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「気づき」を促すため、コンサルは相手のハートを開かせなければならない。そこが第一歩になる。
以前、先輩の労働相談担当は、後進にこう言い残した。「とにかく聞け、ひたすら聞け、とことん聞け」それが相談の極意だというのだ。
当然のことだが、相談担当者は、担当分野について十分な知識を持っていなければならない。そうでなければ、相談に来た人から軽蔑されてしまう。しかし、知識が豊富であるほど、上から目線で相手を見下しがちになる。それでは、相談者は心を開かない。
心を開かせる近道は、とにかく「話を聞く」ことだ。
そして、相手の口が重いなら、何とか話を引き出すための工夫をすることが大切になる。 |
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相手に心を開かせるための手立てとして、私は傾聴に加えて、「相談者と共通の話題を用意する」という方法を取った。
わずか1年間だったが、経営革新計画の指導を担当した。
計画書を受け取り、それを読み込んで、審査会で説明するだけの仕事だ。本来なら、落ちようと受かろうと、当方には関係ないことだが、「自分の受け付けた案件は100%合格させたい」というのが、担当者の心情だ。それに、不合格となると、経営者から「オマエの説明が悪いからだろう」と恫喝される心配もある。
取れる時間はせいぜい1時間半程度。短い時間で、できるだけ計画の本質をつかまなくてはならない。
来庁する経営者も緊張しがちだが、新米の私も、初対面の企業だと緊張する。それでは、いい指導はできない。 |
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同年代の明石家さんまくらいの話術があれば、初対面の経営者でも、胸襟を開かせることはたやすい。しかし、そんな器用さを持ち合わせない当方としては、短い時間内に相手からできるだけたくさんの情報を引き出すために、策を駆使することになる。
経営革新の相談の場合は、通常、前週にアポを取る。実際に面談するまでの間に、土日が挟まれるので、私は休日を利用して、その企業の所在地を訪れることにした。
そして、面談当日、社長の名刺を見ながら、「○○駅の駅前は、ずいぶん開発が進んでいますねぇ」とか、「御社から○○センターは近いんじゃありませんか」とか、「○○問屋街は、今でも繁盛していますか」とか言った話から、会話を切り出すことにした。
取りあえずひとつでもいいから、相談に来る経営者と共通項を持てば、相手もこちらの話を受け入れやすくなる。苦肉の策だ。 |
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さらに、計画の内容にウイークポイントを発見した場合は、その改善策を盛り込んでもらわなければならなくなる。ここが難しい。なぜなら、経営者は経営革新計画に対しても「こだわり」を持っているからだ。 相手の信用を得られれば、かなり失礼な指摘をしても、苦情になることはない。
「率直に言って、その事業が採算に合うとは思えないんですが・・・」なんて、新米のくせにひどいことを言ったのだが、それでも経営者は暖かく受け止めてくれたし、今でも会えば「あの時はありがとうございました」と言ってくれる。 |
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企業との間に共通項を持つためには、何も土日を犠牲にすることはない。
今は情報化社会で、インターネットも当たり前になっている。「とにかく聞け」の前に、「とにかくアクセス」してみよう。たいがいの会社は、自社のホームページを持っている。経営者と会う前に、いくらだって企業の情報は入手できる。便利な世の中だ。
そこで企業訪問に行く前に、次の点に怠りはないか、チェックしておこう。 |
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<巡回指導に当たってのチェック事項>
(1)予め情報を十分収集してから、企業訪問を行うようにしているか
- 企業規模、沿革、社長の経営理念などはインターネット等で把握している
- 企業が得意とする生産分野や製品、売れ筋商品、主要取引先などは知っている
- 事前に相談カルテなどを参照し、これまでの課題などについて確認している
- 該当する業界の動向について、団体機関紙等から情報を得ている
- 実際に訪問する前に、想定される資料(パンフレット等)やデータを用意している
(2)具体的な対応策に繋がるような情報収集を、訪問前に行なっているか
- 訪問前に質問事項等を用意し、短時間で効果的な指導に繋がるよう努力している
- 融資や事業策定など、具体的な企業活動への連動を想定した上で、情報収集している
- 東京都や国の施策を念頭に置きつつ、企業支援の方向性を探っている
- 次回の約束や、今後の対応方法などを織り込みながら、意見交換を行っている
(3)役立つ情報を提供できたか・指導効果について具体的に把握できているか
- 当面の対応策、中長期的な改善策など、企業の意思決定に役立つ情報を提供している
- 指導の具体的な成果が把握できている(融資の実現など)
- 成果に結びつかなかった場合、その原因を分析し、別の改善策に繋がるようにしている
- 経過をカルテに残すと同時に、他の指導員のための情報提供を行っている
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こうした事前準備なしに企業訪問すると、単なる「御用聞き」で終わってしまい、目に見える「経営改善」に繋げるのが難しくなる。
御用聞き営業は、「何かお困りではありませんか?」というように、顧客ニーズをたたき台なしで聞く営業スタイルである(出典:仮説力が身につく入門テキスト 西村克己 中経出版)。
したがって、事前情報の収集が非常に大切になる。 |
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私は、経営革新の面談のアポを取る際、「簡単でいいですから、ご提案の経営革新計画の概要を教えてください」と聞いておく。
その計画が人材派遣なら労働者派遣法を事前に勉強しておく、リサイクルの新手法ならリサイクル全般についてWebで調べておく、フランチャイズ事業なら同様の事業を実施している企業がないか調べておく。
そして面談に臨む。肝要なのは「俺はここまで知ってるぞ」という態度を取らないことだ。
それでいて、会話の節々に、「ご存じの通り、特定派遣だと比較的認可を取りやすいですが・・・」とか、「原材料を分別するのに人手がかかると思いますが、人件費の負担は避けたいですね」とか、「期間中途で営業を断念したときのフランチャイジー取り決めは、確認していますか」とか、専門知識を挟んでみる。
親切な経営者は、それに気をよくして、どんどん事業関係の説明をしてくれる。そうしたら、何でも聞いたらいい。
この際、相談者も指導者もない、「とにかく聞け」だ。そして、そのとき経営者が語ってくれる内容こそ、宝の山なのだ。自分の職業人生にとってきっと貴重な財産になる。
仕事をしながら蓄財ができる。なんて幸せなんだろう。 |
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このようにして信頼関係を確立したうえで、経営者の本音を引き出す。
最初に「この事業の採算性には不安があります」と尋ねたら「そんなこと、ない!」と反駁する経営者であっても、信頼関係が築ければ「やはり、そう思いますか・・・」と本音をもらす。
そうしたら、いっしょに、どうしたらいいか考えよう。
自分では役不足なら、専門家の無料相談もある。それを紹介しただけでも、感謝される。
役所だと、それで終わりだが、商工会議所や商工会だったら、その後の関係を継続して行くこともできる。双方にとって、大きな利益に繋がる可能性だってある。 |