月夜裏 野々香 小説の部屋

    

仮想歴史 『風が吹けば・・・』

 

 

 

第27話 1934年 『内も外も相克だよ』

 東京は、震災再建とオリンピックの準備でゴタゴタしていた。

 時折、社会主義運動が発生し、労働者が労働争議を起こしていた。

 欧米諸国の労働運動よりは、大人しかったものの・・・

 政府関係者

 「やれやれ、近代化の光と闇だな」

 「いいじゃないか、一昔前なら不作の度に、次男以下は間引きされていたんだ」

 「次男坊以下に職を作っているんだから産業の拡大は、悪くないと思うよ」

 「しかし、近代化で無理をしようとすると田畑奪うから。次男どころか、長男までだな」

 「・・・とりあえず、産業が軌道に乗るまで賃金を低く抑えるしかないからな」

 「しかし、海運と海外就労を軌道に乗せた日本でさえ、社会運動が強まっているじゃないか」

 「貧富の格差と近代化は、比例しているから、匙加減を誤ると共産革命だな」

 「だけど、開発を掛けないと、いつまでも模倣ばかりじゃ列強と言えん」

 「もっと医療に予算を賭けたら良い。原料は安いのに高値で外貨が入る」

 「そういや、いくら外貨を稼いでも医療品で外貨が減ってたな」

 「ちっ 貿易収支がインフルエンザ一つで影響されちゃ困るよ」

 「でも庶民が薬を買えるようになるなんて、日本も購買力付いたな」

 「命を人質に商売か、欧米列強もえげつないよ」

 「しかし、社会運動は、どうしたものか・・・」

 「資本家層も、賃上げに応じるか、待遇改善か」

 「お年玉で誤魔化すかで、泣きが入ってるよ」

 「はぁ〜」

 「だけど、いまのところ日本産業が大きくなってるのは確かだからね」

 「薄利多売で、労ばかり。利潤は小さいよ。一歩間違えば赤字転落」

 「しょうがないよ。発注される金額にまで価格を引き下げてるから」

 「とにかく産業を拡大して近代化。国家基盤を整えないと話しにならないよ」

 「やっぱり科学技術で先行しているイギリス、ドイツ、アメリカが有利か」

 「社長連中は財政投資を続ける確約をしない限り、賃金昇給に応じたくないらしい」

 「まぁ 気持ちは分かるけど・・・」

 「財政融資?」

 「カンフル剤頼りの企業なんて廃人と同じだろう」

 「冗談じゃないよ。社会資本から稼げ」

 「しかし、社会資本で繁華街が大きくなっても贅肉みたいなものだ」

 「国力に転嫁できそうにないよ」

 「まぁ 懐が温まっても庶民の使うお金なんて、そっち方面だからな」

 「しかし、特定産業ばかり優遇するとズルイとか言われるし」

 「政府も民間活力で、緊縮財政気味だからな」

 「まぁ 関東大震災と入笠山遷都は国家再建で好都合だったけどね」

 「薩長藩閥政治にとってもね」

 「どこに行っても薩長出が中枢を押さえて踏ん反り返る」

 「入笠山遷都のプラス分も怪しくなるな」

 「特定地方が政治権力を握るなんて、統一国家とは思えないね」

 「入笠山への移籍が進んでも、出自の基盤は、押さえておきたいのだろう」

 「民族や言語が違うわけでもなし、いずれ、わからなくなるよ」

 「遷都を考えるなら、東京オリンピックは、遅らせるべきじゃないか」

 「道路整備も上下水道も進んでるし、江戸城再建も進んでる」

 「あと6年あるなら何とかなりそうだけどな」

 「外地に投資し過ぎでは?」

 「外地投資の回収で資源を得ているのに?」

 「まぁ 外貨回収が困難な軍事費に賭けるよりマシかも知れないがね」

 「ボッタクリの腐れ官僚と予算目当ての財界が増えるだけな気もするが」

 「再生産できると思えばいいさ」

 「放漫財政と特定産業のテコ入れは不満が大きい」

 「もっと民間活力を付けるべきでは?」

 「そうしたいのは山々なんだが」

 「東京オリンピックが終わるまで無理じゃないかな」

 「オリンピック後に緊縮財政出来るなら良いけどさ」

 「あいつら、一旦利権を握ると社員家族を人質に逆ギレするからな」

 「あははは・・・」

 「怠け者が金を欲しがるようになるとまずいぞ」

 「アメリカ、イギリス、ドイツみたいに賃金高騰で利鞘を作れなくなると・・・」

 「清国に負けるな」

 「インドにもだ」

 「わかっちゃいても、どうにもならんよ」

 「誰だって安いところで買って高く売る方が実入りが良くなるし」

 「次の投資と開発も楽だ。関税もおのずと限界がある」

 「国内に資源がないと自ずと外交が限られてしまう」

 「しかし、それもプラスに働くかもしれないな・・・」

 東京駅に流線型機関車第一号(C53の改造)が入ってくる。

 「随分、格好いいな」

 「でも角ばっている方に郷愁を感じる」

 「郷愁を感じるほど陸蒸気は、古かったか」

 「もっと軽量化すべきだな」

 「電化の次は、アルミ製か?」

 「まぁ 軽量化させた方が利潤が上がるけどね・・・」

 

 

 

 フランス

 国民の怒りが国家権力に向かう事がある。

 要因を求めるなら一つは、格差と差別。

 もう一つ上げるなら政府権力機構の裏切り、

 不正腐敗で引き起こされる国民の政治不信といえる。

 ウクライナ・キエフ出身のユダヤ人、

 セルジュ・アレクサンドル・スタヴィスキーは、

 5億フランもの宝石を担保に信用金庫設立すると、

 作為的に潰してしまう。

 担保の宝石はニセモノで、預金者の預金も回収不能となった。

 彼の国外逃亡は、フランスの警視総監も絡んでおり、

 詐欺事件は信用金庫だけにとどまらず、疑惑は政財官の不信に繋がる。

 この詐欺事件は、スタヴィスキー事件と呼ばれ、

 失われた預金は、為政側のポケットに入ってると疑惑がかけられた。

 警察ぐるみの証拠隠滅で犯人が殺されたあと、

 さらに尻尾切りなのか、

 チェックメイトが光の世界に届く前に関係者が殺されていく。

 フランスは、国際的地位を落としており、

 国民の国家に対する不満は、政治不信と重なってしまう、

 保守の不正と、経済不況と、生活の困窮は、国粋主義勢力に火を付け、

 社会運動に賛意的だった労働組織を共産運動へ傾倒させてしまう。

 フランスは、右派と左派の対立で荒れに荒れ、

 政府内閣は、総辞職し、倒閣となった。

 この時期、日本人のフランス語人口は15万ともいわれ、

 フランス在住の日本人も少なくなく、

 その中に海援隊たちも潜んでいた。

 彼らは事の成り行きを見聞しつつ国益誘導のネタを模索していた。

 他の国の工作員も少なくなく暗躍しており、

 フランスは、内憂外患の舞台となって行く。

 凱旋門近くのカフェテラス。

 海援隊たちがいた。

 「スペインに引き続き、フランスも左派と右派で対立か」

 「戦争しないと挙国一致できず、国内が荒れるのか、やれやれだな」

 「国民の捌け口がどこに向くかだろう」

 「フランス政府は、戦争したがってるんじゃないか」

 「しかし、国民は、軍事費に金を掛けると嫌がるからな」

 「このまま、スペインと同様、内戦必至になればいいんだけどな」

 「植民地がフランスから離脱する可能性は?」

 「独立運動は弱いから、少ないな」

 「フランス植民地は、ドイツ植民地と違って自立できる力はないか」

 「ドイツ帝国の共産主義は?」

 「ドイツ帝国が反共で、一番、安定しているよ」

 「もし、日本がフランス植民地の独立を助ければ?」

 「いまのところ、植民地の総督が他国と結びついて、王になる可能性は小さいね」

 

 

 函館大火

 死者2166名、焼損棟数11105棟を数える大惨事となった。

 焼け跡で大臣らが選挙受けで、被災者を労い。

 少し離れた場所を関係者たちが歩きまわる。

 「関東大震災といい、函館大火といい、日本は天災で踏んだり蹴ったりだな」

 「人口が都市に集中するからだ」

 「都市の方が便利だからだ」

 「だから石造りかレンガ造りにしろよ」

 「素足が石とレンガを嫌がるんだよ」

 「それに清国が伝統建築に走って、日本も負けたくない風潮が出来てるし」

 「ぅ・・・あれは・・・」

 「なに?」

 「いや、なんでも・・・・」

 「せめて燃えない家屋を考えるべきだろうな」

 「耐火性建築材か・・・」

 「予算が必要だよな」

 「なに? 国で率先してやるの?」

 「耐火建築材10パーセント増しで、ポストと懐具合が良くなるなら良いじゃないか」

 「んん・・・」

 「こうやって、全部燃えた方が再開発事業でいい気もするがね」

 「近代化で忙しいんだから、こういうので足を引っ張られたくないよ」

 「1000度くらい耐えられれば、延焼をもっと減らせるんだがな」

 「もう石造りとレンガ造りにしなよ」

 「ドイツ建築で慣れただろう」

 「日本は地震が多いからね」

 「石造りレンガ造りは耐火性で良くても、木の方が耐震性で優れてるからな」

 「んん・・・・」

 

 

 国権より民権を重視しやすい政治制度で、民主主義が生まれる。

 統制が利かない代償として、個人主義が発達し、

 民間活力を最大限に利用し、国力を増大させることができた。

 しかし、それは、既存の民主主義国家であり、

 物事の一面をとらえただけに過ぎない。

 清国の民主主義は、多数決の独裁であり、

 私有財産を保障する資本主義は、富の封建社会といえた。

 清国は、人権のない民主化と、儒教型資本主義を確立させ、

 結果的に漢民族にとって不幸でも、清国は、幸運といえた。

 近代化は、労働、資本、資源、土地の集約によってなされる。

 初期の資本主義を擁護する言葉があるとするなら “しょうがない” に尽きる。

 その後、多くの列強資本主義は、各々、社会主義運動に押され、

 劣悪な労働環境は “我慢してくれ” の段階へと移行していた。

 清国の資本主義は、未だ “しょうがない” の段階にあって、

 その労働搾取は、殺人級であり、劣悪な環境は、世界一、二位を争う。

 無論、清国維新以前よりマシという、庶民も少なくない、

 そして、当然ながら共産主義を唱える毛沢東共産党は、非合法であり、

 発見されると村ごと開発区へと移行させられる。

 民主化していながら軍隊を使って村を潰して再開発できる国は世界でも少数派であり、

 そういう意味では、封建制度の強いドナウ帝国、ロシア帝国の方が庶民にとって、

 ありがたい国とも言える。

 もっとも、代価を払った成果は、大きく、

 清国の近代化は、都市を中心に作られていく。

 上海

 日本人たちは、ひたすら広い工場を見渡す。

 「日本最大の紡績工場の十倍の規模だと」

 「ありえねぇ・・・」

 「この辺りの村人たちはどこに行ったんだろう」

 「さぁ〜」

 「女工は、衣食住だけで、賃金なしだと」

 「絶対に勝てんわ」

 「どこのバカが発電所なんか作ったんだ」

 「日本・・・」

 「どこの国が紡績機を売ったんだ?」

 「日本・・・」

 「もう、売国奴だな」

 「だって資源だよ。資源」

 「インドから買えばいいだろう」

 「清国の方が近いし安いし、行き掛けに商品を持っていけるし」

 「インドはインドで、日本人街の社会基盤を揃えないと」

 「内地の社会基盤も大きくなってるから、日本も恩恵受けてるじゃないか」

 「・・・日本の紡績工場は、軒並みやられそうだな」

 「でも、品質は日本製だよ」

 「その品質格差は、いつまで持つんだ?」

 「さぁ」

 「関税掛けるか」

 「衣食住だけで、賃金払わず生産した衣類に関税掛けたって・・・」

 「勝てねぇ」

 「高級ブランド化するか、家電に切り替えないと・・・」

 「よりにもよって、何で、こんな出鱈目な国が日本の近くにあるんだ」

 「最悪だな」

 「矢面が東ゲルマニアで助かったよ」

 

 重慶

 銃声の響かない日は珍しい。

 どこかの国が清国の近代化を恐れ、

 足を引っ張るため、武器弾薬や麻薬の類を輸出する。

 もちろん、麻薬も需要と供給のバランスに従って流通し、

 探ったとしても、どこかの国の政府機関に辿り着く事はなく、

 実のところ、どこの国に麻薬が流れるかも統制できないのである。

 慣習として、モラルの低い国民国家は、麻薬が流れやすく、

 モラルの高い国民国家は、麻薬が流れ難いだけと言えた。

 清国では、選挙で負けた住民は、アウトローとなって立ち上がり、

 己が生活を守るため、武器を持ち、麻薬の売人となっていく。

 

 

 真っ当な白人紳士たちが、真っ当な人間は避けたがる闇の世界に集まっていた。

 「これがカメラあるか?」

 「そうだ」

 「これで銃撃戦を映せば、本当に高値で買ってくれるあるか?」

 「もちろんだとも」

 「・・・・わかったある。やるある」

 「よろしく頼むよ。映像映りが良かったら。人も雇えるからな」

 「その時は売るある〜♪」

 

 

 神話というものがある。

 どこの国であれ、

 民族的な枠組みの形成、

 国家的なアイデンティティを保つため少なからず存在し、

 時に国民を鼓舞し、権力掌握にも利用する。

 ほとんどの民族・国家群は、文字で記述される以前の伝承で荒唐無稽であり、

 検証不可で出所不詳の怪しげな神話を基にしている。

 しかし、早くに文明が開化し、

 石碑、遺跡など歴史的な裏付けがあると、神話より伝説に近付いてしまう。

 古代文明が国際的に認知されてしまうと、

 伝承が民族、国家与える影響力は計り知れない。

 そういった国家群は、4大文明など少なからず存在し、

 その一つにインド大陸があった。

 インド民衆は、カーストに支配され、

 インド大陸の3分の2をイギリスに支配されながらも人類史の源流にインドがあると信じていた。

 傲慢な欧米諸国も敢えて否定しない。

 異議を唱える国があるとするならエジプト、清国、イラクといえる。

 印華思想、

 過去の栄耀栄華にしがみ付いている後進国は捨て置け、

 という勢力は常に存在した。

 しかし、アメリカ合衆国、ロシア帝国、ドイツ帝国、清国の成長は確実であり、

 国家基盤で劣る日本と地政学的に不利なイギリスは、追い詰められていた。

 日英両国は、インド経済を支配し、運用し損なうと列強から滑り落ちてしまう。

 イギリスが覇権国家である事を続けるなら日英印3国同盟は必然であり、

 日本が社会基盤を整え、近代化を推し進める上で最善の選択肢に思われていた。

 インド大陸も近代化で避けえない産みの苦しみとなった。

 ニューデリー イギリス総督府

 「やはり、会計は日本人よりインド人の方が上か」

 「日本人が算術の秀才なら、インド人は算術の天才だな」

 「イギリスの台所事情を日本人やインド人に任せるのは面白くありませんがね」

 「しかし、産業が大きくなると必然的に算出しなければならない項目は増える」

 「むしろ、イギリス人の数学的な不明に呆れますよ」

 「足し算意外にも引き算、掛け算、割り算ぐらいできないと」

 「教育的な欠陥があるのではないか」

 「せめて日本人くらいの算術能力がないとまずいだろう」

 「イギリスは変なところで保守的だからね」

 「ところで、インドに造船所を建造するのは、どうかと思うのだが・・・」

 「建造すべきだろう」

 「南ヴュルテンベルク(東アフリカ)のドイツ潜水艦部隊は強力だし」

 「日英同盟だけでドイツ帝国と対決するならインド海運は頼りになる」

 「帆船時代ならいざ知らず、イギリスは地政学的に不利な気がするね」

 「ドイツ帝国潜水艦部隊なら、イギリス封鎖は、容易だろうな」

 「インドと日本の生産力を使わないとイギリスは負けるわけか」

 「イギリス人はインド移民に消極的だよ」

 「移民するならカナダか豪州だろうね」

 「だからカナダと豪州の産業を大きくしないと」

 「残念ながらイギリスとカナダ、豪州は一枚岩じゃないよ」

 「イギリスが好きにできるのはインドと植民地だけか」

 「身内より、下僕の方が使いやすいとはね」

 「当然といえば当然だけどね」

 「たとえ気に入らなくてもインドを近代化させて」

 「イギリス本国と同盟国を底上げすべきだろうな」

 

 

 インド大陸

 イギリスは、アメリカとドイツ帝国の軍事的圧力に対抗しようと、産業の一部をインドに移そうとしていた。

 そして、インド独立運動を牽制するため、日本人を雇い、

 イギリス植民地維持のため、インド人を海外領支配のため移民させてしまう。

 発電、製鉄、製造、鉄道、港湾に連なる基幹産業の要職にインド人を付ける事を好まず、

 日本人の労働区画は、急速に増えていく、

 日本人自治街のラーメン店に行列が作られていた。

 清国発祥の冷麺は、日本で改良され、インドまで来ていた。

 太陽の直射は赤道に近いのか、高原地帯でも熱く感じられ、

 カレーに飽きていた日本人は、冷麺に飛びついた。

 「冷麺か・・・素麺、冷麦、ソバ、うどんにない感覚だな」

 「暑いと、こういうのがいいねぇ」

 「でもインドのスパイスに慣れたから、もう少し、何とかならないかな」

 「んん・・・インド人向けを考えるなら、スパイスをもっと研究しないとな」

 「結局、スパイスも医食同源だろう」

 「まぁ そうなんだけどね」

 「カレーラーメンは、あるけど、冷やすと食べられそうにないな」

 「冷やしうどんは太いからスパイスを加えても良いような気もするが」

 「種類と量次第じゃないかな」

 「しかし、インドで造船となると日本の造船業はピンチだな」

 「イギリスは、アメリカとドイツに挟撃されて焦ってるし、インドで造船はありだろう」

 「潜水艦に海洋封鎖されたらイギリス本土まで輸送するのは、大変だからな」

 「まぁ イギリス本国があそこじゃ 地の利で不利だからね」

 

 

 

 世界の生産力の中心は、いまだ北大西洋にあり、

 欧州が世界の勢力均衡の中心も正鵠を得ていた。

 日本人の留学生も欧州諸国が多く、

 日本資本も欧州に足場を築かれていく、

 そして、欧州諸国も己が国を他国に出し抜かんと日本、清国と結ぼうとしていた。

 日本と欧州諸国の利害が一致したのは、

 民権が強くなり国権が弱くなった結果であり、

 征服と支配の代償が高く付き始めたからと言える。

 また、海運業の発達が海上交易を活発にさせ、

 採算性の良い日本商船隊が増えたからとも言える。

 良きにつけ悪しきにつけ、何はともあれ、

 欧州諸国の日本の足場は増えていた。

 ドナウ帝国ハンガリー王国ホーエンベルク伯爵領

 イツキは、徐々に安定していく伯爵領にほくそ笑む。

 日本は日露戦争以降、大規模な戦場を経験していいない。

 日露戦争は1905年に終結しているため、既に29年が経過している。

 もっとも、ほとんどの列強も戦訓が不足しているのは同様であり、

 一部の派遣軍を除くと、平穏で戦場を知る将兵が減少している。

 平和が良いという者は多いものの、

 戦訓無き軍隊に守られている事実は、恐怖すべきことと言える。

 端的に言うなら装備の質と量に関わらず、戦争に対する不安は大きくなっていく。

 このまま推移するなら、国家間戦争の前に

 貧富の格差からくる内戦の確率の方が高くなる。

 真っ当な為政者なら外征しても内戦を避けたいところだ。

 ホーエンベルク伯爵領は伯爵の努力と日本との交易のおかげか、

 領内の共産主義勢力は、押さえられつつあり、

 町は繁栄し、安定している。

 領民にすれば愛国心より衣食住と明日食べる食事であり、

 それさえ、良ければ日本人の伯爵でも構わないと言える。

 逆に言うなら人権がなく、衣食住で不足する奴隷だとしたら、

 明日、食べ物に困るなら、国益すら売りかねないといえる。

 領内で日本との交易が増えたせいか、

 日本とハンガリー人の婚姻も増え、

 日本が重視されていないはずのドナウ帝国で日本の足場が作られていた。

 とある温泉酒場

 日本人の留学生たち

 「また日本から留学生が来るってよ」

 「定期便が増えると違うな」

 「しかし、こんな、袋小路のような国に日本の足場が作られてもな・・・」 日本人留学生

 「こんな袋小路のような国だから日本の足場が作られたのだろう」 伯爵

 「は、伯爵!」

 突然の日本語と、見覚えのある顔に留学生たちは驚く

 「海に面した国は自前の船で自由に海外交易できる」

 「しかし、こういった国は自前で船団を作るリスクが大き過ぎて控える」

 「おかげでドナウ帝国は、日本との外交パイプも前向き」

 「日本商船の乗り入れも、商館の設営も容易だ」

 「伯爵。セルビアがドナウ帝国と戦争したがっているのは本当でしょうか?」

 「んん・・・たぶん本当だろうな」

 「「「・・・・」」」

 「君らは、卒業後、どうするね?」

 「わたしたちは、クーデンホーフ伯領へ行くことに・・・」

 「そうか、あそこも日本とのパイプが強くなってるからな」

 

 

 

 スペイン

 地中海側のフランスに面してカタルーニャ州が存在する。

 カタルーニャ語が使われており、

 右派と左派の対立を利用して自治権の拡大を狙い、

 独立運動が起こっていた。

 スペインの右派左派の内紛とフランスの混乱の影響なのか、

 カタルーニャ州の独立運動は、様子見となっていた。

 この地に海援隊が送り込まれ、画策らしい動きを見せたものの、

 他の列強国も同様に工作員を潜入させており、

 海援隊が必ずしも影響を与えたとは言えない。

 海援隊たち

 「カタルーニャ独立宣言は、見送りだと」

 「大航海時代の幕開けを作った国も国内の騒乱には弱いか」

 「フランス、スペイン、イタリアは、荒れ気味だ。共産主義が強くなってるんだろうか」

 「フランスはカタルーニャ独立を支援しそうな動きを見せてるけど?」

 「スペインの不幸で、国内の不正腐敗を誤魔化そうとしてるんだよ」

 「もう、信じらんねぇ」

 「日本はどうするんだろう。右派と左派と独立運動」

 「フランスもノルマンディ地区が離脱したがってないか?」

 「フランスも、よく、そんなんでチャコ戦争に派兵してるな」

 「戦訓だよ。戦訓のない軍隊なんて怖くて使えないよ」

 「日本も派兵すれば良いのに?」

 「日本の南米投資は、ブラジルに集中してるからな」

 

 

 南米

 チャコ戦争 (ボリビア VS パラグアイ)

 砲声が轟き、砲弾が敵の陣地へ着弾し、爆発する。

 機関銃の弾道が白煙を棚引かせながら大気を貫き、

 敵兵の進攻を阻んだ。

 そして、各国が開発試作中の戦車が実験的に注ぎ込まれ、

 戦場の様子がフィルムに映されていく。

 この時期の戦車はルノー FT-17 軽戦車を手本にしていたものの、

 仕様は、騎兵型、重装甲兵型、砲兵型、多砲塔型などなど、試行錯誤中であり、

 乗用車を改造したものから重戦車まで多様だった。

 とはいえ、国力を数と質で振り分けたモノが戦場にお目見えする。

 「危ない!」

 「わっ! おっとと・・・」

 数両の戦車が地響きをたて駆け抜けていく。

 「なんか、交通ルールを守って欲しいよ」

 「縦列に移動させろよ」

 武官・商人などの日本人たち

 「戦車に轢かれるのは、痛そうで嫌だな」

 「新聞に載るかもな。戦車に轢かれるなんて一桁台のはずだ」

 「あははは・・・」

 日本製オートバイの陸王が負傷兵を載せたリヤカーを引っ張り戦場から戻ってくる。

 日本政府と日本資本は、戦場の移動手段としてのオートバイに注目していたのか、

 観戦武官と商人を戦場に送りこんでいた。

 「チャコだと、すぐ壊れそうですな」

 「戦場では無理をさせないと生き残れない」

 「無理の効かない機械は、役に立たないわけでしょうね」

 「どちらにせよ。タイヤゴムの厚みは、もっと増やすべきだろうね」

 「しかし、品質にムラが多い」

 「日本製は、戦場向きでないですな」

 「本国は、砲力重視なのでは?」

 「動かしたい時に動かなければ鉄の棺桶になるよ」

 「まぁ そうでしょうが」

 白人将校たちが集まってくる。

 そして、トラック、戦車、オートバイが行き来する中、

 陸王が引っ張るリヤカーは、なぜか、注目されていた。

 「これは、なんです?」

 「リヤ・・・」

 「これは、日本帝国が開発した汎用箱型決戦運搬機。柄馬(えば)キャリーです」

 「「「「おー エヴァキャリー!」」」」

 

 

 パラグアイ軍陣地 傷病兵舎

 白人将校たちが傷病兵の傷口を調べつつ見回って行く、

 見舞うつもりはなく・・・

 「新薬は?」

 「んん・・・いいようだけど、思ったより効いてない」

 「麻薬をもっと増やした方が良いかな」

 「それよりタバコを増やすべきだね」

 「タバコを吸わないと敵兵に向けて撃てないやつも少なくない」

 「別に憎んでいる相手でもないのに人殺しだからね」

 「命令だけだと弱いか」

 「というより。こいつらの思っている事はな」

 「“なんで、国のために人を殺さなきゃならんのだ” だな」

 「あははは、ラテン系は、そういうのが強過ぎるよ」

 「それより、決まったか?」

 「ん・・比較すると、榴散弾の鉛玉は11gが良いようだ」

 小皿から鉛玉を摘み上げ、傷口と見比べる。

 「後になって大きさを変えるとか言うなよ」

 「一度、ラインに載ったら、変更は嫌われるからな」

 「わかってるよ」

 「当たり所にもよるけど、戦闘不能以上、行動不能未満ってところかな」

 

 

 この時期、世界の空路を支配していたのは数百隻のツェッペリン飛行船団であり、

 ツェッペリン飛行船は、ドイツ人が運行し、

 サービス関連乗員は、訓練されたドイツ人か、

 その国の国民によって行われていた。

 飛行機は、採算性の悪化で落ち込み、

 軍事的な要件で財政融資され、生き残っていたに過ぎない。

 各国とも採算ベースの自動車産業を軌道に乗せ、

 いざとなったら航空機産業に転用する動きを見せていた。

 もっとも、自動車産業を支えるだけの燃料と技術と市場が必要なのだが・・・

 

 飛行船が悠然とサモア上空に滞空しつつ飛行場に降りた。

 日本最南端のサモア島

 「やっと着いたか。気流が悪かったのかな」

 「飛行機の方が速いだろうに」

 「飛行機だと元が取れないからね」

 「ますます航空機産業斜陽だな・・・」

 積み荷の中から新聞を抜きとる。

 「1週間前の新聞だな」

 「・・・天皇陛下誤導事件だと、ラジオで聞くより、新聞で見る方が確信できるね」

 「百聞は一見にしかずだよ」

 「ふっ♪」

 「世知辛い世の中だと、こういう失態がないと詰まらんな」

 「不憫なのは関係省庁と当事者だけか」

 「もう、サモアで新聞を印刷した方が早い気がするね」

 「そうだな。しかし、こんな小さな島で、再生できないモノを作ってもな」

 「古新聞は再生できるぞ」

 「そうだっけ・・・」

 「再生工場の方が大変かもしれんがね」

 「やっぱ予算がないと何も出来んな」

 「関東大震災と入笠山遷都のせいかな」

 「インド投資のせいだろう」

 「南樺太に100万都市作ろうとするからだ」

 

 

 

 アフリカ大陸の憂鬱

 イギリスのアフリカ植民地は、地政学的に有利でありながら、余りにも広大過ぎた。

 南アフリカ、エジプトなど有望な地域を押さえ、

 植民地開発をインド人にやらせていたものの近代化というより、策源地でしかなかった。

 イギリスの資本投資は、インドに向かっており、

 アフリカ大陸支配を持て余し気味だったことは否めない。

 そして、第二位の植民地を持つフランスも同様だった。

 海軍力で競争しながら制海権を保ち、

 植民地を維持することは不可能であり、

 イギリスとフランスは、アフリカ植民地開発でドイツ帝国に劣っていた。

 アフリカ植民地の中で白人の植民がすすみ、

 曲がりなりにも近代化を推し進められた植民地は、ドイツ帝国領の

1930年   領有 利権 人口
面積(ku) 面積(ku) (万) (万) (万)
カメルーン 南ザクセン 79万0000   10 200  
東アフリカ 南ヴュルテンベルク 99万4996   10 300  
南西アフリカ 南バイエルン 83万5100   10 200  
トーゴランド 南バーデン 8万7200   10 200  

 だった。

 このまま地域差が推移すると、

 ドイツ帝国にアフリカ全土を支配されてしまう可能性すらあった。

 発電、製造などの産業を興し、

 比較的、開発が進んでいたのはベルギー領コンゴであり、

 そこも日本の開発力に頼っていた。

 

 「古代ローマ帝国再興。地中海を再び我らの海に」

 イタリアの人騒がせな夢は、世界最古の国家エチオピアを直撃していた。

 地中海沿岸にエチオピアが存在しないのは、些細な問題に過ぎず。

 足場になるイタリア領エリトリアとソマリランド利用し、エチオピア侵略を企む。

 そして、列強が注目する中、

 エチオピア領に進攻したイタリア軍は、エチオピア軍と交戦していた。

 

 エチオピアのホテル。

 ホテルの建設代金は、列強が不要になって中古兵器を売却輸出した代金であり、

 各国の要人たちも利用していた。

 「チャコ戦争といい、エチオピアといい、スペインといい。戦争がはじまると良く売れる」

 「でも借用書だから勝っても負けても支払いは微妙だな」

 「どうせ処分したがっていた兵器だからね」

 「それにイタリアもエチオピアも勝てないよ」

 「つまり、時間さえかければ、回収はできるはずなんだけどね」

 「土地でも良い。鉄道を施設できるならマッチポンプでも戦争させたいね」

 「エチオピアは、大丈夫なんだろうな」

 「武器は売ったから、後は将兵次第じゃないかな」

 「でも、弱いだろう」

 「ふっ♪ どっちが?」

 「「「「あはははは・・・・」」」」

 

 

 

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 月夜裏 野々香です。

 さて国際情勢の焦点です。

 既得権益が大きい、イギリス、アメリカ合衆国、ロシア帝国、ドイツ帝国は安定成長。

 新興勢力の日本、清国は問題を抱えつつも伸びつつあり、

 ドナウ帝国、スペイン、フランスは、共産主義と内紛中、

 生存圏の維持拡大に躍起なのは、イタリアでしょうか。

 史実と違ってソビエト連邦が存在せず。

 大規模な世界大戦を経験していないためか、

 各国とも社会主義運動が高まりを見せ、

 各国首脳部は、近代化を滞らせたくない国民生活を犠牲にし、

 貧富の格差を維持しつつ増収を狙う資本家は、海外投資で収入を得ようとし、

 国内の賃上げ闘争を牽制します。

 

 

1930年   領有 利権 人口
面積(ku) 面積(ku) (万) (万) (万)
北欧 ドイツ帝国 54万0857     5200  
朝鮮半島 東ゲルマニア 21万0000   100 3000 800
遼東半島     3462+1万2500 10 300  
山東半島 ホーエンツォレルン 4万0552 11万6700 20 800 600
カメルーン 南ザクセン 79万0000   10 200  
東アフリカ 南ヴュルテンベルク 99万4996   10 300  
南西アフリカ 南バイエルン 83万5100   10 200  
トーゴランド 南バーデン 8万7200   10 200  
 
ドイツ帝国 350万2167 12万9200   10200 1400

 

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第26話 1933年 『清華思想で、どんどん』
第27話 1934年 『内も外も相克だよ』
第28話 1935年 『物狂ほしけれ』