tsudax99
「気づき」と「見える化」と「仮説」と・・・経営改善指導への一提言


(8) 見える化: 再び人材の時代に

企業組織はヒトに支えられている。ヒトの弱体化は、企業の弱体化だ。

  では、本当に必要な「見える化」のために、何が必要なのか?
  現場の自律能力を、再生することである。
現場が自主的に判断し、もっともよい解決法を現場自らが生み出すことを是とし、その実現に要する時間と経費を担保し、成果が上がればそれ相応の評価をすることが肝要である。
そして、こうした動きが活発化したならば、それを単なる現場の暗黙知から、企業レベルでの理念へと高める、それは経営者の責務であろう。
  中小企業は経営者が率先して現場に立っているから、そんな必要はないと思われるかもしれない。
たしかに、従業員数名程度の小規模企業なら、そうだろう。
「トヨタのカンバン方式」は、材料・工具の最適な供給を行うことで余剰在庫を作らない生産方式として有名であるが、カンバン方式にはもう一つ重要な特徴がある。
トヨタには、「後工程は前工程のお客様」という言葉がある。換言すれば「後工程のニーズが、前工程の供給をコントロールしている」ということでもある。
この哲学が徹底されることによって、トヨタという超大企業は、非常に小さな小零細企業同士が密に繋がり合った企業群に変貌することが可能となる。そうしてはじめて、効率的な組織運営が可能になっているのだ。
  中小といえど曲がりなりにも「部門」のような組織がある規模になれば、経営者個人の目は、細部にまではとどかなくなる。
経営者といっても、ついこないだまでは第一線級の営業マンだったり、技術者だったりした人が多く、経営そのものについては、素人の域を出ない場合もある。
規模の小さいところは、社長自らが営業マンであり、車を運転して得意先回りをやっているというところも多い。しかし、それだけの理由で、経営者としての合格点はあげられない。
  第一線級の営業能力や技術力も、第一線を離れると次第に時代遅れになる。まず、これを自覚しないと、経営者は本当の現場の姿を見ることができない。
経営への「こだわり」は必要だが、自らの過去への「こだわり」は捨てなければならない。そのうえで、現場を眺めてみよう。
新米、ベテランの区別なく、従業員の言葉に耳を傾ければ、役に立つ情報はたくさん入っている。問題は、彼らが腹を割って話しているとは限らないことだ。
自分の自慢話ではなく、現場のアイデアを汲み上げよう。自分の愚痴ではなく、現場の苦労話を聞いてあげよう。
「社長がオヤジ」に戻り、「当社がウチの会社」に戻れれば、もう一度、会社全体が一体となれる。
  次に経営者がなすべきことは、現場と経営陣との間の風通しが悪くなっていないかのチェックである。
現場の責任者も、経営者と長年つき合ってきた盟友であり、それゆえ、企業の真の姿が伝わってこなくなることがある。
現場で働く人よりも、会社を辞めていく従業員の方がその会社のことをよく見ていることが多い。労働相談の経験則からいうと、確かにそうであった(多分に感情的なバイアスはかかっていたが)。だから、自分に背を向けて去っていく人の言葉も謙虚に聞こう。
「虚心坦懐に話を聞く」 それが、見える化の第一段階である。
しかし、残念ながら、これだけでは、現場の自律能力は高まらない。
  それなりの工夫が必要だ。
社長の姿勢が変わっても、現場では「また、いつもの気まぐれじゃないの」くらいにしか言われていないと、思った方がいいだろう。
マンネリ化に馴れてしまったベテラン従業員は常に受身だし、パートのおばちゃんたちには家庭生活の方が大事だ。ゲーム世代の若者は、課題は他から与えられるものであって自分で見つけ出すものとは考えていない。
終身雇用は事実上崩壊した。企業が自ら、コミュニティであることを止めてしまったからだ。だから、腹を立てても得にはならない。
  逆にいえば、ここにこそ解決に糸口がある。
(1) マンネリに馴れてしまったベテランに、挑戦的な課題を与えて問題意識を呼び起こしてもらうにはどうしたらいいか。
(2) 家庭優先の従業員に、仕事上での自己実現の大切さ、充実感を、いかにして知ってもらうか。
(3) 若手従業員に、課題を見つけ出し、解決策を探し、実際にそれを解決することが自分の責務であることを、どうやって自覚してもらうか(黙っていてもわかるだろぅ、という考えは捨てた方がいい)。
それが解決されれば、現場の力は格段に強化される。
  それゆえ、これからは人材再開発の時代だと、いってもよい。
  貴社には妙な人事管理制度が導入されていないだろうか。
たとえば「この仕事を担当できるのは、中級職以上」といった類だ。あるいは、科学的な職務分析に基づく客観的人事評価システムの類だ。
こういった制度は、大企業向けのものであり、従業員の顔が一人一人はっきりとわかる中小企業なら無用だと思う。
個々の従業員が、自分の判断で契約決定できる金額を決めておくぐらいでよい。
今の若手従業員は「自分で判断する」ということに不得手だ(正確には、これまでそういうことを訓練されてきていないため、自分の分担範囲内だと思っていない)。
「あなたはどう思う」と問えば、「え〜っ、私がそんなこと決めちゃっていいんですかぁ」と返ってくる、たぶん。
それでは、何年たってもお客さんのまま。将来、きちんとした経営判断のできる幹部には育たない。
  経営者が行うべきことは、従業員から判断権限を奪うことではなく、自分がどういう基準でものごとを判断しているか、きちんと説明することだろう。
個々の経営者はおそらく、そのような教育をしても若手はすぐに辞めてしまうし、中堅は反発するだけだと、考えていると思う。企業内に留まる課題なら、それでもいい。
しかし、社会全体がそんな雰囲気になりつつある。
責任回避や問題の先送りが社会の支配的な雰囲気として定着すると、将来の日本の舵取りが危うくなる。経営者の方々には、損得を捨てて、後進の育成に力を尽くしてほしい。
  今回の経営力向上プロジェクトの資料には、新人にマニュアルを作らせるという事例が載っている。
新入社員を各部署に行かせて、仕事の内容ややり方についての細かい聴き取り調査をさせ、設計・製造のノウハウや勘、コツといったものを文章化し、まとめた後でさらにベテランにチェックしてもらう。こうした聴き取りは経験年数のある者にやらせてもベテランは教えてくれない。一方、新人であれば丁寧に教えてくれるというのだ。
こうした試みも、ひとつの手法だと思う。


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