| |
もう13年前になるが、東京ビッグサイトが世界都市博中止の逆風をついて、オープンした。最大のライバルは幕張メッセだった。ビッグサイトは大方の心配を蹴散らして好発進し、現在に至るも勢いは衰えていない。
今でこそ交通機関は整備されているが、当時は、新橋の仮駅から1時間に8本程度しか走らない「ゆりかもめ」が、メインの交通機関だった。ビッグサイトにあってメッセにないものが、この「ゆりかもめ」と名付けられた自動輸送システムである。
新橋〜国際展示場正門まで所要時間は22分かかった。東京駅を起点とすると、ビッグサイトもメッセも、アクセスに要する時間はほとんど変わりなかった。
しかし、「ゆりかもめ」の効果は絶大だった。あちこちグルグル回って会場にたどり着くまでに、来場者の「わくわく」感が大きくなる。
偶然とはいえ、「ゆりかもめ」のもたらした演出効果の大きさには、感激させられた。 |
| |
企業がウソをついて商品を売れば、それは詐欺である。
詐欺と演出は違う。演出はある種のサービスなのだ。その証拠に、ディズニーランドを見てみるとよい。「シンデレラ城に本物の魔法使いがいないのは商品表示上問題だ」とクレームをつける客はいない。
顧客は、お金を払う以上、気持ちよく商品を買いたいのだ。「この商品を買って本当に良かった」と思いたいのだ。
そう思わせてあげることが演出効果である。
こうした努力が中小企業には不足している。
良い製品を作ることには熱心な経営者が、なぜかその商品をたくさん売ることについては、熱心ではない。中小企業のオヤジは、「あきんど」的な対応が苦手なのだ。
それでも、前述のエーワン精密の梅原社長のように、自社の宣伝に社長自らが乗り出す企業が出はじめた。自信があるなら、もっとやるべきである。 |
| |
例えば、私が街の文房具屋の店主だとしよう。お客に商品といっしょに、ご意見頂戴のハガキを渡す。そこに記載されるのはこんな内容だ。
「当店は、零細企業です。薄利多売はできません。値段を勉強できない分だけ、店としては、少しでもいい品をご提供したいと、常日頃から思っています。種類は少ないものの、店頭に並んだ文具は、店長自らが自信をもって品揃えしたものです。お客様の嗜好に合わないところがございましたら、このハガキにてご意見をおきかせください。また、下記ホームページからもメールでお受けしております」
といった、具合になる。
そして、ホームページには、店長が文具に対してもつこだわりを掲載する。
これは演出だ。しかし、詐欺ではない。
顧客は、「今度買うときはまたあの店で買おう」と思う。うまくすれば、いい気分になって、知り合いに自慢してくれるかもしれない。 小さい企業が生き残っていくためには、商才が必要なのだ。 |
| |
社会が高齢化している。
私自身歳をとって、つくづく感じることだが、若い頃にはあれこれ欲しいものがたくさんあった。しかし、年齢が高くなると、何かが欲しいという気持ちが膨らまない。
インターネットのオークションでたくさんのものが出回っていても、買いたいという意欲が起こらない。つくづく高齢化社会とは怖いものだな、と思う。
とはいっても「何かをしていたい」という気持ちまでなくなったわけではない(だから、こんなものを書いている)。 |
| |
楽天の野村監督が、理想の死に際について、こんなことを言っている。
「理想をいうなら優勝決定戦でサヨナラホームランが出てチームが日本一になった瞬間、静かに息を引き取る。『監督が寝ているぞ、起こせ』と近づいたら死んでいた――そんなラストシーンだろうか」(出典:人生の「秋」の生き方 堺屋太一編著 PHP研究所)。
年を取って、モノもいらない、欲もない、財産もこれで十分、家族も独立した、そうなってしまったときに、最後に強く願うのは、こういうラストシーンになる。
だったら、それをビジネスにすることはできはしないか。
すでに定期的に電話をかけて見守りサービスをする企業もある。湯沸かしポットに無線通信機を組み込んで使用状況をモニターするサービスもある。個人の歴史アルバムを作るサービスもある。生前葬を演出するサービスもある。
野村監督の言葉に含まれる重要な要素は5つ。(1)最後の最後まで何かに打ち込んでいたい、(2)成果を確認してから死にたい、(3)死を意識しないまま息を引き取りたい、(4)死ぬ瞬間を回りに気づかれたくない、(5)だけど、すぐに気づいてほしい。この条件は、年寄りなら誰でも望むもの。
こんな風に、お客の目線で物事をながめれば、ビジネスの種はいくらでも見つかるのだ。 |