月夜裏 野々香 小説の部屋

   

仮想戦記 『青白き炎のままに』

   

 

第48話 1946/05 『金、金、恨めしいけど、金!』

 カナダと豪州は、米英連合の最重要拠点だった。

 次点以降は、権益と戦略が絡んで、

 戦略拠点で、アメリカは、北アフリカ。

 収入源で、イギリスは、南アフリカと変わる。

 南アフリカの価値は、豪州への海路を確保する点で大きく、

 埋蔵される地下資源は連合にとって重要な戦略資源だった。

 この南アフリカで黒人の独立運動が高まりを見せ、

 日中同盟がアメリカ・イギリス軍の攻勢を挫いた影響とも言われていた。

 ダイヤモンド鉱山の監視所

 本国から派遣されてきたイギリス将校が双眼鏡で辺りを見回す。

 「・・・南アフリカは、工業用ダイヤを産出している」

 「ここは、絶対に守らねばならない」

 「ドイツの工業機械が、どれほど優秀でも研磨剤の工業用ダイヤが必要だ」

 「同盟は、アジアのルビーやサファイアを研磨剤で使っていると聞いています」

 「ダイヤモンドは、モース度10。ルビーやサファイアは、モース度9」

 「研磨剤の質の違いは、加工精度・価格の差として現れる。我々の勝ちだ」

 「イギリス本国は傷心気味とか」

 「アメリカ本国もだ」

 「おかげでイギリスとアメリカの結束は強まって悪くない」

 「しかし、カナダ移民は増える傾向にあるな」

 「ダイヤモンドが同盟に流れている噂も聞きますが」

 「中立国経由は、どうにもならんよ」

 「中立国の引っ張り合いですか」

 「ああ、もっとも、お互い様だがね」

 「あ・・・あそこです」

 「ん?」

 「隠れました」

 「・・・いたな。ネズミめ」

 「・・・第11区だ。すぐに隊をだせ」

 「黒人も独立運動でダイヤ泥棒か」

 「元々は、彼らの土地なんですがね」

 「ふ 土人にダイヤは必要ないよ・・・」

 「しかし、確かに増えているようだ」

 「では、増援を・・・」

 「イギリス本国は、余裕がない」

 「ケープタウンも黒人の暴動が増えている」

 「・・・しかし・・・なんとかしてみよう。いやな予感がする」

 

 

 

 インドネシア

 インドネシア占領政策は現地民の感情を害さないよう慎重を求められた。

 日本文化の浸透は、現地の文化の否定に繋がる。

 オランダから奪われた屈辱の歴史でも、人は自我を保つことができる。

 キリスト教の押し付けと同様、

 文化を強制されると自我そのものが変質してしまう。

 自我の変質は、いまの自我の死であり、

 新しい自我への生は痛みを伴う。

 自発的であれば、苦痛は小さく、

 強制であれば、苦痛は大きかった。

 日本文化に溶け込むと成功に繋がる。

 しかし、損得勘定だけでままならない反発も起こる。

 原住民にとって、日本語教育の強制は余計なお世話、

 義務教育とせず、選択科目にすべきだったといえる。

 幸せの押し付けと反発が騒乱を生み、

 政策は紆余曲折し、双方に多大の騒乱と犠牲を出してしまう。

 派遣された官僚は、今度こそ、

 自分こそ、上手くやれて出世できると成果主義に走り、

 種もみさえ、植えてしまい、

 失敗すれば、自分の成果以上のモノを後任が上げさせないよう画策したり、

 不和と対立を起こさせ、組織をズタズタにすることもあった。

 懲りずに安直な思考錯誤を強行し、更迭劇を繰り返してしまう。

 現在、日本も現地も共に折れ、

 日本語は、第一種選択科目で落ち着く、

 

 バンドン港

 船着場、荷降ろしが終わり、荷揚げの物資が集積され、

 乗船する人間も増えていく、

 日本人警官2人に日本人1人が連れられていく、

 「お前たち日本人の癖にインドネシア人の味方をするのか!」

 「いいから船に乗れよ、恥っさらしが!」

 船に乗せられていく日本人が騒ぐ、

 「俺は悪い事なんかしてねぇ!」

 「幼児誘拐と監禁は犯罪だよ」

 「お前たちは、それでも日本人か!」

 「この裏切り者!」

 「日本人より現地民の味方をしやがって」

 「法律の味方をしているんだよ。日本人でも現地人でもない」

 「ふざけんな!」

 「オランダ人は当たり前にやっていたのに、何で日本人は駄目なんだ!」

 「もう、いいから乗れよ。この、バカが!」

 日本人にも、いろんな人間がいる。

 

 現地日本官僚が出航していく船に向かって手を振る。

 「ったく。鉄拳制裁なんて普通やるか、元バカ軍人が」

 「自分が、やられてきたから、つい、やってしまうんだろうな」

 「現地民の気持ちを思うと、やるせないね」

 「あれで凱旋帰国みたいに言いふらすんだぜ」

 「インドネシアの日本語教育を成功させたってな」

 「バカキャリアが」

 「現地人の精神を散々に逆撫でして後を汚しきってか」

 「日本人の敵を作っただけだ」

 「もう死ねって、感じだな」

 「いるんだよな。ああいう。権威を振りかざしたバカが・・・」

 「次は、大丈夫だろうな」

 「いい加減、本国も気付いたらしいよ。朝鮮の二の舞だったからな」

 「気質は朝鮮人よりマシだろう」

 「金の亡者、出世欲に取り憑かれた人間に占領教育は無理じゃないの」

 「エゴで殺しちゃうよ」

 「人間、得意、不得意があるからね」

 「世の中で成功する要素と子育ての要素は別物だよ」

 「そりゃ 世の中は勝ち抜き戦。子育てやられたら疑問に思うだろうよ」

 「しかし、インドネシアは、どうしたものか・・・」

 「アメリカみたいに先住民を皆殺し・・・は、まずいよな」

 「まずいよ。オランダは、やろうとしたらしいけど」

 「やってもアメリカ合衆国みたいに独立戦争やられたら困る」

 「日本人同士で、それはないだろう」

 「差別されて、搾取されたら怒ると思うよ」

 「現に内地の日本人と外地の日本人の亀裂は広がっている」

 「内地も本土爆撃で、かなりきているからな」

 「だけどインドネシア独立戦争なんていやだぜ」

 「それなら簡単じゃなくても上手く付き合っていく方法を模索するべきだろうね」

 「まぁ 日本人同士でも人間関係は難しいからね」

 「次のヤツが威主義者や拝金主義者じゃなければいいが」

 「一応、民間出身だそうだ」

 「引継ぎだけは防いだがね。状況は悪くなる一方だ」

 「日本人ばかりのシンガポールが羨ましい」

 「日本人同士だからといって、上手くいくとは限らないよ」

 「日独伊中継港の要だからな」

 「権力闘争も激しくなってきているらしい」

 「停戦になったとたんに権力闘争で潰し合いか」

 「敵と戦って死んでいった将兵が草葉の陰で泣くよ」

 「まぁ それでも随分とバカ軍人が減ったらしい」

 「ポートモレスビー空挺作戦が良かったのかもな」

 「だいたい、壊し、殺しの戦争屋に占領政策は無理だよ」

 「中国戦線で桜を植えていた将校がいなかったか?」

 「んん・・・例外例外・・・お、ドイツの巡洋艦」

 港にドイツの軍艦が入港してくる。

 「巡洋艦ニュルンベルグ」

 「ドイツも利権を振り分けか」

 「利害を一致させて同盟の結束させるためだろう」

 「日本の船もドイツ、イタリアに行ってるし」

 「そりゃ 利害が一致すれば共闘しやすいけどな」

 「連合も警戒して、締め付けを厳しくするからな」

 「連合は、豪州を守ることで懸命だよ」

 「確かに戦線は、豪州に近付いているからね」

 

 

 

 ベルリンは、原爆の直撃を受け、瓦礫の山と化していた。

 再建をゲルマニア計画で進めるは、あっさり決まる。

 世界首都ゲルマニアの模型は、どことなく、

 人間味の感じにくい建造物が居並んでいた。

 カール叔父さんことカール・デーニッツ総統は、

 前総統ヒットラーの遺産、世界首都ゲルマニアの模型を感慨なく見つめる。

 ドイツ人は機能を追及することで成功する、

 代償として非人間的な側面が現れることを自覚している。

 自覚していながらやってしまうのが性癖で、これは簡単に変わらない。

 かえって日本人に造らせる予定の日本庭園が気持ちで落ち着く、

 人体が機能的に作られていたとしても精神は機能的に作られていない、

 機能美を建築物に求める事が正しいともいえない、

 逆に、ワビ・サビと調和を重視する非機能美な日本庭園に関心を寄せる。

 会話の流れは軍人が多いためか、

 次第に矛彩型巡洋艦に移っていく。

 「矛彩型巡洋艦は、10000トン級」

 「魚雷の変わりに誘導ロケット弾を装備するのがよいかと」

 「トン数は、ともかく、数は?」

 「こちらが、より重要になる」

 「日独伊同盟全体で100隻は越えるのでは?」

 「巡洋艦だけで100万トン・・・」

 「稼働率を70パーセントだと同盟は、常時70隻を洋上に遊弋させている事になるのか」

 「射程次第だが誘導ロケットを載せられる大きさがあるだろう」

 「レーダー・赤外線誘導で確実に先制。仕留められるのなら駆逐艦も、いらないのでは?」

 「ついでに誘導ロケットにカメラもつけてはどうかな」

 「アメリカは、サーチライトを掃射して艦体を見えなくするかもしれないな」

 「だから、赤外線誘導も併用するのだろう」

 「なるほど」

 「対艦ロケットの単価は高くなりそうだが」

 「射程が40km越えれば戦艦扱いだよ。対艦ロケットが少なくてもね」

 「対艦ロケットの数は?」

 「6発を予定している」

 「それを撃ち終わると、ただの巡洋艦か」

 「戦艦は?」

 「6発命中すれば、H型でも戦闘不能で逃げ出すよ」

 「それなら悪くない、戦隊を組ませれば戦えるだろう」

 「問題は防空と対潜だな」

 「予定では対空ロケットも搭載予定だ。10発を予定している」

 「命中率はB29を撃墜しているので認証済み」

 「少なくないか?」

 「まぁ 潮風とか・・・」

 「大砲の方が、やっぱり、安心というのが海兵なんだろうな」

 「対潜は?」

 「こっちの方が不確定要素が大きい」

 「対潜ヘリを装備すると他の装備で、しわ寄せがくる」

 「1機?」

 「いや、一応、2機だ」

 「空母と艦隊を組むのであれば対潜ヘリは不要になるが単独だと弱くなる」

 「武装が多いと作戦能力が目減りするよな?」

 「とりあえず、あげているだけで主砲を減らすかもしれないな」

 「んん・・・・」

 「空母は、まだ?」

 「矛彩型も、まだ、計画段階だよ。予算がないからね」

 「金がないと戦争ができないということだな」

 元潜水艦艦隊司令だった新総統デーニッツは戦艦が嫌いだった。

 さらに航続力で有利な全翼ホルテン型爆撃機の開発が検討され、

 航続力の短い艦艇の価値が相対的に低下し、

 航続距離の短い駆逐艦の建造で消極的になり、

 海軍主力は、Uボート、巡洋艦に傾注していく、

  10000t級矛彩型巡洋艦

   全長180m×全幅18m 吃水8m

   120000hp 12000浬 速度34kt

   55口径150mm3連装2基 76口径88mm連装4基 83口径37mm連装8基

   対艦ロケット×6 対空ロケット×10  対潜魚雷×10 爆雷×50

   艦載ヘリ 2機

 

 

 

 

 ワシントン

 華寇作戦の結果なのか、

 アメリカ人たちが殺意と敵意に満ちた視線を日本人に投げつける。

 この時期、アメリカ国民の対日感情は最悪だった。

 停戦したとはいえ、護衛付きでなければ日本人は、ワシントンすら歩けない。

 感情を押し殺した護衛のアメリカ兵がいなければ生きた心地もしない、

 あのカービンで撃たれたら痛いだろう、など妄想したりもする。

 日本人は、ポトマック川河畔をぼんやりと眺める。

 「桜か・・・」

 咲き誇る桜は、綺麗だったものの、

 桜並木も日本人とアメリカ人との間で迷い、

 日本を見限ろうと思っているのか、余所余所しく感じられる。

 初代大統領ワシントンと桜の由来があるのか、

 アメリカ人は人を憎んでも物に対し、割り切りで大らかなのか。

 切られずに済んでいる。

 「・・・代表。アメリカ政府の回答は、出ましたよ」

 「そうですか・・・」

 日本人に向ける冷淡な視線は、ドイツ系、イタリア系に対してはない、

 とはいえ、外交のチャンネルがないと敵意ばかりが強まっていく、

 日本も世界を二分する勢力の一角であり、

 双方の国家上層部が望まない偶発的な紛争があり、

 事前に回避したい事柄もあって、外交のパイプが必要だった。

 また中国資源など、経済的な側面も絡み、

 非公式ながら日本外交機関が存在する。

 もちろん、日本にも連合の外交機関が非公式に存在し、

 いくつかの調整を行っている。

 しかし、どうにも足元がおぼつかない。

 収容所の日系移民は、アメリカ人からも日本人からも疑われ、

 コウモリの如しで棄民扱い、

 日本政府は、道義的責任でパスポートを持つ日本人の人権回復を要求する。

 元々、日系アメリカ人のアメリカ合衆国への忠誠度は高く、

 収容所行きも理不尽で不要という意見もあった。

 しかし、この日系人収容所政策で日系人12万は救われる。

 華寇軍が西海岸に上陸した折、

 日系人が巻き込まれず、被害が及ばなかったのは幸運だった。

 アメリカ政府は、全米10ヵ所に集めた日系移民の雲散霧消を狙うか。

 一ヶ所に集めて監視するか、

 日本へ帰還させるかを検討する。

 日本政府側もアメリカナイズされた日系日本人の大量帰国は抵抗があった。

 日本人外交官とアメリカ大統領補佐官は桜並木と川岸の間を並んで歩く、

 「・・・それで12万の日系人は荒野の一角に居留地が与えられる」

 「インディアンと同じ扱いですか」

 「アメリカ国民の支持は低いがね」

 「高度な政治的判断で、そうなってしまうよ」

 「高度な政治的判断は概して国民の信任を得られにくい政策で使いますからね」

 「日系人も、その方がいいでしょう」

 「華寇と間違えられて殺されずに済む。それに日米協議の口実にもね」

 「補償の件は?」

 「まぁ 個人資産は居留地という形でしょうか」

 「日系人のアメリカへの忠誠は加味されていないようですね」

 「十分に加味されていますよ」

 「華寇のおかげで2万まで縮小していたKKK団が」

 「20万に膨れ上がってしまいましたからね」

 「政治的な思惑と誘導があったのでしょうか?」

 「まさか、国民感情に左右されて中国のタングステンを滞らせるわけに行きません」

 「華寇作戦に対するアメリカ国民の反動です」

 「アメリカが白人至上主義を主流にするとアジア諸国の反発は大きいですよ」

 「国内に潜む華寇の残党を殲滅しないと、どうにもなりませんね」

 「華寇に見せかけたアメリカ人による犯罪なのでは?」

 「否定はしません」

 「しかし、落ち着くまで年月がかかりそうです」

 「日本人居留地との連絡は可能にしたい」

 「かえって日系アメリカ人の立場を悪くするはずです」

 「ではアメリカで最低限の日系人の生活補償をすべきでは?」

 「必要最小限の事はしていますよ」

 「それ以上は華寇を片付けてでしょうな」

 「お互い資源の分布では苦労しますね」

 「まったく、ヌーヴェル・フランスは大儲けだ」

 「ところでヌーヴェル・フランスの人種隔離政策は、かなりのものとか?」

 「今世紀に入って最大規模でしょうね」

 「大なり、小なり、同盟もやっていることですから」

 「しかし、フランスが、あの規模でやると国力が伸びるのでは?」

 「フランスが悪者で需要を喚起してくれるのなら連合も同盟も助かる、そうでしょう」

 「第3勢力の台頭は意識してますよ」

 「第1勢力と第3勢力が組んで、第2勢力を押さえ込む。よく聞く話しですからね」

 「かなり先の話しになるね。矢面に立つのは北アフリカですし」

 「フランスの需要で一番、割がいいのは日本のようですが」

 「あいにく力不足でしてね。フランス戦艦の修復はアメリカでしたよ」

 「戦艦の時代でもないので象徴でしょう。新造艦は日本発注・・・」

 「そういえば、日本の民需切り替えは思っていたより早い、意外でした」

 「大陸に深く関わりすぎて、民需に引き摺り込まれてしまったようで・・・」

 「ベテランの下士官、士官を大量に失い」

 「まともな師団編成ができなくなりまして守備兵団ばかり」

 「ほう、華寇軍編成で武器弾薬が振り分けられなくて師団編成ができなかっただけでは?」

 「ええ、中国作戦が終わると第61師団以降の師団が事実上、編成不能で解体」

 「第30師団から第60師団も華寇軍に装備を取られ」

 「他師団に装備を振り分けながら縮小して、最後は30個師団を解体・・・」

 「凄まじいですな」

 「片道上陸作戦で民間の生活必需品輸送の船舶を捨ててきただけはある」

 「ふ 残った30個師団も連隊単位にバラバラにされて、守備兵団化」

 「文字通り国軍を磨り潰して日本の国体を守りきったわけです」

 「アメリカ情報部は、それだけの統率力のある将校が日本にいると思いませんでした」

 「ミッドウェー海戦で大和の将校が全滅して陸軍主導になったからでしょう」

 「陸軍は大陸の利権に毒されていましたから、そっちに流れただけといえます」

 「ですが利権確保のために陸軍縮小だと本末転倒では?」

 「日本陸軍上層部も金に目が眩んだのでしょう」

 「路線を増やさないと大陸の利権で採算が取れないと知ると」

 「ポストも含めて、そっちに流れましたからね」

 「それで大陸の利権確保で邪魔な、中国人で華寇軍編成を?」

 「ええ、中国女性の数が増えて相対的に大人しくなりました」

 「最近は台湾人の大陸移民が増えているとか」

 「戦後になってようやく、船舶に余裕ができましてね」

 「日本語・中国語に精通した台湾人を移民させられそうです」

 「敵戦艦撃沈を後悔したのは初めてですよ」

 「おかげで日本は醜い拝金主義の国へと転がり落ちていった、というところですか」

 「拝金主義より、権威主義がいいと、いえないでしょう」

 「ええ、権威主義より、拝金主義がいいとも、いえませんがね・・・」

 人間の醜い側面が強調されるほど、

 ポトマック川河畔の桜は、美しく咲き、散っていく、

 

 

 ニューギニア ポートモレスビー

 この地の日本軍守備隊は、満州と同様、アメリカ製の装備を抱えていた。

 装備の比率だけならアメリカ軍と見紛うばかり。

 「おーぃ!」

 「ドイツのMP43を持ってきたぞ」

 船から降りた軍政側の少尉が船着場で待っていた軍令側の少尉に声を掛けた。

 先にカタログスペックが来ていたため、眉間にしわがよる。

  全長 銃身長 重量 使用弾薬 装弾数 連射速度 初速
99式小銃 1118mm 657mm 3.80kg 7.7mm×58 5発   730m/s
Gew43 1117mm 549mm 4.40kg 7.92mm×57 10発   775m/s
MP43 940mm 420mm 5.21kg 7.92mm×33 30発 500発/分 650m/s
M1ガーランド 1100mm 600mm 4.37kg 7.62mm×63 8発   853m/s
M1カービン 904mm 457mm 2.49kg 7.62mm×33 15・30発   607m/s

 注目すべきがMP43の重量5.21kgという重量、

 武器は、持てればいいというものではない。

 作戦によっては数十キロも強行軍もある。

 軽ければ、別の装備を増やすことができた。

 さらに言うと小型である方が望ましく、

 体格に合わせて使い易ければベスト、

 ジャングル戦で使うならMP43は、大きく装弾数の少ないガーランドより良い、

 しかし、重量が半分以下のカービンがマシ。

 捕獲アメリカ製銃器は、随時、生産性のいいプレス加工のMP43に置き換えられていく、

 できれば、命数限界までカービンを手放したくないものの、

 弾薬の関係で、それも難しい、

 「伏せ撃ちできないよ」

 M43を持った少尉が泣きそうに呟く、

 密林戦や塹壕戦はともかく、

 平地で同兵力の遭遇戦は、本能的に遮蔽物に隠れ、伏せ撃ちしたくなる。

 姿勢の高さの分だけ、死傷率を上げる状況もあった。

 銃自体の重心は悪くない。

 しかし、ドイツ人の平均的な体格、腕の長さ、肘の位置は、日本人と違う。

 些細なことに思えても、いざ銃撃戦になれば影響し、

 分隊同士で強い弱いが師団戦全体の戦術と士気に反映される。

 兵士が分が悪いと思うだけで、全体に大きな影響を及ぼす。

 少尉は平均的な日本人の体格で体にしっくり来ないMP43に戸惑う。

 師団単位のマクロだと数を揃え、兵站を確保、図上演習の如く、

 “えい! や!” なのだろう。

 しかし、戦場で敵兵と直面する兵士一人一人は、ミクロな事柄で士気を落としてしまう。

 「・・・何とか、ならんのか」

 「決まったことですし・・・」

 ばぁーん!

 そして、撃った反動の強さは命中率を引き下げる。

 「やれやれ・・・」 落胆

 「ん これは?」

 「擲弾筒・・・」

 「おお♪」

 「ふっ」

 擲弾筒が好きな日本兵は多い、

 「ガーランド、99式より、いいよ」

 「それは、よかった」

 「しかし、できれば、可能な限りカービンを使いたいね」

 「まぁ 生産体制も、これからですし、その辺は、徐々にということで・・・」

 「アメリカ軍は、小口径化していくそうじゃないか」

 「華寇軍の人海戦術と戦ったからでしょう」

 「自動小銃の小型機関銃化は、まだ、噂ですよ」

 「噂ね・・・ジャングルなら、MP40でも、かまわないがね」

  全長 銃身長 重量 使用弾薬 装弾数 連射速度 初速
百式短機銃 900mm 230mm 3.90kg 8mm×21 30発 450発/分334m/s
MP40 630mm(833mm) 251mm 4.09kg 9mm×19 32発 500発/分 425m/s
トミーガン 813mm 267mm 4.74kg 11.43mm×23 20・30発 700発/分 280m/s

 「まだ、生産が・・・MG42の方が早いかもしれませんね」

  全長 銃身長 重量 使用弾薬 装弾数 連射速度 初速
99式軽機関銃 1190mm 483mm 11.4kg 7.7mm×58 30発 550発/分 715m/s
92式重機関銃 1156mm 721mm 27.6kg 7.7mm×58 30発 450発/分 731m/s
MG42 1230mm 530mm 11.6kg 7.92mm×57 50・250発 1200発/分 975m/s
BAR 1194mm 610mm 8.33kg 7.62mm×63 20発 550発/分 853m/s
M1919 1346mm 610mm 14.7kg 7.62mm×63 ベルト 500発/分 853m/s
M2ブローニング 1635mm 1143mm 38.2kg 12.7mm 100発 450〜550発/分 894m/s

 歩兵戦術で重機関銃(3脚)が守りの要だとすれば、

 軽機関銃(2脚)は攻めの要だった。

 結果的に機関銃は、歩兵にとって攻守の要。

 兵士が携帯する武器弾薬は護身用扱い、

 まともな神経の指揮官は、機銃砲座に向かって突撃命令を出したりしない。

 もし、この機関銃を分隊で持ち運びできたら・・・・

 MG42(11.6kg)は、重機関銃と軽機関銃を足して割ったような機関銃だった。

 それは、99式軽機関銃(11.4kg)と比較すれば明らかで、

 92式重機関銃(27.6kg)と比較しても命中率を除いて圧倒する。

 アメリカ映画だと、

 勇敢なアメリカ兵の犠牲 & 囮 & 迂回戦術。

 で、後ろから銃撃されるか、手榴弾で潰される。

 早い話しが勇敢で命知らずなアメリカ兵じゃないと、

 どうにもならない機関銃といえた。

 人員減らしの進む中国大陸の日本軍が欲しがっているのは、このMG42機関銃。

 こいつが、配備されるだけで中国軍と暴徒は近付くことができない。

 日本製は、ヤスリを使って数時間、修復できない事が多く、

 ドイツ製は、製造番号が同じであれば、ヤスリ不要、

 部品交換可能で済む、もはや、神器、

 自己満足なナショナリズム、

 体格にしっくりこない点を除けば日本製より優れていた。

 結局、日独中の国力の差は貿易に反映されてしまう。

 ドイツ ← 日本 ← 台湾・朝鮮・少数民族 ← 中国

 ドイツ ← 日本 ← 華僑 ← 東南アジア

 ドイツ ← 日本 ← 満州国

 アジアで吸い上げた資源・利益は、

 身の丈にあった産業の差でドイツへと集約していく、

 日本政府も国力増強を考えれば、日本で利益を留めるよりドイツの下請け、

 高い収入、より安定した生活を求めるあまり労働時間が増大し、

 余暇が失われ、人生すらも吸い取られていく、

 水は、低きところへ流れても、

 金は、高きところへと集められてしまう。

 「いいかげん、瑞樹州(ニューギニア)で武器弾薬を生産したいね」

 「まだ、産業基盤どころか、交通機関すら整っていないので、無理でしょうな」

 「作れよ」

 「予算が回ってこないので・・・」

 「というより、戦費の返済、国土再建費用で国家財政が傾いてますから・・・」

 「・・・資源があれば?」

 「資源を探して試削して採掘」

 「軌道に乗せるまで、やはり資本が必要ですからね」

 「日本は山師に賭けるだけの余裕がない」

 「あ、そう・・・」

 瑞樹州は、いまだ自給自足の段階にあった。

 予算の振り分けでセクトの力関係が決まってしまう。

 下手をすると軍事費が削られる。

 取捨選択で部署ごと削られるか、

 ホルテン配備が遅れてしまうことにもなりかねない、

 大局観があって、お国のためなら、もう少し減らしても大丈夫などといえば、

 総すかん食らって組織の “敵” で生き地獄。

 セクト全体の生殺与奪権を奪われ、下っ端に組み込まれてしまう。

 母、妻、子供が上下水道、道路整備、電力、公共設備を欲しても、

 “ふざけんな〜!” だった。

 官僚は、宮仕えであり、我が身かわいさも含め、

 所属する組織のためにバカになり切るしかなく、

 よほど気骨があるか、

 自殺志願者でもなければ正論も言えない。

 組織防衛のためライバル組織を誹謗中傷で失敗させ、

 引き摺り落としてしまうこともあった。

 代表的な例を挙げると陸軍と海軍の確執、

 大同小異でも針小棒大で議会を混乱させ、

 公共設備投資を切り崩し、

 国力を削って肥え太りながら年月だけを浪費していく、

 綺麗事を並べて反対するものを非国民扱い、

 邪魔になれば議会から政府まで支配下に入れて我田引水。

 小は家族・同好組織から、大は国際情勢まで、

 利害関係と権力闘争で離合集散を繰り返してしまう。

 これは、社会全般に広がり、政治、官僚というカテゴリーに留まらず、

 社会構造の問題より人間性の問題だった。

 資源開発予算を増やそうと思えば、どこかの予算を削る。

 国民に負担を強いる税の増額か、

 子孫にツケを回して国債を発行する。

 規制緩和で安直に民間任せだと、うまみが大きいのか、

 私利私欲に走っても政府官僚の意向は届かず、

 後々、叩かれる材料にもなりかねない。

 ご都合主義で魔法のような方法は存在せず。

 結局、何をやってもリスクが伴う、

 そして、もっとも効率の良い予算配分は、

 最大派閥から嫌われてしまうことも少なくない。

 日本が幸運だったのは、強面の下士官、士官、将官が戦死。

 日本本土爆撃で再建予算が軍事費を上回ったことにある。

 予算が取れる人間は実力がある。

 予算を効率よく使える人間は能力がある。

 実力と能力があって望ましい予算取りできたとしても、

 そのセクトにとって望ましいだけであり、

 それが国にとって望ましい方向性で予算配分とは限らない。

 実力のある人間が国の行く末を危めてしまう事もある。

 一度、勢力が決まってしまうと後は、

 利益誘導と相乗効果で多数派が利権を占めていく、

 あとは、恐竜の如く自滅していくまでジリ勝ち、

 この時期の資源開発は、規制緩和で弾みがついていた。

 予算と利権も日本本土に投資するより、

 はるかにリターンの大きい満州、揚子江に集中していく、

 

 

 

 赤レンガの住人たち。

 遠くで “りんごの唄” が流れていた。

 少し時期外れでも、いまだに大人気で口ずさむ者は多い。

 殺伐とした仕事の中にあって、

 気持ちが休まるのだから心の清涼剤といえないこともない。

 マクロ的な予算が決まると

 一兵卒の維持費からミクロ的な事柄を組み上げていく、

 開発費、軍艦、航空機、訓練費、諸経費、耐久年数を引いて、

 あとは、掛け算、割り算、引き算、足し算の出番で取捨選択、

 およその骨子ができると、さらに取捨選択。

 一騎当千の士官、下士官が大声で熱弁をふるっても

 分母の数字は変わらない。

 高性能? 結構、数が減る。

 増強? 結構、質が落ちる。

 新兵器? 結構、数も、質も、減らして、

 海のものとも、山のものとも、知れない兵器開発に投機。

 底上げ? 結構、新装備の配備が遅れる。

 この部屋の支配者はソロバンだった。

 予算総額は決まっている、

 あちらの予算を増やすと、どこかの予算が削られる。

 当然、あちらの部署、こちらの部署で衝突が起こる。

 「おぉおおお〜! こうなったら東南アジアで虐殺で搾取だ〜!!」

 酔って部下たちに良い格好をしたのだろう。

 キレて鬼畜外道を口走る将校も現れる。

 少なくとも自国民に負担させるより、

 どこかの弱小民族を虐殺、搾取が支持されやすく、

 保身でも有利。

 しかし、停戦後の日本は、議会が息を吹き返し、

 軍人の立場が弱体化していた。

 軍規も厳格化され、

 5・15事件のようなことを起こせば間違いなく反乱軍で処刑される。

 「政府は南方を搾取しないのか?」

 「さぁ 渋っているらしいぞ」

 「あいつら突き上げは、五月蝿いし威勢が良くて世論を巻き込むからな」

 「いまのところ軍政より、昼行灯な政府の方が安心されているけど」

 「国民は、威勢のいいほうに引っ張られるからね」

 「そのうち追加で国債を大量発行するんじゃないの」

 「ツケは子供たちにか、安直だよな」

 「インフレ起こして弱者に引導渡して、というのも、ありといえば、ありだし」

 「そりゃ、錬金術か、やめられなくなりそうだな」

 「どうせ、焼け野原なんだから、そんなに金持っているやつはいないよ」

 「中国人に買わせるんだろう」

 「利息払いをさせるためにさらに国債を買わせて雪だるま式に・・・」

 「いいね」

 「でも、償還できなくなると中国人に国まで取られそう」

 「そういう時は利潤の大きな兵器を売って・・・」

 「それは気が進まない」

 ため息・・・

 政府は “政府は無能” と有力セクトにブツブツ言われ、

 国民に白い目で見られながらも地道に財政再建中だった。

 「ドイツが、潜水艦用の間接式ヴァルター・タービン機関を開発している」

 「ふ〜ん」

 「資金提供しないかって」

 「無理」

 窓から外を見ると、ホルテンが飛んでいる。

 「金を使わず頭を使うのは良い軍人」

 「頭を使わず金を使う軍人は悪い軍人」

 「ふっ 金を使うなら頭を使えか・・・・」

 「・・・・ん? あのホルテン。なんか、引っ張っているぞ」

 「的でも曳航しているんじゃないか?」

 「ワイヤーに先端に羽のような・・・気もするが?」

 「全翼機は、姿勢制御が悪いから凧の要領で何か垂らしているんだろう」

 「かっこわるぅ・・・」

 「諦めて垂直尾翼を付けろよ。意地張りやがって」

 「ていうかエンジンをコクピットから離せよ」

 「あれじゃ 熱いし五月蝿いだろう」

 「ドイツ人技師は無尾翼でやりたがっていたぞ」

 「この前、自動空戦フラップを弄っていたし」

 「V2ロケットを飛ばしたんなら姿勢制御用ジャイロスコープを付けても、やるかも」

 「いいよなドイツ軍の技師って」

 「日本軍の技師はグラム単位の軽量化で血道を上げていたのに」

 「ていうか誰か止めてやれよ」

 「それが一番難しい」

 「推力に余裕があるんだろう」

 「日本の技術じゃ 推力500kg」

 「耐久時間も話しにならないのに。ドイツは最大推力1800kg」

 「あ、ドイツは、希少金属を使えれば、もっと推力を大きくできるってさ」

 「無理を通せば道理も引っ込むか・・・」

 「いや、ドイツ人は、無理を通して道理にするんだよ」

 

 

        


 月夜裏 野々香です。

 精根使い果たして、真っ白なライト級日本、

 ラッキーパンチ数発で思わぬ苦戦、

 回復待ちのヘビー級アメリカという感じです。

 史実と違うのは最底辺の日本からでなく。中堅。

 上位下達で、上にいるのがアメリカでなく、

 比較的条件が良く斜め上でドイツ。

 同盟 VS 連合 の対立で、重税に苦しむのは、一般庶民。

 いやはや、どの戦記世界に住みたいかと聞かれれば、

 大陸の利権を欧米諸国に叩き売った 『日清不戦』 でしょうか。

 

 

 

 

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第48話 1946/05 『金、金、恨めしいけど、金!』
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