龍神シリーズ・第3部・幕間小話

第2章、 盟約

千尋が、王妃とともに後宮へ下がった後、

琥珀主はその表情を一変させる。

「で?」

再び玉座に座った竜王に対し、今度は琥珀主は

階(きざはし)のしたではあっても、立ったままに対峙した。

そんな若竜を咎めるでもなく竜王は、太く笑む。

「そなたの部下を率いていけ。」

琥珀は唇を固く結んで、竜王を睨みつける。

「いらぬ。竜泉殿の捜索など一人で充分。」

はき捨てるかのような言に、竜王はわざとらしく驚いて見せた。

「怒っておるのか。」

「当たり前です。千尋を巻き込むなど何を考えておられる。」

「そなたが悪い。」

「幾度、竜宮に呼びつけたと思うておる。千尋を動か

さねば腰をあげぬそなたが、招いた事態だ。」

断言する竜王に眉を怒らす。

「開き直るおつもりか。第一、我に断りもなく、

このもの達の封印を解いたのは陛下ではないか。

我に引き合わせるのに戦時を選んだ理由を

分からぬ愚か者とでも思っておいでか。」

「ほう、分かっておるのならば話は早いな。」

「殿下。」

琥珀と竜王の言い合いに割って入ったのは

壁際に控えているものの中でも最も年上に見える男だった。

琥珀は背中を強張らせると、ゆっくり振り向く。

いつの間にか、壁際に控えていたものたちは

琥珀から、10歩ほど離れた位置に

列になって膝をついて畏まっていて。

唯一声をかけてきたものだけが顔をあげていた。

「殿下、お久しゅうございます。私を覚えておいででしょうか。」

「ツェン・ツィ、今の我に称号を使うな。」

琥珀の言葉に嬉しげに顔を綻ばした壮年の武神は頷く。

「ああ、よく似ておいでだ。」

そういうと、背後を振り向き合図する。

礼を取っていたもの達が顔をあげると琥珀にとって

記憶の奥底に眠っていた懐かしいものたちで。

琥珀は、一人一人にゆっくりと目を走らせながら呟く。

「ゲイ・リー」 

「カァ・ウェン」 

「ヤ・シャ」

「はっ。」

名を呼ばれたものたちは順に頭を下げていく。

 

竜王の血筋を引く竜は竜玉石の中で眠りのうちに育つ。

目覚めと眠りは不定期に繰り返され、眠りのうちにあるときに

親から刻まれた教えは永遠のものとなるのだ。

もちろん、生れ落ちた時からその身に備わっている

神としての根本的な知識や力は別として、

竜王としての教えのほかに、その竜王一族に

伝わる秘事が眠りのうちにインプットされる。それゆえ、

竜玉石のうちにある竜は慎重に保護され、秘されるのだ。

はるか昔、生まれてほとんど直ぐに竜玉石の眠りに

ついた琥珀は、父神により伝えられるべき教えを

伝授されたのち、水晶宮四天王と呼ばれる

武神を守りとして与えられた。

僅かに目覚めた数日の間に引き合わされ契約を交わした武神たち。

しかし、そのことは父神とその息子たちである四海竜王との

溝を決定的に深めることにもなって。もともと、父たる神祖竜王に

仕えていた武神衆を四海竜王が引き継いでいたのだから

ある意味兄たちが怒るのもあたりまえで。

父たる神祖が月宮に去り、残された琥珀の

処遇を巡って、四天王は本来仕えるべき四海竜王と対立し、

結局は反旗を翻すことになってしまった。

本来ならば、栄誉と誇りに包まれ、水晶宮の

要(かなめ)となっているはずのものたち。

いくら力ある武闘神とはいえ、

水晶宮と四海竜王を敵にまわすなど、

無謀極まりないことで、

崑崙を脱出してこの竜宮にたどり着いた時には、

ほとんどのものが疲弊して力を失っていたという。

 

琥珀は奥歯をかみ締める。

眠りにあるうちは感情が伴うような思いは

ないはずなのに、胸を焦がす焦燥と

己への無力感を忘れることができようか。

そうして、武神達から目を逸らすように

竜王を振り返る。と、そこには分かっていると、

いうかのような深い光を宿した瞳があって。

琥珀は言葉を失う。

己のせいで、居場所を失い、この永の年月

竜宮の奥底に封印されてきたこの者達を

否定することなどできようか。

だが、今の自分にこれ以上の枷をはめると

いうことは、千尋の生き方まで縛ることになる。

「情けないことを。」

東の竜王が琥珀の胸のうちを読んだかのように言う。

「あの娘はそなたの半身なのであろう。

我に対して、食って掛かることができる

程の娘をそなた自身が侮るのか?」

琥珀は唇をかむ。

「・・・なぜ、今なのです?」

このもの達を自分の手に戻すつもりがあったのならば

琥珀川が失われる前にこそ必要であったのに。

それを知っていながら琥珀の元によこさなかった竜王は

どのような理由があるにせよ決してこのもの達の封印を解く

つもりなどないのかと思っていた。なのに、なぜ今になって。

「さあな、今だから今なのだ。今のそなた

ならば、この者達を扱えよう。」

琥珀主は竜王の海水色の瞳を見据える。

「千尋と約束しました。戦には赴きません。」

「捜索ならば、よいのだろう?」

琥珀は唇を引き結ぶ。

4天王を引き連れて捜索に赴けという東の竜王。

その意図を読めない琥珀ではない。

しかし・・・

「いけ。こうしている間にも、竜泉が難儀しておろう。」

竜王の言葉に、琥珀は顔をあげる。

そうして、諦めたかのようにため息を一つ吐くと、

何かを吹っ切ったように声音を一変させた。

「ウェン、ヤシャ。お前達はここに残り、後宮の警備を

頼む。いざとなったら封印を突破し、千尋を連れて、

森へ帰れ。ツェンとゲイは我と共に。」

まるで、別れていたこの永の年月がないかのように、

まるで、かつて共にあった時からこうであったかのように

琥珀主は、四天王に命じる。

そうして、文句一つ言わずにその命令を受け入れる

武闘神にとっても、それはまるで、自然なことで。

身に纏う気の強さ。

内に秘める竜王としての力。

それは、まるで・・・

 

「おいおい。」

「そんなに余の守りが信用できぬのか?」

どこか楽しそうにその様子を見ていた竜王を睨みつけると、

琥珀主は肩をそびやかして断言する。

「当たり前です。」

「千尋とサーガ様、どちらか一人しか救うことが出来ぬ時には

躊躇なく、サーガ様をお取りになるような方の守りが

万全だとでも?我は我のやり方で千尋を守らせてもらいます。」

「・・・それをいうのなら、そなただとて同じであろう。」

参ったというかのように両手をあげた竜王は楽しくて仕方がない

というように、莞爾(かんじ)と笑う。

「で、陛下の部隊の出撃はいつです?」

それにまぎれて我らも結界からでます。

打ち合わせに入ろうとする琥珀主とそれに答える東の竜王、

そんな二人を見比べながら、永の封印を解かれたばかりにも

関わらず、これからすぐに戦場にでなければならない

武神たちもどこか満足げな表情をうかべていたのだった。

 

 

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