月夜裏 野々香 小説の部屋

    

仮想歴史 『風が吹けば・・・』

 

 

 

第31話 1938年 『世は全てこともなし』

 インド大陸の近代化が進んでいた。

 工業力を底支えする水力発電所は、日本の自治都市で作られ、

 イギリス統治領へと送電され、藩王国へも供給される。

 日本の自治都市を結ぶ鉄道はインドの鉄道とも連結され、

 インド産業の拡大とともに莫大な利益を上げていた。

 日英共同出資による資源開発と重工業化が進み、

 邪魔になった村人ごと、イギリスの海外植民地へと追いやられ、

 日英資本の航空機産業と造船業が軌道に乗っていく、

 インドは、カースト制、宗教、言語、人種、文化の違いのためバラバラにされており、

 インド人の独立運動は一貫しなかったため、日英の権益増大を妨害できず、

 それぞれのグループが日本とイギリスと組むことで利権を保っていた。

 イギリスは巧妙にインド内陸部の資源と産業を鉄道が結びつけ、

 ムンバイ港へと集約されていく、

 そして、大規模な設備投資が推し進められ、巨大な造船所が建設されていた。

 インドでK型駆逐艦が建造されたのは、それを可能にする工業力を身につけたからに他ならない、

 排水量1690t、全長108.7m×全幅10.90m×吃水3.8m、

 馬力40000hp 速力36kt 航続距離15kt/5500浬、

 45口径119mm連装砲3基 40口径40mm4連装1基 533mm5連装魚雷2基

 日本人たち

 「イギリスがドイツと戦争になったらインドで対戦護衛艦を大量生産するわけか」

 「イギリスに協力し過ぎでは?」

 「インドの日本権益は、インド独立を阻害する最大の保険だよ」

 「日本にとっては、英米共同歩調を妨害する保障でもある」

 「イギリスがアメリカと結託する可能性があると?」

 「イギリスは、独立戦争時、アメリカ大統領公館を燃やしたらしいけどね」

 「それでも同じ言語を使って、大西洋を挟んで大きな取引がなされている」

 「イギリスの取捨選択で日本が割損する可能性は常にあるよ」

 「それで無理してインド利権を押さえているわけか」

 「地政学上は無理でも、12都市は独立できるレベルだし利益も莫大だよ」

 「どちらにしろ、対米、対独のどちらが起きてもインドの工業生産力が興亡の金目になりそうだ」

 

 日本自治都市

 日本の12都市は、巨大な生産力と市場を抱えた植民地に作られた発電所であり、

 要害であり、工業生産地でもあった。

 守備隊にマチルダMk.1戦車が配備されるのは、機動性より、防御重視のためといえた。

 そして、飛行場には、ホーカー ハリケーンが並ぶ、

 これら最新の兵器が日本の領土に並び配備される理由は、単純且つ命題染みていた。

 世界情勢が比較的平穏だと、多少緊張状態があっても軍産業の発注量は少ない。

 そして、日本の査定に叶ったイギリスの軍産業はライセンス料が入って業績を伸ばし、

 外れた軍産業は低迷した。

 イギリスの兵器産業最大の顧客、日本の国防戦略な要求がイギリス兵器開発に影響を与える。

 日本のホーカーハリケーンの追加発注は、あっさりと消え去り、

 スピットファイアに切り替えられた影響も大きかった。

 国防産業は、国産という日本産業の声は強かったものの、

 インド権益の大きさに負けて、潰え去りやすく、

 潜水艦と8式小銃を除けば、ほぼイギリス兵器のライセンス生産によって、日本の国防がなされていた。

 そして、インド産業の拡大と相乗効果により、

 イギリス産業にとっての日本とインドの価値は、高まり続けた。

  “イギリスは、二つの太陽によって日の沈まない大国であり続ける”

  “それは同胞の尊い忠誠と献身によるものだけでなく”

  “一つはインド洋にあり、もう一つは太平洋にある”

  

 

 

 イギリス ロンドン

 図上演習が行われていた。

 使っている地図は、世界地図であり、

 イギリス・インド・日本同盟 VS ドイツ・イタリア・ドナウ・オスマントルコ同盟だった。

 大西洋、インド洋、太平洋の全域で通商破壊作戦と海上護衛戦が展開され、

 英独間と日独間で航空戦が行われ、

 アラブの油田を巡る戦いと、

 アフリカ大陸の植民地間でも戦いが繰り広げられていく、

 転がるサイコロの目で一喜一憂し、駒が盤上から取り除かれ、

 生産力に応じて新しい駒が戦場へと移動していく、

 インドの生産力は5年ごとに上限が更新されるため、

 前回のシミュレーションは、参考にならなくなっていた。

 日英将校たち

 「日本は、もっと戦力を出すべきだな」

 「・・・・」

 “戦力を出せ”は、“国内投資を減らせ”と同意であり、

 日本の国際競争力と国民生活が低迷するということだった。

 列強と比べ、社会基盤で劣る日本は、消耗を避けたいところであり・・・

 「・・・下取りした艦艇の性能以上の作戦行動はできませんよ」

 「イギリスはしこたま搾取しているのですから」

 「もっと、作戦能力の高い艦艇を建造されてはどうです」

 「日本人は精神力で何とかするのではないのかね」

 「精神力は互角の状況下で発揮されますが、それ以上ではありませんよ」

 「・・・海上護衛戦と航空戦で勝てれば、アフリカ大陸の失地回復は可能だ」

 「問題は、アラブの油田地帯だな。油がなければ戦争ができない」

 「砂漠戦の検証は、正しいのですか?」

 「エジプトでの演習結果から導き出している」

 「ドイツ製を5パーセント加算させているが、それは機械的な新旧の問題であって」

 「イギリスの技術がドイツの技術に劣っているわけではなく、戦況も許容範囲に収まっている」

 「というより、膠着状態なのでは?」

 「「「「・・・・・」」」」

 イギリスは、大型艦艇の建造に拘れば、ドイツ海軍の通商破壊作戦に対処できず。

 中小艦艇の建造に集中すれば、ドイツ海軍の通商破壊に対処できても、

 アメリカ海軍の戦艦部隊に対処できなくなるというジレンマを抱えていた。

 そして、イギリス海軍は日本海軍の払い下げ艦艇購入で底上げされていただけであり、

 日本海軍は、イギリス海軍の払い下げ品であり、

 性能は把握できても、比重を変えるものではなく、

 日英同盟海軍は、独米海軍のどちらに対しても効果的な対処ができる海軍ではなかった。

 イギリス軍将校は、焦り、

 日本軍将校は、米独海軍に対抗できないと諦めているのか、どこか投げ槍で冷めていた。

 

 

 

 権威主義

 封建社会の主従関係は、上意下達で優れた社会機構に見えるものの、

 権力構造は特権階層への忠誠で保たれていた。

 伝統が重視され、命令を待つだけの受け身で消極的な社会が作られ、

 下に対しては、虎の威を借る卑屈で傲慢な人種を量産する。

 支配された貧民層は、圧政と絶望の人生を強いられ、

 貰い癖の付いた物乞いとなるか、弱者から財を強奪する匪賊を作っていく、

 支配欲と犯罪は、清国社会の近代化を遅らせ、繁栄を空転させていた。

 清国の民主化は、法制度強化とともに権威主義を削ぎ、徳治政治を弱めた。

 それでも清国の権威主義と拝金主義は、世界最強だった。

 清国の国花は、中国南西部原産の梅だった。

 梅の木が清国国会の周辺から、街路樹へと伸び、庭木や公園を埋めていく、

 世界最大規模の梅の園が作られ、

 牡丹園と並んで観光の花になっていた。

 上院は、税金(100万テール)を納めた資本家議員200人。

 下院は、100万票以上を集めた民主家議員300人だった。

 露骨で投機的な選挙によって資産の再分配が進んでいた。

 中国風の建物が次々と建てられ、

 選挙のたびに新たな設備投資が行われた。

 敗者側は資産が召し上げられて借家暮らしとなり、

 勝者側は資産が分配されて持ち家に住むことができた。

 新たな中級層と貧困層が生まれる。

 選挙結果が僅差であるほど、分配率が高くなり、圧倒的だと分配率が低くなった。

 そのため、賭けの配当のような選挙制度が採られ、

 勝ち馬が分かる者でなければ分からない状況が作り出される。

 また風潮が選挙の予想を覆すことも起こり、

 リスクを分散させるため法人化が進み、選挙区外へも資産を構築する、

 政府官僚でさえ、賭けの予測に失敗し、財産の半分を失うこともあった。

 そういった混乱はあるものの、

 清国は、日本の10倍以上の市場に支えられた企業体が形成されつつあり、

 公共投資と社会基盤の増大に伴って、近代化が進んでいく、

 無論、列強の企業体が清国市場に食い込もうと躍起になって進出し、

 一部は成功し、巨万の富を得ていた。

 清国近代化は、国力増強によって自信を回復させつつある清華思想との戦いであり、

 古い封建制度との戦いであり、清のナショナリズム台頭との戦いでもあった。

 清国のホテルから見下ろすと辮髪6割、断辮4割の比率であり、

 おおむね、例外はあっても辮髪派が攘夷思考であり、断辮派が開国思考だった。

 日本人たち

 「近代化で捨てたはずの清華思想が復活しつつあるようだ」

 「日本の開国維新と、外国排斥の尊王攘夷復活を思い出させるね」

 「日英同盟がなければ、日本も孤立化して不況で右翼化した可能性があるな」

 「清国の場合、国内に資源も市場も全てある。孤立化しても不況になると決まらないよ」

 「むしろ、清国市場を失う世界経済の方が困る」

 「清国のナショナリズム台頭は、右翼化と軍事的冒険を誘発しやすくなるよ」

 「国力増強と近代化で自信を回復したのだろう」

 「危険な兆候だ」

 「清国の右翼化の標的は、日本じゃない。米独ソ権益地の満州と、東ゲルマニアだよ」

 「例えそうでも飛行機や艦船を清国に売るのは気が進まないな」

 「日本が売らなくても、どの道、フランスか、イタリアから買うよ」

 「清仏伊三国同盟か・・・」

 「将来性と世界経済でいうなら、十分、列強だよ」

 「清国は日本と違って国内で賄える。外征するだろうか」

 「内部で争っている間は、大丈夫だがね」

 「人口が多いから国内資源が不足して、国外に市場を求めた時が怖いよ」

 「次の選挙は、どうなるって?」

 「民権派が巻き返してる」

 「中国人は、乱を好むからね」

 「軍は中立なのか?」

 「軍閥は代表を議会に送り込めるから基本的に中立らしい」

 

 中国のお金持ちの家、

 扉が開けられ、一家の主人が慌てふためいて戻る。

 「大変なことになったる。選挙に負けたある」

 「あなた・・・賄賂は通用しなかったあるか?」

 「中国中から集まって票を数えてるある。もう、無理ある」

 「国に家と土地を取られるある」

 「どうするある?」

 「こうなったら、山東半島に逃亡するある」

 「大丈夫あるか?」

 「動産と銀行は大丈夫ある。山東半島の土地も大丈夫ある」

 「急いで処分して逃げるある」

 

 清国は列強に資源を売り渡し、技術を導入し産業を拡大させていた。

 そして、立憲君主制と民主化で漢民族の意識も変化していく、

 近代化と意識の変革は、歪な両輪の如く、清国社会を蛇行させ迷走させていた。

 庶民は、封建的な忠誠と政治参画を可能にする民主化の狭間で揺れ動き、

 近代化に比例し、清華思想も強まっていく、

 北京

 日本人たちは、変化していく清国社会を見聞し分析していた。

 清国の近代化は、日本の近代化と一部似ていた。

 街路で自動車が増え、

 最初から水道光熱を引き入れた近代的な建物が建設されていた。

 「大した変わりようだ?」

 「だが欠陥住宅は多く、利鞘を得るため商品の品質も劣化している」

 「それに権威主義も幅を利かせているし」

 「泥棒の巣窟だから近代化に必要な信頼関係はない」

 「努力と想像力は奪われやすく人間不信だ」

 「それでは、漢民族全体の力も発揮しにくいな」

 「産業は膠着しやすく、飛躍的な近代化もない」

 「想像力と才覚があるならアメリカで働く方が賃金が多くなるだろう」

 「漢民族は、自分の想像力と可能性を生かしやすいアメリカ移民を望むだろうな」

 「清国ほどじゃなくても日本も似たようなものだと思うが」

 「海外移民地は、個人の権利と補償が強く、可能性を生かす政策を取る傾向が多いようだ」

 「アメリカ合衆国、日本のインド自治都市、東ゲルマニアの民主勢力がそうだな」

 「外地に追い出された人間が個人の権利と保障を求めるのは当然だよ」

 「問題は、清国にも民主勢力が育っていることじゃないか」

 「民主勢力か・・・」

 「清国の庶民は選挙の度に、馬券より高い確率で所得を増やし、軋轢を解消している」

 「負けると悲惨だけどね」

 「選挙の勝ち組は多数派だから当然政権も安定している」

 「資産の再分配は、定期的に行われ、民主化の民間活力で清国経済は伸びてる」

 「清国の民主化は、対日戦争の足枷になってる」

 「それはどうかな。清国の潜在能力は日本より高く」

 「国力差が広がり過ぎると統治者の裁量で戦争を起こせるようになる」

 「清国の民主化は脅威だよ」

 「清国社会の人間不信が唯一、日本の味方か」

 

 

 清国は “近代化” “大陸統一” “扶清滅洋” のため、

 ドイツの技術と戦艦、武器弾薬を購入し、

 代償として山東半島ドイツ権益拡大を許してしまう。

 ドイツ帝国の山東半島の租借地3462kuと国土に準じ、

 中立地帯のドイツ租界1万2500kuは、大家の清国と借家人のドイツの関係だった。

 ドイツ帝国の対清政策は、東ゲルマニア併合によって一変し、

 清国の国力増強に伴い、ドイツの清国支援は縮小していく、

 清国は立憲君主制によって “大陸統一” を成功させ、

 “扶清滅洋” を山東半島と満州、香港に限定させることに成功し、

 “近代化” は、フランスとイタリアの交易増大で対処していた。

 

 山東半島 中立ドイツ租界(1万2500ku)地帯、

 中立地帯とは言え、無法地帯ではなく、

 清国の特別区画法の元、警察権は、ドイツにあり、6トン級小型戦車が配備されていた。

 ドイツ風の紅い煉瓦作りの建物が並び、

 ドイツ人と漢民族双方が住み分けていた。

 中立地帯 清国の秘密警察たち

 「また漢民族が増えてるある」

 「お金持ちは、選挙で負けた時のことを考えるの当然ある」

 「選挙のたびに金が国外に流出してるある」

 「ドイツ権益地の山東半島と、米独権益地の満州に財産の一部を避難させているある」

 「どいつもこいつも売国奴、非国民、裏切り者ある」

 「気持ちはよくわかるある」

 「気持ちの問題ではないある」

 「このままだと清国で利己主義を蔓延させてしまうある」

 「そんなの昔からある」

 「昔の利己主義は、少数の特権階級者だったある」

 「いまの利己主義は、全漢民族ある。民主主義は危険なる」

 「「「困ったある」」」

 

 

 

 首都 高天原 (入笠山)

 東京、甲府、名古屋を結ぶ中山道は、周辺域の山が掘削されていた。

 街路沿いに広げられた土地に近代的な建造物建ち並ぶ、

 日本軍将校たち

 「首都防衛計画は?」

 「どんな大軍でも戦車部隊でも展開のしようがなく、地の利で5割増し以上」

 「補給は、関東圏と中京圏。新潟から受けられる」

 「図上演習の結果は、攻めようがない」

 「ドイツ空軍が日本の制空権を奪って戦う方法もある」

 「東ゲルマニアは自前で戦う燃料がないよ」

 「東ゲルマニアは、人造石油工場を建設しているらしい」

 「石炭を超える石油にはならないし、現状の石炭と石油の変換比は100対1前後」

 「それに東ゲルマニアは、日本と同じで、鉄と石炭を購入している」

 「戦争などしたくないだろうな」

 「だといいがね」

 

 

 

 

 南バイエルン (南西アフリカ) 83万5100ku

 リューデリッツ港から内陸に向かって水路が浚渫されていた。

 Uボートを内陸のブンカー・ドックに誘導する水路であり、

 同時に南米の河水を満載したタンカーを内陸へ移動させる水路でもあった。

 タンカーは、甲板ほどの高さの陸地まで水路を遡ると給水ポンプで河水を汲み出し、

 給水管で河水を地下水網に流し込んでいく、

 2500t級Uボートがタンカーの出港待ちをしていた。

 「水路を封鎖されそうで不便だな」

 「海上からの砲撃にさらされたくないと思うのは人情だけどね」

 「いまは、空母の時代じゃないのか。空襲されるだろう」

 「空母か・・・そういえば、アフリカなら空母を配備しても支障がないらしい」

 

 

 

 飛行船と鉄道がリューデリッツ港に集積された物資を内陸へと運んでいく、

 中央部のウィントフック

 扇を立てたようなコカブーンの森が水路周辺に広がって木蔭を作り、

 乾ききった大地にサボテンの花を咲かせていた。

 穀物生産は、細々としていたものの、

 広がっていく牧草地は羊と牛の牧畜を支え、

 不足分の食糧は、産出したダイヤモンド、ウラン、亜鉛の収益で購入できた。

 日傘をさしたドイツ人たちが砂丘と牧草地の境を散策していた。

 「砂漠に水を撒くような気分だったが、随分、緑が増えたな」

 「まぁ まず影を作ることかな」

 「ミネラルの多いアマゾン河水と土壌で樹木が育ちやすくなっているだけだろう」

 「それにしても、南バイエルンとは・・・名ばかりの光景だな」

 「南バイエルン騎士軍の編成は?」

 「300馬力の23t級戦車と8t級装甲車が主力だ」

 「あまり強力とは言えないな」

 「砂漠地帯は、馬力比重で有利な車両が求められるからね」

 「暑過ぎる。むしろ、装甲列車を主力にしたいよ」

 

 

 カプリビ回廊

 飲料水を超える人口は住めない。

 回廊部は、クアンド川、リニヤンティ川、チョベ川、ザンベジ川と接し、

 南バイエルンでもっも水資源が豊かだった。

 ドイツ人は、都市と石畳敷きの運河を建設し、

 少ない生活用水と農業用水で生きていた。

 インド洋へ流れ込む川の支流を束ねて運河を建設し、

 大西洋側へと捻じ曲げる。

 ドイツ人たち

 「もっと保水用の網を広げないと砂嵐で埋まってしまいそうだな」

 「これほど水で苦労するとは・・・」

 「砂漠は、蒸発しやすいし川を流しても無理があるな」

 「河水が地中に浸み込むから乾季は大西洋まで届かない」

 「それでも農業用水と生活用水が増えれば生活は楽になる」

 「生活か・・・」

 「カプリビ回廊は、ともかく、南バイエルンは、まだ国家基盤の段階じゃないな」

 「やはり、ブラジルから水を輸入するしかないか」

 「沿岸部なら、輸入水で開発できるかもしれないけど内陸部まで届かないし、恒久的なものじゃないからな」

 「しかし、内陸部に基盤を作れば、ドイツ軍の膨張を防ぐ戦力は周辺にない」

 「アフリカのドイツ植民地が抑止力になるのは、もっと先だと思うが」

 「だが周辺の植民地は水が多い」

 「戦争してぇ」

 

 

 新大陸は、旧大陸からの移民者が国家を形成していた。

 封建的な主従関係の絆が弱まったことで、横の繋がりも薄れさせてしまう。

 それどころか、人種、民族、文化、宗教、言語、歴史で統一性を事欠き、

 国家と国民のアイデンティティすら保てない状況を作り出した。

 アメリカ合衆国が民主主義と資本主義を発達させ、

 個人の自由、人権、平等を保障する法律を強化したのに比べ、

 南アメリカは、国家形成の当初から、権力の公私混同と私利私欲によって、

 アミーゴという小さな集団の結束力が法律に勝り、共同体を形成できないでいた。

 個人個人の意識の集合が国家を成しているとするなら、

 南アメリカは、未完成な脆さを内に秘めており、

 人種に関係なく、個人が才覚に応じ、

 その国の主流になりうる可能性を秘めてしまう。

 日本資本と海援隊がブラジル投資と移民に関心を示し、

 一定の投資を継続していた理由でもあった。

 そして、ドイツとロシアがメキシコとアルゼンチンで足場を作ろうと画策したのも

 そういった背景があったからにすぎない、

 メキシコ

 広大な国土と十分な資源があった。

 総人口2000万だった。

 しかし、国民に知恵を付けることを恐れる階層が存在し、教育もままならず、

 モラルの低い個人の集まりで作られた国家は、不正腐敗が多く、

 国を近代化させる人的総力で劣っていた。

 メキシコシティの通りにドイツ製の25t級戦車が並び、

 選び抜かれた部隊が編成されていく、

 ドイツ人たちがホテルから通りの戦車隊を見下ろしていた。

 「油田の国有化でアメリカの反発は?」

 「予想だと、戦争の可能性は小さいかと」

 「まぁ これだけあれば・・・」

 「これでようやく、メキシコの独立が守られそうです」

 「いまのところ、アメリカ軍は脅威ではない。心配なさそうだがな」

 「アメリカは、土地が余ってますから守るだけで十分」

 「むしろ、この軍は、反乱防止用でしょう」

 『メキシコ軍が軍事クーデターを起こさなければいいが・・・』

 統治者にとって軍隊は諸刃の剣だった。

 雑多な移民者で構築された権力基盤は、権威の根拠が薄弱だった。

 軍部に口実があるなら、その刃は国境の向こう側ではなく、統治者に向けられ、

 強者の論理で地位が簒奪される。

 03/18 メキシコは、国内の外国石油資本を国有化

 

 

 アメリカ合衆国 白い家

 「メキシコと戦端を開くか?」

 「他国に付け込まれる恐れがあります」

 「国有化の代償を得られるのなら国有化でも構わないのでは?」

 「アメリカ陸軍は、将校13304人。兵力183455。10個師団ほどしかないのをお忘れで?」

 「今は、国力を保つ時だが、不換金不況で低迷中だ」

 「どこかが戦争しないならアメリカ合衆国で戦いを始めるよりない」

 「まじめに戦争してくれる人種が少な過ぎるかと」

 

 そして、アメリカ社会

 自動車産業を下支えするには幾つものハードルが必要だった。

 そして、資本資本主義、社会基盤、技術、石油、鉄鋼、生産、消費、燃料など、

 一旦、必要な項目が揃えば加速的に育ち始める。

 しかし、それらの項目のいくつかが不足するなら、

 自動車産業は投機性の高いものとなり育ちにくくなった。

 それでも中心になる国家の風下に立つことで、ようやく、自動車産業を育成できた。

 例えば、油田のない国は、自動車を開発生産しても海外から油田を買わなければならず、

 自動車産業の発展は、大きなリスクを背負うことになった。

 日本の自動車産業がリスクの大きな投機であったのに比べ、

 ドイツとイギリスは、中東油田の開発が見込め、

 自動車産業を軌道に乗せる事に成功していた。

 日本も中東の石油利権に参入していたものの、まだ規模が小さく、

 自動車産業よりは、造船であり、鉄道だった。

 これらの社会基盤は、人々の生活を豊かにさせ、快楽をもたらせる、

 多くの人々が前の年と違う発展する社会に希望を見出していた。

 これら日の当たる産業は、幾つもの層を作り出して成り立った。

 そして、その層は、ピラミッド状の階層であり、貧富の差でもあった。

 この時代、資本主義は社会運動という影を生み、共産主義という闇を作り出した。

 “労働者は祖国を持たない”

 “共産主義が実現するにつれて国家権力は死滅へと向かう”

 社会運動が労働条件待遇の改善である予防薬であり、

 穏便で消極的な改革運動だったのに対し、

 共産主義は、農民と労働者の代表が国家権力を握る劇薬であり、

 強硬で積極的な革命だった。

 破壊から何かが生み出されるとしたら、共産主義は破壊の因子であり、

 共産主義の浸透は、国家権力の転覆どころか、

 国家産業基盤を弱体化させ国際競争力を弱体化させる副作用もあった。

 いまだ実体を持たない共産主義の幻想は、列強の権力層を脅えさせ、

 国家権力構造の再構築は、庶民に期待を抱かせた。

 繁栄していたはずのアメリカ合衆国で不換金不況が起こり、

 庶民の間で働けば未来が開くといった幻想が消え、

 世界で最も豊かなはずのアメリカ合衆国で、共産主義が浸透していく。

 資本家たち

 「まったく、ラテン系は、シエスタ(昼寝)を欲しがるし、アイルランド系はボイコットしやがる」

 「イタリア系はマフィアだしな」

 「一旦味をしめて、権利にしてしまうと歯止めが効かなくなるぞ」

 「このままだと、お馬鹿な労働者にアメリカ産業が潰されるぞ」

 「自由資本主義は努力すれば、成功できるはずなのだがな」

 「ふっ 成功だ?」

 「アメリカンドリームで適当な人間を引き上げて国民に期待を持たせてるだけだ」

 「引き上げるのは努力している人間だろう」

 「まぁ そうだがね。アメリカンドリームは、成功者に与えられる勲章のようなものだ」

 「日本の文化勲章は飾りだがね」

 「アメリカの勲章は、実体の成功だ」

 「そして、成功という勲章が授与されれば、競争心が高まり、誰しもが働き始める」

 「今回は、大盤振る舞いしなければ、自由資本主義は衰退するかもしれないな」

 「ロボットのように忍耐強く働く人間が欲しいものだ」

 「そうすれば、作られたアメリカンドリームに頼らなくて済む」

 「もう少し、ドイツ系が移民してくれたらな」

 「ドイツ人は、アメリカより、東ゲルマニアに移民するだろうよ」

 「北大西洋の方が近い」

 「東ゲルマニアならドイツ語のままでいいし、遠くても海からも陸からもいける」

 「それに嫌なのはドイツ皇帝とドイツ貴族だろう」

 「ドイツとロシアで戦争してくれないかな」

 「こうなったら日本人の移民も増やすか」

 「日本人は、微妙だし、インド移民が主流だよ」

 「手段を選んでいる場合ではないだろう」

 「全て揃っているのに、南米みたいに人間の質だけで台無しにされてたまるか」

 「やはり、日系移民の勤労意欲に賭けるべきでは?」

 「んん・・・」

 

 

 07/21 チャコ戦争終結(ブエノスアイレス講和条約)

 ボリビアとパラグアイの戦争は、国益を列強に切り売りすることで終息する。

 列強代表者たち

 「やはり、航空機と戦車が主力になりそうな気がするな」

 「後は兵站だな。効率よく戦場に弾薬を持っていかないと」

 「しかし、世界で一番自動車を持ってるのはアメリカだよ」

 「戦争になれば、アメリカが有利だ」

 「我々は、点滴を打ちながら戦わされることになりかねない」

 「アメリカ人のアイデンティティは弱い」

 「結束力のない人種に大軍を任せたりするものか」

 「それに民意が強い、戦争したがる人間に票を入れたりはしないよ」

 「だといいがね。しかし、戦争を誘うことはできる」

 「当面、脅威になるとしたら、ほかの国だ」

 「ロシア帝国は封建社会が縮小して、商業が発達して国力が増大中」

 「清国も民主化で急成長気味だ。脅威になるだろう」

 「まぁ どちらも直接というのはないからね」

 「島国はいいな。安全保障上、気がかりばかりで気が休まらんよ」

 「東ゲルマニアなんか取るからだ」

 「世界戦略上、いい考えだと思ったんだがな」

 「資源のある場所を取るもんだ」

 「しかし、脅威がそばにある方が国民は働いてくれる」

 「東ゲルマニアの生産効率は高い」

 「まぁ そんなもんだろうね」

 「問題は、アメリカ合衆国がどこまで我々の権益に干渉してくるかだな」

 「今のところ旧大陸のイギリス、フランス、ドイツ、イタリアがチャコ戦争に関わっている」

 「大きな対外戦争でもしていたら、もう少し、まとまりがあったかもしれないがね」

 「アメリカ合衆国は挙国一致で不安があるから対決を避けるだろう」

 「だといいがね」

 「しかし、嘘も方便と思ったが、チャコ地方は、ありそうだな。資源」

 「予想より上手くいったから、開発してみよう」

 

 

 

 

 SFドラマ「火星人来襲」

 

 

 ドイツ帝国は、急速に海外地を発展させ、国力を増大していた。

 にもかかわらず、民主主義勢力は、絶えず現れた。

 傲慢な貴族階級に対する反発は、特定個人によって発生するものではなく、

 特定階層から、一定の比率で出現するガス抜き現象といえた。

 ベルリンは白銀に包まれていた。

 帝国国際政治学科

 「民衆に対する世襲特権の強さなら、インド、ロシア帝国、ドイツ帝国、ドナウ帝国、イギリスの順だな」

 「ラスプーチンのせいで、ロシア貴族は、弱体化したと思ったけど」

 「民衆に対しての数の弱体化であって、質の弱体化ではない」

 「もっとも、質と量でいうならドイツ帝国とドナウ帝国が強い」

 「近代になって自由を求める風潮がますます強くなってるからな」

 「近代化は、国民の総意が重要だからね」

 「全体主義による強要より、個人主義の自主性の方が体制が安定し易い」

 「いまのところ海外領のおかげで貴族階級は反発されても無事だと思う」

 「東ゲルマニアのアドルフ・ヒットラー首相は危険じゃないのか」

 「ドイツ皇帝の四男アウグスト・ヴィルヘルム・フォン・プロイセンがいるだろう」

 「海外地は民主派勢力が強いから、皇族がいたからといって、どうにもならんよ」

 「しかし、ヒットラーがどんなに粋がっても、東ゲルマニアは単独では、生き残れないよ」

 「アメリカ合衆国か、日本と組むとわからなくなるぞ」

 「ドイツ本国の意向に逆らってまで動いたりしないさ」

 「日本は、どうだろう。かなり無理をさせている」

 「島国の日本民族は、元々 長いモノに巻かれ易く、事勿れな国民性だからな」

 「明治維新が下級士族中心に行われたため、法的に華族の特権はない」

 「閨閥と門閥の統合が進めば、特権の世襲と強化が進むのでは?」

 「それだって、その役職へなりやすいだけで法制度じゃないからね」

 「執権者は国民の牙が小さいと楽だから」

 「それは、執権者のミスが少ないということだろう」

 「むしろ、社会的な軋轢がクラッシュした時の反動が怖いかと」

 「日本は、瑞樹(北東ニューギニア)州とインド自治都市入植でガス抜きしている」

 「開発可能な未開地が多ければ、それだけ体制は長く持つよ」

 「清国は?」

 「清国改革は1912年頃なので、ロシア帝国のラスプーチンの改革以前」

 「いまのところ、不満分子が少なく、体制は安定している気がするな」

 「政治的には波乱気味だが選挙のたびに高確率で資産分配の機会が巡ってくるなら庶民受けはいいようだ」

 「普通の国は、候補者と特定産業者以外、上の空だがね」

 「生活と直結してるから投票率はいいよ」

 「むしろ、怖いのは、ハングリーなロシアだな」

 「東ゲルマニアは、いま、ロシアと事を起こせば死活問題だ」

 「誰だ。ロシアに戦艦を売ったのは」

 「皇帝だろう」

 「まさか、日本が半島とニューギニアを交換してくるとは思ってなかったのだろう」

 「50年後でいうなら、ロシア帝国、アメリカ合衆国、清国は、大きく伸びる可能性を秘めているよ」

 「英印日同盟は?」

 「インド開発次第だな。それだって、互角になるという意味で追い越せるわけじゃない」

 「ドイツ帝国は?」

 「海外領地の開発速度と、ドナウ帝国との同盟関係と人口次第だろう」

 「日英同盟より有利だとしてもだ」

 「本国が脆弱で、海外領地に依存するなら、あまり変わらないな」

 「アメリカはドイツ系の移民が減って、人的に低迷しているのが弱みか」

 「代わりに清国人と日本人のアメリカ入植が増えてる気がするな」

 「日本は同盟だけでなく、ブラジル北東部、コンゴ、ドナウで開発してるようだ」

 「国外開発力が大きいようだが」

 「国外開発で外資を得てから、国内開発に向ける気なんだろう」

 「造船の次は、国外開発で外貨得とくか、低賃金で成長率葉だけは高いな」

 「日本は、首都を内陸部に移動させて、海からの脅威が低下したのだろう」

 「戦争が起きず、資源を輸入できるなら日本の成長は続きそうだな」

 「日本は、イギリスの生産力を抜いている」

 「社会基盤が整備されればさらに伸びそうだな」

 

 

 

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 月夜裏 野々香です。

 第一次世界大戦なしのまま、平々凡々と時が過ぎていきます。

 そして、平穏が歪に作られた社会構造を崩す元凶だとしたら、

 事件、天災、災厄、戦争が、権力と社会構造を保つ予定調和だとしたら・・・

 権力者は、気の落ち付く時がないかもしれない。

 

 

1930年   領有 利権 人口
面積(ku) 面積(ku) (万) (万) (万)
北欧 ドイツ帝国 54万0857     5200  
朝鮮半島 東ゲルマニア 21万0000   100 3000 800
遼東半島     3462+1万2500 10 300  
山東半島 ホーエンツォレルン 4万0552 11万6700 20 800 600
カメルーン 南ザクセン 79万0000   10 200  
東アフリカ 南ヴュルテンベルク 99万4996   10 300  
南西アフリカ 南バイエルン 83万5100   10 200  
トーゴランド 南バーデン 8万7200   10 200  
 
ドイツ帝国 350万2167 12万9200   10200 1400

 

 

 

  口径 銃身/全長 装弾数 重量g 初速 発射速度 射程距離
エンフィールド 7.7mm×56R 640/1130 10 3900 744m/s   918m
ヴィッカース重機関銃 7.7mm×56R 720/1100 250 50000 760m/s 450〜600 740m
8式小銃 7.7mm×56R 640/1100 10 3700 700m/s   618m
               

 

  

 

 

 

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第30話 1937年 『果報は寝て待て』
第31話 1938年 『世は全てこともなし』
第32話 1940年 『うよたん、さよちん』