月夜裏 野々香 小説の部屋

   

仮想戦記 『青白き炎のままに』

   

第03話 1942/08 『陸軍主導』

 太平洋戦争で日本が苦心した事の一つは、物資、燃料、船舶、人材の配分といえた。

 硬直した体質が無理な命令を生み、無駄な物が作られ、

 「うぅ・・・・う・・・・うぁああああああ〜〜!!!!」

 ゼロ戦がエンジン不調で海上に不時着水する。

 無線も不調でパイロットが生き延びる可能性は低い、

 日本人の命は軽かった。

 軍艦は燃料を消費させ、寄り道させてまで助けはしない、

 無駄な死が生産されていく、

 民間で必要とする物資があった。

 それがなければ国民生活は成り立たたなかった。

 食料不足にとどまらず、

 赤子のミルク缶は、不足がちな配給物で常に底を尽き、

 物資が少なくなれば物価は自然に高騰していく、

 代替物がなければ貧困層の赤子は弱り、動けなくなっていく、

 日本政府がどうにかしようとしても闇市は作られていく、

 物価統制が出来るわけもなく、賃金統制も困難になっていた。

 稼げる者が稼ぎ、貧しい者は食べていけない。

 そして、兵隊さんは物資が必要だと前線へと送っていく、

 後方があわ・ひえで前線が白米という現象も起こっていた。

 

 赤レンガの住人たち

 「もう、割り振りが利かないよ」

 ミッドウェーとガダルカナルへの無理な輸送は日本の戦争遂行力を失わせていく、

 「・・・兵力は、ともかくだ。火力だけでも増強するしかないだろう」

 「ていうか、武器弾薬が作れないから仕方なく兵数で誤魔化しているんだよ」

 「武器弾薬無しの兵団は多い」

 「二人で小銃一丁で一人がやられたら、もう一人がその小銃で撃つ」

 「それは近代国家の軍隊とは言えないよ」

 「食糧を増産しなければならないのに、どうして、そんなに兵士がいるんだ」

 「本国に戻せばいいんだ」

 「陸軍が強くなっているから無理」

 「くっそぉ・・・・・」

 「信濃建造も戦艦の修理改装も見送りだぞ」

 「全部、陸軍が悪い」

  

  

 南の島

 アメリカ軍の攻勢はすぐにはない。

 しかし、将来的に不安な状況で自給策が行われ、

 日本から持ってきた苗、芋が植えられようとしていた。

 食料自給率を確保出来れば、輸送物資を軽減させることが出来る。

 本土・占領地で種もみの拠出で一騒動あったらしいが詳しい話しは届いてこない、

 皺寄せが弱者に行くのは、世の常といえる。

 将兵たちが急遽作られた水田を見つめる。

 「大丈夫だろうか」

 「さあなぁ」

 「駄目元かよ」

 「根付くかどうかだよ」

 「しかし、こんなところで田植えとはね」

 「陸軍が大陸で作戦をするから、こっちに船を回せなくてもいいように、やってくれだと」

 「食料を確保しても弾薬がいるよな」

 「食料分だけでも船を減らしたいんじゃないか」

 「なんか、水田って爆撃目標になりそうだな」

 「しかし、ニューギニア方面への増強をやめるのは、豪州を諦めたのか?」

 「海軍さんが戦艦6隻大破じゃな・・・・」

 「酷いのか?」

 「らしいよ。アメリカ空母3隻撃沈、日本戦艦6隻大破だと割に合わないだろう」

 「本当は6隻じゃなくて7隻という噂もあるよ」

 「それで豪州を諦めて、ニューギニア方面に20万の上陸のはずが5万だろう。守れないよ」

 「輸送する島が多過ぎて船を減らしたいんじゃないか」

 「それに戦艦が6隻から7隻大破じゃ 陸軍も海に出たくないだろうね」

 「それで大陸寄り?」

 「らしいよ」

 「安直過ぎる〜」

 南方方面は、ミッドウェー海戦の影響で戦線が膠着していく。

 戦場の停滞は日本の必然とアメリカの誤解、誤認から起きた。

 日本機動部隊は燃料不足と艦載機パイロットの大量損失。

 戦艦部隊は大破して動けない。

 その他の艦隊も改修と乗員の休養を必要とするため動けない。

 動かせるのは僅かな巡洋艦と水雷戦隊だけだった。

 アメリカはガダルカナル反攻できるだけの戦力を辛うじて有していた。

 しかし、空母を輸送任務に取られて反攻作戦不能と断念し、時が流れていく、

 

 

 中国戦線

 日本軍は武器弾薬の不足で悩まされ、

 対米戦争が始まると、補給がさらに悪化していく、

 それでいて、大陸の日本の支配圏は、点と線でしかなかった。

 将校たちが双眼鏡を見ながら戦線を視察する。

 「海軍のバカが!」

 「陸軍に予算と武器弾薬を渡せば、中国との戦争など早期に終わらせられたんだ」

 「1億4000万もかけて建造した戦艦をミッドウェーに座礁させてしまうとはな」

 「しかし、海軍の威信も、ここまでだろう」

 「高い買い物だったが、これで海軍兵器を減らせて、陸軍兵器に集中させられる点で貢献したな」

 「陸軍に1億4000万を渡せば良かったんだ」

 「そうすれば、一年も前に中国落としていた。アメリカと戦争にもならんよ」

 「もっと安上がりな方法もあったよ」

 「満州国の国教を儒教か、キリスト教にすれば良かった」

 「そういえば、あのバカが神道などと・・・」

 「まぁ 満州国も承認されやすかったけどね」

 「バカは、どこにでもいるよ。陸軍にも、海軍にもな・・・・・」

 「当面は、太平洋での作戦を制限して、こちらに戦力が回せるはず」

 「本当は、あまり良い作戦とはいえないがね」

 「どちらにせよ。戦艦がないのなら、ハワイは占領できないね」

 「ビルマ方面と話しをつけたのか」

 「自重してくれるらしい。撫すくれていたけどね」

 「中国戦線の陸軍将兵は多い。当然の帰結だな」

 「そりゃ 葉を抜くより根っこを抜くのが良いけど・・・」

 「海軍に予算が取られなければ、葉を抜くより、先に根っこを抜いていた」

 「アメリカ軍の反攻は怖いよ」

 「太平洋は持久戦で戦って貰う」

 「マリアナを落とされる前に中国を落とす」

 「秀吉に習って “中国大返し”?」

 「そういうことになるな。中途半端はいかんよ」

 将校たちの上空を深緑色の機体が戦線に向かって飛んでいく、

 白帯は陸軍機の1本と海軍機の2本で、

 陸海軍機が翼を並べて飛ぶ光景は稀だった。

 錬度は低かったものの、訓練も兼ねての空襲、

 フライングタイガースとの航空戦は、海軍機の参戦で数で圧倒できる目算が付いていた。

 

 

 海軍工廠

 電話中

 「・・・ふざけるな!!」

 受話器が叩き付けられる。

 「もう良い。損傷の大きい艦から、装甲版を引っ剥がし、損傷の低い艦を先に修復してくれ」

 「ドックを塞いでしまう事に・・・」

 「鉄板でいいから貼り付けとけ。浮かばせて後で修理すればいいだろう」

 「問題は、いつになるか、ですかね」

 「逐次投入で無駄に損害を大きくして部品の使いまわし」

 「艦隊ごと擦り減らされて消滅しそうだな」

 「半分でも張子の虎よりはマシでしょうけど」

 

 

 南雲長官は、山済みの案件で頭を抱えていた。

 トップは、あっちにも、こっちにも良い顔したい、

 次第に分配が細分化され派閥が作られていく、

 しかし、ナイナイ状態になると自分の派閥すらも維持できなくなり、

 離反者が出てくる。

 一般庶民から見れば異常に恵まれた権益でも、権益者は、それが当たり前になる。

 そして、それを失う時は、殺意に似た感情を抱く、

 もちろん、権益の中から配下の派閥に分配するので自分の基盤すら失いかねない。

 セクト主義者は組織を守るため、

 身勝手なプライド、保身、体面、面子を守るため行動する。

 自分の権益と基盤を守るために国力も擦り減らした。

 国家のためと国民を欺き。

 日本と言って日本を追い詰め戦争へと駆り立てる。

 これは、全体主義の世界であれ。

 資本主義の世界であれ。

 共産主義の世界であれ。

 それぞれにエゴと処世術と適性があり、

 勝ち上がった者に与えられる特権があった。

 軍事国家の日本でも最強セクトの陸軍と海軍に特権があり、

 天秤は陸軍に傾いていく、

 「長官。ナベ・カマを溶かして鉄にするのは良いがね」

 「前線でもナベとカマは使うんだよ」

 「・・・・・・」

 「無論、長官の家でもね」

 「余っているナベとカマだよ」

 「アメリカじゃあるまいし」

 「我が日本はアメリカが捨てたナベとカマを買って鉄材にしてきたんだ」

 「・・・」

 「平時ですら修理しながら大切に使って、戦線も広がり過ぎている」

 「余っているのなら闇市に消えている。あると思うか」

 「・・・・」

 「長官、どうだろう」

 「少しばかり、こっちの作戦に協力してもらいたいものだな」

 「・・・・・・・・・」

 陸軍が大陸に勝っても海軍が太平洋で勝てるわけではなかった。

 しかし、日本の国家レベルで対米戦が大きくても陸軍は違った。

 というより、陸海軍は予算を奪い合う敵同士、

 陸軍さえ良ければ、海軍さえ良ければ、という身勝手が押し通る。

 また、そういう浅ましい人間でなければ出世できかねる。

 陸軍が大陸で勝ち、兵力を3分の1に削減するのであれば別だが、そうなる可能性は低く。

 資源の取り合いが続くことになる。

 「なあに、10万トンで良いよ」

 10万トンで、どの程度の派閥が維持できるのだろうか。

 「はぁ・・・・」

 「アメリカの反攻作戦まで、まだ時間がある。それまで片付けるよ」

 10年前から似たようなセリフを吐いて、いまだに埒が明かない。

 去っていく陸軍の将校。

 ミッドウェー海戦、大和艦橋が失った人材は大きかった。

 人事騒動で陸軍の発言力が増していた。

 日本という国を中国大陸に引き摺り込ませ、国力を擦り減らした元凶、

 圧倒的な兵力と、その縁者の軍属の票数で帝国議会を制し、

 ついに帝国議会すら無力化させ、

 国家として軍隊を制御する機能を失わせた。

 そして、肥大化した組織は自らをも蝕み、

 自制すらできなくなった巨大組織は、国民生活と国家を踏み躙る。

 軍隊に支配された帝国、

 その責任は国家が軍部を処断できず。

 軍閥の利権と権益が膨れ上がった事で起きた。

 軍部を統制、制圧できなかった政府の責任であり、

 安直に長いモノに巻かれ、事勿れな暴力に屈した国民性に帰結する。

 「少将。例の旧式の艦艇の件、進めてくれ」

 「反発を受けるのでは?」

 「現用艦を維持するためだ」

 「国民の拠出協力も得やすかろう・・・・」

 「それと・・・」

  

  

 赤レンガの住人たち

 海軍将校が書類を前にいくつかの事柄を示し合わせていく、

 「・・・南雲司令長官は、賭け事が嫌いらしいが、これは随分じゃないのか」

 「陸軍に尻尾を振ってどうするんだ」

 「いや、天秤は、陸軍に傾いている。ここで天秤を戻したいのだろう」

 「戻ると思うか。逆に陸軍が日本を支配するんじゃないか」

 「既に支配者だよ」

 「しかし、日本にいる陸軍は少ないはずだ」

 「ふ・・・」

 「しかし、ここまで捨て鉢にさせられてるとは、南雲長官も相当に追い詰められているようだな」

 「元々、ミッドウェー海戦で、山本長官を守れなかった立場だ」

 「海軍の突き上げを。陸軍が貸しを作って維持させている」

 「傀儡か・・・しかし・・・これは・・・」

 「ほんと・・・追い詰められたな」

 「天秤が傾いているのなら、無理に戻すより傾いている側に倒し切る方が楽だよ」

 「・・・準備時間は?」

 「戦艦7隻分の乗員が浮いているよ」

 「全部、動くのは、一年先かな」

 「というより陸軍に取られて見込みがたたない」

 「不本意だ」

 「戦争が始まってからというもの不本意なことばかりだよ」

 「不本意の階層が違うよ。我々の階層にまで及んでくるとは・・・・」

 「地位と出世したくて戦争を始めたわけではないよ」

 「いや、軍の総意だと、地位と出世したくて始めた戦争だよ」

 「功績を上げれば下克上、能力で出世できる」

 「膠着して権威主義と、鬱積した年功序列を超えてね」

 「愚かしいな」

 「そう考える将兵から前線で死ぬかもしれない、と思えばいいのに、想像力を欠いているな」

 「日本は生き地獄。そういう社会にしてしまったからな」

 「戦争が終わったら是正したいね」

 「今できない事は、戦争が終わってもできないね」

 「むかしから日本は理想の社会ではない」

 「理想を求めて、今を変えたくて戦争したようなものだ」

 「自分の理想は、他人に迷惑な事が多いよ」

 「人は利己主義だからね」

 「しかし、最大公約数で理想を求めたとしても。日本人は大勢に流されやすい」

 「そりゃ 正しいか、間違っているか、という。判断力で動かないよ」

 「強者に合わせて、惰性で生きるのが好きなんだ」

 「だからといって、鬱積した問題を外圧を利用して・・・というのも、迷惑だよ」

 「体制側は、弱者の迷惑なんて考えないよ」

 「しかし、それが体制側にまで及んだら爆発するよ」

 

 

 1949年、武昌(ウーチャン)、漢水(ハンショイ) 漢口(ハンコウ)、漢陽(ハンヤン)が統合。

武漢になりました。

 

 日本軍は漢口を占領していたものの、

 中国軍の5戦区、6戦区、9戦区の三方を包囲されていた。

 しかし、戦略上の要衝であり維持されている。

 戦線は膠着というより補給待ちで、日本軍は進撃する力を失っていた。

 漢口 日本軍総司令部。

 たたきつけられる命令書

 「・・・・これは、どういうことだ?」

 「・・・本国は、なんと?」

 「後退だ!」

 「!?」

 「漢口から撤退する」

 「ま、まさか、そんな・・・」

 


 月夜裏 野々香です。

 大陸が主戦場になってしまいそうです。

 史実のゼロ戦は、三菱製3880機、中島製6545機です。

 この戦記では、三菱製のみ、さらに生産が縮小されます。

 日本の主力戦闘機は、隼、鐘軌、飛燕です。

 対米戦争というのに日本軍は、何をやっているんでしょうか。

 陸海軍の主導権争い?

 予算の争奪戦?

 国家、云々、以前に互助会の主導権争いでしょうか。

 全然、懲りていません。

 本当は、新陳代謝や自浄能力が必要なのですが・・・・・

  

 

 

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第02話 1942/07 『国力の差が身に沁みる』

第03話 1942/08 『陸軍主導』

第04話 1942/09 『逃げるが・・・』