月夜裏 野々香 小説の部屋

    

仮想戦記 『不戦戦記』

 

第09話 1938年 『日本版ニューディール』

 満州 長春 日米ソ緩衝地帯

 日本とソビエトは互いに協定を守っているか監視しあう。

 一定以上の軍隊を置いていると、緊張関係が高まるため、

 時折、会議を開いたりする。

 「いまのところ協定破りはなさそうですね」

 「ええ、問題はなさそうですな」

 「まぁ 日本は前科があるので、あまり信用したものではありません」

 「・・・・前科は、お互い様では?」

 「あれは匪賊の討伐ですよ」

 「それと民族的な存亡状態にあった朝鮮人に対する人道的処置」

 『よく言うぜ、朝鮮人をけしかけようとしたくせに』

 「・・・・」 苦笑い

 「保護を求めて南満州鉄道に近づいたようですが」

 「確か朝鮮人は、日本人だったのでは?」

 「・・・蒋介石との交渉で、彼らの国籍は抹消しましたよ」

 「いまは中国人です」

 「どちらにせよ」

 「日本のエンペラーと謁見した大使の言を信用するなら」

 「日本は自浄能力があるとの事」

 「日本軍自ら権益線まで後退したので信用しますよ」

 「あれは、逆賊軍として日本で処分しました」

 「決して帝国の信義を貶めるものではないと思います」

 「処分は当然でしょう」

 「番犬5匹、狂犬5匹飼うより」

 「狂犬5匹を始末して、番犬5匹だけ飼う方がいいですからね」

 『うそつけ。おまえら、半分以上殺してるじゃないか』

 「まぁ ソビエトのようにはいきませんがね」

 「それは、甘いですな」

 「反乱は、一族郎党皆殺しが常識」

 「しつけですよ、しつけ。それが政治というものです」

 「そうしないと軍隊に国が乗っ取られますからね」

 『大粛清かよ。洒落になんねぇ』

 「・・・・・」 苦笑い。

 「ところで、最近の満州鉄道は、赤字経営を脱しつつあるようですが?」

 「投資に見合った採算では、ようやく、黒字ですが」

 「軍事費を含めると、まだ赤字ですな」

 「営口からの鉄道が打通線に届けば、それもなくなるのでは?」

 「それが、満州鉄道沿線の治安が良くなりましてね」

 「権益地を区画整理して貸し出しすると華僑とユダヤの有力者が借りまして・・・」

 「ほう〜」

 「華僑とユダヤから資金を募って」

 「10km単位の近距離鉄道を敷かせ、地価が跳ね上がれば転売」

 「増殖していくので日本だけでなく、華僑とユダヤも元が取れるでしょう」

 「なかなかのマネージメントですな」

 「アメリカの上海経営を応用しただけですよ」

 「・・・時に・・・」

 「この満州と中国大陸でのアメリカ、イギリス、フランスの侵略行為」

 「日本は、どう思われます?」

 「遺憾であるとしかいえません」

 「確かにアメリカ、イギリス、フランスと敵対するのは面白いものではありませんが・・・」

 「もし、貴国とソビエト、ドイツが結べば・・・」

 「残念ながら皇国は、共産主義国と相容れないと考えます」

 「日本がアメリカ、イギリスから攻撃された場合はどうです?」

 「満州・半島は、ソビエトに奪われると思いますよ」

 「・・・・」

 「・・・・」

 二人は、何となくニンマリ、握手して別れる。

 自国を守るため、己が国をシード国とし、

 第三国同士を戦わせることも躊躇しない。

 それが、外交政治であり、外交戦略といえた。

 江戸時代以降のサムライが卑怯と感じ、

 忌むべきこと、思う事でも江戸時代以前のサムライは、常道・常識であり、

 多くの国が当たり前のように行使する常作といえた。

 

 

 富山県中新川郡立山町、黒部川水系黒部川の渓谷

 ここに水力発電所を建設すると、335000KWの発電が見込めた。

 就業者1000万以上の雇用が確保できて、

 日本版ニューディール政策とも言われる。

 日本政府は積極財政と緊縮財政の行ったり来たりを繰り返していた。

 積極財政に良いところがあれば、悪いところもある。

 緊縮財政に良いところがあれば、悪いところもある。

 それだけの話し、

 「ここにダムを建設するのか」

 「軍部に予算を取られなくて良かったよ」

 「1000万の雇用と、その後は発電で工場も回る」

 「電気機関車も敷ける」

 「その後は、利権に胡坐をかいてウハウハだね」

 「うんうん、同じ予算の先送りでも軍事費と違って掛け捨て保険じゃないし」

 「国民に恩恵を分配できる」

 「ブロック経済くらっても、これをやれば良かったんだよ」

 「アメリカの経済制裁だって怖くないよ」

 「たぶん、軍部が予算取りを妨害したと思うよ」

 「農地改革を先にやって成功だったね」

 「割が良いからね」

 「この仕事に就く連中が増えれば、また、農地転売で・・・」

 「景気が良くなるか?」

 「ふっ♪」

 「だいたい、緊縮財政なんて駄目駄目だよ」

 「実力者ばかりがのし上がって百家騒乱で資本が分散されるし」

 「弱い者虐めと、足を引っ張り合うだけ」

 「そうそう、積極財政なら能力がある者から弱者まで赤字国債で先送りで幅広く雇用できる」

 「弱肉強食なんて人間社会じゃないよ」

 「政府と官僚が嬉しいのが、こっちだよな」

 「アメリカのニューディールには負けるけどね」

 「あれなんか全部、有力者が買い占めてるだろう」

 「そこで、国民から吸い上げた国家予算と赤字先送りの国債が投機されるんだぞ」

 「いくら荒稼ぎしているんだ」

 「ケインズ様々だな〜 儲かるよな〜 すげぇ、羨ましい」

 「性根が腐っても辞められねぇ〜」

 「日本版は、ちょっと、ショボイけどな」

 「まぁ 慎ましく暮らせるよ」 にやり

 

 

 日本租界は、上海、天津、漢口、杭州、蘇州、重慶にあった。

 欧米列強の利権獲得のおまけで、日本租界の利権も便乗で増えた。

 日本で建造した1200トン級、600トン級の河川砲艦が揚子江を遊弋していた。

 むろん日本で建造したからといって日本籍とは限らない、

 掲げられている国旗は、星をばら撒けたモノから、

 十字×モノ。三色モノまで多種多様だった。

 上海から逃げ出して何もしなかった日本の権益が便乗で増えた理由で、

 連合軍の必要物資の一部を供給していた。

 

 そして、租界内の中国人に対する裁判権、軍事基地建設権など・・・

 名前こそ租界なのだが国民政府の意向は届かず、

 地上に居並ぶ戦車は、軍閥に圧力をかけ、漢民族を畏怖させ、

 調印を強要すると、租界の利権も租借地に近くなった。

 

 重慶

 蒋介石国民軍の勢力下、

 揚子江を遊弋している河川砲艦は日章旗を掲げていた。

 日本租界

 「内陸に飛行場を建設するって?」

 「この租界じゃなくて、日独ソでどこか租借地を作るらしい」

 「じゃ 日本航空部隊と戦車部隊も進出かな」

 「でも来るのは警察」

 「なんで?」

 「まだ陛下の裁可が下りてない」

 「何じゃそりゃ」

 「統帥権で皇軍を動かすのは陛下の裁可がないと・・・」

 「軍は何をしているんだ?」

 「裁可待ちじゃないの」

 「しょうがないから日本政府が外地治安警察を創設するか、検討中だよ」

 「警察かよ」

 「警察が国際間交渉で役に立つか」

 「建前を言うとな」

 「国土を守るのが軍隊。国民を守るのが警察」

 「ここは日本領土外だから裁判権があっても他国領」

 「来るのは警察」

 「ひでぇ〜 欧米は軍隊を持ってきてるんだぞ」

 「なんて内向きなんだ」

 「だから、勅命待ち」

 

 

 ミュンヘン会談

 ドイツはチェコスロバキア領ズデーテン地方の割譲を要求。

 イギリスとフランスは、中国大陸を簒奪中で、

 ドイツとの対決を避けたいばかりに、ドイツの要求を承認してしまう。

 

 

 パリのカフェテラス

 数人の日本人が歓談。

 「ミュンヘン会談は、大丈夫なのか?」

 「ドイツの軍事力は伸びてるし、イギリスとフランスは戦々恐々だろうな」

 「ドイツは、中国利権から外れてるからな」

 「ドイツは、資源と交換で中国に武器弾薬を輸出しているし」

 「命数が切れたら終わりだから、武器弾薬を輸出ならどうにでもなる。問題ないよ」

 「仮に工作機械を輸出しても電力の問題があるからね」

 「そういえば、日本も電力が足りないよな」

 「黒部ダムを建設するらしいけど」

 「しかし、ドイツは、ひがみやっかみで動くかもしれないな」

 「どこに?」

 「ドイツが攻めやすいのはポーランドだろう」

 「フランスも中国派兵で陸軍が少ないからいけそうだ」

 「それ、どの程度、ドイツが軍拡を進めているか、だよね」

 「んん・・・・」

 

 

 とある部屋

 高級将校が長々と弁舌。

 そして・・・・

 「・・・今をおいて皇軍を動かす時期はありません」

 「しかしの、攻撃されてもいないのに他国を攻撃をするのはどんなものか」

 「そのようなことを言われてもの」

 「・・・・・」

 

 

 漢口

 米英仏伊連合軍は漢口を制圧していた。

 連合軍が取り掛かったのは、点を確実に確保し、兵站線を維持すること。

 さらに土木建設機械で造成し、城塞を構築。

 程度の低い武器しか持たない匪賊の襲撃は、抑えられてしまう。

 発電により夜でも光に照らされる漢口は、連合軍の力を象徴し、

 揚子江を遊弋するアメリカ河川砲艦は周囲を警戒する。

 日本商船が漢口に着岸し、米英仏軍向けの物資を降ろしていく、

 

 船橋

 赤レンガの住人たちが船橋から漢口を見学していた。

 「いやはや、驕慢とか傲慢が服を着て歩くと白人になるな」

 「漢口は、内陸だが川幅が広いし、海と繋がっている」

 「インド兵、フィリピン兵も多い」

 「こりゃ 本格的だな」

 「上海を割譲しないと、ますます、まずくなるか」

 「んん・・・城塞を構築して兵站線を維持しているし、衣食住を外に頼っていないから弱点もない」

 「中国商店と一般家庭は、連合軍に金を払って、電気を分けてもらっているようだ」

 「連合軍も大盤振る舞いだな」

 「味方を作っているんだよ」

 「自分たちがいなくなると、夜は真っ暗ってね」

 「匪賊を恐れている中国人は、助かるわけか・・・」

 「これが日本軍だと補給線を維持できず」

 「きっと、匪賊狩りしながら漢民族から収奪することになるでしょうね」

 「まぁ 利権体制を構築できなければ無理攻めで、敵だけを作るだろうな」

 「一旦、占領してしまえば、要衝を固め大砲と機関銃を並べて、待ちに入るか・・・」

 「上海じゃ 日本人や台湾人を雇って、プランテーションを作らせているし」

 「食料を自前で確保・・・まさかアヘンじゃないだろうな」

 「いや、それだけは、協定違反にさせた」

 「ったく。アメリカとイギリスは、漢民族をアヘン漬けにして滅ぼそうとしているな」

 「売人が中国人なのも悲しいがね」

 「連合軍が落としたお金をアヘンでもう一度吸い上げてるわけだ」

 「中国は屋台骨からガタガタにされるな」

 「そして、この一帯は、インド人とフィリピン人で占めるわけか」

 「しかし、これだけの資金と物量があれば、普通、重慶までいくだろう」

 「だから、利権と採算重視でやっているんだよ」

 「戦争じゃなくてレジャーハントとか、観光だな」

 「連合軍が資源と交換で地方軍閥に武器を売っているのは?」

 「小銃だろう、それにアヘンも売れば金になる」

 「中国人をアヘン漬けにして、小銃持たせて、それで攻めて来いって、言ってると思うぜ」

 「それで攻撃されたら、それを口実に利権を拡大かよ」

 「資源は、日本に売れば金になるし」

 「内陸に足場を広げれば、日本と地方軍閥の関係を切らせることもできる」

 「よ、余裕だな」

 「ていうか、外道・・・」

 「冷房室を作って涼みながらか?」

 「指揮官と末端兵士の環境が違い過ぎると作戦上の可否で誤差が生じないか?」

 「上級将校用か、作戦室だろうな」

 「それに城塞で国民軍の襲撃を待っているだけだろう」

 「んん・・・いやぁ〜 こりゃ 付け入る隙がない、勝てんわ」

 「横綱相撲ってやつか?」

 「蒋介石はなんと?」

 「重慶で武器弾薬を待っているよ」

 「連合は、上海を実行支配しているし。中国を応援したくなるけど、こりゃ駄目だろう」

 「だけど、上海割譲したら蒋介石も終わりだな」

 「日本もな」

 「どうするんだよ、鉄鉱石と石炭・・・」

 「「「「「・・・・・」」」」」 ため息

 日本経済は、目先の暴利に目が眩み、

 自分の墓穴を掘って急成長していた。

  

 

 中国大陸中部は、北から秦嶺(チンリン)山脈、中部の大巴(ターパー)山脈、

 南東の巫山(ウーシャン)山脈の2000m〜3000m級の山々が連なり、

 それら山脈を水源として揚子江が流れ、

 成都、重慶、宜昌(イーチャン)、漢口、南京、上海に至り東シナ海に流れ込む、

 蒋介石は天然の要害四川盆地に囲まれた重慶に追い込まれ、

 蜀の時代の劉備や孔明の気分を味わっている。

 もっとも古代中世において要害であっても、

 現代は、航空機によって重慶が爆撃され、

 兵力戦より火力戦となっていた。

 蒋介石は、日独ソ3ヵ国に租借地を3つずつ渡していた。

 日本、ドイツ、ソビエトは、対価を支払わない限り、身を入れて助けようとしない、

 たとえ、その租借地が難攻不落の台地で、

 水路で揚子江と繋がっても、空路で繋がっていても、内陸であれば上海よりマシであり、

 最悪の場合、前線に日独ソの租借地を大盤振る舞いする予定でもあった。

 そう中国は、日独ソの租借地を対米仏軍の防波堤にしなければならないほど追い詰めれていた。

  

 空路 重慶 ←――300km――→ 中部の大巴(ターパー)山脈 巴東(バートン) 

 ←――300km――→ トンティン湖(2820km²) ←――980km――→ 台湾

 台湾と重慶は1600km。

 空路で直行できる距離でも万が一の事もあった。

 間にある中部の大巴(ターパー)山脈巴東(バートン)、

 トンティン湖の一角に日本の租借地が作られる。

 トンティン湖

 揚子江に注ぐ支流で中国でも有数の湖。

 船を使って物資を輸送して租界を広げ、

 飛行場を建設し、飛行艇用の格納庫を建設していく。

 国民軍の全面支援で人海戦術が投入されると思いのほか造成工事が進む。

 もっとも、イギリス河川砲艦に監視されていたりする・・・

 トンティン湖に入り込んだ大きな半島が日本の租界地になって造成工事が進んでいく。

 「ドイツは、船を持ってきたか・・・」

 「どうやら欧州で一波乱あるらしい」

 「日本の租借地に曲がりさせて欲しいそうだ」

 「戦争でも始めるのか?」

 「さぁ 船を日本に輸出しているのに戦争するかな」

 「そういえば日本国内に飛行船の格納庫も作って欲しいらしい」

 「格納施設の工事を始めているが・・・」

 「日独ソは、中国利権のあぶれ組みだから。いろいろあるんだろう」

 「重慶は?」

 「あそこも揚子江に面した台地を一つ、日本の租借地にしてもらったよ」

 「ドイツとソビエトも租借地だったな」

 「いいねぇ 租借地の領土扱いは嬉しいね」

 「孤立しているけどね」

 「いつでも潰せるということか」

 「しかし、中国も必死だな」

 「日本もね」

 「そうだった・・・」

 「アメリカ軍がこのまま進撃すると山脈の巴東で中国軍とぶつかる」

 「揚子江は要害だが通過できるだろう」

 「最悪の場合は、揚子江を挟んで日本の租借地になるかもな」

 「それは、商売上、困る」

 「ソビエトとドイツもだろうな」

 「それは避けたい」

 「アメリカも漢口から先に進むつもりはなさそうだけどね」

 「なんで?」

 「インド人とフィリピン人を中国に移民させている」

 「足場を作らず前進しても労ばかりだろう」

 「無駄な戦争なんてするものか、時間と労力の問題だよ」

 「つまり、蒋介石国民軍は、重慶に引き篭もっていると揚子江域の利権体制が構築され」

 「どうにも出来なくなるわけか」

 「そう、北京の華北中国、広州の華南中国、重慶の中華民国」

 「アメリカから中華三分の計が突きつけられるよ」

 「ひでぇ〜」

 「米英仏は、上海虐殺の賠償で上海が欲しいだけ」

 「残りは中華3分の計で十分なのさ」

 「こりゃ駄目かな」

 「そういえば、アメリカとイギリスは、廬山とか、黄山(ホワン)も欲しがってたな」

 「そりゃ 綺麗なところだけどさ。なんか資源があったっけ?」

 「廬山はポーヤン湖とタングステンを押さえられるらしいけど、避暑地だよ」

 「揚子江域は、白人に辛いらしい」

 「あはは・・・」

 「本気で上海と揚子江を押さえる気なんだろうな」

 「ドイツとソビエトも焦ってるし」

 「そういえば、ドイツは、大型飛行船を使うのか。良いなぁ」

 「ドイツ本土から重慶まで7600km。飛行船だと余裕だそうだ」

 「ソビエトの領空は大丈夫なのか」

 「ソビエトの将校も同乗するらしい」

 「ソビエトはヘリウムが産出する可能性があるから。どっちも思惑ありだな」

 「いまのところ仲良しか」

 「戦争するなら、資源を買い込んでからだろう」

 「あはは・・・」

 

 

 農地改革と区画整理が進んでいた。

 某役所

 「・・・まず確認を取ります」

 「この土地区画は、元々、道路整備用です」

 「道路建設が間に合っていないので国が一時的に貸し出すものです」

 「それで、税は?」

 「税は、5分加算。農地扱いで納めてもらいます」

 「しかし、道路建設時は国に即座に返還すると署名してもらいます」

 「建物建築と転売は実刑で処罰されます」

 「分かりました」

 「気をつけてください」

 「軍備用道路も兼ねているので契約を履行させるため」

 「警察と軍が動くこともありますから」

 「ええ、分かってます」

 「水稲農林1号なら寒冷地でも生育できますが扱いには気をつけてください」

 「はい」

  

  

 某役所2

 経済が活発になってくると、企業と役所の関係も複雑になってくる。

 動かすお金が大きくなるほど、やっかんで邪魔したりとか、

 ライバルが妨害したりとか、

 好き嫌いで足を引っ張ったりとか。

 ただの利害関係だけでなく、

 人間同士の営業能力が問われたり複雑に絡んで色々。

 情報も色々。

 「工場の造成工事ですが来期にした方がいいかもしれませんね」

 「来期ですか?」

 「欧州で戦争になりそうで、様子を見たほうがいいかもしれませんね」

 「上海需要で景気がいいはずですが、どうにも取り合いが激しくて」

 「物価も上がってますから、そろそろと、思ったのですが」

 「ドイツ製とイギリス製の建設機械が試作量産されて」

 「来期は、民間に流れてきそうなんですよ」

 「なるほど・・・人手でやるのと、どっちが?」

 「機械でやると早いですよ」

 「機械で大まかに造成して細かいところを人手でやる」

 「たぶん、水道管とか、電気工事とか」

 「来年になると人員で余裕が出ると思いますね」

 「そうですか」

 「最近は、どこも資本不足、物不足、人手不足で・・・」

 「発電所、ダム、鉄道、社会整備に資源を執られているので」

 「インフレになりやすいですから困りますね」

 「来期になると」

 「専門学科の卒業を当てにして、事業拡張を狙う企業が多いようです」

 「うちも狙っているんですが人材を確保できるかどうか・・・」

 「寒村だとまず人手不足」

 「道路を建設して土地、電力、水を確保しないと肝心の資材供給がなかなか」

 「都市だと地方の抵抗を排することですが。これがまた恨めしいですからね」

 「工業化は一朝一夕で進みませんからね」

 「満州や中国大陸で利権を奪えば良かったのに軍が退いたから・・・」

 「まぁ 農地改革で土地持ちが増えて毒気が抜けて退いたんでしょう」

 「そりゃ 負けたときのリスクが多いですからね」

 「しかし、こうも、鉄がないのは困りますな」

 「何にもできませんよ」

 「豪州の鉄鉱石が入ってきているので。それで、行けそうなんですがね」

 「中小企業に届くのは後回しですかね」

 「まぁ しばらく、そうなりそうです」

 「分かりました」

 日本は、権威的な秩序、勤勉勤労、

 滅私奉公を受け皿に近代化していた。

 国力の多くが軍部に削がれ、財政を逼迫していく。

 しかし、満州事変以降、

 農地改革で農地保有した農民層の不満が縮小し、

 農地転売で社会資本が生み出され、内需が作られ状況が変わる。

 さらに徴兵制に支障が生じ、

 軍事的な利権体制が相対的に縮小し、

 その後、上海事変と連合軍上海上陸で、満州・上海需要が起こる。

 日本経済は、需要に応える最低限の産業基盤が備わっていたのか、

 経済が上向きになっていく、

 そして、欧州の戦雲が高まるとドイツ・イギリスの発注騒ぎ。

 日本経済は、軍需、民需ともさらに潤っていく。

 もっとも、日本は、鉄鉱石、石炭の生産量が小さく、

 一時的に貿易収支が伸びても満足な社会整備は時間がかかる。

 鉄は国家なり、鉄の量は、国力の指標であり、

 日本の社会基盤整備は、これからだった、

 新興企業や中小企業に資財と人材が届くまで年月を必要としていた。

 

 

 租界は特殊な事情を抱えた場所だった。

 日本でない日本の利権区画。

 租界の裁判権が認められ、

 軍事基地を作れるようになっても、

 名目上、中国領。

 もっとも、軍隊で租界の安全を図ろうとしても、

 費用が嵩み全体の損益収支は悪化していく、

 植民地、租借地、租界といった手法は、国税で特定の産業と権益者を富ませ、

 大多数の非権益者である国民に増税と負担を強いてしまうものだった。

 もし、黒字を出そうとするなら、

 現地で国家的な簒奪とか、強盗するほかないのである。

 それでさえ、特定権益者のお目溢しがわずかに増えるだけで、

 貧富の格差は、ますます広がってしまうのだった。

 そして、皇軍は陛下の裁可待ちで動けず派兵もされない。

 

 

 上海事件。

 リメンバー・パールハーバーで起こした人工需要は、

 世界恐慌で錆び付いていたアメリカ産業を奮い起こし、

 特定産業の利権を増大させ、

 上海需要は、さらに急増する。

 米英仏軍の消費は異常なほど大きく、

 その泡銭を日本産業が掠めていた。

 一つの租界に2000人で計算しても採算レベルの範囲内で

 日本政府は、外地の日本居留民を守る口実で、

 警察の延長で “租界保安警察” を議会で可決させてしまう。

 こうして、準国軍というべき組織を創設し、外地へ派遣が可能になった。

 「この服は何だ?」

 元軍人は、泣きそうな顔で呟く。

 「租界保安警察の制服です」

 「・・・狙撃して欲しいのか?」

 「まさか、警官は目立たないと・・・」

 狙撃されたらお終いの租界。

 「・・・・」

 呆れてものが言えず。

 元皇軍の半分は、復隊したがる。

 “全部、租界が悪い”

 特需に湧く街を酔っ払いが、そう喚きながら歩いたりする。

 上海需要は莫大で、いまの租界利益は計り知れない。

 例え危険でも、会社が潰れなくて済む消費地があれば、飛びつくのが社長さんで

 有力者の “行けよ、行けよ” の視線と、表面的に褒め称えても、

 “死んで日本利権を増やす肥やしになれ”

 腹黒さが黒い煙のように口調に出てたり、

 それでも、僅かに良識が残っているのか、

 防弾に予算がかけられ、

 皇軍の軍服より破砕片対策で強い制服になっていく。

 もっとも、武装を含めて、まだ試行錯誤中だった。

 

 

 米英仏連合軍は漢口を陥落させ、兵站を伸ばしつつ着実に西進していた。

 四川盆地を守る大巴(ターパー)山脈と巫山(ウーシャン)山脈は、天然の要害で、

 米英仏連合軍でも苦戦するはず。

 しかし、それも武器弾薬があっての事。

 昨今の中国情勢から大量の武器弾薬の生産は望めず、

 日本、ドイツ、ソビエトなどに武器弾薬を頼らなければならなかった。

 重慶

 揚子江に南端が面した南北全長15km。幅3km程度の細長い台地が日本の租借地だった。

 川岸は船が接舷でき、飛行場が作られていた。

 防衛しやすそうでもほぼ孤立していて、

 こんな場所を租借したところでうまみはない、

 しかし、蒋介石は、藁をも掴む心境で、日本、ドイツ、ソビエトに頼り、

 最悪、私財(国家財産)を持ち逃げしなければならず、

 いざという時、日独ソの租借地に逃げ込み、国外逃亡する気でいた。

 重慶の日本城塞が人海戦術で造成され、飛行場が建設されていく。

 ドイツとソビエトも違う場所に租借地が得られ、基地が建設中だった。

 99年の期限付きの領土で少なくとも空路と水路が確保され、

 期間限定で日本軍を配備することも可能で好きにしてよかった。

 満州より不利な地理的条件でありながら漢民族の全面支援で

 これで資源が開発できるなら、おいしいかもしれない、

 設計図通りに造成と建設が進んでいく。

 一方、東部の中国社会は、米英仏軍の軍政によって安定し、

 投下する資本が揚子江を豊かにしていた。

 無論、白人たちは、漢民族を人間扱いしない、

 しかし、外国人が中国歴代王朝や蒋介石国民政府よりマシな治世をするのなら、

 漢民族の感情は自尊心を保てず複雑になっていく。

 現実逃避の国民政府と妄想状態の国民軍は、

 宗教染みた愛国心の発露で日独ソの租借地を建設しているに過ぎない。

 もっとも、満州赤字経営を強要している日本の右翼勢力と、

 50歩、100歩だろうが・・・

 台地が整地され断崖の傾斜角を高くしていく、

 登ることは困難で山を刳り貫いた入口から上らないと頂上まで行き着けない。

 山頂域のテーブルに四川料理が並ぶ。

 麻婆豆腐(マーボ豆腐)、担担麺(タンタン麺)、

 回鍋肉(ホイコーロ)、青椒肉絲(チンジャーオロース)、

 麻婆茄子(マーボナス)

 熱帯特有なのか、

 辛子などのスパイスを使って新陳代謝を早めて健康を保たせる。

 もっとも、ここは高原。

 寒いほどで違う意味でも辛い方が良かった。

 「こりゃまた・・・」

 「すごい大要塞になりそうですね」

 「台地の上に大型飛行場と要塞砲を配置したら永久保塁になりそうだ」

 「地下施設も相当なものだが、維持する価値があるかどうか」

 「仮に一個師団で防衛だと、維持費が高くつきそうですね」

 「そんなに送らないだろう」

 「飛行場を維持管理する程度で一個師団なんて」

 「採算度外視で最悪だと思うがね」

 「地下施設で、モヤシとか、キノコでも作って生計を立てるほうがマシですかね」

 「自立したいのなら、鉄。石炭か石油は必須だよ」

 「天然ガスでもいいけど。あれば、だけどね」

 「あと発電所もね」

 「こりゃ 軍隊を配備しても回収できそうにないですね」

 「しかし、蒋介石は、余程、武器弾薬を空輸してもらいたいのだろうな」

 「船の方がいいのに・・・」

 「いざというときの逃亡用だよ。空路で・・・」

 国民軍将校がやってくる。

 「・・・どうあるか、四川料理には慣れたあるか?」

 「ええ、おいしいですよ」

 「本当は、北京料理が一番ある」

 「でも仕方がないある」

 「今度、日本料理も振舞いますよ」

 「そうあるか。日本料理で魔法が使えるある」

 「いや、それは、なさそうだけど」

 「みんな、そう思うある」

 「日本がロシアに勝ったのは、魔法ある」

 「あはは・・・」

 「建設は、予定通りあるか?」

 「予定より進んでいますよ」

 「そうあるか、日本の武器弾薬をあてにしているある」

 「ソビエトの租借地は少し、小さいようですが?」

 「ソビエトは、野心が強い地続きの隣国で共産主義。危険ある」

 「日本とドイツの方が信用できるある」

 「力不足は変わりませんよ。時間稼ぎ程度」

 「中国人民は有史以来、時間を味方にしてきたある」

 さぞ、ゆったりと流れてきた時間なのだろう。

 世界最大の人口は、凄まじいが・・・

 

 

 ホワイトハウス

 地図を見ながら数人の男たちが悪巧みしていた。

 「とりあえず、漢口までの路線を確保して、防衛は?」

 「洪水の危険があるので、高台で見晴らしの良い場所の方がいい」

 「鉄条網を置いて、餌を置いて何回か地雷を爆発させてやればいい」

 「看板を置くだけで、匪賊は来なくなるだろう」

 「問題は国民軍だな、人海戦術で来られると面倒だし厄介だ」

 「上海と同じ、人海戦術で高い堡塁と広く深い堀を造成するのが安上がりかな」

 「人海戦術で埋められるのでは?」

 「機銃掃射、砲撃、爆撃で邪魔すれば足りよう」

 「費用対効果は?」

 「リメンバーシャンハイは、伊達じゃないよ」

 「国民の怒りは収まっていない」

 「しかし、いくら積極財政がザルでも限度があるだろう」

 「採算ベースに乗せられない分は、国民の負担になるだけだ」

 「成果のない赤字だと議会に突き上げられる」

 「アレの成果があれば採算はいいだろう」

 「ここで、アレの話しはナシだが期待している」

 「それに上海事変の非道さなら少しぐらい持つだろう」

 「資源さえ押さえてしまえば何とかなるよ」

 「中国人の代理人は押さえていますから」

 「市場としても上手く行くでしょう」

 「中国大陸は、小国島国と違って利益が大きいですからね」

 「日本、ドイツ、ソビエトが中国で不穏な活動をしているようですが?」

 「情報だと、まだ、なんとも言えないな」

 「3ヵ国の利害が一致しても、対米英仏の投機は出来ないだろう」

 「戦えば損益分岐点でマイナスだよ」

 「しかし、少しは手応えがないと、進撃できませんね」

 「インド人とフィリピン人を増やしている」

 「いずれ、人種摩擦で漢民族は暴走し、自滅する」

 「我々は、堡塁と堀の前で待ち構えていれば良い」

 「我々が、のこのこ大陸に引き摺りこまれることはない」

 「どのくらい増やすので?」

 「異民族は多ければ多いほどいい」

 「彼らが生きていくだけで、米英仏連合の利権を拡大させてくれるよ」

 「中国の出方次第では?」

 「まぁ 割譲を認めれば、上海まで後退するよ」

 「いずれはインド人とフィリピン人が代理人となって我々の利権を守り」

 「儲けてくれるわけですか?」

 「本当なら日本人にも、やってもらうところだったが参戦してこないな」

 「こちらの意図が見抜かれているのでは?」

 「まさか、日本の不参戦は、不満が多い」

 「それに上海に大型の発電所と製鉄所を建設する」

 「それで中国と日本ともチェックメイトだ」

 「では、日本は、勅命が出ないだけ?」

 「の、ようだな」

 

 

 皇居

 38歳の壮年と総理大臣がお茶をすする。

 「今年も良いお茶が採れたの」

 「まったくです」

 「もう、人生も折り返しかな」

 「いえいえ、もっと、ご自愛ご長寿されてください」

 「皇族も時が来ると死ぬの」

 「皇族の葬儀は大変ですから」

 「そうか、皆に迷惑をかけてしまうの」

 

 

   

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 月夜裏 野々香です。

 史実の黒部ダムは、着工1956年/就工1963年の7年でした。

 この不戦戦記では、着工1938年/就工・・・・・・・・・

 いろいろ思うところありですが、

 誰がやっても利権には付きもの、

 程度が低ければ我慢我慢、電力は必要です。

 

 

 こういう攻め方をするアメリカ軍は、かなり、えげつないです。

  

 

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第08話 1937年 『亜細亜の騎兵隊』
第09話 1938年 『日本版ニューディール』
第10話 1939年 『なんだとぉおおお〜!!!!』