月夜裏 野々香 小説の部屋

    

仮想歴史 『風が吹けば・・・』

 

 

第26話 1933年 『清華思想で、どんどん』

 チャコ戦争(ボリビア VS パラグアイ)は継続していた。

 ボリビアは、スタンダード・オイル(アメリカ)社と契約を結び、

 ドイツとフランスの軍事顧問団軍が戦訓欲しさで従軍していた。

 一方、パラグアイは、ロイヤル・ダッチ・シェル(イギリス&オランダ)社と契約を結び、

 戦訓欲しさでイギリスとロシアの軍事顧問団軍が従軍していた。

 人材で偏ったのは、同士撃ちを避ける配慮でしかなく、

 列強は、どちらの国が勝ってもいいほどの武器弾薬を輸出していた。

 近代装備と兵力で勝るボリビア軍は、緒戦で攻勢をかけたものの、

 チャコの大地は、感染症、病原菌、毒虫、毒蛇が多く、

 水の乏しい常夏の世界だった。

 生半可な近代装備では、対応できないことも多く、

 機械の寿命も早めさせた。

 また、ボリビア軍の無理な攻勢は、将兵の英気と戦意を削がせ、軍組織の崩壊を招いた。

 そして、パラグアイ軍の浸透戦術が始まると、

 ボリビア軍は、怖気付き、命大事と我先に生き延びようとする将兵が多いと戦線は崩壊する。

 命の価値と戦意の高さは、反比例し、

 守るモノの大きさと戦う気力は、比例することが多かった。

 命を尊び逃亡兵が増えると戦線を崩壊させ、

 敗北が早まり、より多くの犠牲者を出していく。

 逆に戦う意思を見せつつ後退する部隊は、敵が反撃を恐れて躊躇し生き残ったりする。

 パラグアイ軍の後方を外国人たちの乗った装甲バスが走って行く。

 「戦車の車内は熱いそうだ。頭を出すと狙撃されるな」

 「エンジンが熱過ぎるのだろう」

 「エンジンの冷却装置がいるな」

 「あと、もっと大きな車内にすべきだろうか」

 「車内が大きくなると装甲は薄くなるよ」

 「寒い欧州向きじゃないな」

 「だが、車内の積載能力が増えれば、作戦能力は高くなる」

 「それは言えるがね。トラックで運ばせる方がい」

 パラグアイの輸送部隊を追い抜いて行く、

 「・・・しかし、まともに軍服も揃えられないとは酷い軍隊だな」

 「新大陸は、武器を持った民兵から始まってるからね」

 「それでも、パラグアイ軍は、前進している」

 「我々が兵站を押し出して、前進させているんだよ」

 「・・・!?・・・」

 装甲バスが停車するとパラグアイ将校が乗り込んでくる。

 「・・・中尉。どうした?」

 「取引関係にある民間人を連行しました」

 「民間人?」

 ふてぶてしい男がバスに押し込まれた。

 「お、よう、サムじゃないか。どうした? 逃げ遅れか?」

 「ジョンか・・・バスのエンジンが故障してな」

 「あははは、アリソンなんか使わず、ロールスロイスを使えと言っただろう」

 「走行距離の短い国のバスが信用できるか」

 「よく言うぜ。大雑把で馬鹿でも整備しやすいだけだろう」

 「けっ 搾取貴族は、大量生産、大量運用の概念がないのか」

 「貴族へのサービスは格調高くないとな」

 「気取るな」

 「伝統が人の品位を保たせるんだ」

 「庶民の方が多いんだよ」

 「へっ 衆愚政治じゃないか」

 「生産力のない怠惰な貴族に虐げられてる国民は哀れだね」

 「なぁ サム。今回は諦めろよ。お前の負けだ」

 「油田のことか?」

 「ばっかだな。利権だよ。ボリビアの負けた」

 「まだ始まったばかりだろう」

 「ふっ 列強が軍需物資を供給し、底上げして国民総兵士化させれば生産力は失われる」

 「そして、列強が物資を引き上げると・・・」

 「ボリビアとパラグアイは生産不足を招いて、国家として崩壊する」

 「ボリビアとパラグアイは石油欲しさで国を売り渡すことになるな」

 「搾取場か、傀儡の国は便利だからな」

 「そのうち、パラグアイもボリビアも暴走して、もっと墓穴を掘るだろう」

 「相変わらず、イギリスの奏でる狂気と腐臭は、近寄りがたい神々しさだな」

 「暴欲と醜悪が混然一体に溶けあったアメリカの博愛には遠く及ばんよ」

 「「・・・・」」

 「しかし、日本は、圧力をかけても同じ手に乗らなかったな」

 「ドイツ帝国が欲かいて権益交換するからだ」

 「しょうがないだろう」

 「南太平洋の島より。朝鮮半島の価値が高いからな」

 「元はといえばドイツ帝国がロシアと清国に戦艦を売却したからだ」

 「戦艦を売れば、単細胞の日本人が軍拡競争で自滅すると思ったんだよ」

 「そこまで単細胞じゃなかったわけだ」

 「日清・日露戦争で期待したんだがな。日本には失望させられたよ」

 「お陰でアメリカは近代化で失速中だ」

 「まぁ 戦争でなければ貧富の格差を広げられない時もあるからね」

 「やっぱり、国力成長率の差で国際情勢が変わるな」

 「一番成長してんのは日本か?」

 「まぁ 資源がないから、いくら近代化しても脆弱だし」

 「砂上の楼閣なら少しくらい儲けさせても支障はない」

 「貿易相手は日本にシフトしているよ」

 「次の成長国は、清国? ドイツ帝国? ロシア帝国?」

 「アメリカ合衆国に決まってるだろう」

 「不換金不況でこけてるだろう。巻き込みやがって」

 「ドナウ帝国も成長してないか?」

 「ドイツ人とマジャール人の比重が増えたからな」

 「人権が向上して、治安も安定しつつあるようだが」

 「ドナウ帝国は人口比率で有利になっただけだ」

 「民族は平等でもないし、共有化もしてない。封建社会だし、そのうち低迷するよ」

 「アメリカだってドイツ語が強いだろう」

 「ドイツと戦争していたらアメリカからドイツ語を一掃できたんだけどな」

 

 

 

 ドナウ帝国とセルビアの軍事的緊張が高まっていた。

 大国ドナウ帝国は戦争を避けたがり、

 小国セルビアは戦意が高まっていた。

 歴史上、こういった現象は珍しいものの、ないわけではない。

 

 ドナウ帝国は、橋頭堡のベオグラード郊外に堡塁を築き、防衛線を固めていた。

 ベオグラード最標高トルラク丘(標高303m)と、

 街の南のアヴァラ山(標高511m)とコスマイ山(標高628m)は要塞化されていた。

 イツキ・松平・ホーエンベルク伯爵は、アヴァラ要塞山頂に登る。

 ベオグラードは、要塞化されつつあったものの、

 背後のドナウ川は、狭いところでも400mほどの大河であり、

 背水の陣のベオグラードは、捨て石であると同時に対セルビアの橋頭堡だった。

 「これで標高511mか・・・」

 「だいたい、60kmほど先まで見渡せます」

 「ドイツ製の大砲だな」

 「76.1口径283mm砲1基。射程60km。砲身命数540発です」

 「ドナウ川の反対側にも4基配備されていますから支援砲撃は問題ないと思われます」

 「・・・それだけの射程があるなら、全部、ドナウ川の後方で運用した方が良いような気がするが?」

 「図上演習では、こちらの方が好成績でした」

 「そうか・・・どちらにしろ、敵の指揮所を直撃させねば、元は採れまいな」

 「その通りであります」

 「しかし、敵の弾が届かないからといって」

 「こちらの砲撃が必ずしも当たるとは限らないだろう」

 「観測機を飛ばして着弾計測するとのことです」

 「はぁ 要塞に来るまでに敵軍の指揮系統をズタズタにできるなら勝ちか」

 「はい」

 「実戦経験者は?」

 「前回の戦いに従軍した将兵は5分の1。共産勢力狩りに参加した将兵は3分の1です」

 「随分、比率が少ないな」

 「ほかの戦線に振り分けられました」

 「実戦経験者だけならほかの国より有利か」

 「はい」

 「もっともセルビア側も似たようなものか」

 「セルビア軍は前回の戦いで死傷者が多く、兵力は、少ないかと思われますが」

 「17年経てば兵卒は一新できる」

 「しかし、負けた士官の方が経験も大きいはずだから油断すべきではないな」

 「はっ!」

 ドナウ帝国は、驚くべきことに貴族社会だった。

 貴族は各々独立して領地を持ち、皇帝と個別に主従契約を結ぶ。

 日本の主従関係が本店と支店だとすれば、

 欧州諸国の主従関係は請負会社、出向会社、派遣会社に近い。

 戦争になれば決まった兵力を決まった場所に配置する。

 近代になっても皇帝と貴族の契約は変わらず、

 それが見せかけだけ国軍として形を成し信任されていた。

 そして、貴族というだけで、まともな軍歴も戦闘指揮経験のない人間が上に立つことがあった。

 そう、イツキ・松平・ホーエンベルク伯爵は、忌まわしいことに

 ベオグラードを押し付けられそうな状況になっていた。

 それは、信任されてというより信任するための儀礼式、

 または、大国の戸惑いと怠惰で消極的な対応・・・

 そうドナウ帝国は多民族国家。

 ドイツ人、マジャール人が増えたとはいえ、

 人心相克の解消のため気力の大半を削がれ、挫かされていた。

 バルカン諸国の人種問題の悲劇は、分裂した場合の悲劇よりマシなだけと言えた。

 「・・・攻勢は無理だな」

 「守りを固めて敵軍の侵攻を挫きながら将兵の結束を強め」

 「練度が増したころ反撃になりそうだ」

 「やはり、ロシア帝国もセルビアと共同歩調を・・・」

 「ドナウ帝国の脅威はロシア帝国だからな」

 「セルビアとは、穏便に済ませたいですね」

 「まったくだ。ロシアと戦いになったら援軍はないと思った方が良い」

 「逆に言うとセルビアをなだめてる間は、ロシア帝国の侵攻もない」

 ドイツ系士官は、イツキの堅実な戦略眼に安堵している。

 10.5トン級LT35軽戦車の開発は、行われていたものの

 試行錯誤の設計段階にあり、

 ドナウ帝国が本格的な戦車部隊を配備するのは、まだ先と言えた。

 気になるのは、列強がチェコ戦争に部隊を派遣し、

 戦車戦を含めた最新の戦場で戦訓を得ていることだった。

 ドナウ帝国は、内輪揉めばかりで国外とのパイプも少なく、

 軍の派遣すらできない。

 ドナウ帝国は生き残りを賭け、

 日本と関係を強めようとしていた。

 

 

 03/03 AM02:30 深夜。

 三陸沿岸の町々を震度5の揺れが襲った。

 人々は、慌てて目を覚まし、家が崩れないかと不安がるものの、

 地震が鎮まると落ち着きを取り戻した。

 しかし、その震災の本質は、別にあった。

 岩手県釜石市東方沖 約200kmで発生したM8.1の地震は、津波を起こした。

 20m以上の津波は三陸沖の町々を襲って押し流し、

 死者1522名、行方不明者1542名、負傷者1万2053名、

 家屋全壊7009戸、流出4885戸、浸水4147戸、焼失294戸を出していた。

 田老村があった痕跡は、それらしい礎石と木切ればかりで、

 それすらも潮気の強い土砂に埋まっていた。

 政府関係者たち

 「かわいそうに・・・」

 「村ごと壊滅とは酷いね」

 「関東大震災も癒えてないのに踏んだり蹴ったりだな」

 「どうするって?」

 「半分を生き残りで分けて、半分は国かな」

 「天災なら恨まれずに済むか・・・」

 

 

 満州

 米独南満州鉄道が長春まで伸びていた。

 ロシア帝国の大慶油田開発は、北満州の価値を高め、

 清国も精鋭部隊を満州に配備していた。

 長春駅の朝鮮焼肉料理店

 日本人たちがいた。

 「蟹工船の小林多喜二が釈放されたらしいよ」

 「つまり真実でなかった、ことかな」

 「あれだろう、長野県教員赤化事件とか、社会主義運動が増えてるから」

 「この場合、真実は関係ないんじゃないかな」

 「貧富の格差を広げないと近代化は推し進められないし」

 「軍隊に就労人口を取られているわけじゃないし」

 「それほど酷くもなかろう」

 「まあ、拷問死未満の真実なんだろう」

 「国が金持ちの味方をしたからって、それは江戸時代からのことだし」

 「近代産業は、農民を犠牲にするからね」

 「貧富の格差はともかく、貨幣制度を安定させて労働者もいるだろう」

 「蟹工船は、格差社会の一側面を書いたに過ぎないからね」

 「まぁ 外資が流れ込んでるし、格差は広がっても底上げが行われてる」

 「日本は平均寿命も低いし、それほど老害が進んでるわけでもなかろう」

 「政府は、労働者のプロレタリアを芽生えさせない程度、土地を配分してるし」

 「公共施設を増やしてるから、欧米ほど酷くはないだろう」

 「元々 日本人は臆病で保守的だからな」

 「それはそうと、大慶油田の利権を巡って関係国は、一触即発かな」

 「一応、東清鉄道の付属施設だからロシア帝国権益だろう」

 「だから清国軍が集まってんだろう」

 「米独軍はどう出るかな」

 「採算で考えるなら、大軍を満州に派遣できそうにないと思うね」

 「だが油田だ。東ゲルマニアは、喉から手が出るほどじゃないのか」

 「まさか、ドイツ帝国は外貨を稼ぐ道があるし、トルコ(イラク)の原油を押さえてる」

 「そういえば、日本のタンカーでイラク産原油を東ゲルマニアに原油を輸送してたっけ」

 「まぁ 東ゲルマニアは、清国がロシア帝国に突撃を待って、棚ボタだろう」

 「だけど、南満州鉄道のドイツ株は4割で、アメリカ株は6割」

 「不確定要素が多過ぎる気がするね」

 「んん・・・どこが漁夫の利を得られるか。高みの見物じゃないかな」

 「だけど、動くとしたら国権回復中の清国だよな」

 「まぁな。しかし、清国は、まだ力不足な気がするが」

 「フランスが武器を輸出しんじゃない」

 「清国にインドシナ領を取られるんじゃないか」

 「列強全部がアジアの利権を失った情勢を天秤に掛けるなら」

 「フランスは、インドシナを失ってもお釣りがくるんじゃないか」

 「ん・・・そういうのはあるかも、しかし、そう上手く事が運ぶだろうか」

 「まぁ 東ゲルマニアのドイツ軍は精鋭で強そうだからね」

 「ドイツ人は、ジャガイモとキャベツばっかり食ってるくせにでかいからな」

 「ビールとウィンナーもあるだろう・・・」

 朝鮮人がビールを運んでくる。

 「サービスするニダ」

 「お、ありがたいな」

 「これからも来て欲しいニダ」

 「おー」

 「そういえば通りの二つ先に韓国料理店が増えるんだってな」

 「あ、あそこは、やめた方がいいニダ」

 「え、なんで?」

 「悪い噂があるニダ」

 「悪い噂?」

 「墓荒らしをしていた男にだ」

 「「「え・・・」」」

 「怖いニダ」

 そういうと店主は去っていく。

 「本当なのか?」

 「さぁ 話し半分な気がするな」

 「どっちかっていうと、この店の親父の方が怪しかったりしてな」

 「「「・・・・・」」」 食欲不振

 「朝鮮人は、醜悪な封建社会を作って産業を衰退させるって言うけど本当だな」

 「もう、しょうがねぇな」

 

 

 

 ブラジル

 海運業、留学、海外就労を推し進めた日本でさえ、

 イギリス連邦領、コンゴ、ブラジルの投資に集中しており、

 それ以外の外交パイプは、まだ弱く、

 南米では、チャコ戦争に派遣軍を編成できずにいた。

 もっとも、それ自体、悪い事とはいえない、

 ブラジルの日系資本は、北部から東北部に集まり、

 発電と鉱山関連で徐々に勢力を伸ばし、就業移民が増大していた。

 そして、アメリカ発の不換金不況がブラジルにも押し寄せると、

 サンパウロ州(コーヒー産地)州とミナスジェライス州(畜産・酪農)の歳入は一気に落ち込み、

 相対的にブラジルに占める日系資本は、強くなった。

 そして、カフェ・コン・レイテ体制を崩す一角に引き上がっていく。

 他州のクーデター紛いの事件は増え、

 資金で余裕のある日本資本は、双方から資金提供を具申され、

 その度に利権を増やしていく。

 つまるところ、金を作れる日本資本に利権を渡すと武器弾薬が手に入る構図だった。

 そして、外国人であってもブラジルの土地を買うことが許されるようになり、

 日本資本は、ブラジルの土地を購入しつつ、地場を広げていた。

 日本人たち

 「外国人の制限購入枠25ヘクタールが、最大250ヘクタールまで拡大とは嬉しいね」

 1辺100mの正方形が1ヘクタールで、25ヘクタールは25個分。

 250ヘクタールは、250個分だった。

 「未開地が多いから道を広げて水路と道路沿いを取っちまう方が良いな」

 「だな」

 「アメリカ資本は?」

 「まだ国内開発だろう。あいつら英語以外覚える気なさそうだし」

 「だと良いけどね」

 「いまのうちに押さえられる要衝は押さえとこう」

 「ああ・・・」

 

 

 

 不換金不況は、貨幣制度の不振と為替を生んだ。

 採算性の悪化は、ドイツ海運、イギリス海運、アメリカ海運を衰えさせ、

 替わりに日本海運を呼び込んでしまう。

 日本の船舶は、同盟、非同盟に関わらず、

 日本商船は、合法であれ、非合法であれ、金の鳴る港を出入りした。

 もちろん運賃としてであり、それ以上でなかったものの、

 需要に従って航路を伸ばし、国際交易を支え続けた。

 結局、欧米諸国は、運賃の高い国内商船より、運賃の低い日本商船を選択し、

 利潤を最大にまで上げる事を望んだのだった。

 地中海

 45000トン級客船 “ももたろう丸” 船橋

 多種多様な乗客が乗り合わせ、多様なサービスが行われていた。

 宗教と文化で禁忌・タブーとなる食材があり、

 それぞれの客に合わせた料理も開発されていた。

 日本人乗員たち

 「トルコ人の富豪も増えてきたようだ」

 「イラク地域の油田のせいだろう」

 「トルコは、まだアラブの独立運動を押さえられているんだな」

 「イギリスの武器弾薬が流れ込んでるし」

 「族長制は、国家形成の足を引っ張る。いつまでもつかな」

 「だけど、運賃が安いと事故を起こした時が怖いな」

 「保険は入ってるよ」

 「ロイド保険も大儲けだな」

 「まぁ ロイド側で、賭けるのも怖過ぎるけどね」

 「臆病者は、近代産業を支えられないってことかな」

 

 

 

 

 スペインは、貴族とカトリック教会と地主族が権力を持ち、

 膠着した封建制度の強い社会だった。

 1931年の選挙で左派が勝利するとアルフォンソ13世は国外に亡命し、

 王制が崩れ、スペイン第二共和政が成立した。

 しかし、権力・富裕層と農奴・労働者の対立は燻ぶり続け、

 1933年の総選挙では、右派が勝利し政権を奪回する。

 マドリードの日本人たちが王宮を見上げる。

 「アランフエスの王宮か」

 「「「おお〜 すげぇ〜」」」

 「王様は、こんな大きな宮殿から追い出されちゃったんだな。かわいそうに」

 「盛者必衰。権力基盤を失うと、そんなもんだよ」

 「つまり封建社会を支える領民の限界ってやつか」

 「スペインは、気候が良いはずなんだがな」

 「気候が良いから安定して限界まで搾取できるんじゃないか」

 「日本は、豊作の時、農民でさえ余計に米を食えたらしいからね」

 「農民と労働者が権利を得ると、食べられなくなる貴族、地主階級が増えるわけか」

 「まるで江戸時代末期だな」

 「地主、貴族、僧侶の既得権益の半分以上を潰すしかない」

 「権力層は収入の半分以上を減らされるくらいなら、農民と労働者を殺す方を選ぶよ」

 「だけど、農民と労働者も、権力層富裕層の半分を殺したいくらい思ってる気がするね」

 左派と右派の対立は、一方が犠牲になるよりない情勢となっていた。

 「問題はどっちにつくかだよね」

 「というより、どっちが勝つか。勝つ側に投資できるか、だよね」

 「確率が2分の1で、回収が150パーセント以上なら運任せでも賭けたいよね」

 「馬券を買うよりマシだな」

 「情報が集まれば、勝率は、もっと高くなる」

 「列強は、どっちに賭けてる?」

 「お金持ちは、どっちからも安く買って、どっちにも高く売るよ」

 「民需でも軍需でも・・・」

 「左派が勝つと投機を取り上げられて不利になるんじゃないのか?」

 「国民の大多数は資産の再分配を求めてる。強いよ」

 「再分配か、このまま封建制度が続くくらいなら」

 「国益を潰しても民権を得ようとするかもしれないな」

 「じゃ 国権派は、国家を人質にとっても駄目ってことか」

 「もう、近代化も出来ないなら、制度として限界じゃないかな」

 「じゃ 左派?」

 「んん・・・・」

 

 

 ロシア帝国

 ロシア貴族階級は貴族潰しと農奴解放で半減していた。

 貴族社会の縮小とともに農民同士の競争が始まり、

 ユダヤ商人は、安い作物と物品を転売しつつ市場を支配し、

 財力を身に付け、奪われた貴族の利権に入り込んでいく、

 産業の拡大とともにユダヤ商人は台頭し、権威主義が薄れ、拝金主義が強まっていた。

 結果的に産業と流通が整備され、近代化が進んでいく、

 ユダヤ商人は、岩盤を刳り抜いたサウナに付随するショッピングモールを構成し、

 ホテル群を作り客層を広げ、客足も増やしていた。

 農奴から解放された農民も土地を耕すより、

 賃金という名の足枷に身を任せ、労働者になる事を望み始めた。

 熱された岩盤に水が掛けられ、蒸気が吹き上がる。

 時にはウォッカが掛けられる時もあり、

 独特の香りに浸ることができた。

 極寒のロシアを生きていく庶民の知恵としてバーニャ(サウナ)は好まれ、

 白樺の葉っぱを叩いて熱を調整する。

 慣れてしまうと同じ湯船に浸るより、汗を流せるサウナが清潔に思えた。

 グリゴリー・エフィモヴィチ・ラスプーチン伯爵(62)

 出口王仁三郎(62)。

 熱気に包まれた室内で、

 疎まれつつも厄介なイレギュラー同士の非公式会見が行われていた。

 日本外務省は、国力比に応じた正常な外交交渉を望み、

 正常な日露関係を捻じ曲げかねない魔法使いに宗教家をぶつけ、

 外交交渉を進めていた。

 随行人の日本人たち

 「あの二人の様子は?」

 「爺同士、話しが弾んでるようだ」

 「62歳で爺なんて言ってたら政官財は魑魅魍魎ばかりになるよ」

 「あははは・・・」

 「しかし “わに” を呼ぶ必要があったのか?」

 「役不足じゃないだろうな」

 「外交交渉はメンタルな部分も影響するからね」

 「ラスプーチンの干渉を防いでもらえればいいよ」

 「期待できるの?」

 「さぁね」

 「ところで、ロシア帝国をどう見る?」

 「1918年頃をロシア維新とすると」

 「現制度は、どこのくらいの寿命があるだろう」

 「ロシア貴族は日本の華族より強大でも所領が大きく減退しているし、権力も低下している」

 「一部、民主化も進んでいる」

 「ロシア帝国の権力構造の寿命は長い気がするな」

 「社会構造は、常に余地と余裕が求められるからね」

 「俗にいうと庶民の夢ってやつだ」

 「しかし、どの国も権力と金で癒着が強まり階級が膠着しやすい」

 「権力構造に余裕がなくなると夢が失われる」

 「庶民の無能を差し置いても夢が失われると民衆の権力構造に対する支持率は低下する」

 「そして、膠着した権力構造は、資産の再分配を恐れる」

 「野党に票を入れなくても与党にもいれなくなり、投票率低下で表れる」

 「しかし、ロシア帝国の投票率はまだ高い」

 「ロシア民衆は、まだ政治に期待しているのだろう」

 「ロマノフ王朝は、ラスプーチン伯爵に救われた事になるのかな」

 「あの魔法使いは、やはり、特異な能力があるようだが?」

 「さぁ。大使とロシア外相の会談が成功すればいいよ」

 「日露交易は、そんなに重要かね」

 「重要なのは外交のパイプだろう」

 「パイプねぇ」

 「清国の成長ぶりは激しいからね」

 「将来的な可能性でドイツ、ロシア、日本で清国を押さえる必要もある」

 「漢民族の国民性を含めると、そうならない気がするけどな」

 「しかし、清国の可能性を恐れての日露交易強化だろう」

 「まぁ 国土、資源、人口を単純に計算するなら清国は、脅威だからね」

 

 

 アメリカ ニュージャージー州

 車が並び映画が上映されていた。

 ドライブインシアターが産業として成り立つ条件は、いくつかあった。

 大衆が車に乗る事に慣れた車社会である事、

 道路状況が整備されてる事、

 土地が広い事、

 映画を生産できるだけの文化産業が存在する事、

 日本人たちは、野外で照らされるスクリーンを見ていた。

 「不換金恐慌でも、こういう産業が興せるのか」

 「欧州で戦争していたら数倍の外貨を稼ぎだしていただろうけど」

 「まぁ 平和的な産業なら悪くないけどね」

 「それはどうかな」

 「軍事力は生産力を消耗させ国力を削ぐ」

 「しかし、生産力は国民の生活を支え、イザという時は軍事力に転嫁できる」

 「アメリカが産業が農産物主導なら安心だがね」

 「んん・・・しかし、高度な軍事力は維持したいはず」

 「チャコ戦争の軍需輸出は軍の近代化のためかもしれないな」

 「じゃ 中古軍需物資一掃と試作兵装の戦訓」

 「あと、軍事技術の革新を兼ねてか。よくやるよ」

 「アメリカ国民が戦争に否定的ならいいんだがね」

 「しかし、建前で政治できる民主主義の国は余裕があるよな」

 「でも、裏ではチャコ戦争を煽ってるし」

 「キューバの軍事クーデターもだけど、碌でもないことをやろうとしてると思うよ」

 「繁栄の光と陰ってやつじゃないの」

 「国内の誰かを犠牲にしてる。国外の誰かを犠牲にしている」

 「だよねぇ」

 

 

 日英同盟のインド浸透戦略は基幹産業を中心に継続的に投資されていた。

 日本人街では、ユダヤ商人、インド商人との商売は、警告されていたものの、

 発電ダム、鉱山など資本を回収できる当てがあり、

 さらなる産業投資が進んでいく。

 カースト制は、階層でインド人を分断し、

 地域差はインド大陸をズタズタに引き裂いていた。

 日英同盟は、最大勢力として、インド大陸に君臨し続け、

 基幹産業を中心に地位と財閥の足場を築いていた。

 日本人たち

 「イギリスは、インドで稼いだ資本をカナダと豪州開発に転用しているようだ」

 「イギリスは、対米戦略をカナダにやらせるつもりなのか」

 「難しいような気がするがね」

 「人口で負けていても国境線は長い。アメリカも無茶な戦いはしないだろう」

 「だと良いけど、米英戦争に巻き込まれたくないな」

 「イギリス本国は、北大西洋で孤立してるし、ドイツUボート艦隊は脅威だ」

 「イギリスも、不安なんだろうな」

 「まぁ おかげで日本のインド利権は安定してるし、まぁ いいか」

 

 

 セイロン島

 仏教徒のシンハラ人が国民の7割を占めていた。

 親近感があるように思えても小乗仏教であり、

 大乗仏教の日本と趣が違う。

 インド大陸の仏教が残照としか残されておらず。

 仏陀の教えを純粋に継承しているのは、仏教徒のシンハラ人と言えなくもない。

 北緯6度以北、北緯9度以南と赤道に近く、ほぼ平らな島は、熱帯雨林に属して暑い、

 しかし、南中部に最高峰ピドゥルタランガラ山(2524m)がそびえ、

 高山域は春のような暖かさに包まれていた。

 発電所が建設され、産業が拡大していく、

 また学問の牙城も建設され、英語と日本語の授業も行われていた。

 移民において、重要になるのは子供の教育であり、

 それなくしては、移民の成功は心もとない。

 そして、この地では、イギリス人、日本人だけでなく、

 現地人の学生も増え、英語、あるいは、日本語の勉強をしていた。

 日本人の学生たちが54文字の文字表を見つめる。

 「シンハラ文字か、丸っこい文字だな」

 「違いがわからねぇ」

 「丸文字は、内向的で臆病で保身が強いらしいよ」

 「日本人と似てるな。平仮名みたいなものか」

 「んん・・・馴染めねぇ」

 「漢字文化の方が好きだな」

 「漢民族が喜びそうな事を・・・」

 「あははは・・・」

 「スリランカは、インド大陸より日本の文化に近いじゃないか」

 「んん・・・文化より、鉱物資源がな・・・開発しても大きな産業は見込めそうにないな」

 「だいたい、イギリスは楽して利権を得るからズルイよ」

 「イギリスは、大家だからね」

 「こっちは開発不動産だし」

 「いいじしゃないか。イギリスは大家のまま。日本は開発力を持つ産業機構を維持できる」

 「結局、力を持っているのはイギリスではなく、開発力を持つ日本だ」

 「だけど、海を支配しているのがイギリスだろう。気持ち悪いよ」

 「ドイツ海軍を恐れての日英同盟だから、大丈夫だろう」

 「んん・・・不安だな」

 

 

 

 清国

 清国は、選挙制度によって資本化、民主化し、

 広大な国土、莫大な資源、豊富な人材を武器にしつつ、近代化を推し進め、

 生産力を増大させていた。

 2526トン級寧海型巡洋艦が建造されていた。

 巡洋艦というより、海防艦であり、

 注目されたのは、外国戦艦の購入ではなく、

 清国国産の軍艦だったことだった。

 上海

 日本人たちは、清国の新型巡洋艦を監視していた。

 少し離れた場所にドイツ人らしき数人が同じように見ていた。

 「清国は、国産の巡洋艦艦隊を建造するらしいよ」

 「中華思想にまみれた漢民族もついに欧米列強に教えを乞うたわけか」

 「素直な漢民族は、傲慢な漢民族より脅威だよ」

 「素直な漢民族は漢民族じゃない」

 「でも、いいねぇ 国産だって」

 「日本はイギリスの中古軍艦ばかりで、国産は潜水艦になっちゃったからな」

 「清国も、まだまだ、外国製を組み立てだよ」

 「清国の航空機は?」

 「イギリス、アメリカ、フランス、ドイツ、日本から旧式を購入してる」

 「売るの反対」

 「売れば次の開発費を工面できるし、航空機産業を底上げできる」

 「はぁ〜」

 「それでも列強は、航空機関連技術の清国売却を制限しているけどな」

 「気休めでも最低限、救われる」

 「中国大陸は、列強の利権と思惑が絡んでいるからな。輸出を規制したくなるよ」

 「だといいがね。経済力が付いたら富裕層だけで、一国の総人口に匹敵するからな」

 「金に任せて、世界中の富を押さえる可能性はあるよ」

 「内戦でもすればいいのに」

 

 

 日本人たちが頤和園を散策していた。

 「清華文化再興運動は成功したみたいだな」

 「清国は大陸国家だから、合理的な近代化なんて推し進められた日には、恐怖だからね」

 「日米英独露5カ国共同の各策だよ」

 「東ゲルマニアなんか戦々恐々だからな」

 「それにしても広いな」

 「世界最大級の庭園だよ。まったく、常軌を逸してるね」

 「清国の観光収入になるんじゃないのか」

 「少なくとも清華建築は、中国全土に及んでる」

 「無理、無駄、ムラを省いた近代化に資本投資されるよりマシだね」

 「清華思想でドンドンなら好都合だ」

 「ふっ♪ 日本人が名称を考えて押し付けてるなんて気付いてないだろうな」

 「清華思想は、中華思想の延長だし、漢民族は自尊心で鼻高々だ」

 「多分気付いてないだろう」

 「害になる思想にならなければ良いけど」

 「合理的に近代化されていくよりマシだよ」

 「・・・お・・・雪だ」

 灰色の雪が散ら散らと巨大な庭園に舞い落ち、湖面に溶けて行く、

 「「「「綺麗な庭園だな・・・」」」」

 

 

 

 

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 月夜裏 野々香です。

 第一次世界大戦ならず。

 戦争特需のなかったアメリカ合衆国。

 史実より早い清国の民主・資本化と近代化。

 余りの脅威に日本、東ゲルマニア、ロシア帝国は涙目です。

 植民地のまま発展中のイギリス領インド帝国も危機に晒されそうです。

 日本海運と海外就労の波及効果は如何に?

 

 

1930年   領有 利権 人口
面積(ku) 面積(ku) (万) (万) (万)
北欧 ドイツ帝国 54万0857     5200  
朝鮮半島 東ゲルマニア 21万0000   100 3000 800
遼東半島     3462+1万2500 10 300  
山東半島 ホーエンツォレルン 4万0552 11万6700 20 800 600
カメルーン 南ザクセン 79万0000   10 200  
東アフリカ 南ヴュルテンベルク 99万4996   10 300  
南西アフリカ 南バイエルン 83万5100   10 200  
トーゴランド 南バーデン 8万7200   10 200  
 
ドイツ帝国 350万2167 12万9200   10200 1400

 

 

 

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第25話 1932年 『英独冷戦』
第26話 1933年 『清華思想で、どんどん』
第27話 1934年 『内も外も相克だよ』