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相談者は自らは認めたくない現実を背負って来る場合が多い。
前述のように、経営者は自社のこと、自社製品のことについては、きわめて「こだわり」が強い。
しかし、いかなる企業にも寿命がある(一般的に企業の寿命は30年と言われている)。
商品にしても同じで、それがどんなに人気があっても、売れなくなる時がくる。
経営者はこれを認めたくない。
そして、経営者の既存製品に対する「こだわり」が強すぎると、切換えのタイミングを逃してしまうのだ。 |
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こだわりの強い経営者には2種類の人がいる。
(1)新製品開発マニア
ひとつは、次から次へと新製品を開発したくてたまらない、いわゆる“アイデアマン”だ。
企業に遊休資産がたくさんあるならば、それも結構だが、貧乏な中小企業の社長がそれでは企業経営は立ち行かなくなる。そのことに納得してもらうことが先決だ。
前述のように、互いの信頼関係が確立されたならば、腹を割って話をしてみることが必要となる。
そのとき、「じゃぁ、何を開発すればいいのでしょうか?」と聞かれる。
「何もしない方がよい」とは答えられない(たとえそれが最善策であっても)。
だから、答えは用意しておく方がよい。
同じようなタイプは、商店主にもいる。やたらと新規顧客を開拓したがるタイプだ。
しかし、新規客1名を確保する労力よりも、得意客1名を維持する労力の方がはるかに少なくてすむ。
新製品を売り込むにしても、知らない顧客にセールスするより、従前のユーザーに持ちかける方が楽だ。 |
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(2)会社は家族、製品は我が子
既存製品に固執する経営者については、企業が元気なうちに、新しい商品を企画しておく必要性について説明する。これが難しい。
「いずれ売れなくなるときが来ます」と、説明すると、たぶん怒る。
それゆえ、こうした経営者が思い余って相談窓口に来たときには、残念ながら「もう、そんな悠長な状況ではない」ことが多い。
だからこそ、日頃からの交流が大切なのだし、商工会・商工会議所が常日頃、巡回指導をしている意味もここにある。 |
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さて、不運にも「手遅れ」状態の経営相談を受けた場合が問題だ。
こうしたケースでは、経営者も「どうやら我が社の行く末もあぶなそうだ・・・」くらいの認識はある。しかし、現実はもっと逼迫して、破綻寸前という場合も多い。
経営者の自覚より、いつも現実の方が一歩先を進んでいて、こうなると、対応策がいつも後手を踏んでしまっているのだ。
実は経営者本人は、最悪な事態に薄々気づいている。しかし、それを認めたくない。だから、3割くらいさっ引いた現状分析をしてしまうのだ。
引導を渡すのも経営指導員の責務のうちだ。
そのためにも、相談者が持っている「本当の答え」を、相談者本人に認識させなければならない。
相談に来た経営者に、好き勝手に話をさせておいては、いつまでも製品開発の苦労話や、事業運営上の愚痴を聞かされることになる。 |
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労働相談担当の頃、私は、「第三者の話を仮定する」という手法を使った。
お手本は、前述の『刑事コロンボ』だ。
「社長さん。いやぁ、私、ほんとうにびっくりしてるんです。世の中には、よく似た話があるもんですね。実は、先日も、同じような相談を持ってきた経営者さんがいましてね。その社長さんが、あなたとよく似た話をされるんですよね・・・」
ここまではやり過ぎだが、要するに、その経営者の問題とは別の問題として、会話を展開するのだ。
社長さんには責任はないのだけれど・・・といった話の展開にすると、経営者も本音を話し易くなる。
「ほんとに急なんですよね。今回の景気の落ち込みは(あなたに責任はない)。まさか、海外の住宅ローンでこんなことになるとは思いませんでしたよね(あなたには責任はない)。ご相談に来る社長さんも、皆、頭を抱えていますよ(あなただけではない)。先日いらした、経営者さんも、これまで簡単に借りられた運転資金の融資を断られたとか、おっしゃっていましたよ(あなただけではない)。どこも、苦しいときは似たり寄ったりなんですね(あなただけではない)。ところで、今日はどんなご相談ですか・・・。」
実際には、もう少し演出過剰な出だしとなることもあろう。そのくらいやらないと、本当のことを経営者は話さないのだ。
そうやって、経営者自ら、話を切り出させる。それが大切だ。
「実は、当社も、例外ではないのですよ・・・」
そうしてはじめて、共通の素地ができる。経営者が本音を話し始めたら、とにかく聞いてやってほしい。それだけでも救いになる。少なくとも苦情には繋がらない。 |
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定期的に労働相談にくる経営者の方もいらっしゃった。かなり著名な企業の管理職の方もいた。
守秘義務もあるので、内容は話せない、というより、さしたる内容はなかった。
どうして私に、とりとめもない話をしに来るのか、不思議だった。
今にして思うと、相談内容や問題解決が目的ではなく、単に愚痴をこぼしに来ただけだったような気がする。
しかし、相談者にとって、それって、とても重要なことなのだ。なぜなら、私以外に、本音で話をする相手がいないからだ。会社の中で、幹部社員は上司に弱音をはくことも、部下に愚痴をこぼすこともできない。だから、相談に来る。後から考えると、私は、実に重要な役回りをしていたことになる。
経営指導員の方々も、とにかく話を聞いてあげてほしい。「そんなことが何の役に立つのか」という疑問を感じるかもしれないが、実際には、かなり役に立っているのだ。 |
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あまり事態が切迫していない経営者だと、答えを持ってこないこともある。
その際は、「Why作戦」が有効だ。「なぜ、どうして」を繰り返し聞く(ただし、相手が怒らない程度に)。
「ここんところ、離職者が多くてね」「業績に問題がないとしたら、その理由はなぜだと思いますか」、
「最近、気のせいか生産ラインのトラブルが多いんですよ」「どうして、そういう問題が起こると思いますか」という問いを、繰り返し行う。
経営者としては「だから、あんたのところに相談に来ているんだろ」という気分になるかもしれないが、こちらも万能ではないので、問題を掘り下げないわけにはいかない。
ある意味失礼な対応になる。それだけに、初期段階での信頼確立が大切になるのだ。 |