月夜裏 野々香 小説の部屋

    

仮想歴史 『風が吹けば・・・』

 

 

第09話 1916年 『離合集散の予感』

 独墺同盟、露仏同盟で総動員が解かれ、

 関係各国の庶民は平和をありがたがる。

 一部、独り善がりな英雄願望の御仁は、野心が強く、戦場の怖さを知らず、

 国家的損失を出さなかったことを安堵するより、

 戦功を上げ損ない、立身出世を逃したことを失望する。

 この世界に現実逃避できる悪魔のドラゴンは存在しない、

 英雄になるなら敵将兵を殺戮すゼロサムであり、

 勝ち残らなければならなかった。

 兵役上がりの若者は、元の色褪せた職場に戻っても面白いはずもなく、

 農民も同じで高ぶった感情の捌け口を求めた。

 アルコールと煙草の消費量が増し、世相も悪化していく、

 こういった事柄は、総動員前に思い付かず、総動員を解くと発生する。

 無論、いくつかの救済策は行われる。

 ロシア帝国は、各領主に救済を命じ、

 「戦争して、間引きすれば、救済額が少なくて済んだのに・・・」 × 各領主

 ドイツ帝国は、海外移民をもてはやし、

 「徴兵で、やっちゃえばいいのに、余計な出費だぜ」

 荒ぶる者たちを植民地へ誘う。

 

 

 一方、現実に戦争したオーストリア・ハンガリー帝国は、勝ちはしたものの、

 憂鬱な状態と言えた。

 はなはだ迷惑な事に皇太子夫妻が殺され、宣戦布告したのであり、

 国家として、戦争目的もなく、戦端を開かされたのである。

 そして、曲がりなりにも勝利したため、二つの戦勝地を得た。

 一つはドナウ川を渡った先のベオグラードであり、

 セルビア王国に対する橋頭堡だった。

 もう一つは、ブルガリアに至る(全長180km×幅3km)の鉄道であり、

 ブルガリアからトルコまでの線路を保障する。

 オーストリア・ハンガリー帝国は、皇太子暗殺の面子を保っただけであり、

 雑多な民族の集まりの中に反体制不穏分子を抱え込み、

 面倒事を背負い込んだだけだったのである。

 ベオグラード

 オーストリア警察とセルビア人が銃撃戦を繰り広げる。

 コルト M1900、コルト ポケット、ガバメント、

 ベスト・ポケット、ルガーP08、サベージ1907、

 FN M1910、ウェブリーオート、ステアー1907、

 S&W、ウェブリー&スコット、

 戦後のセルビアは、男性人口の半数以上が失われ、

 理不尽というべきか、選択の余地がないというべきか、

 余剰分の “何か” の対価が国外に支払われ、

 隠し持ちやすい拳銃が流れ込む。

 ベオグラードで起きた都市ゲリラは、オーストリア帝国内の少数民族を巻き込み、

 オーストリア南部諸都市にも飛び火していた。

 

 

 イギリス、ロンドン

 偉い人たちの会議

 「ドイツ帝国の植民地支配は、極東に3ヵ所、アフリカに4ヵ所」

 「搾取を目的としておらず、小ドイツ、分身を創造していることは明白です」

 「ドイツの鉄鋼生産量は、イギリスの2倍強であり」

 「半分を植民地に分配するだけで、似非国家を建設するでしょう」

 「10年かければ、日本がこれまで生産した以上の鉄鋼量で半島を近代化させられる」

 「それも三半島産出の鉄鉱石を含めない鉄鋼でです」

 「たとえ、日英同盟であっても、東西ドイツ帝国を押さえられなくなるはず」

 「しかし、ドイツ帝国にそこまで海外領土に投資できるだけの覚悟があるだろうか」

 「ドイツ帝国が海外投資を断行すれば、本国は裕福な生活を捨てることになる」

 「10年かければ、二つの半島は自立できるでしょう」

 「そして、中国市場を支配できるキーパーソンになると思われます」

 「・・・つまり、我々、イギリスの海洋支配は、危機に晒されているわけだな」

 「日本と抜本的な関係改善を求めるべきでしょう」

 「元はといえば、日本がドイツ帝国と権益地を交換したからでは?」

 「元をただせば、ドイツ帝国が前ド級戦艦をロシアと清国に売却したためです」

 「そして、その大元は、イギリスのド級戦艦の開発」

 「あるいは、ヴィルヘルム2世の気紛れですな」

 「大海洋艦隊を止めたのは気紛れなのか?」

 「内陸国が大艦隊を建艦しても良いことはないよ。当然の帰結だ」

 「しかし、極東にもう一つドイツ帝国が建国されている」

 「イギリス植民地を守るため、日本との同盟を重視すべきでは?」

 挙手

 「しかし、アメリカとドイツの鉄鋼生産量からすると、日英同盟でも不足ですが・・・」

 「確かに・・・」

 「しかし、日本は、前ド級戦艦10隻を購入した」

 「今後も必要に応じて購入する気でいる」

 「おかげで、イギリスは、4隻のド級戦艦を建造できる」

 「・・・確かにそれは、大きい」

 「しかし、日英同盟の反発で独清同盟、あるいは、独米同盟となる可能性は?」

 「あるいは、関係改善のみられる独仏同盟、独露同盟も、米清同盟・・・」

 「イギリス自身の失態で戦争に巻き込まれるのは構いませんがね」

 「日本の失態で戦争に巻き込まれるのは困るよ」

 「それに関しては、もっと緩やかで確実な日英同盟を模索すべきだと思われます」

 「・・・たとえば?」

 「日本との、さらなる兵装規格と武器弾薬の共有化・・・」

 「まぁ 何かと都合がいい案件ですな。日本がそれに乗るでしょうか」

 「植民地への日本商館、あるいは日本人街の建設は認めねばならないでしょう」

 「御存じと思いますが今回の危機の折、イギリスは、兵器弾薬の生産量を増やしております」

 「そう、期間にして1年強・・・」

 「確かに余分に武器は作られています、日本に買って貰う方がいいでしょうな」

 「ドイツとフランスに輸出した分は?」

 「ドイツもフランスも、規格外兵器をいつまでも必要としません」

 「我々が中古で買い戻さなければ植民地の独立勢力に輸出すると脅されましたぞ」

 「正確には密輸、ですな」

 「「「「・・・」」」」

 「イギリスは広大な領土を守らなければなりません」

 「フランスと利害は一致しているのでは?」

 「フランス人がイギリス製の規格兵器を喜んで使うと思いか?」

 「日本でさえ、独自の兵器・武器弾薬を欲していますからね」

 「日本は自惚れだよ」

 「そういば、戦艦も自前で建造した」

 「摂津は、多少、荒削りですが良い戦艦ですよ」

 「日本は、力不足と言えますが使える戦力として有用かと思われます」

 「日英同盟のあり方を経済も含め、考え直す時期でありますな」

 

 

 

 ドイツ帝国

 建設中のツェツィーリエンホーフ宮殿は、こじんまりと堅実な別荘に見えた。

 大富豪か、小貴族が張り込めば住める規模であり、

 ドイツ民族の気質を表していると思われた。

 皇帝と側近

 「・・・危なく戦争になるところだった」

 「東ゲルマニアの定着前に戦争は困ります」

 「サラエボの様な事があると困る。部分動員の検討もすべきだろう」

 「要塞を増やすことで動員数を減らせるかもしれません」

 「海外移民が増え、人口が減りつつある、ドイツ帝国の守りを固めるのは悪くない」

 「しかし、同盟関係は検討し直すべきだろう」

 「オーストリア・ハンガリー帝国は、足手まといかと思われます」

 「清国との関係を強化し、排他的な同盟関係を構築すべきだろうな」

 「それで、租借地の山東・遼東半島を併合し領土化するのだ」

 「現状では困難かと」

 「清国が不正腐敗で自滅してくれれば助かるが・・・」

 「米英仏露も清国の不正腐敗で誘っているので、いずれは・・・」

 「現在の前ド級戦艦が朽ちた時、代艦建造で領土として得るか」

 「それとも租借期間を延長すべきだろうな」

 「内乱か、余程、崩れた状態にならなければ」

 「まだ、日本が信用できるかもしれぬな」

 「日英同盟より、好条件を出さなければ難しいかもしれません」

 「海路で日本・イギリス、陸路でロシア帝国に依存しなければならないのは辛い」

 「移民を急がせ、早く自立させるべきだろう」

 「はっ」

 「今回の騒動で損をしたのは、フランスとドイツかもしれぬな」

 「フランスは、サラエボ事件の8日前に戦時国債8億フランを発行しているのが気になりますね」

 「んん・・・約2億5600マルクか・・・」

 「フランスは王がいないから、砕けた話しも出来んな」

 「実は、暗殺事件を予見していたのかも・・・」

 「しかし、フランスも損をしたのではないのか」

 「軍需産業は国防のため潰せませんし、国民が肩代わりするのですから」

 「軍拡を望んでいた勢力が背後にいるのかもしれんな」

 「結局、国民に皺寄せですからね」

 「余は軍拡など望んでいないぞ」

 「いまは、ですね」

 「そうじゃ どうせ戦争するなら植民地が国力を付けてからだ」

 「東西ドイツでロシア帝国を挟撃できるまで、ですかね」

 「そうだ」

 

 

 ロシア帝国

 ロシア皇帝ニコライ二世は、総動員解除の後、いくつかの妥協を強いられる。

 行方不明となる武器を最小限に抑えるため、給金を弾まねばならなかった。

 ウラジオストック港

 ドイツ製前ド級戦艦15隻が寒々とした空気に晒されていた。

 日本商船は、なんら妨害を受けることもなく入港し、物資を降りし、

 出港していく。

 ウラジオストックの日本商館は、物資と交換する対価が書かれた紙が張られており、

 ロシア政府は、涙目で物資を購入していた。

 日本商館 日本人の商人たち

 「戦争が起きなかったとはね、なんか、残念というか、まぁ ホッとしたというか」

 「随分、稼がせてもらったんじゃないの?」

 「まぁ 38式小銃が思いっきり売れたのはいいけど、返品が多かったのが痛い」

 「やっぱり、6.5mm×50mmが原因か?」

 「うんにゃ 互換性」

 「互換性?」

 「戦場だと故障するから部品の食い合いになるだろう」

 「38式小銃は、カスタムで互換性がない」

 「小銃が壊れたら戦場を離脱しなければならない」

 「しかし、下手をすれば敵前逃亡で射殺だ」

 「つまり補修部品がなければ、戦場で遊兵化され、とどまるも地獄、退くも地獄だな」

 「消耗品の補修部品が戦場で簡単に交換できればいい」

 「しかし、それが無理というわけか」

 「戦場で遊兵化され、敵からも味方からも殺されたら面白くない」

 「んん・・・」

 「というわけで、どれほど性能が良くてもだ」

 「戦場で壊れる可能性を前提にしていない武器は欠陥品だとよ」

 「だいたい、内地でさえ、交換部品がないんじゃ話しにならん」

 「そういえば、部隊内で盗難騒ぎが起きてたっけ」

 ロシア帝国は、戦争を避ける道が残されているのなら、

 日本製の小銃を保管せずともよく、

 小銃の性能が良くても互換性がないのでは必要ないと返還し始める。

 大本営は、武器弾薬が兵士個人の持ち物でなく、

 軍全体の総括物で計算するものだと気付かされる。

 そして、国産リー・エンフィールド小銃とヴィッカース重機関銃の規格見直しを始めていた。

 

 日本陸軍

  口径 全長/銃身 装弾数 重量 初速 発射速度 射程距離
エンフィールド 7.7mm×56R 640/1130 10 3900g 744m/s   918m
ヴィッカース重機関銃 7.7mm×56R 720/1110 250 33〜50kg   450〜600 740m

 日本軍将兵の試射中

 「もっと装薬を減らせよ」

 「この口径で減装薬は辛いよね」

 「初速は710m/sほどに落ちるか」

 「それなら、もっと全長を短くできないか」

 「もう・・・当たらん」

 「だから38式で通せば良かったんだ」

 「政府のバカどもが日英同盟堅持だと」

 「弾の当たらん小銃で同盟堅持もなかろう」

 「兵士は小銃に命を預けているのが分からんのだから、嘆かわしいねぇ」

 「上層部は、機関銃で防衛線を守れだと」

 「ちっ シーメンス事件の煽りでいいように使われる」

 「食管予算が決まってから、どうにも兵隊を集めにくいからな」

 イギリス軍は強装弾を使い、

 日本軍は不平不満タラタラで減装薬弾を使っていた。

 しかし、平時編成の歩兵は少なく、

 その声が日本国民に届く事はなかった。

 大多数の国民である農民は、今年の食管予算がいくらで、

 今年の配分率か気になるのであり。

 できるなら自分以外の田んぼが不作になれ、と思うことしきりだった。

 結局、商人も、農民も似た様な事を考えるのである。

 

 

 04/24 アイルランドでイースター蜂起(〜4月30日)

 

 

 

 欧米列強は、主力戦艦をド級戦艦に切り替えつつあった。

 総トン数も2万トン級から3万トン級へと移行していく。

 日本だけは2万トン弱のド級型戦艦・巡洋戦艦と前ド級戦艦でとどまっていた。

 この頃、米英仏海軍とも魚雷の発達にともない、

 大型駆逐艦・小型巡洋艦の水雷戦隊。潜水艦に注目していた頃であり、

 日本だけは、兵装を減らし、前ド級戦艦を装甲巡洋艦にランク落ちさせていた。

 列強海軍の増強は、蓄積された技術と高度な戦術観で構築された海軍常識であり、

 日本海軍が、時流に逆らうことで得られるモノは少ない、

 しかし、絶対的な鉄材の不足がそうさせていたのであり、

 妥協の産物を有体に言えば通商破壊戦艦隊。

 あるいは、日英同盟のための妥協の産物だった。

日本海軍 大綱
艦種 排水量 速度 主兵装

 

戦艦 2 26000 23 50口径305mm連装4基

摂津、河内

2 22000 22 50口径305mm連装3基 薩摩、安芸
巡洋戦艦 2 18000 25 鞍馬、伊吹
装甲巡洋艦 2 22000 26 50口径234mm3連装2基 姫神、白神
10 20000 26 香取、鹿島
妙高、那智、足柄、羽黒、
高雄、愛宕、摩耶、鳥海
2 18000 28 筑波、生駒
7 17000 25 敷島、朝日、三笠、
石見、肥前、周防、相模、
6 13500 26 45口径152mm3連装2基 八雲、吾妻、出雲、磐手、春日、日進
  33        

 赤レンガの住人たち

 「大型砲台は、全て要塞砲配備か」

 「50口径305mm連装砲を配備できれば、島礁防衛は可能だろうな」

 「動きのない、国防は、つまらない気がするね」

 「日本は、鉄が足りなさ過ぎて、国防を成せないといえるね」

 「大型客船の外貨収益で鉄と石炭を買えるというのは?」

 「政治家と海運省の獲らぬ狸の皮算用」

 「くっそぉ〜 あいつら、海軍を滅ぼす気だな」

 「海運省創設の時、反対したから怒ってんだよ」

 「だって、予算減るじゃん」

 

 

 東太平洋 ハワイ東方1800km

 2隻の軍艦から重油燃焼の薄い煤煙が空に向かって伸びていた。

 13500トン級装甲巡洋艦 八雲(ドイツ製)、吾妻(フランス製)、

 1900年と1901年にドイツとフランスで建造された2隻は日本で大改装されていた。

 重油燃焼機関となって馬力が増し、

 艦首改装と全長が延ばされたことで耐波性が増し、

 航洋性の高い軍艦になっていた。

 八雲 艦橋

 通商破壊が可能か確認するため、赤レンガの将校たちが双眼鏡で海上を覗いていた。

 客人格の将校に部屋を取られた士官は、不遇を強いられる。

 通商破壊艦にとって居住区画は、士気に直結する。

 重要な要素であり改善が求められていた。

 「・・・艦長、まだ付いてくるようだ」

 「アメリカ軽巡洋艦チェスターか・・・」

 3750トン級チェスター型軽巡洋艦127mm砲2門、75mm砲6門、533mm魚雷2、24ノット。

 「26ノットと24ノットは、大して変わらない、慌てて燃料を燃やしても消耗してしまう・・・」

 「チェスターは3700トン級で全長130mもない、少し時化れば振り切れるだろう」

 「全長150m以上の延長改装は、悪くないですね」

 「まぁ どの道、127mm砲じゃ沈まんがね」

 「もっと火砲を減らして航洋性を強化すべきでは?」

 「巡洋艦を引き離せないと、魚雷は危険ですよ」

 「45口径152mm3連装2基は伊達じゃないよ」

 「しかし、最低限、これくらいの火力は必要かな」

 「ええ」

 「しかし、東ゲルマニアが水雷戦隊と潜水艦を大量に建造したら終わりだな」

 「東ゲルマニアと戦争なら小型高速艦同士の雷撃戦が有利だね」

 「沿岸砲台に任せておけよ。上陸できるわけじゃないだろう」

 「まぁ そうだけどね」

 「しかし、水雷戦隊の整備が遅れている」

 「予算不足は深刻だな」

 「あと、怖いのは潜水艦だな。それと飛行船と飛行機」

 「そうだった。対空・対潜兵器を装備しないと、これからは戦えないな」

 「大本営は、60口径120mm、60口径80mm、60口径40mmで対空砲を検討しているがイギリスの規格に合わされそうだ」

 「また新型艦の開発が遅れそうだな」

 「日本本土が爆撃されるよりマシだろうね」

 「瑞樹州をもう一つの日本にできれば、日本と戦争しようなんて気にならないだろうよ」

 「瑞樹州が独立戦争を起こしたら怖いですがね」

 「まぁ 税制上の無理がなければ、大丈夫だと思うが・・・」

 「しかし、既得権を認めると、ちょっとした増税でもブスくれるからな」

 「とりあえず、入植から50年は無税ということにしている」

 「名義なんてどうにでもなりそうだけどな」

 「そこまでやるやつは少数派だろう」

 

 

 欧州危機を起こしたサラエヴォ事件は、

 オーストリア・ハンガリー帝国とセルビアの戦争となり、

 セルビア降伏後、終息に向かい、

 総動員態勢の解除の後、沈静化していく、

 そして、日独は、需要と供給の関係で、急速に補完関係を強めていた。

 巨済島 (面積400ku)

 日本は、対馬海峡権益のため、

 ドイツ帝国が朝鮮を併合と同時に、

 日本は、済州島、巨済島、ウルルン島を併合していた。

 巨済島とゲルマニア(朝鮮)半島の海峡は500mもなく、

 橋を建設すれば容易に対岸に渡ることができた。

 日独貿易は、毎年、記録を更新し、

 東ゲルマニアの近代化は、急速に進んでいく、

 そして、対岸の日本領、巨済島も設備投資が進み、近代国家然としていく、

 有色人種であっても、文明人としての総量が大きいのなら白人も相応の振る舞いをした。

 巨済島 守備隊

 「東ゲルマニア(朝鮮)半島は、あと20年で日本を追い抜くらしいよ」

 「でも、いまのところ東ゲルマニアは、日本の防波堤で人質だよ」

 「人質か・・・あまり、望ましい関係じゃないな」

 「珍しいことじゃないよ」

 「相続争いで親の老後を人質に取ったり、家庭内紛争で子供を人質に取ったり」

 「一般家庭でも外戚巻き込んで、権力闘争やっているだろう」

 「ははは・・・」

 巨大な船舶が白波を押し分けて進んでいく。

 「すげぇ〜」

 「ドイツの54000トン級客船ファーターラント 全長289.6m・・・」

 「プサンガルド(釜山)港行きだな」

 「世界の海を回っているのか」

 「ドイツ本国とゲルマニアを往復しながら植民地を回っているんだろうな」

 「日本客船は、ようやく30000トン級だというのに・・・」

 「しょうがないよ、航路の長さが違うから」

 「ドイツ帝国は、200m級飛行船も就役させるんだって、良いよな〜」

 「飛行船は、まだ作れねぇ」

 

 

 予算もないのに軍艦を建造するバカはいない。

 国民に見返りが少なく、脱税が増え、国力を損なわせるなら、

 国家財政を破綻させるからだ。

 需要もないのに客船を建造するバカもいない。

 器を作っても利益が回収できないのなら投資する意味がなく、

 利権を損なわせ、多くの私財を破産させるからだ。

 日本が予算を確保し、資本家に客船投資を行わせ、

 国力を増大させた要因は、米英独需要にあった。

 そう、産業と国力は “思えば増大できるわけではない” 

 供給を想像し、刺激すれ需要が生まれるほど社会資本が余っているわけでもない。

 そこに確かな外需需要があり、

 田畑売り払って投資できるだけの利益配当が見込まれたからに他ならない。

 そして、米英独需要は、始まったばかりであり、増大中だった。

 仮にそれが日本経済にとって薄利多売であり、

 欧米列強の中国大陸権益、英独植民地権益の強化であり、

 利敵行為に思われたとしても日本は、史上例を見ないような好景気に支えられ、

 産業投資を増大せしめていた。

 そう、国力増大は、タネも仕掛けもあり、魔法のように現れるものではなかった。

 もっとも米英独の経済学者は、日本国内需要をはるかに超える産業投資に驚き、

 日本の急速な工業化を外需依存ドーピング産業と喝破してしまう。

 そう、外需需要が断たれると、国内需要では国内産業を支えられず、

 日本産業は、破綻してしまうのである。

 

 瑞樹(北東ニューギニア)州

 ウェワク、マダン、ラエ、ラバウル、ブカ・ブーゲンビルに港湾が整備され、

 水力発電所と鉄道が建設されていた。

 水量の豊富な瑞樹州に水力発電ダムを建設するのは有利であり、

 セビック川とラム川に大型水力発電ダムを建設すれば、莫大な電力エネルギーを得られた。

 この地で電気自動車が発達するのも電力供給が得られやすく、

 複雑な機構のエンジンが苦手だったという条件があったからと言える。

 そして、欧州危機は、短いながら穀物需要をもたらし、

 瑞樹州産の穀物生産に弾みをつけ、

 余剰資本を得た富裕層は、海抜1500m級の高原に温泉と避暑地を建設していく。

 

 この時期、

 日本の政財界は、ドイツ帝国ゲルマニアの公共設備と社会基盤建設を意識しており、

 東ゲルマニアの発注需要を盛んに受注していた。

 将来隣国となるためか、日独文化交流が進み、

 ドイツの日本文化見直しがなされ、

 日本も、良い意味でも悪い意味でもドイツ文化を模倣する。

 日本民族の新しモノ好き気質は発揮され、

 日本社会も、機能的で質実剛健な世相が造られていく。

 

 

 サラエボ事件は欧州列強に総動員を招いたものの、

 喉元を過ぎれば戦争未満であったと認識される、

 しかし、新たな戦時体制が模索され、

 総動員ではなく、段階的、部分動員の研究が進む。

 欧州危機を乗り越えた白人世界は、協調を強める風潮があり、

 それは、有色人種世界にとっての不幸といえた。

 特に清国は、欧米列強の権益地が国内にあり、

 軍閥同士の利権抗争で衝突していた。

 

 06/06 清国 北洋軍閥 北洋党党首 袁世凱 死去

 西洋兵装で最大戦力だった北洋軍閥は5つに分裂する。

 直系(直隷派)、皖系(安徽派)、

 東北の奉系 (奉天派)、晋系(山西派)、馮系 (西北派)

 これら軍閥は、分裂したことで、相対的に政府・議会の力を強化させ、

 精強だった海軍と海軍師団は、清国最大最強最精鋭軍となり、

 清国社会を安定させてしまう。

 孫文、宋教仁、蒋介石は、持ち回りで政権を担い、

 いくつかの改革を進めていく、

 この時期、清国は、欧米列強と熾烈な権益構想を繰り広げていた。

 欧米列強との貿易独占は、莫大な利益となるため、密貿易も絶えず、

 やめるにやめられず、

 清国政府は、ゴキブリの様に現れる売国裏切り者と反政府勢力を潰していた。

 清国のとある田舎の会話、

 「裏切りモノなんて酷いある。そんな気はないある」

 「100万テール。100万票を集め、議員を送れなかったところが反政府勢力にされただけある」

 「そして、紫禁城に代表を送れないと、売国裏切り者にされて搾取されるある」

 「酷いある。清国は民主主義じゃないある」

 「日本はどうやっているあるか?」

 「民主主義ある。でも赤字国債を発行して使い込んで、国民に皺寄せある」

 「そっちの方がいいある」

 「議員を送れない地域が反政府勢力で掃討されるよりマシある」

 

 

 上海

 清国海軍と欧米列強の海軍が睨み合う世界。

済南(エルツヘルツォーク・カール)型戦艦 3隻
排水量 全長×全幅×吃水 hp 速度 航続距離
10472 126.24×21.78×7.51 18000 20.5 10kt/4000海里
40口径240mm連装砲4基 42口径190mm12基 45口径66mm砲12基 450mm魚雷2基
47mm8基      
済南、西安、銀川

 

高宗(ブランデンブルク)型戦艦 4隻
排水量 全長×全幅×吃水 hp 速度 航続距離
10013 115.7×19.5×7.8 9000 16 10kt/4500海里
40口径283mm砲連装2基 35口径283mm砲連装1基 35口径105mm砲6門 450mm魚雷6基
高宗、仁宗、宣宗、文宗

 

開封(ハプスブルク)型戦艦 3隻
排水量 全長×全幅×吃水 hp 速度 航続距離
8960 114.5×21.2×7.4 13300 19 10kt/3600海里
40口径240mm砲3基 42口径150mm12基 45口径70mm砲10基 450mm魚雷2基
44口径47mm6基 33口径47mm2基    
開封、大連、南京

 

重慶(ブダペスト)型戦艦 3隻
排水量 全長×全幅×吃水 hp 速度 航続距離
5878 99.22×17×6.6 8500 15.5 10kt/2200海里
40口径240mm砲4基 40口径150mm6基 44口径47mm6基 450mm魚雷2基
33口径47mm2基      
重慶、南寧、南昌

 

八旗(ジークフリード)型海防戦艦 8隻
排水量 全長×全幅×吃水 hp 速度 航続距離
3741 86.15×14.9×5.46 5000 15 10kt/3500海里
35口径240mm砲3基 30口径88mm砲10基   450mm魚雷3基
正黄、鑲黄、正白、鑲白、正紅、鑲紅、正藍、鑲藍

 清国は、最初、扶清滅洋で、日本で言うところの尊王攘夷政策をとった。

 しかし、西洋列強との力関係は歴然としており、

 日清戦争で近代化を果たした日本に敗北。

 その後、清国は国体を存続させようと画策し、

 ドイツ帝国の艦艇競売に参席、

 戦艦9隻と海防戦艦8隻を購入するため、山東半島権益をドイツ帝国に売却する。

 海軍力の再建によって、欧米列強の浸食が止まり、清朝の巻き返しが始まる。

 孫文が清朝打倒を諦め、立憲君主制を取ったことで扶清開国。

 日本でいうところの佐幕開国へと移行していく、

 そして、オーストリア・ハンガリー帝国から戦艦6隻、海防戦艦3隻を購入し、

 清国海軍の再建が進むと自惚れはじめる、

 今度は、中国民衆の扶清滅洋が強まり、

 日本でいうところの尊王攘夷を増長させる。

 遂には、義和団再興を促し、日本でいうところの新撰組に近い存在へとなり、

 開明派を抹殺していた。

 そんな時代だった。

 もっとも、欧米列強も、清国官僚の不正腐敗を誘っているのであり、

 国内に反政府勢力が存在する限り列強の侵食は続くのである。

 とあるホテル。

 「漢民族の軽挙妄動には困ったある」

 「日本も同じだよ」

 「ちょっと国力を付けると尊王攘夷を口実に排他的特権で、立身出世を図るからね」

 「日本はどうしているあるか?」

 「とりあえず、関税自主権と治外法権を回復して、公平な外交関係を築くことかな」

 「あとは、多少不利でも尊王攘夷を押さえつつ、開国と貿易を維持して成長する」

 「羨ましいある。中国は時期が悪かったある」

 「1661年以降の康熙(こうき)帝・雍正(ようせい)帝の時代だったら良かったある」

 『絶対に困る』

 「・・・残念でしたな」 社交辞令

 「清国の内憂外患は酷過ぎある」

 「中国官僚より欧米列強の資本家が3倍も誠実ある」

 「・・・・」

 『たった3倍か・・・嘘くせぇ〜』

 

 

 同じホテルの別の場所

 「くそぉ〜 清国め、不正腐敗と内政の失態を欧米列強のせいにしやがって・・・」

 「いや、現実に不正腐敗を誘っているから・・・」

 「簡単に金に目が眩む方が悪い」

 「日本の官僚なんか、中々、首を縦に振らねぇ」

 「シーメンス事件の後で、軍官僚が大量解雇されて、警戒しているのでは?」

 「んん・・・なぁ なぁ で長いモノに巻かれて事勿れると思ったがな」

 「また喉元過ぎた頃、誘ってみるか」

 「しかし、日本は大陸から退いている。軍部の増長は難しかろう」

 「じゃ 中国大陸の憲兵をドイツ帝国東ゲルマニアにやらせるしかないのか」

 「あまり、ドイツ権益を強くするとドイツ帝国が一人占めするぞ」

 「んん・・・日本と組んで極東ドイツを押さえるか?」

 「どっちも、そんな手に乗らんと思うが、逆に太平洋領の防衛が強化されて、やり難くなる」

 「日本は、太平洋の島にドックを建設してるそうだな」

 「ドックは最大200m弱らしい。戦時になれば、潜水艦を配備するだろう」

 「修理や整備のため一々、内地に艦船を帰還していたら戦力を維持できなくなるからな」

 「エリート・キャリア主義で軍艦一辺倒になると思ったが、左遷先を重視するとはな」

 「日本も、こっちの思惑を外してくれるよ」

 

 

 台湾

 高雄、造船所のドック。

 清国海軍の10013トン級高宗(ブランデンブルク)型戦艦、高宗、仁宗が入港していた。

 清国での整備が上手くいかず、日本で修理改装が行われる。

 キールを船底を支える板が敷かれ、戦艦全体を支える。

 防錆塗装が部分的に禿落ち、ボロボロの艦底は、見るも無残に浸水していたのだった。

 「「「「・・・・・」」」」

 中国海軍将校はショックのあまり声も出ない。

 日本の工員が機械を使って錆びを全て擦り落とし、

 仕様に沿って新しい装甲板を張り付けていく。

 「こういうのも、意外と儲かるもんだな」

 「清国がまともに戦艦を整備できるようになったら困るだろう」

 「それまでは儲かる」 断固、喜々

 「・・・・」

 「おーい! キールも半分駄目だ〜!」

 「「「げっ!」」」

 『『よく、沈没しなかったな。さすがドイツ製・・・』』 寒心

 「「「「あいや〜」」」」

 「どうする・・・」

 「橋梁計算して、船体全部で支えるしかないねぇ」

 「ほかの戦艦も修復した方がいいと思うよ」

 「「「「あいや〜」」」」

 その後、日本海運は、キールでなく、

 船体構造で艦船全体を支える橋梁技術を確立していく。

 

 

 

 国勢を現わす、

 無機質な土台である国土、人口、資源、地勢、

 器である政体の封建主義、自由主義、社会主義、民主主義、

 歴史、言語、宗教、文化、民族、外圧、軍事力、主導者・・・

 全ての項目を方程式を書き込み、

 主人公たる国民性Xと偶発性Yを掛けることで結果が現れる。

 国民性喪失のまま、国家内政外交戦略を語ろうとすれば、画龍点を欠くのである。

 そして、ロシア帝国は、総動員を解いたものの、一つの岐路に立たされていた。

 血の日曜日事件(1905年)以降、ロシア人民衆のロシア皇帝の不信任は強まり、

 総動員は、反皇帝の鬱積した気運高めただけであり、

 総動員解除後も革命の動きは静まることはなかった。

 皇帝・貴族連合。

 共産党。

 議会派

 3者の対立は、表面化しつつあり、

 皇帝と貴族諸侯も利害を軋ませていた。

 宮廷内対立の一つが特異能力を持つ怪僧ラスプーチンの存在だった。

 彼は、アレクセイ・ニコラエヴィチ皇太子の血友病治療に一定の効果を見せ、

 皇帝一家の信任を得ていたのである。

 ロシア帝国は、皇帝に権力が集中するため、宮廷政治に重きが置かれており、

 貴族諸侯とロシア正教界の陰謀が渦巻いていた。

 宮廷は、卑劣な権謀術数が渦巻く煌びやかな世界であり、

 そこに卑しい農民出の怪僧ラスプーチンがいたのである。

 健康な人間にとっては、神の手と呼ばれる治癒能力も価値の低いものでしかなく、

 既得権益者の彼らにとって、

 ラスプーチンは、皇帝に媚びる成り上がり者でしかなく、排除すべき異端者だった。

 宮廷内だけでなく、ロシア国民の間でも怪僧ラスプーチンの誹謗中傷が囁かれはじめ、

 皇帝一家だけがアレクセイ皇太子の治療で恩義を感じ、

 ラスプーチンを守っていた。

 皇帝の座、

 「陛下、私は殺されます」

 「今日は、その暇乞いに参りました」

 「私を殺す者が農民ならロシアは安泰です」

 「しかし、もし、私を殺す者の中に陛下のご一族がおられたなら」

 「陛下とご家族は、悲惨な最後を遂げる事となりましょう」

 「そして、ロシアは長きにわたり、多くの血が流されます」

 

 

 12/29

 通行人たちが凍ったネヴァ川の底を流れる人影に気付いた。

 氷が割られ、黒い僧侶が引き上げられた。

 彼は、銃弾を浴びせられ、殴打され、

 そして、虫の息のまま、病院に担ぎ込まれ・・・

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 月夜裏 野々香です。

 オーストリア・ハンガリー帝国の亀裂は、広がりつつあるようです、

 崩壊は近いでしょうか。

 ロシア帝国は、かなり危ない状態でした。

 しかし、ユスポフ公爵とパヴロヴィチ大公のお陰でロマノフ王朝は救われます。

 彼らの資産をロシア国民の共有地・救済に使う事で凌ぎます。

 ラスプーチン伯爵の手腕は不明です。

 ドイツ帝国は、さらに外地への投資を増やしていきます。

 日本もドイツ帝国を模倣し、瑞樹州への移民事業を進めていきます。

 イギリスは、中古戦艦を買ってくれる日本を必要とし、同盟国として残っています。

 

 

 1914年1ポンド=25フラン=8マルク。

 

 

  

誤字脱字・感想があれば掲示板へ 

第08話 1915年 『戦争と、平和と・・・』
第09話 1916年 『離合集散の予感』
第10話 1917年 『盛者必衰の・・・』