月夜裏 野々香 小説の部屋

    

神がかり系 仮想戦記 『神籬の木仙』

 

 第04話 1924年 『そうだ。御籤で幸幣をばら撒こう』

 1月

 木仙の才覚は常人を超えていた。

 爪楊枝ほどのUと逆Uを知恵の輪の構造で組み合わせ、

 1幸、5幸、10幸、50幸、100幸という幸幣を設計し作ってしまう。

 普通の紙幣と違うのは、丸めて保管する。

 1幸幣は1段構造で優しい作りだったが、5幸幣は2段階で縦方向に曲げることができた。

 10幸幣は3段階で折り曲げられ、50幸幣は4段階で折り曲げることができ、

 100幸幣は、5段階で曲げることができた。

 通常、木工細工で使われやすいツゲの木が使われるが

 木材は曲げ率があって、曲げ率の高い1幸でさえ困難の部類だった。

 最終工程での合わせは、神籬の独占で、全て、仙堂と角浦が仕切っていた。

 それは、何日の朝に作れだのの細かい工程と、寸法が決まっており、

 それを外れると合わせることも差し込むこともできなかった。

 産地の12干支の絵と数字が彫られ、木工芸品として十分な力があった。

 12干支の管轄する神社仏閣で1幸1円、5幸5円、10幸10円、50幸50円、100幸100円で売り出され、

 凶の御籤を引いた者は、余計に買っていくことになった。

 この時代、大学の初任給が65円だったことから、裕福な者は幸を得ようと、

 そして、話題のためだけに幸幣を買っていく、

 幸幣は神社仏閣で紙幣と幸幣を交換させることで、流通貨幣の水増しを目的としていた。

 当然、紙幣発行を独占している大蔵省日銀は怒り、

 主犯格の二人を証人喚問として引き出してしまう。

 議会

 「これは、偽札ではないのか?」

 「円などと書いてません。似てませんし」

 「紙幣は大蔵省日銀の独占である」

 「幸幣は、工芸品ですが、なにか?」

 「これは紙幣としても使える」

 「どう使おうと購入者の勝手でしょう」

 「我が国に、インフレを起こす気か」

 「国民が紙幣を持たずに飢えてるのに、紙幣を流通させないほうが犯罪では?」

 「偽幸幣が出回ったら同責任を取るつもりだ」

 「工芸品の価値は、紙幣より幸幣が上ですよ」

 「偽幸幣を作るくらいなら働いたほうがマシだと気づくでしょう」

 「「「「・・・・・」」」」

 

  

 赤城、加賀を廃艦に追いやった斎藤内閣最後の仕事は、60Hz統合だった。

 一度に統合することは難しいからと、

 静岡県の富士川と新潟県の糸魚川を結ぶ境界からと徐々に50Hzを60Hzに切り替え、

 最終的には、日本全土を60Hzで統合することになった。

 そして、斎藤内閣に反発したのか、華族出身の清浦奎吾内閣成立した。

 しかし、閣僚すべてが華族出身になると、国内が騒然となり、反発が大きくなっていく、

 

 

 中国国民党全国代表大会で連ソ・容共・扶助工農を採択(第一次国共合作)

 

 イギリスでマクドナルド内閣成立(労働党が組織した最初の内閣)

 

 ソビエトが、ペトログラードをレニングラードに改称。

 

 

 呉

 木工細工がコンテナに詰め込まれ、輸送船が出航していた。

 そして、海軍工廠では、赤城の解体が始まっていた。

 地位とポストを奪われた海軍将校たちがため息混じりにブツブツ呟いていた。

 「くっそぉ 木工の連中のせいで、俺たちの出世が、老後が・・・」

 「手先の器用な連中は、木工学校に行こうかなんて言ってるからな」

 「そんなに儲かってんのか」

 「技工次第らしい。木工業は雇用を増やしてるし。木工製品の欧米輸出はドル箱らしいよ」

 「くっそぉ 稼ぎ頭だからって国防を蔑ろにしやがって」

 「しかし、すげぇもの作ったよな」

 「なんだ。買ったのか?」

 「12干支集めてる。寸法が同じで絵柄が違って面白い」

 「丸めて上から見ると12干支と、数字も彫ってるんだ。良く出来てんな」

 「木工所は作品が売れなくても紙幣モドキを作れば紙幣と交換だから笑いが止まらんだろう」

 「でも木工は技能職だし、技能がないと辛い」

 「だけど、子供は、木工授業が好きになってるからな」

 「俺んとこもだ」

 「「「・・・・」」」 ため息

 

 

 2月

  イギリスがソビエト政権を承認

 

  イタリアがソビエト政権を承認

  

 有力者になると有力者の家に行くことがあった。

 仙堂と角浦は、木製の物に触ると持ち主の意思を朧気ながら垣間見ることができた。

 そう、友好的に微笑んで手を差し伸べてくる敵や、そっけない味方がを見分けることができた。

 もちろん、二人を仲違いさせる意図で近付く者も現れるが、

 彼らの魂胆は、彼らの家のテーブルに触るだけでも意図が知れる。

 二人は、豪華な家を出ると、肩を落とした。

 「どいつも、こいつも・・・」

 「ていうか、公権力にいるのが信用できないって、どういうこと」

 「あはははは」

 「むしろ、友好的で信じられる人間をこっちから探していくべきだろうな」

 「まったく、しかしまぁ 若いうちに信用できる人間を囲い込むのは悪くない」

 

 

 3月

  トルコでカリフ制が廃止

 

  日独秘密軍事協力協定調印

   ドイツ軍将兵は日本で陸海空軍の訓練を行える。

   日本の軍事技術開発にドイツは協力する。

 

 

 仙堂と角浦の木工研究室

 木々の声を聞いて、木々の苗木を育てていく、

 理想的な環境と理想的な組み合わせが良質の木を育てた。

 「大震災で、木材が高値になってる」

 「どうせなら燃えにくい木を育てたいな」

 「それは言える」

 「あと、軽くて丈夫な木は航空機の材料になりそうだ」

 「たぶん、kg単価で一番高くなりそう」

 「他にも単価のいい商品も開発しないと」

 「それもいいけど、木工職人をもっと育てないと」

 「まぁ そっちは角浦に頼むよ。俺、苦手だから」

 「まぁ いいけど」

 

 

 4月

  イタリア総選挙でファシスト党が勝利

 

 

 5月

  ウラジーミル・レーニン「新国家論」 邦訳。ウラジオストクで発行。

 

  パリオリンピック開幕。

 

  第15回衆議院議員総選挙

 

 

 東京某所の喫茶店

 仙堂と角浦は、新聞片手にコーヒーを飲んでいた。

 “幸幣は通貨の代用になるか”

 “米国で排日条項を含む移民法が成立。日本人の移民が全面禁止される(排日移民法)”

 「なんか、アメリカは反日だな」

 「日本を攻撃しようとか思ってるんじゃないかな」

 「日本と戦争する気なら日本に情報が漏れると困るからね」

 「ところで、視線を感じるんだが」

 「幸幣のせいかも」

 「右翼からも左翼からも恨まれてる気がする」

 「恨まれてるというより、右からも左からも注目されてる・・・」

 ジロジロ ジロジロ ジロジロ

 「特高かな。マジであいつら暇だよな」

 「右も左も殺気立ってるから、護衛もしてんじゃないの」

 「どうだかね」

 「まぁ 外貨を稼いでるのは、俺たち木工産業だから痛し痒しなんじゃないか」

 「目の上のたんこぶね」

 「それはそうと、また、内閣が総辞職になるらしいけど」

 「もう、いい加減にして欲しいね。足の引っ張り合いは・・・」

 「というより権力構造に欠陥があると思うね」

 「んん・・・薩長派閥で利権を占めたがってるような」

 「利権が絡むと死活問題だけどさ。器が小さい気がするね」

 「俺たちも、林業、宮大工、城郭神社仏閣、木工所のラインがある」

 「それを幸幣で結びつける」

 「それだけじゃあとが続かない。だから教育が必要なのさ」

 

 

 6月

  清浦内閣総辞職

 

  加藤高明内閣成立

 

  第49特別議会召集

 

 7月

  日本でメートル法が採用

 

 トラック諸島

 造船用のドックが建設されつつあった。

 赤レンガの住人たち

 「トラックの造船所建設は、評判悪い」

 「なんで?」

 「暑過ぎて勤労意欲が低下する」

 「日本で製造して、運び込んで建造するだけだ」

 「それでも勤労意欲が低下する」

 「屋根をかぶせるか」

 「直照を減らせても、そういう問題ではないと思うが」

 「電力が足りないかもしれない」

 「発電所は作るべきだろうな」

 「しかし、投資が大きすぎる」

 「アメリカとイギリスに知られたくない建造もある」

 「例の生駒、鞍馬、伊吹の改装か」

 「改装というより建造に近いからな」

 「流石にバレるだろう」

 「列強の目は大型戦艦に向いてる」

 「2万t以下の数合わせ戦艦に注目などしてないし」

 「全幅はともかく。新型重巡洋艦の全長とほぼ同じだけ延長するのだから、建造を合わせればわからんよ」

 「配置は、どうなるって?」

 「艦首から305mm連装砲台1基。203mm3連装1基。艦橋。煙突。203mm3連装1基。305mm連装砲台1基の順か」

 「305mm連装砲台2基を艦首に集め。艦橋。煙突。203mm3連装2基。水上機用飛行甲板」

 「どうせやるなら、203mm砲台の代わりに、水上機と対空砲を増やすべきでは?」

 「しかし、主砲が4門だと散布界の問題が大きいから203mm砲を削減すると不安だな」

 「そのへんは、通商破壊艦ということで、割り引くしかないだろう」

 「いっそ、305mm砲を203mm砲に落として、203mm砲を3連装4基12門にすればいいのでは?」

 「砲数が同じで口径を減らすなら軍縮条約の違反にはならない」

 「そんなことするくらいなスウェーデンが254mm砲を製造してる。あれを連装4基で8門搭載する方がいい」

 「いや、ワシントン条約だと口径は引き上げられないから、305mm砲分の4門しか・・・」

 「まぁ そのへんは、追々煮詰めていけばいいさ」

 

 

 8月

  ドイツ賠償問題に関するドーズ案成立

 

  

 9月

 京城帝国大学

 関係者たち

 「なんで、朝鮮人のために予算を出したんだ」

 「さぁ 朝鮮半島に住んだこともない脳たりんが予算を出そうと思ったと思うね」

 「それか、どこかのバカが自由になる予算が欲しかったとか?」

 「伊藤博文が学校作らせたけど、朝鮮人に殺されたんだよな」

 「すげぇ恩知らず」

 「まぁ それで併合になったんだが・・・」

 「どちらにしても馬鹿な事をしたと思うよ。朝鮮人のために大学まで作ってやるなんて」

 日本は、小学生以下の朝鮮人に小学校を建設し、

 最高学府の大学と付属する高校群まで建設しようとしていた。

 「予算出したバカを締め殺してやってたら、さぞ、スッキリするんだがな」

 「「「まったくまったく」」」

 

 

 10月

  ヒジャーズ王国で国王フサインが退位

 

  フランスがソビエト政権を承認

 

 

 日本で木工産業が伸びていたものの、

 油は近代国家の血で、鉄は体だった。

 老齢の松樹を伐採し、10年程経た古い伐根から樹脂を採取できた。

 収率は20パーセント〜30パーセントで。新鮮な伐根の収率は10パーセント程度だった。

 費用対効果は、松200本で航空機が1時間飛ぶことができる程度で、労力に見合うものではなかった。

 しかし、石油産出の少ない日本で、油が得られることに変わりなく、

 官民一体で、国産油を求めており、業者も育っていた。

 仙堂と角浦が幾つかの改善と品種改良をすると収率36パーセントまで引き上げることができた。

 しかし、雀の涙ほどの上積みであることに違いなく、

 松根油の油質も重油や暖房代わりならともかく、デリケートな内燃機関に向かなかった。

 そういったモノに使うくらいなら、木を暖房代わりに燃やしたくなるほどで、

 林業でなく、工学的な解決が必要になっていた。

 「なぁ 角浦」

 「ん?」

 「俺たち、あまり得意でない、工業ももっと関心を持っていいんじゃないかな」

 「水は火に勝(剋)ち、火は金に勝ち、金は木に勝ち、木は土に勝ち、土は水に勝つっていうぜ」

 「己を知って敵を知れば百戦危うからずとも言う」

 「まぁ 畑違いでもやれるだけやってみますか」

 

 

 11月

  奉直戦争。奉天派軍閥の張作霖が直隸派を破る

 

  モンゴル人民共和国成立

 

  孫文が神戸市で大アジア主義講演 

 

 

 日本某所

 宮大工学校木工細工科

 カラクリ人形が作られていく、

 お茶を運んで走るカラクリ細工が組み立てられ、

 世界中へ輸出されていく、

 

 アメリカ合衆国 東海岸ジキル島

 テーブルを囲む資本家のもとにカラクリ人形がコーヒーを運び、面白がられた。

 「カラクリは面白いな」

 「少なくとも幸幣の万倍はマシだよ」

 「幸幣はまずい、我々の金融支配を破壊するだろう」

 「仙堂と角浦は、わかっててやってるのだろうか」

 「接触しました。わかっているというより、こちらの誘導や反応で気づかれた節があります」

 「やれやれ、敏い奴は敵だな」

 「篭絡させるか。ミスリードさせるか。最悪、暗殺するかだ」

 「彼らは鋭いですよ」

 「我々を敵と感じ始めています」

 「日本人は皆そうだ」

 「好都合だ。我々を攻撃しそうな将校を代表に立てさせよう」

 「できるかね」

 「予算を多めに取れる人間ならある程度の人事は動かせる」

 「しかし、日本がアメリカに攻撃してきますかな」

 「ギャンブラーで破天荒な将校ならやるかも」

 「そうかもしれん」

 「ごほん! 問題は、幸幣対策だろう」

 「幸幣で木工12ギルドに紙幣が集まる。我々のコントロールが利かなくなっていく」

 「カラクリ人形を高値で輸入しよう。幸幣を作るよりマシだと思える程度の値段で」

 「幸幣は、御籤の一種でして、御籤は日本の伝統なのですよ」

 「そして、伝統の継続は、金ではない」

 「というより、仙堂と角浦は幸幣が公定歩合を補填しうると気づいているのですよ」

 「幸幣による通貨の水増しが貧困から国を救うとね」

 「では、仙堂と角浦をやるか」

 「彼らの仲間も気づき始めている」

 「篭絡、ミスリード、暗殺する人間は1000人を超えるでしょう」

 「「「「・・・・・」」」」 ため息

 「数なら数で対抗するしかない。朝鮮人の工作員を増やせないだろうか」

 「関東大震災で朝鮮人が火事場泥棒で暴れ、日本渡航が禁止されている」

 「「「「・・・・・」」」」 ため息

 

 

 

 12月

  第50議会召集

 

 大晦日、来年は幸を呼び込もうと大量に幸幣が買われていく、

 学校で作られた幸幣は神社仏閣等で飛ぶように売れ、

 大屋敷を構えているような家では、

 掛け額に12干支、1幸幣、5幸幣、10幸幣、50幸幣、100幸幣が並べられていた。

 むろん、一般商店で流通させる力はなかったものの、

 資産に余裕のある家人は、紙幣と交換してもいいといった気運が生まれており、

 価値がある工芸品は、徐々に浸透し、潜在的な代替紙幣の価値を高めていた。

 

 

 

 

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 月夜裏 野々香です。

 仙堂 春和 (18)

 角浦 秋和 (18)

 総理大臣で変えたのは、原敬の生存。高橋是清→尾崎行雄。山本権兵衛→斎藤隆夫でした。

 幸幣が補助貨幣で使われていきそうな勢い、

 

 そうそう、大晦日の会話から、翌日の元旦の幸幣は、演出です (笑

 気になる方は、大震災後の会話ということにしてください (笑

 

 

 

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第03話 1923年 『関東大震災と、赤城、加賀廃艦』
第04話 1924年 『そうだ。御籤で幸幣をばら撒こう』
第05話 1925年 『木工12干支ギルド 神籬』