実践! 経営革新入門 まずは相談。まだ白紙のうちからでも良い
●都庁へ相談

計画の概要書と申請書の下書きを持って、都南社長は中堅社員の相馬を連れて、都庁へ相談に行くことにした。相馬には、経営革新計画の策定にあたって、直接の担当になるよう指示してあった。

[都南社長]: 計画の素案ができたので、この先、どんな風に作ればいいのか、教えてもらいに来ました。

[都庁担当者]: 取りあえず、制度の概要についてご説明します。ところで、この経営革新計画について、どこでお知りになりましたか。

[都南社長]: 知り合いのコンサルタントから、作ってみてはどうかと言われました。融資とかにも有利だと聞きましたので・・・。

[都庁担当者]: 経営革新を取ったからといって、必ず融資してもらえるわけではありません。それはご存じですか。

[都南社長]: 知っています。ともかくも、ある程度の形ができてきた事業ですので、もう一押ししたいと思っています。その意気込みを役所として認めてもらえればと思いまして。

[都庁担当者]: 審査は私たち職員がするのではありません。毎月、審査会というのがあって、計画内容が吟味されます。その審査会にかけるにあたって、何か不備がないかをチェックしたり、計画をこう直した方がいいんじゃないかと助言したりするのが、私たちの仕事です。

[都南社長]: 審査会には私たちが出るのですか?

[都庁担当者]: 東京都の場合、かなり件数が多いので、会社様に直接ご説明に来ていただくことはしていません。逆に言うと、書面に計画内容が十分に書き込まれているかどうかが、とても大切になります。申請書に記載されていないことは、私たちも審査員に説明できませんから・・・。

[都南社長]: では、ここまでの内容を見てもらえませんか。




別表1)
経営革新計画
@申請者名・資本金・業種 A実施体制及び連携先
申請者名:株式会社都南空調サービス
代表取締役社長 都南次男
資 本 金:10,000千円
業  種: 8799 他に分類されない修理業
社長、都南次男以下全社員が一丸となって取り組む。
教室運営について虹の橋学習社との提携を行う。教材については鶴鷹興産からの供給を受ける。
B新事業活動の類型 C経営革新の目標
計画の対象となる類型全てに丸印を付ける。
 1. 新商品の開発又は生産
○2. 新役務の開発又は提供
 3. 商品の新たな生産又は販売の方式の導入
○4. 役務の新たな提供の方式の導入その他の新たな事業活動
経営革新計画のテーマ:子供を対象とした「まちなかの、モノづくり教室&新生活開発所」の開設
最近、製造業の衰退が問題視されており、技術者育成の必要性が注目されている。このため、社屋の一部に「モノづくり教室」を設置し、子供を対象とした技術教育を新たな事業として展開する。
また、設備を利用して、高齢者の生きがい発見のための教室を合わせて開業する。
D経営革新の内容及び既存事業との相違点
当社は、かつて部品加工を行う中小製造業であったが、大手取引先が中国に主力生産地を移したため、現在では、製品のメンテナンスを行う事業分野に特化している。得意とするのは、家庭向けの空調冷暖房設備のメンテナンスである。
近年、製造業の衰退が問題視されており、技術者育成の必要性が注目されている。
将来の技術者確保のためにも、子供時代から「ものづくり」に接する機会を与えることが重要である。
このため当社、社屋の一部に「モノづくり教室」を設置し、子供を対象とした技術教育を新たな事業として展開することとした。
本事業を実施するため、
(1)社屋で使われていない倉庫を「モノづくり教室」へと改造する。
(2)事業実施にあたり学習産業との提携を進める。
 教室の運営・・・虹の橋学習社  教材の供給・・・鶴鷹興産
(3)募集のPRについて、地域のミニコミ誌へ広告を掲載する。Webを活用して周知する。
(4)当社がこれまで構築してきたサービス網を、募集のためにフルに活用する。
この事業を実施することにより、技術習得への社会的関心を高め、将来のエンジニア養成のための礎とする。
また、こうしたサービス事業を行うことによって、社のイメージアップを図り、本業面での事業拡大を図る。今後の社員募集への効果なども期待できる。
なお、子供教室が開催されない時間帯を利用して、高齢者向けの新生活発見教室を開催し、事業の効率的な実施を図る。
E経営の向上の
程度を示す指標
現 状(千円) 計画終了時の目標伸び率(計画期間)(%)
付加価値額 86,853    11.5%
(26年4月〜29年3月(3年計画))
一人当たりの
付加価値額
8,685     6.2%
経常利益 1,702   107.7%




●問題点はないか見直す

[都庁担当者]: ずいぶん控えめな収益見込みではありませんか。

[都南社長]: もともとボランティア的な考えから始まったプランですから・・・。

[都庁担当者]: 実際の事業化を目指すとすれば、社会奉仕という考え方は捨てるべきだと思います。

[都南社長]: 社会的意義がある方が、役所に受け入れやすくなると思っていたのですが・・・。

[都庁担当者]: 社会的評価を得ることは、たいへん価値のあることです。そういった事業を支援する制度もあります。が、それは、経営計画の本題ではありません。要は、ビジネスとして成り立つかです。

[都南社長]: 儲かれば、いい、ということですか。

[都庁担当者]: もちろん、法律に抵触する内容は、絶対に認められません。社会倫理に背くこともダメです。いたずらに射幸心を煽る内容は受け入れられないとされています。

[都南社長]: 社会常識は、当然に守れということですね。

[都庁担当者]: 企業の社会的責任が問われる時代ですから。
それから、その他にも、この計画には大きな落とし穴があります。

[都南社長]: えっ・・・?

[都庁担当者]: 薄利は結構なことですが、目測が外れると毎月損失が生じることになります。わずかな損失でも、長期化すれば会社本体の経営を危うくさせかねません。そういう点から検討すると、ここで問題となるのは、ほんとうに1日3コマ、月4セットのカリキュラムが実現できるか、ということです。

[都南社長]: と、いいますと・・・。この受講料ならば、たくさん希望者が集まるという自信があるのですが・・・。

[都庁担当者]: 御社がターゲットとしているのは、自分の手先を使ってモノづくりができる年代の子供たちですよね。

[都南社長]: そのとおりです。

[都庁担当者]: そういう年齢層の子供だとしたら、平日は学校があります。土曜・日曜・休日と夏・冬の休みに授業をセットして、それで年間の収益を上げなければなりません。だとすると、収支ももう一度見直さなければならないでしょう。

[都南社長]: 不登校の子供たちもいるようです。そういう子たちを呼べないでしょうか? 学校よりも敷居が低いと感じてくれると思いますが。

[都庁担当者]: そういう子供だと、自分から教室に行きたいとはいわないと思います・・・が。

[都南社長]: どうすれば・・・、いいのでしょうか?

[都庁担当者]: ひとつの方法は、子供が集まりそうもない時間帯に、何とかして受講者を取り込むことです。どこかから子供を連れてくるか、子供以外のターゲットを狙うか。ということになります。

[都南社長]: まったく別の発想で、教室の内容を考え出さなければなりませんね。

[都庁担当者]: 場合によっては、人の来ない時間帯は閉めておくという方法がベストということもあります。

[都南社長]: それでは、せっかくの教室が泣きます。何か新しい手だてを考えることにします。

[都庁担当者]: せっかくやる気になっているところに、水をかけて申し訳ありません。

[都南社長]: 平日に時間が取れるとすれば、専業主婦か高年齢者でしょう。

[都庁担当者]: 2007年問題というのもありますし、時間をもてあました元気な高齢住民も増えてくると思います。その辺で、事業をふくらませることもできるのではないでしょうか。

[都南社長]: 新しいターゲットを掘り起こすことができるか、もう一度社内に持ち帰って検討したいと思います。

[都庁担当者]: 経営革新計画を作るためには、新規性を出すと同時に、確かにしっかりとした事業展開ができるということを示す必要があります。そのあたりは、中期経営計画書を細部までつめると、明らかになってきます。
是非とも頑張っていい案を作ってきてください。
 


  
 <補足説明>
ここで担当者はかなり踏み込んだ意見を述べています。実際には、そこまで立ち入ることは、まずありません。なぜなら、「企業経営の舵取り」はあくまで経営者に委ねられるべきことだからです。経営者以外に経営の責任を取れる人はいません。
しかし、中には思わず、「これじゃアブナイ」と感じることもあるのです。ですから、中小企業診断士など、専門家の意見を聞くことも大切になってきます。
もちろん、経営者の思いだけで突っ走ってしまっては、新事業は成功しません。多くの従業員の意見を汲み上げ、社内一丸となった体制で臨むことが、新しい事業を軌道に乗せていくために必要だと言えます。




●事業の効率的展開を検討する

[都南社長]: 本日からPTを再開します。今回からは、教室運営をお願いする虹の橋学習社の皆川さんにもご参加いただきます。

[皆川(学習塾社長)]: 皆川ですよろしく。

[都南社長]: さて、先日私は相馬さんといっしょに都庁へ事前相談に行ってきました。その際、ご指摘を受けたのは、子供向けの教室を開いても、学校に行っている時間帯は生徒が集まらないだろうという点です。
もともと、設備投資は小額ですから、土日だけ開設という方法もあります。しかし、せっかく作ったモノづくり教室ですから、それではもったいないように思えるのです。
活用方法について、いいアイデアがあったら、教えてください。

[皆川(学習塾社長)]: 日中、時間が空いているとすれば、高齢者ですね。高齢者向けの教室を開くのはどうでしょうか。

[相馬(中堅社員)]: 金融機関が資産運用の説明会場を探しています。話をもっていってみてはどうでしょう。

[番野(古参社員)]: 地域密着型という利点を生かしたいですね。旅行会社に地域の仲間同士の小旅行を計画させる。その説明会場にする、というのはどうですか。

[篤志(若手社員)]: 同じモノづくり教室で、高齢者向けのカリキュラムを作るということもできます。

[相馬(中堅社員)]: 健康管理についても関心が高まっています。医療や介護の会社と提携してみることもできます。

[都南社長]: どうでしょう皆川さん、その辺のアイデアを整理してみてはもらえませんか。

[皆川(学習塾社長)]: お引き受けします。名前は「新生活開発」事業というところで、いかがですか。

[都南社長]: では、その新生活開発事業を、モノづくり教室の売り物の一つとして、追加することにします。

[番野(古参社員)]: 最後に、もう一つお願いがあります。今回、皆川さんの力を借りることになりました。それで楽になったところもありますが、もともと自分たちだけで立ち上げようとしていた事業です。何かこう、がっかりした面もあります。

[相馬(中堅社員)]: やはり、いかにも当社らしいというところも欲しいですね。

[篤志(若手社員)]: 平日の夜間に、一般のサラリーマン向けのカリキュラムを作って、私たちで企画したらどうでしょうか。

[番野(古参社員)]: ほんとうにそんなことができるのか?

[都南社長]: 篤志くんは、何か具体的なプランを持っているみたいだね。

[篤志(若手社員)]: 私たちは、空調や水回りの修理に回っていますが、行ってみると、「こんなことは自分たちで修理できるのに・・・」、というトラブルも少なくありません。例えば、水道のパッキンを替えたり、浴室の下水口に髪の毛がたまったり、そんなことなら自分でできます。

[相馬(中堅社員)]: 床の補修なんかも、素人でできることが多い。

[篤志(若手社員)]: それで思いついたんですが、「自分でできる○○〜」という講義枠を作ったらどうですか。

[都南社長]: 当面は、皆川さんにお願いして一般向けのコマを運営してもらうが、そのうち当社企画を織り込んでいって、様子を見ながら増やしていくってところで、どうかな。

[番野(古参社員)]: そのくらいの慎重さが必要だと思います。

このようにして、都南空調サービスの経営革新計画は、だんだん形になっていった。



●再度、相談に来庁

[都南社長]: 社員で話し合って、だんだんと事業プランが固まってきました。
そこで、次のページの、この別表1−2というところですが。ここに、どんなことを書けばいいのか、よくわからなくて・・・

[都庁担当者]: やろうとしている事業の概要は別表1を見ればわかります。しかし、事業の全貌を1ページに要約することはできません。そのため都では別表1−2を用意しているのです。つまり、ここでは別表1の説明不足の部分を補うことになります。
この別表1−2というのは、東京都独自の様式です。様式といっても、自由に何でもかけるようになっていて、ページ数にも制限はありません。
本来は別表1ですべてを言い尽くしてほしいのですが、このスペースでは十分説明できないことも多々ありますので、補足資料として1−2を用意しています。

[都南社長]: 厚い資料にしてもいいのでしょうか。

[都庁担当者]: あまり量が多いと、ポイントがつかみにくくなります。短い時間で検討してもらわなければなりませんので、3〜5ページくらいで見やすい資料にするのがいいのではないでしょうか。

[都南社長]: どうすれば見やすくなりますか。

[都庁担当者]: 図や表やグラフを入れたり、チャートを使ったりするといいでしょう。新規性を明確に示したいときには、「自社のこれまでの事業はこうだったが、新事業はこういう風になる」という説明を入れたり、他社の事業との相違点を示す比較検討表を入れたりします。
大事な部分は一見してわかるようにし、それが客観的なデータで裏付けられているという説明を補足するといいでしょう。

[都庁担当者]: 「何を実施するのか」について、順序立てて記載してください。

[都南社長]: 何を書いてもいい、と言われるとかえって書きづらいですね。

[都庁担当者]: 必ずこうしろという決まりではないのですが、私たちとしては、
1 当社の現状(既存事業の内容)、
2 本計画を作成するに至る「きっかけ」と経緯、
3 新事業の内容「自社にとって何が新たな取組であるのか」、
4 計画の実施「新事業をどのように実施するのか」、
5 計画を実施した結果はどのようになるのか、
というストーリー構成にしていただくことを、お勧めしています。

[都南社長]: というと・・・

[都庁担当者]: まず第一に、当社の現状(既存事業の内容)ですが、ここには別表1で書ききれなかった会社の状況を記載するといいでしょう。

[都南社長]: ほとんど別表1で書き尽くしているのですが。

[都庁担当者]: 別表1−2では、3番目に来る『何をするか』が一番大切な部分になります。したがって、これに直結する「自社の強み、特色」などが書ければ、少し詳しく書き込みます。
ここはあくまで導入部ですから、軽めでいいと思います。

[都南社長]: 当社は地域密着型の会社ですから、そういった部分ももっと記載できればと思います。

[都庁担当者]: 御社の場合、新規のビジネス展開ですから、簡単にさらっと流すくらいでいいでしょう。逆に新製品開発がメインのテーマで、その製品が既存の商品や技術と密接に絡み合っているなら、たくさんの記述が必要です。
事業実施上の許認可等がありましたら、免許・許可の番号、特許番号なども記載し、そのコピーも別紙で添付するようにしてください。



 
(別表1−2)
経営革新計画の具体的内容
参加企業者名  (株)都南空調サービス   .

(経営革新計画の具体的内容と新しい取り組み方法を記入して下さい)

1 当社の現状(既存事業の内容)

当社は、昭和35年創業。もともと部品加工を生業としていた中小企業であった。
住宅地での騒音問題などが批判されるようになった昭和40年代に、工場部分を他県に移転し、東京には本社機能のみを残した。
大手取引先が中国に主力生産地を移したのを機に、部品加工分野から全面的に撤退し、もっぱら製品のメンテナンスを行う事業分野に特化した。
主力は、家庭向けの空調冷暖房設備のメンテナンスである(全売上高の〇%)。
空調メーカー川金電気と提携しており、現在の年商は〇〇。〇〇区および〇〇区内では、シェア〇%を占める。従業員数〇名。
加工業からは撤退したとはいえ、古くから当社で働く従業員の中には、かつての部品製造に携わった者もおり、技術面のノウハウも残っている。
当社を退職したOBの中には、引き続き地域に留まって、社会活動を続けている者もいる。こうした人々の協力が期待できるのも、当社の貴重な財産である。

さらに当社には、かつて製造工場と活用していた社屋が倉庫として残っている。したがって、この社屋を改造することで、新事業展開のための経費を大幅に節約することが可能である。

また、当社は地域に密着したビジネス展開をしている。このため、近隣住民とは顔見知りの関係になっている場合も多い。
新事業展開にあたっては、こうした地域ネットワークが十分活用できるものと、考えている。






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<参考> 東京都産業労働局の記載要領に例示されている、当社の現状(既存事業の内容)

 項目 内容 
企業概要 創業年、従業員数、略歴、主要事業所、自社の強み、既存事業の今後の見通し等 
事業内容 商品やサービス内容と実績、事業毎の売上比率、シェア、特徴等 
取引先  仕入先、顧客、エンドユーザー等 
業許可 免許番号、許可番号、特許番号等(※別紙でコピーも添付してください) 
※新たな取り組みを明確にし、実現可能性をPRするために既存事業についてもなるべく詳細にご記入ください。
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※技術・商品等の図面、機器のカタログ等、内容のわかる資料を添付して下さい。


[都庁担当者]: この、「当社の現状」欄ですが、ここに企業の実績をだらだらと書くことは、かえってマイナスです。今回の事業内容と密接に関連している要素を抜き出してまとめると説得力が増します。




 
 <補足説明>
ここでは説明の都合上、かなり記載内容が完成した文章を載せましたが、できれば早い段階からのご相談をお勧めします。まだ、ほとんど白紙の段階でもかまいませんし、むしろその方が整理しやすくなります。




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