を放棄した琥珀は、秋津島での仮の契約も破棄してしまっていて。

その、存在が拡散し、消滅しようとした、まさにその瞬間。

千尋の中にある記憶を拠り所として、琥珀は現に蘇った。

今、琥珀の存在のすべてが、人の子たる千尋に結びついている。

微笑んで千尋を見つめる琥珀の、その存在感を確かめるように、

千尋は、琥珀を抱きしめる。

記憶を取り戻し、現の姿を呼び寄せてくれた千尋の、暖かさを確かめるように

琥珀は、千尋を抱きしめ返す。

二人だけの透明な空間の中、

やがて、琥珀は、その潤んだ瞳を 見つめながら千尋に問う。

「千尋、妻になってはくれまいか。」

翠の瞳に、見入りながら 躊躇いもせず、千尋は答える。

「はい。」

「わたしを選べば、今までのそなたの世界は全て失われてしまう。それでもよい?」

「はい。」

躊躇いもせず、再び頷く。

「そなたが好きだった全ての事を捨てていかなくてはならなくても?」

「はい。」

琥珀は、何度も確かめる。

「ご両親にも、二度と会えなくなる。」

千尋は 躊躇ったような顔をしている琥珀の頬を 両手で包み込み、

「それでも、あなたと、共に居たいの。

お願い、わたしを妻にして。」

琥珀の顔にゆっくりと微笑が浮かぶ。

「そなたの、望むとおりに。」

 

琥珀は、千尋を抱き上げて、龍穴の結界の中に連れて行く。

薄ぼんやりした蒼い光に包まれて、互いが世界の全てになった。

 

「全く もう!!」

呆れたようなため息と共に、竜泉の怒鳴り声が聞こえた。

「おい、ニギハヤミコハクヌシ、結界を解け。」

静かに眠っている腕の中の妻を、そっと褥に寝かせ、

琥珀は泉の辺に姿を現した。

「静かにしてください。千尋が起きてしまう。」

「お前なあ。周囲の状況をよく見て話しをしろ。

この状態から、どうやって立て直すつもりだ。」

石人の力はほとんど失われ、鎮守の森の神聖は

この泉以外 残っていない。

森そのものは、そのままであるが、力を失った地は、

放っておくとあっという間に荒廃してしまうだろう。

琥珀は肩を竦めて見せた。

「新しい守の主に、頑張っていただくしかないでしょうね。」

「馬鹿か、お前。妻を得た以上、お主は、この秋津島の神の一員となったんだよ。

鎮守の森の主は、お主以外の誰がいるって言うのだ。」

琥珀は不敵な笑みを浮かべ、澄まして答えた。

「分かっています。」

「で?」

「ああもう、分かったよ。ほら、賭けはお前の勝ちだ。全く、命がけで魂呼びなんて

荒業をやりやがって。あの娘が、記憶を取り戻して、妻になる事を承知しなければ、

どうなっていたと思うんだ。」

ぶつぶつ小言をいいながら、薄紅に輝く宝珠をだし、琥珀の手のひらに、静かに置く。

竜泉が、その上に手をかざし、なにやら真言を唱えると

ビーだま位の大きさの粒が 一つ、二つ、三つ 宝玉からブドウの粒のように

ころころ転がりでてきた。

竜泉は、中心の宝珠を取り上げ、残った小さな粒を見て、にやっと笑った。

「ふん、まあまあだな。そら、お主の力を注いでみろ。」

小さな粒をしげしげと見ていた琥珀が 粒ごと包むように手を握りこむ。

3瞬ほどののち、手を開いてみると、それは宝珠と同じ大きさの一つの透明な玉となった。

琥珀が、手のひらごと顔の前に持ち上げ、息を吹きかけると、それは

見る間に翡翠の光を纏う透明な玉になり、手の中で眩しい輝きを放った。

「なかなかいいな。人間の娘にやるのは もったいないような龍玉だ。」

どこか、本音交じりの竜泉は、琥珀の顔を見て、ふっと笑う。

「冗談だ。お主の命を留めたほどの娘だ。我らとしても、感謝してもしきれない。」

琥珀は、つと表情を和らげると、軽く頭を下げた。

「ありがとうございます。いずれ、竜泉殿にも妻を紹介いたしましょう。」

「おい、今じゃないのか。」

「ふふ、後朝の妻の顔を、他の男に見せるほど心が広くありませんので。」

「おまえ、性格変わっていないか?」

竜泉は、げんなりしたように言うと、つと 威儀を正し、あらためて、

「寿ぎを言おう。ニギハヤミシルベノコハクヌシと、その妻千尋。

この縁が新たな神の誕生を見るように。海神と乾坤を顕して、

万歳を申し上げる。」

述べられた、祝詞に、琥珀は万謝を込めて最敬礼した。

 

千尋が、穏やかな眠りの淵からゆっくりと意識を浮上させるのを、

琥珀は、じっと見つめていた。

愛しさが胸に溢れ、おもわず、指でそっと頬をなでる。

「はく?」

かすれた声が琥珀を呼ぶのにも幸せを感じ、そのままそっと唇をよせる。

「?はく!」

口中に感じた丸くて冷たいものを、どうすればよいのか戸惑う千尋に

「噛んでのみなさい。大丈夫、豚にはならない。」

といってやると、千尋は思わず笑い出した。

「はくったら、もう。」

頬の片側を小さく膨らませ、舌で玉を転がしている千尋に

触れるだけの口付けをして、

「龍玉というものなのだ。龍が妻に贈る玉。大丈夫、噛んでごらん。」

カリッ

小さく音がして、琥珀の息吹を含んだ玉は、そのまま口中に溶け

千尋の体の中に染渡っていった。

ああ、千尋、そなたは、わたしのものになったのだね。

見上げる千尋に微笑みかけ、鎮守の森の神となった龍神は

深い深い口付けを贈った。

 

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