月夜裏 野々香 小説の部屋

       

未来旋史 『白亜の遺産』

 

 第02話 1933年 『白亜の相続』

 大恐慌以降、経済不況が全世界を覆い、

 各国とも自国産業を守り低迷する国内経済を再建するため関税を引き上げ、

 保護政策へと移行する。

 富める国は蓄財を切り崩し、植民地からの搾取を増やし、

 蓄財が乏しく、競争力の低い国は軒並み衰弱していた。

 

 列強は、更なる富を求めて弱小国の市場侵略を目論み、

 イタリアはファシズムを台頭させて、北アフリカへと軍を派遣し、

 ドイツは、近隣諸国への覇権を画策し、

 日本は、権益保護のため満州事変を起こし、

 生存圏拡大に向かおうとしていた。

 

 米英ソ列強の目論みが何であれ、

 日本帝国は、貿易が閉ざされ、経済的困窮を深めていた。

 近代産業を諦め格差を切り崩して弱者救済し、無防備なまま、列強から転落するか、

 近代産業を維持するため海外市場を席巻し、

 格差を保持したまま、列強の地位を維持するよりなかった。

 日本でもドイツとイタリア同様、国家産業の自存自衛のため右翼化が進んでいく、

 国税は、再生産不能な軍事費へと流れ、

 社会資本と民間に必要な物資は根こそぎ引き抜かれ、

 労働者は、徴兵されて労働生産力を失わされた。

 庶民は増大する軍事費に社会資本を奪われ、貧困に喘いでいく、

 

 日本 繊維工場

 争議の後、労働者たちは、ぞろぞろと部署について行く、

 そして、中間管理者たちは ブツブツ ブツブツ

 「・・・ったくぅ 上からは抑えつけられ、下からは突き上げられて迷惑な立ち位置だ」

 「満州帝国建国とは言うが、生活は楽になるどころか、苦しいばかりだな」

 「領土を広げるほど資材と物資と人材と金を奪われるからね」

 「満州を防衛するためには軍人が必要になるし、軍人が引き抜かれるほど生産力が失われる」

 「大陸の資源があれば・・・」

 「いまよりもっと徴兵されるだけで、状況は変わらんよ」

 「どうやら日本は、右翼側に傾いてしまったようだな」

 「右翼も左翼も地獄行きだと気付かないとはね」

 「気付いても長いものに巻かれ、事勿れに流れるから日本人らしいよ」

 「右翼にとって左翼は敵じゃないし。左翼にとっての右翼も敵じゃない」

 「むしろ、対極的な存在は、自分の存在を惹き立てる仇役だし」

 「自勢力に光を当て、正当化させるための協力者に過ぎない」

 「悪じゃないの」

 「何でもいいから悪にして、自勢力の踏み台にするんだよ」

 「それが悪といえなくもないがね」

 「野心家にとっては悪は、自分を引き立てる味方だよ」

 「右翼も左翼も一種の宗教みたいなものだな」

 「大多数の中道派は、削り取る獲物で搾取の対象に過ぎない」

 「連中は、勢力均衡で妥協したり話し合う気なんかない」

 「自分の聖域を構築して、私物化しようとしてるだけだろう」

 「しかし、右翼も左翼も、頭の悪い強硬派は、どうしようもないな」

 「権謀術数でいうなら穏健派なんて、自分の牙城を作った後は、邪魔者にしかならないし」

 「粛清の対象だな」

 「だけどなぁ いい加減、妥協してくれよって気になるがな」

 「まぁ 家があって妻や子供がいたら生存圏を拡大したくなるのはしょうがないさ」

 「歳をとると、地位と老後を考えて焦るからな」

 「しかし、富裕層は、国権を代表して虎の威を被ってるし」

 「貧民層は、明日食べる者さえ目算が立たず、殺気立って、民権で騒いでる」

 「ヤバい世相だな・・・」

 「ああ・・・警察とヤクザで潰しに掛ってくるかもな」

 「やれやれ・・・」

 

 

 日本軍が山海関で支那軍と衝突、山海関を占領

 

 

 ヒトラーがドイツ首相に就任、

 

 プロレタリア作家小林多喜二が治安維持法違反容疑で逮捕され、

 東京・築地署に留置され特別高等警察の拷問により虐殺される。

 

 国際連盟が日本軍の満洲撤退勧告案を42対1で可決。松岡代表退場。

 

 ナチスによるドイツ国会議事堂放火事件。

 

 1933/03/03(昭和8年)AM02:30、

 岩手県釜石市東方沖約200kmを震源にした地震は、三陸一帯を揺らした。

 昭和三陸地震は、マグニチュード8.1を記録し、その最大波高は海抜28.7に達し、

 死者1522名、行方不明者1542名、負傷者1万2053名、

 家屋全壊7009戸、流出4885戸、浸水4147戸、焼失294戸を出した。

 数日後、更地と化した田老村の浅瀬に見なれない黒い塊が横たわっていた。

 3140トン級軽巡洋艦 夕張

 艦橋

 「・・・なんだろうね。あれ」

 「斎藤艦長。本官は、潜水艦と愚考しますが」

 「副長。あの艦影を知っているかね?」

 「いえ、軽く9000トンはあるかと思われます」

 「取り敢えず。入ってみるのが慣例だろうな」

 「はい、有事の作法かと・・・」

 

 

 首相官邸

 「それで、その潜水艦らしきモノは、どこの国のものかね」

 「・・・数千万年前のモノかと」

 「「「「・・・・・」」」」

 「ごほん!」

 「聞き違いでなければ、人類が誕生する以前ではないか」

 「それは、よかった。言い間違っていないかと心配してましたよ」

 「「「「・・・・」」」」

 「気密室のカプセルで、人に似た化石ミイラ4体を確認しました」

 「人間なのかね?」

 「いえ、知られている人科と種族が違うと思われます」

 「ですが進んだ近代科学文明を有していた模様です」

 「その潜水艦は、なぜ、これまで、錆びなかったのかね」

 「非金属系のセラミックと耐腐食性の強いチタンが使われています」

 「また艦内も窒素を充満させて酸化を防ぎ、錆びないような処置が施されていました」

 「特にウラン238を熱源にした電力は生きてるようです」

 「本当に?」

 「はい」

 「6000万年前じゃないか」

 「ウラン238の半減期は44億6800万年。ウラン235の半減期は7億年ですから」

 「よ、よく機械が生きてるな」

 「精製は困難ですが、構造自体は簡単ですから」

 「それに航行目的でなく、保管目的のためだけ少量が電池のように使われていたようです」

 「それは、使えるのかね」

 「いえ、放射能は危険ですから」

 「その潜水艦は使えるのかね?」

 「材質は劣化しているようですし、機能も半分死んでます」

 「戦力にならないか・・・」

 「はい、ですが潜水艦の艦体構造、ソナー、レーダー、無線の類は、参考になります」

 「では、間接的に役に立つということか」

 「ほかにも、そういった潜水艦があると思うかね」

 「数千万年前ですから浮上と発見は、運が良かったと思われます」

 「その数千万年前。一体、何が起こったというのだ」

 「記録を調べていますが声帯と言語体系が全く違うようです」

 「解析まで年月が必要かもしれません」

 「その技術。陸軍も得られる利益があるのでしょうな」

 「はるかに進んだ技術が使われています」

 「解析が進めば日本陸軍は、世界最強になるかと」

 「それは楽しみだ」

 「ですが、技術的な習得が進むまで対外的な戦いは控えるべきと考えます」

 「「「「・・・・・」」」」

 「時間が味方するのなら是非もない」

 「わかった。この事は、最高機密とする」

 「そうだ。ワシントン条約ですが・・・」

 「・・・ワシントン条約は、遵守だ」

 「金剛の代艦を1933年以降建造できますが」

 「それも無期延期」

 「国際連盟の脱退は?」

 「それも延期だ」

 

 

 フランクリン・ルーズベルトが第32代米大統領に就任。

 ニューディール政策始動。

 

 

 9000トン級原子力潜水艦は、白亜と名付けられた。

 電圧とヘルツを少しずつ変えながら調整していくと、6500万年ぶりに電装品が甦る。

 「「「おぉ 生きてたよ」」」

 「電圧は210ボルト、60Hzです」

 「おーし」

 「意外と大きいんだな」

 「変圧器を経由してるので冗長性があるようですね」

 「よく劣化しなかったな」

 「いや、劣化してる・・・映像が安定していない」

 「しかし、6500万年前のモノが動くなんて、信じられんな」

 「もっと、古代文明を掘り当てたいものですね」

 「白亜紀の地層は、調べるべきだろうな」

 「白亜紀の地層は、中国、ヨーロッパ、インドに剥き出しのはず」

 「しかし、聞いた事ありませんね」

 「んん・・・大陸移動説とかあるからな」

 「地表にあるモノは腐食と酸化しやすく、地殻変動しだいで消え去っているのでは?」

 「だとしたら残っているとしても軍事用か」

 「・・・陸奥の装甲でも6500万年は無理だな」

 「白亜紀の化石は残ってるだろう。恐竜の歯とか」

 「風化して化石として残るのは運が良い方だ」

 「装甲は化石化するより錆びて風化する」

 「この潜水艦は、チタンとセラミックで建造されている」

 「チタンは、元々 腐食に強いし。セラミックは石みたいなものだからな」

 「じゃ 白亜クラスの技術で作られた潜水艦じゃないと無理ということか」

 「!? これは何だろう。チタンでもセラミックでもなさそうだが・・・」

 「ビニールの一種じゃないか・・・」

 真空パックされた箱から本が現れる。

 「んん・・・よくカビなかったものだな」

 

 

 

 海軍艦政本部 艦艇設計室

 「はい、みんな。設計中止!」

 「「「「・・・・」」」」

 マル2計画(艦艇4億3168万8000円)

 (蒼龍、飛龍。利根、筑摩)を含んだ建造計画が御破算になった瞬間だった。

 

 

 関東軍が長城線を越えて華北に進撃開始

 満州 ハルピン

 陸軍将校たち

 「自重せよとは、どういうことです?」

 「まぁ 慌てて膨張政策を取らなくても良くなったというべきだろうな」

 「満州は日本の生命線ですぞ」

 「まさか、満州権益は軍事費を吊り上げる呼び水であって、日本の生命線ではないよ」

 「満州あっての日本です」

 「ほぉ 満州権益がなかった頃の日本は死んでいたというのかね」

 「いえ、日本の近代化のためには、満州が必要ということです」

 「もう、いらんようになった」

 「なっ!」

 「日本は、満州がなくとも近代化できる」

 「そ・・ん・・な・・」

 「いまじゃ 満鉄は、国家予算を浪費する不良債権になってしまった」

 「え、英霊は無駄死にですか!」

 「彼ら英霊は、大国から日本を守った」

 「しかし、君らは、日本にとって無用な戦いを望んでいる」

 「そして、日本の国体を危険に晒し、英霊の死を無駄死ににさせているのだよ」

 「「「「・・・・・」」」」

 

 日ソ基本協定調印

 日本は、遼東半島と南満州鉄道を北樺太と交換し、

 日露戦争における戦勝地をソビエトに渡してしまう。

 スターリンは、満州支配の野望と北樺太の価値を天秤にかけ、

 南満州権益を選択してしまう。

 

 

 ホワイトハウス

 「バカな。日本が南満州鉄道を放棄したのか」

 「元々南満州鉄道は不良債権ですし、北樺太と交換ならありでしょう」

 「中国大陸をソビエトに植民地化されてしまうぞ」

 「日本は、その気のようです」

 「何だと?」

 「中ソ戦争を煽って、双方に武器弾薬を輸出するつもりなのでしょう」

 「な、何という事を・・・平並線の投資が無駄にされてしまったぞ」

 「もう、手遅れかと・・・」

 「「「「・・・・」」」」

  

 その日本の外交戦略の転換は、アメリカをして驚かせ、世界から注目された。

 アメリカ資本は、南満州に平並線(打通線、奉海線)建設に投資しており、

 日本が南満州から退くと、極東ソビエトと矢面に立つのはアメリカだった。

 また、アメリカとソビエトは、満州の回収を狙う国民党と衝突する気配を見せた。

 

 

 大阪、兵士と巡査が掴み合いの喧嘩。

 軍部と内務省の対立激化(ゴーストップ事件)。

 

 

 丹那トンネル貫通

 

 

 帝都が殺気立ち、号外が流れていた。

 神兵隊事件

 大日本生産党・愛国勤労党は、閣員・元老など政界要人を倒し、

 皇族による組閣によって国家改造を行おうと企図した。

 男たちが号外を手に談話していた。

 「やれやれ、血盟団事件、五・一五事件の次は神兵隊事件か・・・」

 「この体制に媚びたような党のネーミングは、どうにかならんものかね」

 「出る杭は打たれるからね。事勿れな順応だよ」

 「しかし、満鉄から手を引いたというのに、右翼は荒れてるな」

 「日本人は体制に媚びて出世するのが好きだからな」

 「しかし、やろうとしてるのが下剋上じゃ私利私欲だろう」

 「また、愛国無罪じゃないだろうな」

 「しかし、北樺太なんて寒い場所を取っても、どうしょうもない気がするがな」

 「軍拡の口実は無くなったし、軍縮はできるだろう」

 「それは大きいかもしれんがな」

 「半島を平らげてしまえば、少しはマシになるよ」

 「半島か、また朝鮮人の口車に乗って大陸に行きたがらなければ良いけどな」

 「国防を中心に考えるから、足りなくなって苦しくなる」

 「国益を中心に考えるならもっとマシな予算配分になるはずなんだがな」

 「侵略されることが怖いんだろう」

 「日本は、侵略されるほど鉄鉱石、石炭、油田があったかな」

 「ないけどね」

 

 

 ドイツが国際連盟を脱退

 

 アメリカ合衆国、禁酒法が廃止される。

 

 

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 月夜裏 野々香です。

 4周年記念です。

 この戦記に恐竜人は、出てきません (笑

 ですが、

 6500万年の時を経て、はるかに進んだ原子力潜水艦が1933年の日本に・・・

 それとも、6500万年後の未来、1933年に似た世界が繰り返されたのか、

 それとも、ジャイアントインパクトとメタマテリアル陽子弾が引き金となり、

 近似値の時空が繰り返されたのか、

 わからなくしています。

 読者の想像に委ねてるので、お好きに解釈してくださって結構です。

 なには、ともわれ、

 人類の文明遺産となる建築物は、1万年を経ずして消え去るとのこと、

 灼熱の岩石蒸気と岩石の雨に晒された地表と灼熱の海の中、

 原子力潜水艦が残れるのか、怪しいですが (笑

 

 そうそう

 1980年代 アメリカテキサス州グレンローズから

 数キロ離れたチョーク・マウンテンの泥灰土層から

 人間の指と思われる5cmほどの化石が発見され

 同じ地層から絶滅した鱗木類の化石も見つかり、

 両者は、白亜紀のものと推定されている。

 何となく、ワクワクしてきます。

 

 

 とりあえず、日本はソビエトと、南満州鉄道と遼東半島を北樺太と交換です。

 

 

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第01話 20XX年 『人類滅亡?』
第02話 1933年 『遺産と相続』
第03話 1934年 『白亜の希望』