物流効率化(平成18年)
またしても、未経験の仕事・・・

産業労働局には、労働関連の部門と、中小企業振興の部門がある。

労働相談でかなり消耗した私だった。
いい加減違う部署に転勤したいと思っていたところ、中小企業振興を行う仕事への発令があった。
仕事の中で一番大きなものは「経営革新計画策定の援助」だった。
中小企業の活性化のため、「経営革新計画」を策定した企業に対し、融資枠の拡大、留保金課税の免除、特許取得の促進など様々な特典が用意されていた。
しかし、計画が承認されるためには、審査会を通過する必要がある。

この審査の方法は、各県まちまちだ。
東京都では、職員が企業とやり取りしながら計画内容を煮詰めて、最終的は担当職員が、審査会委員に対して、その計画の良さについて説明するという手順を取っていた 。数があまりにも多く、個別企業に説明させるのは現実的ではないためがだ。
(その後、中小企業振興公社にも窓口業務を委託することになる)。

企業は、新製品開発やら新サービスの展開やらの計画を作ってきて、「どうですか?」と、問う。
しかし、計画書なんてものを作った経験のない会社だと「計画書」としての体裁を成してない。
そこで、当方からあれこれアドバイスし、相応の内容にブラッシュアップさせる。
まったく知らない業界や技術内容を把握しなければならなかったので、周辺知識の習得にそれなりの苦労はあった。

わずか1年間の担当だったが、43件の経営革新計画の承認を手助けした。
個別企業の宣伝は控えるが、JAVA、Web2.0、無線LAN、セキュリティ、携帯電話、人材派遣、建築・建材、物流、広告、印刷、飲食、投資、信用保証、ケアサービス、余暇、旅行、廃棄物など、さまざまな企業の経営革新計画を扱った。

今だから話すが、私には経営革新企業と上手く付き合うコツがあった。
まず、来庁日を電話で設定する。それまでにインターネットなどを使って、その会社のことを調べておくのだが、それだけでなく、その前の土日に当該企業を見に行く。土日だから企業は休みだが、門構えくらいはわかる。
そうして面談の日、社長と名刺交換をする。社長だって緊張している。
「あぁ、〇〇駅の近くの会社さんですね。そういゃ、あの駅前、最近ずいぶんきれいになりましたね」とかいって口火を切る。
「えっ、当社をご存じなんですか?」
「いゃぁ、たまたま近くに行ったんですが・・・」(たまたまではないが・・・)
そして、担当と顔つなぎすると、こちらのペースで書類作成が進む。

そういうやり方って、たぶんいけないのだろうけど、それが私のスタイルだった。

まぁ、仕事自体は、とても楽しくやらせてもらった。面白い仕事だった(土日はなくなったが)
ほんとうなら、もっと長くやっていたかった。

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中小企業団体の振興も仕事となっており、主として「印刷業」との、情報交換を行った。
東京紙器(しき)工業組合という団体があった。商品を包装する「箱」を作る企業の団体である。
ここが、「ハコの日」(8月5日)というのを制定していて、これに合わせて、各種のパッケージ用のハコのコンテストをやっている。
私は、その審査委員もやった。

また、JGASという展示会がある。東京ビッグサイトにいた頃は、「伸びゆく軽印刷(通称:のび軽)」という名前だった。これは、印刷機材を利用する印刷業の展示会だが、これに合わせて、グラフィックアートのコンテストも行われた。その審査にも協力した。

芸術的な知識に乏しい私が、審査委員などをやることに、躊躇はしたが、これも、それなりに楽しい仕事ではあった。

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実は、私がこのポストに動かされた理由は、ほかにある(推測だが)。
前年、東京都の都市計画部門は物流プランを策定したが、その中で、物流効率化に関するモデル事業を募集しようということになっていた。

その役割が、当産業労働局に委ねられたが、いったいどうしたらいいか、見当が付かない。
こういった、雲をつかむような仕事の担当がいないかと物色されたあげく、たぶん、私にお鉢が回ってきたのだ。今度は、「運転免許もないのに、物流担当だよ・・・」と、思った。

結論から先にいうと、このモデル事業については、期待していたような結果が得られなかった。
実際に、事業計画を募集し、2案が採択された。
その案は、いずれも優れており、それにケチを付ける気はない。
「期待していた結果」と違ったというのは、採択案がどれも遠距離の物流効率化の事業案だった、という意味である。
ひとつは、高速道路のETCの料金徴収の効率化を図る案、ひとつは、遠距離からの活魚のコンテナ輸送に関する事業案だった。

当初の物流プランが期待していたモデル事業は、共同配送による都内の「地域物流の効率化」であった。
物流校効率化が図られれば都内を走るトラックなどの数は減る。住民は喜ぶし、環境は良くなる。中小の物流業者も運搬費用の節約が図られ、ハッピーだ。
何もかも、八方丸く収まる、というのがモデル事業の絵柄だった。

なぜ、こうなったのか? そこには、そうならざるを得なかった理由がある。
最大の原因は、それを「東京」で行おうとしたことにある。

私たちは中小企業の振興対策をやっている。その前提での、物流効率化対策だ。
中小企業の経済活動が高まれば、当然、物の流通は増える。
だから、中小企業の事業振興を行って、物流効率化を図ろうとすること自体、自己矛盾的な要素をはらんでいる。
しかもその上、東京は、高度に発達した集積都市だという特性がある。
わかりやすく言うと、まず第一に「土地の値段が高い」ということだ。
例えば婦人服の効率的な流通管理を考えるならば、販売ショップを結ぶ中央に物流倉庫を設置し、そこで在庫の集中管理をすれば、効率化に繋がる。
しかし、都内は土地が高い。運搬コストを節約するより、倉庫をつぶしてマンションを建てた方が、収益が上がる。
したがって物流基地をどこに置くかというと、都内でも周辺部、あるいは、埼玉、千葉あたりになる。
実際、都内の物流センターは、高島平や新木場、舎人公園あたりにある。周辺部の物流基地を軸にしたのでは、結局、都心を走るトラックの数を減らすことには繋がらない。

また、第二に、大手の物流業者(クロネコ、飛脚、カンガルーなど)が、すでにハイレベルな物流システムを確立していて、今さら中小企業が入り込むすき間がない。
一定地域の物流を一手に引き受けようとする中小企業があることはある。が、その企業の役員や資本構成を見ると、大手物流業の影響下にあり、いわゆる「みなし大企業」だったりする。そうなると中小企業振興の枠にあてはまらなくなる。
無理に大手と対抗させれば、中小企業レベルだと経営危機に陥る。

第三に、中小企業の同業者はお互いにライバル関係にある。共同すると、知らぬ間に得意先を奪われるようなこともある。そんな疑心暗鬼から、なかなか手を組もうとしない。
では異なった業種間で提携させようとすると、いわゆるサプライチェーンは、あらかた大手企業で押さえられている。

第四に、そもそも高度の物流の効率化が図られている。
トラックの積載効率は高い。場合によっては、過積載で走っている。そもそも運転手が足りない、ということが背景にある。
では、非効率な運送部門がないかというと、それはそれで存在するが、あらためて中小企業間で事業提携して効率的輸送を図るよりも、丸ごと大手物流業者に任せてしまう方が手っ取り早い(これを、3PL=サード・パーティー・ロジスティクス などと呼ぶ)。

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こうしたことから、(1)中小企業の連携により、(2)地域物流を効率化し、(3)域内の交通量を減らし、(4)その結果、参加企業の経営をも良くする、というすべての条件を満たす解は、高度に発達した大都会・東京において、見つけるのは困難だった。

これは、担当してみて、はじめて分かった現実だ。
机上の論理だけなら、たいへんきれいなプランだ。

逆に見れば、別の可能性もある。

  1. 大企業の連携により地域物流の効率化を図る方策はあり得る。実際に、新宿摩天楼やコラボデリバリーという会社が携わっている。
     
  2. 単独の中小企業が、自社の扱う商品の物流効率化を行う手立てはある。
    私が扱った経営革新計画の中でも、小野包装、伊澤といった企業が取り組んでいた。
     
  3. 物流効率は悪くなるが、域内の交通量を減らす方法はある。
    例えば、共同の荷さばき場などを作る方法だ。問題は、誰がその費用を負担するかだが。
     
  4. 企業の得にはならないが環境負荷が減るので、企業の負担部分を行政で援助するという考え方もある。
    例えば新エネルギーの利用促進によって排ガスを減らすといった手法がこれに当たる。

なんでもかんでも全部満足させようとしたところが、私の担当した物流効率化の致命的な欠点だった。

期待された結果が得られなかった。
1年で異動させられたのも、やむを得ない。

何の役得もないのに、ただ「記事にした」という理由だけで本事業のPRに奔走してくれた「物流ウイークリー」の編集長には、心から感謝している。お礼を申しあげたい。

ところで、この物流効率化事業を都が委託した先が、東京都中小企業振興公社だ。私は、このとき初めてこの公社とお付き合いをした。
もちろん当時は、退職後に、公社にアルバイト(注:天下りではない)として雇っていただくことになろうとは、思いもしなかった。

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そして、その仕事を続けるうちに、さらに大きな問題を知った。国の物流効率化法である。
高速道路のインター付近に、企業が大きな物流基地を作ろうとするとしよう。
その際には、土地利用の問題、道路の切り回しの問題、環境保全の問題、住民説明の問題、その他ありとあらゆる利害関係が生ずる。それを、ワンストップで調整しよう、というのがこの法律だ。

それを行うには、とても一係ではできない。課レベルの組織的対応が必要だ。だが、組織のスリム化が進む中では、とてもそんな体制は組めない。おまけに、国も都も、複数セクションをまたがっている。内部調整だって、簡単にはいかない。
紙ベースで書くなら美しい案が作れるが、実際にやるとなると、途方もなく大変なのだ。背筋が寒くなるほどだ。物流というのは、そういう世界だということを知った。

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この課の1年で、一度だけやっかいな問題に直面した。
前の労働相談のときに、私に苦情を言ってきたお客様がいた。その人のために、出先の若手職員がかなり苦しめられていると聞いていた。
そのお客様が、私に面談させろと前の職場を問い詰めてきた。そして、前職がなんと了解してしまったのだ。人事異動後の場合は、新しいメンバーが受け止めるというのが不文律となっていたはずだし、私もそうしてきたのに・・・。
私は、現在の職場の上司に事情を説明し「行っていいか」と確認した。若い上司は、すがすがしい笑顔を浮かべて「いいよ」と答えた。

おかげで、私は出先事業所の一室に赴き、事情のよくわからない前職場の新課長と、庶務係長と同席して、2時間にわたり怒鳴られまくられることになった。話の内容については書かない。守秘義務があるからだ。
ちなみに私は、最後の職場でも、このお客様に怒鳴られる羽目になる。

おかげで一つだけ教訓となったことがある。「組織は職員を守ってくれない」

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