龍神恋歌第4章

ここに来るのは、4年ぶりだ。

いろいろ考えた末、俺は明日から、本格的な修行をするために、

高野山に行くことにした。

あの出来事をふりかえると、俺がいかに能力に奢(おご)っていたか

あらためて思い知らされる。

荻野千尋が 行方不明になると同時に、あの黒いやつらも 学校から姿を消した。

結局、正体も分からずじまいで、今更ながら 事情を説明した時、

親父も、結局 何も言わなかったけれど。

時々、もしかしたら、荻野はあの黒いやつらに狙われていたのか、と考える。

だとしたら、荻野は 黒いやつらに捕まってしまったのか?

しかし、俺の心の奥には どういうわけか 荻野の幸せそうな 微笑しか見えてこないのだ。

 

気が付いたときは病院だった。

俺達5人が、公園で雨にうたれて 倒れていたのが発見され、

大騒ぎになったのはその3日前。

それから5人とも、2昼夜の間 意識が無くて、大人たちは 事情がわからず、

右往左往していたらしい。

荻野千尋は行方不明で、

大規模な捜索が続いていたが、手がかり 一つ見付からず、

なぜ、公園にいたのか、そして、彼女のゆくえについて、

分かるものも 誰一人として いなかった。

半狂乱で詰め寄ってきた 荻野の親に 申し訳ない思いでいっぱいだったが、

そのときの 俺も 闇に憑依された影響が残っていて 

まともな 話も出来なかったのだ。

結局 何らかの事件に巻き込まれたと思われ、

かなり長い事ニュースでも 取り上げられていたが

荻野千尋は いまだに 見付かっていない。

誰も口にはださないが、どういうわけかみな 彼女は

おそらく、2度と戻ってこないだろう と考えているようだった。

荻野の親も、事件から1年ほどして まるで 彼女の行方が分かったかのように

落ち着きをとりもどし、あの家から引っ越していった。

両親が、彼女の退学願いを出しに来たのを 風のうわさで聞いて

みんな もう諦めたのかと 驚いていたが、俺は、どこかでそのほうが良いと納得していた。

闇に憑依された、ダメージが癒える頃、

雨の中、ぼんやりとした視界の中に 以前、音楽室で見たことがある あの男が、

荻野千尋を抱え上げ、消えていった姿のイメージを 幻のように、思い浮かべたが、

誰にも 話す気にならなかった。

でも、なぜか、俺は 荻野千尋は どこかで、あの時 音楽室で俺に見せた、

あの 笑顔を浮かべて、幸せでいると、確信している。

 

迷いながら、公園をでて、坂道にむかう。

すでに空家になっている荻野の家に、彼女が確かに、存在していた、

その証(あかし)を見たくなって。

途中、うっそりとした木立に続く小道に何故か、気を引かれ、足が止まった。

 

「まあ、まあ、この桜、蘇ったみたいね。」

後から、聞こえてくる言葉に、振り向くと、

日傘をさした上品そうな老婆が、横に介添えを従えて、立っていた。

「ほら、幹の途中から、新しい芽が出ているわ。」

その言葉に、木に視線をもどすと、確かに其処から細い枝が新緑の葉を伸ばしていた。

「これ、桜の木なんですか?」

「そうよ。オオヤマザクラというの。」

言いながら、ころころ笑い出す。

訝しげに見つめていると、

「まあ、ごめんなさいね。以前、弟子だった娘さんと、同じような会話を、

ここでしたのを思い出したものですから。」

「そうですか。」

「もう、お嫁にいってしまったけれどね。」

その声の調子に 俺は、桜の木を 眩しそうに 仰ぎ見ている 

老婆の顔を、まじまじと見つめた。

「・・・・」

「先生、千尋さんは、」

言いかけた、介添えの言葉を遮(さえぎ)り、

「そう、あの子はあんまり綺麗な心を持っていたから、神様のお嫁さんになってしまったの。」

寂しげな笑顔の老女に、なぜかはっとして、

いつか、俺自身が言った言葉を思い出す。

『いわば、高嶺の花ってやつだ。』

・・・・そうか、神の花嫁ね。

「僕も、そう思います。」

老女と瞳を合わせ、目で頷くと、俺は、荻野の家に視線をやり、それを最後に

坂道を下っていった。

そう、彼女は きっと どこかで 幸せで いるのだ。

 

 

龍神恋歌  完             

 

 

前へ  あとがきへ  ホームへ