月夜裏 野々香 小説の部屋

    

仮想戦記 『不戦戦記』

 

第08話 1937年 『亜細亜の騎兵隊』

 陸軍は満州事変に失敗し、

 日本の満州権益は、満鉄沿線と付属地に狭められる。

 権益線の外は、中国領で無法と暴力が支配する世界が広がっていた。

 不買運動などの反発に悩まされ、匪賊の襲撃で犠牲者を出していた。

 国家は苦労や犠牲を払っても資源を必要とし、

 産業を支え、今日を食べるため、商品を売る市場を欲した。

 日本の警察権力は権益圏内にしか及ばず、

 国外で襲撃されても届かない、

 また、線と点の防衛ほど困難なものはなく、戦力的に不利で

 中国との交易は、中国官僚の不正と悪意によって貶められる、

 それでも、日本人が行くのは、鉄鉱石、石炭などの必需品と利益があったからといえる。

 

 関東軍が配備されて沿線の安全性が少しだけ確保されても、

 沿線外の被害総額を差し引いての収益は怪しくなり、

 日清戦争からシベリア出兵までの費用は58億円。戦傷者21万。

 そして、得た利益は20億。

 軍属と一部の利権者を除き、国全体は、大損だった。

 膨大な死傷者と犠牲を出した占領と、浪費に浪費を重ねた支配。

 さらに権益維持・防衛費23億と補助金が加算される。

 毎年赤字が膨らむだけの満州権益で、満州権損ともいえた。

 そして、中華思想にかぶれた中国人の視点からすると、

 “侵略者の商品を誰が買うある?”

 の気運が高まる。

 そうなると発展性が失われてしまうのだが、国のお金だと鈍感になれるのか、

 利権の維持したがりは、軍部、有力者、利権者の系列馬鹿だった。

 しかし、農地改革以後、満州事変後は、形勢が変わり、満州鉄道売却派が増えていく。

 その後、上海事変を契機に日本人は撤収、

 中国軍閥は日本租界を襲い、

 さらに取り残された米英仏伊の租界にも襲いかかってしまう。

 米英仏伊は “リメンバーシャンハイ” で結束し、

 米英仏連合軍は、上海に上陸し、

 さらにソビエト軍の南進と奉天軍は壊滅。

 そして、アメリカ軍満州上陸とソビエト軍の後退。

 アメリカ軍は並行線を確保し、

 その後の朝鮮共産軍狩りと匪賊狩りが行われ、

 満州域は沈静化していく。

 朝鮮軍閥も、馬賊も、匪賊も、減少し、

 沿線外の被害も減っていた。

 奉天軍壊滅で無政府化した満州を安定させるため、

 日米中ソ満州鉄道協定が調印される。

 奉天までの日本の南満州鉄道権益は、

 アメリカ権益幅3kmに挟まれたまま、満州鉄道の路線幅2kmに増大した。

 発展性が失われたものの、逆に治安は増し、

 さらに並行線に挟まれてた満州鉄道は、二重に守られ、治安で余裕ができてしまう。

 日本は、駅周辺の要衝に拠点を建設し、

 飛行場に九四式偵察機を配置。

 25mm機関砲を装備した装甲列車を運行すると、

 沿線沿いの被害はほぼなくなっていた。

  

  

 満州

 日本で軍部の力が弱まると、軍部の台頭を喜ばない勢力が増大する。

 軍部に予算を取られると立ち行かない産業界で実しやかな噂が流れていた。

 アジア号 客車

 沿線沿い、

 連合軍相手の満州・上海需要を当て込んだ牛と豚の放牧が進んでいた。

 「随分、アメリカ軍人が増えたな」

 「おかげで、満州鉄道は大儲けらしい」

 「だけど、営口から路線を直接敷かれると、そっちから乗るだろう」

 「日本は、点と線だけで利権が小さく、アメリカ権益に塞がれている」

 「軍事費を入れると大損だな」

 「陸軍が自作自演で暴走したくなるのもわかるね」

 「北のソビエトも不気味だが、朝鮮人の満州押し出しは?」

 「満州全域に居留地を作って広がっている」

 「南側はアメリカの影響を受け」

 「北側はソビエトの影響を受けやすいな」

 「朝鮮民族が事大主義を通そうと思うなら」

 「中華思想より。キリスト教か、共産主義の選択になるよ」

 「キリスト教になったからって、アメリカ人になれるわけでもなし」

 「共産主義者になったからって、ロシア人になれるわけでもない」

 「それでも、同じ価値観で強い側に付くのが事大主義だね」

 「んん・・・朝鮮人が敵になるか、味方になるか、曖昧だな」

 「朝鮮共産軍は敵だよ」

 「ソビエトが武器弾薬を供給しているからで全部じゃなかろう」

 「朝鮮匪賊みたいなものだ」

 「奉天軍より厄介だな」

 「朝鮮人に教育なんかするからだ」

 「きっと、白人みたいに偉そうに教育したかったんだよ」

 「白人の真似をしたかったんだろう」

 「くだらない自己満足と、偽善だね」

 「満州の採算が怪しいのは張学良が反日になったから」

 「いまは、朝鮮共産軍が脅威か」

 「そりゃ 極悪で、ろくなヤツじゃなかったけど張作霖を殺すからだ」

 「誰だって、日本人に親父を殺されたら反日になるよ」

 「仲が悪くてもね」

 「その上、息子まで冤罪被せて満州全土を制圧しようなんて、アホが」

 「そのダーティなイメージで権益幅が2kmにされたんじゃないか」

 「それがなかったら。権益幅2.5kmはいけてたかも」

 「他人の施しにケチをつけるなよ」

 「軍隊を動かして奪えば良かったんだ」

 「そうすれば5km幅全部、日本のもの」

 「天皇の不決断で禍根を残したね」

 「おかげで日本はアメリカに恩を着せられ」

 「アメリカ資本に食い込まれ、生殺与奪権も握られた」

 「だけど権益の外は、アメリカ資本も漢民族に利用されるだけだよ」

 「とりあえず。権益の防衛を確保すればいいさ」

 「どうせ、権益線の外に出ようなんて、一攫千金を狙ってるやつだ」

 「俺たちだろう」

 「あはは・・・」

 「装甲列車や拠点に海軍砲を配置できれば、マシになるだろうが」

 「それだって、ドイツ製の砲身と比べたら命数で負けている」

 「列強の冶金技術は常軌を逸しているよ」

 「日本は鉄と石炭が少ないから」

 「上海を割譲されると厳しくないか?」

 「結局、日本が無理して加重された借金を国民に押しつけるか」

 「アメリカと日本の二重支配を国民に押し付けるかの違いだと思うよ」

 「国民の負担はどっちが小さいか」

 「び、微妙だな・・・」

 「まぁ 買えば済むことさ」

 「欧米軍は上海占領で資材を欲しがって、日本がその資材を発注している」

 「いま限定なら日本経済は回っているよ」

 「いつまで持つやら」

 「上海で列強が商品を作り始めたら、それも危ないだろう」

 「そん時は、そん時じゃないの」

 「日本人は、刹那的な損得勘定と、場当たり主義が好きなんだよ」

 「いや、そういう人間しか来ないから」

 「だけど、ドイツの動きがキナ臭いが戦争になるかもしれないな」

 「ソビエトが満州で動かなければいいが」

 「そのときは、アメリカも日本の味方をしやすいだろう」

 「ハリマンの権益がある」

 「アメリカも極悪だから信用できんよ」

 「ドサクサにまぎれて満州鉄道の実権を奪うはずだ」

 「そういえば、奉天駅の優先権でアメリカとぶつかってたな」

 「あそこで権益が交わるから」

 「まぁ 確かに優先権を取られると厳しいな」

 「だけど、この様子だと満州鉄道も、かなり儲かってるぜ」

 「奉天だけなら日本が地下か、高架線で上を通せば済むがね・・・」

 「いや、ハリマン資本に負けてるよ」

 「国の軍隊使って沿線を奪って広げて大掃除で利権確保だろう」

 「日本の満州鉄道の生殺与奪権も握って大儲けだな」

 「だけど、大手は、いいな」

 「政府の積極財政に乗って胡坐をかいてホクホク」

 「国債発行で赤字は先送りで庶民に振り分けかよ」

 「弱者は死ぬな」

 「まぁ 同じ積極財政でも鉄道や港湾、設備投資だと、少しは持つよ」

 「弱者が死んでも再生産の利かない軍拡よりマシだ」

 「しかし、アメリカも “リメンバー・シャンハイ” だけで、これだけ派手に動くとは、見境ないな」

 新聞に目を落とす。

 「・・・しかし、線路の人員配置は」

 「日本の満州鉄道警備隊よりアメリカ軍の方が少ない」

 「それでも、守られている」

 「上陸したアメリカ軍本隊が怖いんだろう」

 「ジープで回って監視すれば、費用対効果はすこぶる高い」

 「アメリカ軍は機械化されて合理的だな」

 「それにハリマンが背後で満州鉄道の破壊工作を支援している」

 「だが相手が匪賊であることに変わりないよ」

 「連中のやることは、背後があっても、背後がなくても強奪に決まっている」

 「そりゃ そうだ」

 「・・・しかし、アメリカ軍の鉄道警備隊と比較すると満州鉄道警備隊の無能さがわかりやすい」

 「あと、横柄な軍官僚主義」

 「日本人の被害を見逃して、軍事費増大を狙った意図的な手抜きもありそうだ」

 「それで、日本人を守れないからって軍事費と満鉄予算増大の請求だろう。なに考えているんだか」

 「国を守る軍隊が国民を犠牲にしてどうするんだよ」

 「いや、軍事費を増やして、国を守るために国民を犠牲にしたんじゃないか」

 「結局、ポストと出世と派閥の論理か」

 「愛国心なくすよな」

 「だいたい、点と線も守れないのに自作自演で満州帝国を作ろうとしたら、もう末期だよ」

 「そこまで予算クレクレになるかな」

 「日本人の被害がないと予算が増えないからだな」

 「軍上層部も見てみぬ振りで庇い合いか」

 「本気で費用対効果を考えて日本人を守ろうとした将校は軍事費増額の敵、干されたんじゃないか」

 「緊縮財政の弊害が弱肉強食の夢の潰し合いなら積極財政の弊害は怠惰な根腐れか」

 「救われんな」

 「ふっ 節度を保てない国は、資本家に吸い上げられるか軍隊に食い潰されて自滅するよ」

 自らの力で産業を起こそうとする者は、この手の噂を流し軍部から社会資本を守り、

 自ら力で自分の王国を作ろうとしていく。

 

 

 沖縄沖

 1897年に敷かれた電線だけだと通信量が不足すると計算され、

 本土から台湾まで新たな海底電線を敷いて行く、

 そして、暗号は使えば使うほど解読されやすくなるため、

 南洋州の島々にも海底電線で繋いで無線使用を減らしていた。

 船橋

 「これで無線が減れば、暗号も減らせるだろう」

 「乱数使っても、ずっと使っていたら、ばれますからね」

 「アメリカ側も香港・フィリピン経由で海底電線を上海まで敷くだろうな」

 「これだけ近い距離で無線を使うと互いに場所が特定されやすいですから」

 「そういえば、上海でレーダーとかいうのが仕掛けられているそうだ」

 「レーダー?」

 「誰かが聞いたんだろうな」

 「電波が金属に反応して戻ってくるそうだ」

 「日本の発明だと聞かされて、軍上層部は慌てているらしい」

 「あはは・・・」

 「民間飛行場に設置されているのに軍が知らないって、どういうことだ」

 「えっ!」

 「上海とフィリピンの中継用で緊急の場合、台湾の飛行場を使いたいとかで」

 「台湾の民間飛行場が名乗り上げてな」

 「それじゃ って、設置してくれたのがレーダーらしい」

 「はあ?」

 「日本の発明だから日本も知ってるって、思ったんじゃないのか」

 「なんか、泣けてきた」

 「まぁ 半島、九州、沖縄、台湾のラインで」

 「上海と満州権益を脅かせることが出来れば勝つよ」

 「そのために基地建設費と航空関連費に金が注ぎ込まれたんだろうな」

 「持久戦に入られると、負けそうですね」

 「確かに上海が49番目の州になったら負けるな」

 「先にアラスカか、ハワイが州になるのでは?」

 「どこが先になってもシャンハイ州誕生で日本は、万事休す」

 「イギリス、フランスとの利権分けは、どうなんですかね?」

 「被害者数を頭割りで株と資源を分けるんじゃなかったかな」

 「はぁ〜 上海に日本人が残っていたら上海の大株主だったのに・・・」

 「で、死ねってか?」

 「うん」 こくん

 

 

 イギリスのワシントン条約破棄で要塞建設の制限もなくなり、

 遼東半島から朝鮮半島、九州、沖縄、台湾まで要塞を建設できるようになった。

 金剛型4隻、伊勢・扶桑型4隻から剥がした45口径356mm連装砲台12基が要衝に配置されていく。

 沖縄

 「やっぱり要塞砲台を高台に置くと違うね」

 「射程は延びるし、視界は広がるし、命中率も良くなるし」

 「上海から800km圏。爆撃されるんじゃないの?」

 「発電機と装甲を増設しているけど、それだけが欠点だな」

 「八木レーダーは?」

 「微妙」

 「何だよ。微妙って、日本人の発明だろう」

 「理論・発明と科学技術力はイコールじゃない」

 「科学技術力と工業力もイコールじゃない」

 「工業力と産業もイコールじゃない」

 「はいはい。日本は小国です。貧しいです」

 「満州なんかに金を掛けるからだ」

 「上海需要で補填されているだろう」

 「毎年、戦艦2隻分くらいの赤字出してりゃ世話ないよ」

 「勿体ねぇ 軍事費によこせ」

 「その軍事費で地下鉄を掘らされているのには、呆れるけどね」

 「それ役に立つのか?」

 「200万都市で採算ベースの地下鉄で人口59万の沖縄に総延長110kmの地下鉄だよ」

 「誰が乗るんだよ。トウモロコシか?」

 「国が穴を掘っても採算取れるわけね」

 「沖縄防衛の足しにしているのか?」

 「だろうね」

 「2・26なんて、やるからだ」

 「組織縮小だろう」

 「出世できないから将来を儚んで、やっちゃう連中が出て来るんだよ」

 「自分の出世のために軍や国を犠牲にするなよ」

 「失敗したら死刑」

 「軍は、給与1割返納と軍事費削減が定着したから、もう出来ないだろう」

 「元同僚に線香も上げてもらえないか・・・」

 「国、守れねぇんじゃないの?」

 「米英仏が中国に集中している間。出来る限りのことをしたいらしいけどね」

 「俺、中国人は嫌いだが全面的に味方するぞ」

 

 

 ヒンデンブルク号爆発事故

  

 37年6月 ワシントン条約明け。(35年6月、イギリスが条約破棄)

 アメリカは、ワシントン型2隻、サウスダコタ型4隻。

 イギリスは、キングジョージV世型5隻。

 フランスは、リシュリュー型2隻の建造を決める。

 しかし、ドイツは、昨年の36年7月に新型戦艦の建造を開始しており、

 アメリカとイギリスは焦燥感を強めていた。

 そして、予算不足の日本は戦艦建造が見送られ、

 扶桑・山城の通商破壊艦への改装が始まる。

        

 

 イギリス

 ドックでキングジョージ5世型戦艦が建造され、技師と将校が見下ろしていた。

 「もっと早く、条約を破棄していたら良かったんだ」

 「大英帝国の威信と伝統が邪魔してね」

 「ドイツは、1年早く建造してしまうぞ」

 「すぐに戦争になるとは限らんだろう」

 「戦艦を建造しているのは、戦争に備えてだろう?」

 「イギリスは植民地を守るため」

 「ドイツは通商破壊だろうな」

 「最悪だな」

 「ドイツ戦艦は日本戦艦の技術を流用している噂もある」

 「本当に?」

 「それが役に立つのか?」

 「技術レベルだと金剛に毛を生やした程度だと思うが何か足しになったかもしれん」

 「日本は?」

 「戦艦は?」

 「さぁ 何も聞いてないな」

 「どうせ、日本海軍の仮想敵はアメリカだよ」

 「資源欲しさに東南アジアを狙うんじゃないか?」

 「上海だろう」

 「あそこは、白人世界の防波堤でもある」

 「人種差別は、褒められんね」

 「ふ♪ 上海から上がる利益は膨大だよ」

 「白人世界が安楽椅子に座って愛犬の頭を撫でながら余生を送れるだけの富を作ってくれるよ」

 「それは良いけど。それ、ドイツ次第じゃないのか」

 「連中の国力は見切っているよ。限界もね」

 「・・・金に目が眩んでなければ良いけどな」

 

 

 日本がドイツ海軍に梃入れしたのは戦艦だけに留まらない。

 無論、ドイツが敵国になる可能性もある。

 しかし、同盟を結ばずとも遠交近攻の法則が生きているのか純粋なビジネスだった。

 空母グラーフ・ツェッペリンは、空母赤城の設計も生かされていた。

 「やはり、大砲を装備するので?」

 「大西洋は諸国が密集している上に大西洋に出るのが大変ですから」

 「確かにイギリス艦隊が封鎖すると厳しいですね」

 「ところで日本に供給した37mm対空砲は、どうです?」

 「おかげさまで、砲身命数も、銃身命数も伸びて継戦能力が付きましたよ」

 「対空機関砲は、37mm、25mmも一緒に使うので?」

 「発射速度と合わせて検討しますが、一つに統合しますよ」

 「どちらも、戦車砲で使えそうですし」

 「ところで日本は参戦しないのですか?」

 「どうですかね。勅命待ちです」

 「もっとも、日本は資源のない国」

 「他国領土を奪って商品を売ろうとしても不買運動ですし」

 「生糸をいくら売っても治安維持軍を賄い切れませんよ」

 「襲撃されても市場を失いますからね」

 「中国人は生まれつきの悪人で、こちらが奪わなくても、奪う人種だそうですが?」

 「かなり極悪な連中で参りますよ」

 「お互い、中国の資源獲得では苦労させられますな」

 「ブロック経済で締め出されてから、ろくなことがありませんな」

 「イギリスがブロック経済で日本を締め出したのは有色人種の希望が日本人にあるからでしょう」

 「植民地が日本に啓発されて独立されると困りますからね」

 「なるほど、独立運動が大きくなれば、日本が発端で原因ですか?」

 「どうです、植民地を持たない国同士、もう少し、連携すべきでは?」

 「悪くないですね」

 「そういえば、華僑経由で東南アジアに武器弾薬が流れているようで・・・」

 「植民地の独立運動を増大させる、ですか?」

 「イギリスが独立運動に耐えかねて植民地を投げ出せば、もっと、安く資源が手に入るはず」

 「軍が動かせればいいのですが勅命無しだと、難しそうですね」

 「ほかにも手はありますよ」

 「まぁ 本国には伝えますよ」

 貧乏国の悪巧みも始まる。

 

 

 米英仏軍の上海割譲要求は中国だけでなく日本にとっても命取りだった。

 かといって、直接妨害も出来ず。

 赤レンガの住人たち

 軍部は、他省と比較し、相対的に地位が低下して焦燥感が募る。

 「んん・・・最近の日本は、どうもいかんぞ、平和ボケで弛んでる」

 「国民は、アメリカに上海がとられたことをどう思っているんだ?」

 「アメリカは上海事変以降、2000億ドルくらい注ぎ込んでいる」

 「1ドルが2.5円だから、5000億円の金が上海に向かって動いてる」

 「ちなみに日本の軍事費は海軍6憶。陸軍3憶だ」

 「さぁ 親方日の丸を当てにできない民間の社長がどう思うか、考えてみよう」

 「非国民・・・」 むっすうぅ〜

 「陛下が、不決断だからいかんのだ」

 「だけど、秩父宮の雍仁親王も」

 「高松宮の宣仁親王、三笠宮の崇仁親王も毒気無しだって」

 「だれが天皇になっても同じか」

 「ったく、政府に軍部の不祥事の処罰権なんぞ渡すから、どうにもならん」

 「民間も軍の利権体制から離れて好き勝手やってるし」

 「ムカつくな。だいたい、中島は、なに作っているんだ」

 「連合軍向けの輸送機とか、連絡機、観光用の飛行機では?」

 「最近はトラックも・・・」

 「この非常時に金に目が眩みやがって」

 「散々、軍事費で甘い汁を吸って大きくなったくせに、ずるいぞ」

 「そうだ、そうだ。こういう時こそ、今までの恩返し」

 「軍事費を増やすように政府に圧力をかけるのが人の道だろう」

 「ったく、親不孝な会社だ」

 「軍事費がないと発注できないのが辛いですがね」

 「ちっ! 金の切れ目が縁の切れ目か?」

 「どいつも、こいつも、甘い汁に浮かれやがって。なんて薄情な会社だ」

 「だいたい、アメリカに資源と市場を押さえられたら、日本はお終いだぞ」

 「そうそう、やれ上下水道だの」

 「道路を広げろだの、橋を作れだの、くだらん」

 「・・・あ、そういえば、橋の向こうで本場のイタリア料理が新装開店してたぞ」

 「おっ!」

 「そうだった。行かねば」

 「「お、おれも」」

 日本の航空機産業は、軍用機より、

 民間機の方が多くなろうとしていた。

 農地改革と満州・上海需要で所得が増え、

 庶民が民間車を買いたがる。

 そして、公用車より民間車の方が増えていく。

 

 

 日本の某工場

 日本では新興企業が興り、

 外資系の発注を受けようと懸命になっていた。

 「コレは、ナンデスカ?」

 「い、いや、バネ・・・」

 ぽいっ!

 がちゃ!

 「つくりなおしデス!」

 「こんなのバネじゃ アリマセン!」

 「はぁ・・・」

 「それより、なんで」

 「デンアツあんていしていませんか?」

 「なんで、テイデンしますか?」

 「ひじょうしきデス」

 「はぁ・・・」

 「だいたい、キカイのならべ方も、はいちも」

 「人のふりわけも、さぎょうコウリツも」

 「めちゃくちゃデス。しんじられマセン」

 「はぁ・・・」

 「ノー! ちがう!」

 「じゅんかつ油とせつだん油は、べつのものデス」

 「あ・・・」

 「・・・アォッ!」

 「このキカイは、ロウデンしてます」

 「わたしをコロスキデスカ!」

 「す、すみません、避雷針を・・・」

 「アンビリーバボー!」

 「こんなキカイで、バネつくる。おかしいデス」

 「本国にれんらくシマス」

 連合軍需要で日本産業が少しばかり増えて向上していく。

 

 

 

 中島

 航空機史上 最高傑作の旅客・貨客機DC3が量産されていく。

 なぜ最高傑作なのかというと、

 飛ばせば利益が出るというコストパフォーマンスで優れていた。

 輸送機 貨物4.5トン。

 旅客機 乗客21人(最大32人)

 「航続力2420kmか、重慶もいけるな」

 「金星発動機なら、3270kmは行けますよ」

 「コストパフォーマンはどうかな?」

 「乗員は変わりませんが速度が速くなって貨物は5トンくらいいけるはず」

 「コストパフォーマンスは、落ちますがね」

 「所得が上がっているので客はつくと思われます」

 「それも悪くないな」

 「政府も、軍も、西日本から台湾まで飛行場建設で前向き」

 「追い風だな」

 「アメリカ軍の上級将校も日本の避暑地に来ているようですし」

 「日本・上海空路はドル箱路線になりそうです」

 「アメリカの積極財政でザルのように金が流れ込んできそうだな」

 「このまま、上海がアメリカの州になったほうが、儲かりますかね」

 「んん・・・上海で、DC3を生産されると、逆風になりそうだな」

 「戦争ならともかく」

 「アメリカ人は、暑い上海で、まともに働きませんよ」

 「資源会得だけの州だと好都合だけどね」

 「インド人やフィリピン人に働かせることもできるだろう」

 「労働意欲の差でいうと、歩留まりで負けませんよ」

 「よ〜し、作るぞ〜!」

 「でも、良いんですか?」

 「軍は緊急に備えて、いくつかのラインを空けて欲しがってますよ」

 「2・26のおかげで、軍人を工場から叩き出せたんだ」

 「いまさら言いなりになれるか」

 「邪魔でしたからね」

 「だいたい、持ちつ持たれつ、だったんだからな」

 「いまさら恩着せがましいこと言いやがって」

 

 

 とある部屋

 高級将校が長々と弁舌。

 そして・・・・

 「・・・今をおいて皇軍を動かす時期はありません」

 「しかしの、満州鉄道警備隊の噂、届いておる」

 「きちんと軍内の処理もできないのに」

 「そのようなことを言われてもの」

 「・・・・・」

 南鉄道守備隊は予算増加のため仕事をボイコットしていた疑いがもたれ、

 憲兵隊によって満州鉄道権益に連なる議員、将兵、満鉄関係者が摘発され、

 勤務の再評価、処罰されていた。

 

 

 7月 第二次上海事変

 中国人労働者が暴動を起こし、アメリカの工場を襲撃し、白人45人が殺害される。

 上海で連合軍による中国人労働者の殺戮が始まり、

 そして、アメリカ、イギリス、フランス、イタリア連合軍と蒋介石国民軍が漢口で衝突。

 米英仏連合軍は、さらに権益を求めて戦線を拡大していく。

 アメリカ軍、クリスティー戦車

 イギリス軍、軽戦車Mk.VI、歩兵戦車Mk.I マチルダI、巡航戦車Mk.I

 フランス軍、ルノーR35軽戦車、オチキスH35軽戦車、ルノーD2歩兵戦車

 連合軍は戦車を先頭に中国の大地を突き進んでいく、

 「蹴散らせ〜! 匪賊を蹴散らせ!!」

 米英仏軍は、漢口を制圧。

 「まるで、インディアン狩りだな」

 「俺たちは騎兵隊だ」

 「匪賊が反撃してくれば、それを口実に地場を広げることができる」

 「最終的には漢民族を居留地へ送り込んで根絶やしか?」

 「ふっ♪」

 「再就職で匪賊狩りなんて楽しいじゃないか」

 「か弱い日本人を守ってやらないとな」

 「日本の漢口租界も大きくして上げるんですか?」

 中国の日本租界は、上海、天津、漢口、杭州、蘇州、重慶にあった。

 「無論だろう日本の上海租界も取り戻して上げたし、少し大きくして上げたし」

 「そして、周囲をアメリカ領で守って・・・当然、漢口でも同じ」

 「あはは・・・怒りませんか」

 「中国領内でのアメリカと中国の取り決めだろう」

 「日本が文句を言える筋合いじゃないね」

 

 

 漢口 日本租界

 漢民族は、迫る恐怖に脅えていた。

 「ほ、本当に大丈夫あるか」

 「日本租界の中には、一切踏み込まないとアメリカ軍に確認と取っていますから」

 「我々は、純粋に商売をしていたある。無害ある」

 「連合軍は酷いある」

 『おまえ、おれと一緒に国民軍に武器を売ってたやんけぇ』

 「・・・とにかく、日本の租界の中にいれば、当座は、大丈夫のはずです」

 「危なくなったら、船で重慶まで送って欲しいある」

 「ええ、上海、漢口、重慶までの定期船は確保してますのでアメリカも認めてますし」

 「本当に大丈夫あるか」

 「大丈夫ですよ」

 「上海でも日本租界に逃げ込んだ商人と労働者は保護されて重慶に向かったそうです」

 「とっても不安ある」

 「アメリカ軍と話しはついてますから」

 日本租界にいる中国商人は、日本向けの資源確保で必要であり、

 国民軍への支援をしていた商人ばかり、

 租界の財産が大きいため取り残されていた。

 

 

 中国

 “上海王手”

 “上海チェックメイト”

 と巷で噂され、

 弱者は、何をやっても手詰まり。

 誰かが、飛車なり、クィーンを切らなければ、

 どうにもならない状態といえた。

 もっとも不利なのは、資源と市場を持たない日本だった。

 日本で独自ルートで蒋介石と連絡路を構築しようと躍起になる。

 何しろ、米英仏連合に上海を押さえられると日本は自力で資源を得る道を閉ざされてしまう。

 活路のない囲碁。

 風前の灯。

 何をしても延命処置に過ぎず、小賢しい悪足掻き。

 中国沿岸で有望な場所は、米英仏の租界地があり、

 監視の目を掻い潜って何か出来そうな場所もない。

 小さな河川から大運河か黄河の支流に入って南下する。

 適当な場所で、資源と交換で積荷を降ろして国民軍に渡す作業になった。

 この物資が無事届く保証はない。

 そんな保証ができるほどモラルが高ければ、

 中国は、ここまで追い詰められない。

 比較的、頼りになるのは華僑だった。

 アメリカ、イギリスの上海割譲に腹を立てた華僑は日本と連携し、

 ドイツとソビエトの交易も増える。

 おかげでブロック経済で締め出されているはずの東南アジア植民地に日本製品が溢れたりする。

 イギリスとオランダが反発して取り締まろうとし、

 漢民族に流れ込んだ武器弾薬で銃撃戦になった。

 独立機運は少しずつ高まりを見せていた。

 

 

 重慶

 蒋介石国民軍が退避している重慶は、日本、ドイツ、ソビエト、弱者達の集い場所だった。

 「まずいある。漢口を連合軍に奪われたある」

 「「「・・・・」」」

 「何とかして欲しいある」

 「第二次上海事変なんか起こすからでしょう」

 「そうそう、アメリカが怒って当たり前」

 「あれは、挑発されたある」

 「中国人労働者が、アメリカ人に意地悪されたある」

 「ワザと挑発しているんだから、挑発に乗るほうが悪い」

 「あれは中国政府の関与ではないある」

 「教養のない漢民族のしたことある。しょうがないある」

 「「「・・・・」」」

 「もっと武器弾薬が欲しいある」

 「んん・・・漢口までアメリカ軍に押さえられると、ルートがねぇ〜」

 「何とかして欲しいある」

 「このままだと上海を奪われるある」

 「黄河しか残ってないぞ」

 「あそこ、毛沢東が抑えているよ」

 「途中は山が多いし・・・」

 「中央アジアから重慶まで鉄道を通せば?」

 「ソビエトは、嬉しいだろうね」

 「沿岸は、大型兵器を持ち込めないだろう」

 「資源はいくらでも渡すある」

 「上海割譲だけはイヤある」

 「全員がそう思って、ここにいるんだけどね」

 「とにかく困るよ。第二次上海事件は」

 「起こってしまった事は、しょうがないとして第三次上海事件は止めて欲しいものだ」

 「第三次やったら今度は重慶まで来るよ。きっと」

 「こ、困るある」

 「「「・・・・」」」 うんうん

 「米英仏にタングステンを押さえられると死活問題だよ」

 「日本は、タングステンどころか、大陸の鉄鉱石と石炭。市場を抑えられただけでも、お終い」

 「余裕があるのは、我がソビエトだけかな」

 「大粛清で内部崩壊しているんじゃないか?」

 「ま、まさか・・・」

 「いいよね。秘密警察の恐怖で国民を抑えられるなんて」

 「普通出来ないよね」

 「「「・・・・」」」 うんうん

 「ドイツは、やってるだろう〜!」

 「いやぁ〜 高級将校の65パーセントも粛清するなんて神業は、とてもとても・・・」

 「神などいない」

 「そんな話しは、どうでもいいある。何とかして欲しいある」

 「しかし・・・資源の供給が厳しくなるとね・・・」

 「空輸しかないかもしれない」

 「空輸あるか?」

 「重慶まで日本の租界という事にして飛行場をいくつか建設」

 「日本租界という事にすれば・・・」

 「重慶までは、連合軍の監視の外で来れるはず」

 「租界だと中国領で米英の監視を締め出せないから、租借地じゃないと」

 「空輸で運べる程度だと足りないある」

 「湖とか、大きな河川なら大型飛行艇が使えそうですがね」

 「確か、開発していたはず・・・」

 「それならドイツにもありますな」

 「大型飛行船とか、大型飛行艇が・・・」

 「武器はともかく、それで、資源を運ぶあるか?」

 「「まさか “金” でしょう」」 にや〜

 「・・・・・」 むっすぅう〜

 「「宝石でも・・・」」 にや〜

 「・・・・・」 むっすぅう〜

 独裁者にとって金、宝石は、自分の身を守る術。

 それを失うくらいなら、貴金属を持ち出し、

 国外逃亡で余生を健やかに送るが普通の感覚だった。

 台湾から重慶まで1600kmで大型飛行艇なら行けない距離ではなく。

 大型なら陸上機でも行ける。

 そして、ドイツ空軍も人間でなく物資84トンを輸送できるならと、

 ヒンデンブルグ号LZ129号の同型船LZ 127。

 そして、LZ130グラーフ・ツェッペリン号を使おうと考え直す。

 

 

 皇居

 37歳の壮年と総理大臣がお茶をすする。

 「今年も良いお茶が採れたの」

 「まったくです」

 「たまには、アップルパイも悪くないの」

 「青森でリンゴを作ることになりそうです」

 「そうか、あんず飴もいいが、リンゴ飴もいいの」

 「アメリカ映画だとリンゴを拭いて丸かじりでした」

 「ああいう大らかで荒いのも憧れるの」

 「日本人に少ない気質ですから」

  

   

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 月夜裏 野々香です。

 各国とも暗躍しつつ軍を動かしています、

 皇軍は機能障害(勅命無し)で動けません。

 リンゴをアメリカ軍に供給するのでしょうか。

 さすがに日本軍は民営化できません。

 しかし、親方日の丸だと、国鉄とか、電電公社、郵政とか、

 どこも似たような弊害が起きそうです。

 もっとも、民営化の競争で安全性が低下したり・・・

 この辺は、ニュースを見てれば、そのまんま。

 一方、自分の聖域、王国を作ろうとする者も

 己の欲望達成のため政府の邪魔さえしたりです。

 

 なんとなく、悪党ばかりの世界観です。

 

 史実は日本が34年12月に破棄。36年12月条約明け。

 

 為替です。日本は、経済成長中で、史実より強くなっているので、

 史実 1ドル=3.85円

 戦記 1ドル=2.5円 くらいでしょうか。

 

 

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第07話 1936年 『2・26』
第08話 1937年 『亜細亜の騎兵隊』
第09話 1938年 『日本版ニューディール』