月夜裏 野々香 小説の部屋

    

仮想歴史 『風が吹けば・・・』

 

 

第21話 1928年 『就賊産業』

 日本史の権力構造は、

 天皇中心の飛鳥時代、

 律令(法・刑罰)中心の奈良時代、

 地方分散の平安時代、

 武家中心の鎌倉時代、

 南北分断の南北朝時代、

 地方独立の室町時代、

 大名乱立の戦国時代、

 権力集束の安土桃山時代、

 武家中心の江戸時代、

 そして、維新と開国、

 藩閥中心の明治時代、

 殖産中心の大正時代、

 時代を経るに従い、人口が増え、土地が狭くなり、

 権力・派閥闘争は、中央と地方の確執を巻き込んで大きくなった。

 産業が大きくなり、

 人柄の豊かさより富の豊かさに重きを置くようになると人の意識も変わっていく、

 欧米列強との取引が増え、

 日本は、外需中心の昭和時代を迎えようとしていた。

 

 産業革命で、もたらされた物質文明は、精神に影響を与え、

 時代の節目は驚くほど速くなっていた。

 そして、関東大震災後、高天原(入笠山)に首都が移ると、

 日本人の意識も変わる、

 高天原より西を関西圏、東を関東圏として意識されるようになり、

 中山道の鉄道・道路拡張工事は、日本国の命運を握る国家事業となっていた。

 ドイツの巨大飛行船は、入笠山山頂へと物資を運び込み、

 日本と東ゲルマニアの補完関係は、年ごとに増していく、

 日本が日英同盟から日独同盟に切り替えるといった流言は尽きなかった。

 無論、お互い、相手を増強させる気などないものの、

 戦争未満の間は、敵性国家同士でも取引が行われるのである。

 山が削り取られ大地が広げられ、

 ローラー車が何度も行き来しながら造成地を踏み固めていた。

 鉄筋コンクリートが仕組まれ、

 凝固剤が流し込まれていく、

 皇居と日本庭園風の世界が広がり、

 必要な政府・官庁機関が施設されていく。

 皇居が建設され、象徴的に遷都が行われると、

 高天原(入笠山)遷都が決まったような気になるのが帝国だった。

 政府関係者たちは、恐る恐る崖に近付く。

 「この辺は大丈夫だろうね」

 「密度は計算してますし、何度もローラー車が行き来してますよ」

 「地震は?」

 「計算上、ほかの山が崩れても、最後まで残りますよ」

 「薩長藩閥も粘ったものだ」

 「関東と関西のどっちにも目が届きますし、難攻不落の首都でしょう」

 「上を飛んでるのはドイツの飛行船だがね」

 「建設が軌道に乗るまでですよ」

 「まぁ 眺めは良いな」

 「権力層が正気を保ちやすいように、もう少し美観に予算を掛けるか」

 「それで、政治家が正気になればいいのですがね」

 「官僚もな」

 「資本家もでしょう」

 「一種のトロイカ体制ですかな」

 「ふっ 結局、全ての政治体制は、寡頭制に変化するわけか・・・」

 

 

 他国の船や港を襲い財産を奪い、国内を潤す産業を海賊産業という。

 イギリスは、その産業によって、世界の制海権と植民地を支配したのだった。

 そして、他国で仕事をこなし、外貨を得て国内を潤す産業があった。

 日本産業は、いくつもの海外事業を受注し、

 他国の資本と資源は、日本に流れ込む、

 高度な技術力のノウハウと競争力のある産業を保ったまま、

 他国の同業種の芽を潰してしまう。

 とすれば、日本の海外就労事業受注は、合法的な就賊産業といえなくもない。

 この時期、日英同盟を嵩に来た日本海運は、抜群の採算性によって、

 世界の海を自由航行し、世界中の港から外貨を集めていた。

 日本と組む国が栄え、日本と疎遠な国は衰えて行く・・・

 日本の海運力と低い賃金、

 高度な土建技術から生み出された採算性が可能にした奇跡といえた。

 列強諸国は、何より信頼保障という目に見えない魔力に引き寄せられ、

 日本へ海外事業を発注し、

 日本は、海外事業を受注していく。

 

 

 ワシントン 白い家、

 大統領は面白くなさそうな表情で歩き回っていた。

 アメリカ合衆国の鉄、石炭、石油は、世界中を合わせたより大きかった。

 アメリカ合衆国の潜在的供給力は世界最大であり、

 産業も増大していた。

 もっとも、慢性的に需要不足であり、

 欧州戦争不発は、アメリカ合衆国の産業を押し下げようとしていた。

 無論、個人の人権を保障するアメリカ合衆国憲法は最大の強みであり、

 自由資本主義、民主主義の魅力で移民は増えていた。

 もっとも、ロクなもんじゃない負け犬移民者が多いのである。

 戦争が起きていたら欧州から先端技術を持った技術者、工員が移民してきたはずだった。

 しかし、現実は・・・・

 いくら資源があり余り、合理的な経営が可能でも

 モラルが低ければ文明を維持できず、

 労働者の質で劣れば失速する。

 そう、これは何かの間違いではないだろうか、

 世界地図で勢力図を確認する。

 米独英の3カ国の国力比は、それほど変わっていない・・・

 王のいない国、特権貴族のいない国、

 国民が主権を持つ国が伸び悩んでいた。

 そう、アメリカ合衆国は、王と貴族はいなくても資本家がいるのである。

 政治権力は暫定的な持ち回り、

 富の多くは、資本家層を流動的に回遊する。

 封建社会の逆位相が資本主義、自由主義、民主主義と言えなくもない。

 とはいえ、民衆は、固定された階級差別が存在せず、

 最大限に人権が認められる国が好みであり、

 アメリカ最大の強みだった。

 しかし、宗主国の政体が穏健だと状況も変わる。

 アメリカ移民は低迷し、合衆国産業の成長は鈍り始める。

 イギリス、ドイツは植民地抱き込みで増強されつつあり、

 その底上げの原動力に日本が存在した。

 「・・・なぜだ」

 「アメリカも日本に事業を発注しないと」

 「国力に差を付けられるかもしれませんね」

 「おのれぇ 日本め、邪魔しやがって」

 「日本人をアメリカに移民させて雇うか」

 「フィリピン開発に日本資本を使うかでしょうか」

 「それでは、日本の産業ばかりが大きくなり強くなる」

 「何もしなければ、ドイツ、イギリスに負けますよ」

 「何とか潰してやりたいが・・・」

 「もう、黒船の脅しは通用しないかもしれませんね」

 「日本国内に内紛がないのなら通用しないだろうな」

 「あの当時でさえ、徹底抗戦されたら目も当てられなかった」

 「いまでは、首都が内陸の山頂に入り込んでますから、ビクともしないでしょうね」

 「英独の封建的な社会は健在」

 「移民は、イギリス領、ドイツ領に取られてます」

 「日本人の移民を制限すると、西海岸州の労働不足を補えないかと」

 「それでは、排日移民法を可決できないな」

 「日本に敵対すると海上から満州利権を阻害されるかもしれません」

 「南満州権益は、中国市場の足掛かりです」

 「外交戦略の選択肢が減らされるとは、南満州権益が購入が仇になったか」

 「軍事的な圧力をかける方法もあるでしょうが・・・・」

 「日本は、乗りそうにないな」

 「ええ・・・」

 「植民地の少ない列強は、もっと、覇権膨張すると思ったがな」

 「無能、無策な人間ほど劣等感の反動で凶暴になりやすく」

 「無謀な暴力に向かう傾向があるそうです」

 「ですが日本は無策でないようですし」

 「ドイツも世界大戦を避ける程度、有能と思われます」

 「日独両国は状況を作る能力より」

 「作られた状況の対処能力を重視する民族性だと思ったがね」

 「不必要な軍事力は、劣等感と凶暴性の裏返しです」

 「日本は謹言勤労な労働資源をうまく活用し、生計を立ててますし」

 「少ない軍事力で勢力均衡を上手く利用しています」

 「ドイツも高度な工業技術を有してますし」

 「軍事的冒険より、海外領土の開発に力を入れているようです」

 「いま、軍事的な冒険を試みようとしているのは・・・・」

 「無策無能なイタリアですかね」

 「・・・・」 ため息

 

 

 

 国民の統治は、農耕・畜産に似ている。

 杜撰に扱えば実りは小さく不作となり、

 育て方が悪ければ病気となり、損失となる。

 清国は、世界最多の民、広い国土、膨大な資源を有するものの、

 その国民たる漢民族は、利己主義の権化であり、

 権力を握れば収奪が始まる。

 無論、ほかの国でも “大” なり “小” なり、

 いろんな形で利権が発生するのであるが、

 中国大陸の場合、はなはだ “大” と言わざるを得ない。

 巨大な集団、重圧な組織となって信頼が崩れたとき、

 大多数の国民は、合法的に押し潰され、非合法に踏み躙られ、

 生きるため協力するより、エゴとエゴが衝突し、奪い合った。

 いささか問題あり、と言わざるを得ない。

 北京

 莫大なセメント、砂、あり余る鉄によって、

 広大な平原に大都市が作られていく。

 日本人留学生がいた。

 彼らは政治経済において人脈を繋ぐ、日本代表だった。

 留学生活は、国家の背景だけでなく、

 個人と個人の人間力の差も現れ日清関係の未来を占うことにもなった。

 「随分、近代化してきたんじゃないか?」

 「殺伐とした雰囲気が消えたある」

 「自分の幸福のため他人を不幸にする人間が減ったのだろう」

 「ちょっとだけある」

 「新札発行で、貨幣経済が安定してきたのかも」

 留学生は、新札の出来を検分する。

 「最新のドイツ製印刷機で大量印刷ある」

 「たいていの国の紙幣は、ドイツ製印刷機を使いたがるよ」

 「あとは、紙幣の総数と貧富の比重、一人当たりが保有する枚数ある」

 「むしろ、現物のテール(両)を掻き集めたいね」

 「しかし、漢民族が紙切れを信じているとは意外だね」

 「まさか、余剰資金は全部、貴金属に変えてるある」

 「まぁ 日本の支配層も似たようなものか」

 「新札は出来たてだから、まだ信頼されてないある」

 「でも高額商品は少なく。土地の価格は、高くもなく、安くもない」

 「つまり、高額紙幣はいらず、数を作ればいいわけだ」

 「清国は、ないモノはない国ある。清国の問題は人災だけある」

 「清国は慌てなくても弾みが付けば一気に差がつくよ」

 「弾みがつくということは、もっと貧富の格差が大きくなることある」

 「一人当たりの生産量が増えるということじゃないか」

 「1足す1が、2や3になると思い込んでいる国民の言葉ある」

 「清国では、引かれる事も、割られることも珍しくないある」

 「仲良くしないのか」

 「清国は、同好会じゃないある、和を貴しとしないある」

 「まぁ 仲良しばっかりじゃドラマを作れないからね」 

 

 

 ロシア帝国

 ロシア帝国の貴族が縮小するにつれユダヤ商人が強くなっていく。

 ユダヤ人は、土地という生活基盤と法の保護を持たず、

 動産に対し天性の才を発揮する。

 貴族が特権的に所有していた資本は、紆余曲折を経て、

 商才の強いユダヤ人に回収されていく。

 もちろん、封建的に収奪する貴族と違い、

 ユダヤ人は、物、サービス、情報を売り買いをし、

 生産と流通の産業を起こしたからと言えた。

 ロシア帝国は、貴族層が大幅に縮小し、

 余剰資本を持ったユダヤ人の投機場となった。

 収奪するばかりのロシア貴族と違い、

 賃金と商品を流通させ、産業を興すユダヤ人は、少しマシに思われ、

 その一部は、税収としてロシア帝国へと収められていく、

 そして、皮革産業以外の産業がロシアに作られていく、

 小雪降るサンクトペテルブルクは、いくつもの運河によって作られ、

 ロシア建築の粋が集められた。

 北のヴェネツィアとも呼ばれ、風光明媚な都市としても有名だった。

 毛皮を頭から羽織った日本人留学生たちがいた。

 留学生が増えた理由は、外交戦略上のチャンスを生かせる人材を育成し、

 通商と友好親善の拡大を目的としていた。

 そして、政府間における外交のパイプを確保するためでもある。

 「さ、さむぅううう〜」

 「随分と看板が増えたな」

 「情報重視は、ユダヤ商法の基本だからね」

 「まぁ 目が見えず耳が聞こえないのでは、金儲けはできないか」

 「それに貴族と農民だけじゃつまらないから、資本家もいて欲しいよ」

 「お陰で、日本の留学生も居場所を見つけ出せて嬉しいね」

 「ロシア帝国もドイツ帝国に東西から挟撃されているから、日本を味方にしたがっている」

 「いまなら東西ドイツを各個撃破できそうじゃないか」

 「東ゲルマニアは、いまのところ脆弱だけど、年月の問題だよ」

 「いずれ、東ゲルマニアは、日本以上の強国になるだろう」

 「だよなぁ」

 「じゃ 考えていることは、勢力均衡。お互い様か」

 「それより、毛皮を何とかしないと、南樺太の開発が進まないよ」

 「南樺太に100万都市なんて、建設しようとするからだ」

 「防衛だよ。防衛。人は石垣」

 「防衛ねぇ 政府の誘導もどこまでうまくいくやら」

 「関東大震災は追い風だよ」

 「だと良いけど・・・」

 

 

 列強は大きな戦いを経験しておらず、

 最新の陸戦で戦訓は、オーストリア・ハンガリー軍とセルビア軍の戦い。

 それを除くと、各地で行われた共産民族独立の武装蜂起と殲滅戦だった。

 機関銃の掃射能力と、大砲の遠距離射撃は、質と量で増強されつつあり、

 列強の多くは、陣地防衛に不安を抱いていた。

 もはや要塞都市に降り注ぐのは、火矢でもなく、投石機の岩でもなかった。

 降り注ぐのは、長大な射程を持ち、破壊力を有する大口径砲弾であり、

 もっとも優れた要塞都市ベルランでさえ、

 堡塁砲台を都市から切り離し、郊外へと前進させていた時代だった。

 そう、物理的な火力の前に対弾堡塁でさえ、意味をなさないモノにされつつあった。

 しかし、別の評価がされる場合もあった。

 つまり、要塞都市を陥落させるには、それだけの物量火力を敵国に強いることであり、

 工業力を持たない二流以下の国家は、意に介さなくても良く、

 戦略的な敵を列強に限定できる裏返しとなった。

 というわけで、列強は要塞都市に関し、

 希望と可能性を抱きつつ予算を注ぎ込んでいた。

 無論、さっさと要塞戦に見切りをつけ、

 自動車を中核にした機動戦術に鞍替えする将官も少なくなかった。

 もっとも、戦略レベルで自動車と燃料を展開できる国は僅かであり、

 常識的な判断で時機早々ともいえた。

 

 

 ブラジル

 日本(内地)の22倍の大国であり、

 資源が多く、人種を掻き雑ぜたような国だった。

 この国が産業の近代化で失速している要因は、まだ3000万弱の人口である事、

 人口/面積比でいうなら飛鳥時代(約500万)の日本の方が過密といえた。

 この国で移民と土地分配が行われたのは、開発と近代化のためであり。

 開発させた後、巻き上げる方式と言えた。

 もう一つ、近代化で失速している理由を上げるなら、

 人種的な混乱があり、

 社会基盤を築けないほど信頼関係が弱いといえた。

 そして、開発事業が進むにつれ、黒人を入植させるより、

 日本人を入植させた方がいいと思うブラジルの権力層も増えて行く、

 日本人の入植が農業移民から開発就労に変わったことで、

 一旦、冷えた日本人就労移民も増加していく。

 結局、資源の多い国は交易で有利であり、

 日本商船の寄港地だった。

 日本人学校

 「日本人学校があるとほっとするよ」

 「結局、国力は、子供の教育だよな」

 「ブラジルは、教育でかなり手抜きをしてるからな」

 「日本の学制制度も1872年だから50年も経ってない」

 「就学率が9割を超えたのだって1902年からだから先生の質と量も、これからだ」

 「そうだっけ」

 「ブラジルは、まだ知識を特権扱い」

 「馬鹿は馬鹿のままでいろってところだな」

 「自分よりバカが多い方が優越感に浸れるし、騙し取れるだろう」

 「自分より利口なやつを引き摺り落として」

 「自分よりバカなやつを利用できれば勝ち組」

 「ぅ・・・なんか日本にもいるぞ。そんなやつ」

 「表面的には、学制制度があるから大丈夫だろう」

 「日本の官僚制度は知識層の牙城だし」

 「だけど、良心的な層を出世させないと世知辛くなるよ」

 「偽善者が民主主義で選ばれてるだろう」

 「口先だけの偽善者じゃ駄目だろう」

 「まぁ 嘘をつくな、盗むな、殺すなって、倫理的な教育もすべきだろうね」

 「ブラジルは、施しをやめると殺される国民性だから怖いよ」

 「また、とんでもない所に来たな」

 「そのくせ、権力層は、国力増強と近代的な生活を望んでいる」

 「開発事業は悪くないよ」

 「それより、カフェ・コン・レイテ体制への反乱だけど、本国は、どうするって?」

 「反乱軍は鎮圧して殲滅が基本だな」

 「犬と同じ躾で、馬鹿に同情して庇うと馬鹿のまま突け上がるだけだ」

 「しかし、いくらサンパウロ州とミナス・ジェライス州の経済力が強くてもな・・・」

 「日本の藩閥政治みたいで面白くない」

 「ちっ 薩長が遷都で藩閥政治を延命させやがって」

 「でも出戻り機関を整備したのもあいつらの強権だし」

 「それも延命策だよ」

 「とりあえず、カフェ・コン・レイテ体制の限界を見極めて立ち回ろう」

 「上手くやれたらブラジルの中枢入りだ」

 「下手打ったら総撤退じゃないか」

 「そうだっけ」

 「そうだよ」

 

 

 産業革命後、

 国家基盤の指標に第二次生産品が加わると、

 既得権益が少なく、人的生産力を集中できる国は強く、

 既得権が多く、人的生産力を浪費しているイギリスの凋落が始まる。

 もちろん、植民地からの上がりは多いものの、

 ドイツ帝国、アメリカ合衆国、ロシア帝国の底知れぬ生産力に追い詰められていく。

 特にドイツ帝国は、東ゲルマニアを第二のドイツ帝国に昇格させようとし、

 南ザクセン(カメルーン)、南バーデン(トーゴランド)

 南バイエルン(南西アフリカ)、

 南ヴュルテンベルク(東アフリカ)に100万都市を建設し、

 潜水艦部隊と守備隊を配備、

 急速に力を付け始めていた。

 イギリスの通商路はドイツ海軍によって阻まれつつあり、

 世界最強のイギリス海軍を持ってしても航路防衛は不可能となっていた。

 イギリスが日本との同盟を維持したのは、植民地のインドを防衛するためであり、

 イギリス植民地への開発事業を日本に発注し始めたのも、

 ドイツ帝国の脅威に対抗するためだった。

 全長280cmほどの猫が獰猛し、

 ゆっくりと後ろに回り込もうとする。

 身長150cmの少年は、学校で教わった通り、

 正対し、睨み返した。

 運が良かったといえる。

 登校中、

 不意に虫の音が止み、

 不審に思っていると、物音が微かに聞こえ、

 2.5mほどの高さに育ったジュート(コウマ)畑から現れたわけだ。

 少しばかり細く感じる杖を握りしめ、

 襲いかかってきたら

 目を突くか・・・

 口を突くか・・・

 前足に邪魔されなければ、うまくいくかもしれないが・・・

 元々、蛇対策で持っている杖でしかなく、

 蟷螂の鎌といった絶望的な可能性でしかない。

 確かに先生のいう通り、

 体力、速度、機動力、戦闘力の全てで相手が勝り、

 俊敏に思えた。

 背中を見せて逃げても、逃げ切れるものでなく、

 喰い殺されるだけ、

 “正対し睨み返す”

 は、最良の選択肢と言える。

 「・・・・」 ごくん!

 しかし、どう考えても、まずい、

 正対して見つめ合うと、通じ合うモノがあって、

 猫は、数日食べていない、

 そう、生死を賭け、睨み合う当事者同士でなければ、わからない感覚だろうか、

 このままでも数秒後には、襲いかかって来る気がする。

 不意に後ろから、人の聞こえ、

 辺りが、ざわつくと、

 猫は、悠然と背を向け、引き揚げて行く。

 「・・・・」 ほっ

 どうやら、インド人の労働者たちに助けられたらしい。

 彼らは、よく背中を見せ逃げなかったと感心し切り、

 虎と睨み合うなど、誰にでもできることではないらしい。

 まぁ 背中を見せて、逃げ出したい衝動は、かなり強かったが・・・

 日本にいたら、こういう目には遭わなかっただろう、と思ったり、

 ちょっと、家族に自慢してやろうと思ったり・・・

 

 

 巨大なダムが建設されていく。

 ダリット(アチュート)不可触賤民は、使い捨て上等の潰しの効く労働者だった。

 それでも日本の開発事業にダリットは、集まってくる。

 そして、上位階級のインド人が来ると、

 日本人に抗議し、散々喚いて、去っていく。

 「なに? どうしたの?」

 「ダリットの扱いが良過ぎるんだと」

 「はぁ? 日本の紡績女工よりはるかに劣る労働環境じゃないか?」

 「だ、だから、もっと酷く・・・」

 「これ以上は死んでしまうし病気になる。ありえんだろう」

 「仕事は、慣れるのに時間がかかるし」

 「仕事を覚えさせたら可能な限り、働かせなければならない」

 「だから、ムチを使って・・・」

 「あり得ん」

 「いや、そういうカーストもあるそうだ」

 「んん・・・可能な限りカーストは利用したいけど、限度があるからな」

 日本は人種差別撤廃に消極的となり、

 欧米列強の植民地政策を後押し、

 無論、日本人も差別的な扱いを受けたものの、準白人の地位は確保され、

 莫大な貿易黒字を計上していた。

 利益は、国内の公共設備に転嫁され、驚くほど近代化が進んでいく。

 

 

 

 

 日本の最南端。

 サモアは 発電所、鉄道、道路、港湾、工場が設営され整備され運営され、

 平穏だった。

 投資は、民9に対し、軍1ほどで、平和ながらも不用意でもなかった。

 港湾

 船から箱に入った

 8式小銃(7.7mm×56R)と

 ヴィッカース重機関銃(7.7mm×56R)が降ろされ、

 要塞へと運びこまれていく。

 数個師団分の量だった、

 もっとも、それだけの歩兵は、この島にいない。

 日本の常備軍は少なく。

 基本的に戦争が始まった後、予備役が召集され、

 不足分を現地で徴兵することになっていた。

 そのため、最低限、銃器の扱いと、指揮系統の訓練だけしていた。

 最悪でも味方の誤射だけは、防がなければならなかったからだ。

 「8式小銃を素人に撃たせるには、威力があり過ぎなんだよな」

 「弱装にしてるだろう」

 「だけど、手榴弾とか、擲弾筒とかも、使えるくらいじゃないとな」

 「機構と装備が複雑になると、歩兵も高度な技能職になってしまうからな」

 「迎撃防御も生半可な連携じゃ手玉に取られるしな」

 「近代化しているというのに、いま時、半職半兵なんて流行らないと思うがな」

 「同盟や経済優先じゃいいように政策を誘導されるばかりなのに」

 「軍事的な自立が、国家の自立なんだけどな」

 「政治屋は、利権で動くからな。軍人は犠牲になりやすいよ」

 「政治が軍人の犠牲になるよりは良いがな」

 「はははは・・・」

 「潜水艦隊をサモアに配備できたら、米豪遮断で、アメリカを牽制できるんだけどな」

 「アメリカと戦争したくないよ」

 「だけど、白人世界は確実に拡大しているし、流石に気持ち悪い」

 「帝国主義に協力している間は、大丈夫だろう」

 「だといいけど、自衛力はもっと付けたいぜ、あいつらすぐ無視しやがる」

 「財界が外貨を稼いでいるからいい気になっているんだよ」

 「国民も公共設備で喜んでいるし」

 「俺たちが内輪だけの都合で物事を仕切られるから羨ましいだとよ」

 「むかつくな。そんなに近視眼じゃねぇぞ」

 「まぁ 最低限、これくらい、欲しい戦力差があるからな」

 「常備配備は基幹部隊だけとはね」

 「歩兵は、現地の予備役徴用なんて、悲し過ぎるよ」

 「もう、戦争する気ないよな」

 「うん」

 

 

 斜陽の航空業界、

 欧州危機戦争不発がもたらした技術基盤不足が原因か、

 アメリカのヘリウムのドイツ売却のもたらした逆風が原因か、

 世界の空を支配していたのはツェッペリン飛行船であり、

 飛行機は、軍用複葉機が辛うじて飛びまわり、

 民間機は、政府の後押しと補正予算がなければ、維持できない時代が続いていた。

  重量 HP 全長×全幅×全高 速度 航続距離 武装 乗員
ソッピース キャメル 660 130 5.73×8.53×2.6 182km/h 455km 7.7mm×2 1 1917
S.E.5a 880 200 6.38×8.11×2.89 222km/h 483km 7.7mm×2 1 1917

 イギリス空軍では、2種の戦闘機が運用されていた。

 日本も、その2機種を採用し、日本空軍として独立さえ、

 東ゲルマニアのドイツ空軍と対していた。

 もっとも、東ゲルマニアの正面はロシア帝国であり、清国である場合が大きく、

 日独双方ともお得意さんで、軍事的な緊張は低かった。

鳳翔(マイノーター)型空母 1隻
排水量 全長×全幅×吃水 hp 速度 航続距離
17000 200×25×7.92 54000 28 10kt/10000海里
艦載機50機 50口径76.2mm連装砲8基    
鳳翔(シャノン)

 艦載機型に改造された複葉機が

 フックをワイヤーに引っ掛け、着艦する。

 赤レンガの住人たち

 「いい加減、新型機の時代じゃないのか?」

 「社会設備に金取られてるからな」

 「欧州で戦争していたら」

 「もう少し、航空技術も安定していたんじゃないか?」

 「それどころか」

 「日本が買わなかったらイギリスの航空会社、潰れてたからな」

 「やっぱり、時代は飛行船かな・・・」

 「いや、こいつに捉えられたら飛行船なんてカモだよ」

 「でも、ツェッペリンは、黒字だろう」

 「配備しているだけで国力削いでるキャメルとは違うよ」

 「ツェッペリンは、ヘリウムのおかげで、安全性が増したからな」

 「しかし、戦争しないで、数を揃えるだけなら複葉機も満更悪くないな」

 「まだ単葉機が良いと?」

 「単葉機を使っているフランス空軍の方が着想が良いね」

 「イギリスも次期主力戦闘機は単葉機になるかもしれないな」

 「いつになるやら・・・」

 「それに単葉機着艦は大変だな」

 「ほかの国が航空機で先行しないことを祈りたいね」

 「開発力のあるイギリスが植民地維持に予算が食われ」

 「フランスとドイツも植民地にかかりっきり」

 「オーストリアハンガリー帝国は、低迷中」

 「量から質の向上に転化し切れていないアメリカは、もう少し時間がかかるよ」

 「それなら日本が先行したっていいじゃないか」

 「何だよ。あの外交機密費って? 何に使ってんだ?」

 「世界中に諜報部を作ろうとしているみたいだけどね」

 「けっ! 税金の無駄だ。浪費に決まってる」

 「まぁ パイロットを育てるより、金がかかるからねぇ」

 「パイロットの方が国を守れる」

 「あははは・・・」

 

 

 

 

 昭和天皇の即位の礼挙行

 大日本帝国から “大” が消え、日本帝国と記される。

 「やっと、身の丈通りの国名になれたな」

 「見栄っ張りのランク落としは大変だった」

 「子供ほど “大” とか “絶対” とか、付けたがるから困るよ」

 「出戻り連中のおかげかな」

 「現場主義は強いし、キャリア支配も強い」

 「出戻りを官僚機構に入れ込むの、大変だったよ」

 「結局、局内の蹴落とし合いか、本部と支局の縄張り争いか・・・」

 「あまり酷いと、あと、二つ三つ出戻りだけで局を一つ作りたくなるね」

 

 

 アームストロング社 ニューカッスル造船所

ネルソン型戦艦 4隻
排水量 全長×全幅×吃水 hp 速度 航続距離 兵員
34000 216.4×32.3×9.1 45000 23 16kt/7000海里 1314
45口径406mm砲3連装3基 50口径152mm連装砲6基 53口径120mm6基 622mm魚雷2基
水上機×2      
ネルソン、ロドニー、ドレーク、スミス

↓↓    ↓↓

ネルソン型戦艦 4隻
排水量 全長×全幅×吃水 hp 速度 航続距離 兵員
34000 227×32.3×8.8 90000 28 16kt/7000海里 1200
45口径356mm砲3連装3基 53口径120mm連装16基 CMB40ft×2 水上機×6
ネルソン、ロドニー、ドレーク、スミス

 下取りする日本側の我が侭が押し通ったのか、

 ネルソン型は高速戦艦として就役してしまう。

 イギリス海軍将校は面白くなさげだったものの、

 一部は安堵の表情を見せており、

 艦尾格納庫の12m級魚雷艇は、興味を持たれた。

 高速戦艦の運用は、用兵の理にもかなっていたと言える。

 日本人たちが見上げる。

 「こんなでっかい戦艦に乗って戦うのか」

 「なに考えてるんですかね」

 「これ一隻建造するのに何人の乗客と何トンの積み荷を運べばいいやら・・・」

 「税金を増やして、インフレだと、何人首をくくるかな」

 「人の世は生き地獄。歳老いて金がないとで辛いからね」

 「まったく、これで機雷で沈んだりしたら泣きが入るでしょうね」

 「しかし、公共工事だって利権構造が大きくなるだけ」

 「受益者が膨れ上がれば赤字だからね」

 「まぁ 同じ赤字でも、掛け捨て軍事保険より良いけどね」

 「東ゲルマニアとアメリカが上陸用舟艇を建造しなければだろう」

 「通商破壊だけでも十分日干しだぞ」

 「瑞樹州の開発が進めば人口は減らせるよ」

 「人口を減らすと経済が崩れる」

 「まぁ そうだけどね」

 

 

 ミッキーマウス 『蒸気船ウィリー』 公開

 

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 月夜裏 野々香です。

 昭和3年もようやく、軌道に乗った感じです。

 さて、軍にも少しずつ自動車が配備される時代です。

 自動車の何が良いかと言いますと、行軍速度です。

 自分に移動する動機があれば、意欲的に進めますが、

 もし自分に移動する動機がなく、

 進めば死ぬかも知れず、

 どこの誰とも分からない将校の栄誉になる。

 そう考えると歩調も鈍ります。

 通常装備30kg、1日6kmで計算された行軍速度が、

 自動車の登場で変わります。

 この場合、トラックですが、

 軍備品満載で行進速度は、倍以上に跳ね上がります。

 もちろん、徒歩でも士気が高ければ1日20kmで行軍することもありますし、

 優れた指揮官と優れた士官が揃うなら、

 戦意を保たせたたまま、40kmの行進も可能かもしれません。

 もっとも、疲労した軍隊じゃ戦えませんが、

 自衛隊の平均行進速度が気になるところです。

 あと、自衛隊は、一般道路を行進していないので

 迷子にならないか、ちょっと心配。

 

 

 そうそう、今時、一度に1km以上歩く人間は稀でしょうか、

 6kmも歩けば、かなりくたびれるはず、

 戦記を書きたいと思われる方には、まず、歩いてみることをお勧めします。

 我が侭で人間味のある兵士視点というやつです。

 怠惰を許すと規律も士気もすぐ下がります。

 上官の立場になると、

 落伍者を見せしめに・・・とか、

 やり過ぎると自分が・・・とか、

 中間管理職の哀愁というか、

 いろんな葛藤を覚えたり、

 まぁ 平時の社会全般、上司と部下の関係も、そんな感じです。

 

 

    領有 利権 人口
面積(ku) 面積(ku) (万) (万) (万)
北欧 ドイツ帝国 54万0857     4720  
朝鮮半島 東ゲルマニア 21万0000   100 2800 500
遼東半島     3462+1万2500 10 200  
山東半島 ホーエンツォレルン 4万0552 11万6700 20 700 500
カメルーン 南ザクセン 79万0000   10 200  
東アフリカ 南ヴュルテンベルク 99万4996   10 200  
南西アフリカ 南バイエルン 83万5100   10 200  
トーゴランド 南バーデン 8万7200   10 200  
 
ドイツ帝国 350万2167 12万9200   9290 1000

 

 

 

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第20話 1927年 『軍艦造っても金になんねぇ』
第21話 1928年 『就賊産業』
第22話 1929年 『武器を売る方がマシ』