暑い!~さまざまなトラブルが発生
▼ 素人が考えた対応策
来場者から「暑い」という苦情が来ています、と受付から連絡が来た。
「何とか空調をもっと効かせられませんか」と技術スタッフに頼んだが、このままでいいはずだという。
それでも調べてくださいと重ねて頼む。現に苦情が来ているのだから・・・。
技術スタッフはエントランスの気温を測定。だが、数値は設計どおりの温度におさまっていた。
都庁の技術者に聞いたが、「直射日光が人間の感覚に与える影響については、まだ論文になったものがない」とのこと。
そうか“論文”なんだ。でも、私だって“暑い”と感じる。
東京ビッグサイトは、ふんだんに自然光を取り入れていることが自慢の一つだったが、それがお客様の苦痛の元だというのも皮肉だ。
技術陣はしばらく様子見したいようだったが、あまりにも苦情が多いので、やむなく私たち事務方が対策を考えた。
「天井のガラスに直射日光を弱めるシールを貼ったらどうか」と聞くと。
「国際展示場のガラスには強度を上げるために針金が入っている。
シールを貼るとガラス内部の温度が上がるかもしれない。そうなると割れる危険もある。だから、できない」との回答だった。
そこで私たちは重ねて検討した。「直接シールを貼るのが危険ならば、天井にバナーに使うような薄い布を渡したらどうだろうか」
「それなら良い」ということで、私たち素人事務員が考えた対策が実行された。
見事なまでに苦情は減った。
その後も改良が進んで、天井に渡す布も自動で開け閉めできるようになった。
そして、平成15(2003)年になってようやく、全面に遮光フィルムが貼付された。
▼ エスカレーターの逆走事件
もちろん、これだけの施設だから、いろいろとトラブルは起こる。
雨水を流すために、通路にちょっとした溝(1cm程度)があったが、そこに老人がつまずいて足の指を骨折するという事故があった。
こんなところでつまずくとは、通常は考えられなかったのだが、そう主張する以上、信じざるを得ない。
このため、すべての側溝に覆いをかけた。相当な金額がかかった。
おもちゃショーの時、海外の環境保護団体が会議棟の上から横断幕を垂らすという事件が起きた。おもちゃに人体に悪影響がある塗料が使われているという抗議だったが、
そのようなものが使われているという話は、あまり聞かない。面白犯の類か?
世間の注目を浴びる中、私たちは稼働率の向上に向けて努力していた。
展示ホールはまずまずだったが、会議室はなかなか上がらない。そんな折、事件があった。
会議室の予約を受けた団体が、暴力団と繋がりがある団体だったのだ。警視庁から中止要請があり、このためいったん受けた予約を取り消したが、
これを不満とした団体が連日、宣伝カーで押しかけた。
その後、損害賠償(3,300万円)の訴訟ともなり、結果的には請求棄却となったが、そういうことも起こる。
警察からは賞状をもらいはしたけれど。
その後のトラブルとして有名なのは、アトリウムのエスカレーター逆走事故というのがある(2008年8月3日)。
その頃はもう私は東京ビッグサイトにいなかったのだが、実は当該イベントには、客として行こうかと思っていた。
そのイベントは、ワンダーフェスティバル(以下、ワンフェス)というもので、自作のフィギュアや、ガレージキットと呼ばれるレアな造形物を販売するイベントである。
私は、美少女系には興味はないのだが、怪獣モノは好きである。
大人気イベントで、入場待ちの列が数百メートルもできる。だから、マスコミも取材に来ていた。
原因ははっきりしている。設計上は1段に1.6人の荷重が基準だった。そこへ3人が乗った。
「明らかに乗り過ぎである。逆走防止の装置はチェーンが切れたときに働くので、チェーンが切れずに逆走したときには効かない。
ブレーキはそもそのモータが停止したときのストッパであって、・・・超満員の荷重には耐えられなかった。」(出所:続失敗百選 中尾政之 森北出版)
この事故は新聞に写真入りで大きく報道され、ビッグサイト史上、大きな汚点となった。
関係者として、さらにその背景を補足する。
ワンフェスというイベントは、有名はフィギュア(美少女アニメ系の人形など)とガレージキット(怪獣ものの手作り造形など)の
販売イベントである。
これまでも例年、夏・冬に開催され、晴海見本市会場時代からの常連だった。
テレビや映画の主人公のフィギュアは、個人が趣味で作る分には問題は発生しないのだが、これを販売するとなると著作権を侵害することになる。
だから、勝手には売れない。
ワンフェス側では、その版権を「その日、その会場内のみ」の限定を条件に、著作権者からまとめて取得してくれる。
ビジネスモデルとしてはかなり先進的な要素もあるイベントだった。
だから、出展者は著作権侵害にならないで作品を売ることができる。そういう仕組みになっている。
個人の手作りだから、品物はたくさん用意されていない。
「売切御免」だ。人気商品は数万円もするが、あっという間に完売する。
このため、早朝から入場者は長い列を作る。背中にデイパックを背負っている人たちの列が何百メートルも伸びる。
事故は、10時の開場の4分後に起こった。
アトリウム1階に入場した客は、そのまま2階部分の展示場へ向かうエスカレーターへと殺到したのだ。
理由は、人気の美少女系フィギュアの展示会場が2階だったからだ。
重さに耐えきれず、エスカレーターは逆走し、将棋倒しとなった10名が負傷した。
有名なイベントゆえ、取材に来ていた報道も多かった。だから、その様子がでかでかとスポーツ紙を飾った。
これまでワンフェスではこんな事故は起こらなかった。なぜなら、2階部分のない東展示棟で行われてきたからだ。
夏・冬というのは展示場にとって閑散期である。
晴海会場では、冬場の展示場に水を張ってアイススケート場にしたり、お歳暮の荷さばき場として使っていた時代もあるくらいだ。
だから、コミックやホビーのイベントが夏・冬に入ってくれると、会場側は経営的にとても助かる。
逆に言えば、こういう期間はどこのホールでも予約が取れるはずだった。
ところがこの日は、東棟で住宅関連の展示会が入っていた。
ビッグサイトは稼働率が高くなっていて、本来なら春・秋に開催するような展示会が、夏・冬にあふれてきていたのだ。
このため、ワンフェスが2階建の西棟を使う形になった。
最初に結論からいうと、点検上のミスでエスカレーターのボルトがゆるんでいた、ということで決着した。複合的要素が複雑にからんでいる。
そもそも、エスカレーター自体、満杯で人を乗せるのは無理な設計になっていた。
それが、管理者である見本市協会も、主催者も、会場の切り回しを委託された企業も、十分認識できていなかった。
そこへもってきて、美少女系フィギュアを西棟の上の階に配置した。
それまでは東棟で開催されてきたイベントだったが、展示場の稼働率が上がったため、東が取れなかったのだ。このことも不運だった。
そして、そういうところに殺到するのは、いわゆる「オタク」と呼ばれる人たちで、そういう方々は、太め、メガネ、背中にリュックというのが定番になっている。
(自分のことを言っているみたいだ)
だが、もう一度振り返ってみよう。
この事故の責任は誰が負うべきか?
第一番目としては、イベント主催者には責任があると思われる。
しかし、エスカレーターの荷重制限まで利用マニュアルに書いてあったかは疑問だ。
これまでだって大きなイベントはたくさん開催されていたが、エスカレーターが逆走することなど一度もなかった。
そもそも、東棟で開催していたなら、そんなことに気をつかう必要すらなかった。だとすると想定の範囲外だ。
第二に、主催者は通常、イベント会場の運営を専門会社に委託する。
だとすると、その会社も責任があるだろう。
このときの運営会社は、イベント運営については事業開始してからまだ日が浅かった。
経験不足は否めない。
とはいっても、経験が豊かだからといって、エスカレーターの荷重制限を知り得ているとは限らない。
また第三に、会場運営会社は、会場内の入場者の誘導を専門の警備会社に委託することが多い。
警備会社が安全確保に注意を払っていたかどうかが問われる。
エスカレーターに人が殺到するような事態があれば、当然、制止すべきところだろうが、なにせ相手は1万人もいた。
荷重制限について事前によく知らされていたかは不明だ。
第四に、ビッグサイトの貸出業務を行う(株)東京ビッグサイトの責任だが、
有料で施設を貸し出す以上、無過失でも責任は発生する。
施設側としては、エスカレーターの荷重制限がどのくらいか知らなかったとは言えない。
しかし、同社でそれを知っていた者がいたとしても技術系の社員に限定されていた可能性が高い。
そういう人でも、警備員を立てていれば、当然、大丈夫だろうと考えるはずだ。
第五に、入場者本人にも問題なしとはいえない。
「危険ですから順序よく」というお定まりのアナウンスは受けていたはずである。
とはいえ、被害者に「お前がいけない」とは言えない。
第六に、施設を設計したエスカレーターのメーカーにも責任はある。
ビッグサイトのアトリウムの大型エスカレーターは、当然、特注である。
幅は普通のエスカレーターの1.5倍はある。だから、1段に3人を押し込むことができたのだ。
それにもかかわらず、荷重が1.6人分しかなかったというのは、設計ミスではないだろうか。
とはいえ、そんなにぎゅうぎゅうに乗るとは想像できなかっただろう。
第七に、エスカレーター設計の仕様であるが、注文したのは東京都である。
イベント会場として利用されることを前提とするならば、もう少し余裕のある仕様にしなければなかなかったのではないだろうか。
とはいっても、ビッグサイトができたのは1995年だから、かなり以前になる。
しかも、この間、同様な事故はなかった。それなのに責任を問えるだろうか。
長々と説明してきたが、ビッグサイトのエスカレーター事故は、その原因はきわめてシンプルではあるが、
じゃぁ、責任の所在はどこにあるのかとなると、かなり難しい事案になる。
おそらく、遊園地等で起こっている事故の多くも、似たり寄ったりなのだろう。
関係者の心証としては、「そんな使われ方するとは、予想できなかった」というところだろうが、とはいえ、実際にけが人が出ている以上、
「想定の範囲外」ではすまされない。
その後のワンフェスは、幕張メッセに移転した。メッセには2階式の展示場はないので、このような事故が起こることはありえない。
責任問題については、今もって結論は出ていないようである。
こういう問題が起きると、その後、なかなか同じ会場でイベント開催ができなくなる。
ワンフェスは翌年から、幕張メッセで開催されるようになった。
千葉に行ってしまって残念だ。
早く帰ってきてほしい。
エスカレーターといえば、車椅子の障害者を乗せるために3段を1つの平面にして運ぶ機能をもつものもあった。
警備員が集合し、いったんエスカレーターを止め、車椅子仕様にセットしなおし、お客様を乗せて上まで異動し、再度、通常仕様に戻す。
けっこうな手間だ。
そのうえ、すぐ隣りにエレベーターが設置されている。何かちぐはぐなことをやっていた。
▼ 東日本大震災の避難所になった
事件ではないのだが、平成23(2011)年3月11日に東日本大震災が発生し、東京ビッグサイトの西棟は避難してくる人たちの収容場所となった。
私もかり出され、徹夜でペットの犬の番などをした。
避難してきた人たちは、段ボールを敷いた区画に保護され、入浴には「大江戸温泉物語」が提供された。
真夜中のアトリウムに立ったとき、あの開業前夜の事が思い出された。
「そうだ、15年前のあの夜も、今と同じようにここに立っていたんだ」と思うと、感慨がこみ上げてきた。