第02話 『驕りの対価は?』
1630年
東南アジアの日本人町は、関が原の戦い以降、増えていく。
平和になると資本が商人に集まりやすく。
仮に船が沈んでも海外交易は金になりやすい。
そこに改易された浪人。反徳川の浪人やキリシタンが加わる。
余剰浪人たちが海外に目を向けたのは利益が大きかったことに他ならない。
そして、再起を賭けた者もいる。
戦国の世を戦い切った武士が異国の地、戦場で評価される。
もちろん、銀・金が国内から持ち出され、
日本国内の銀・金の流通を痩せさせ、小さくしていくため、南蛮貿易も陰りが見え始める。
海里ツカサと永未ヨヘイは商館で、
あれやこれや雑用を引き受け、小金を貯めていく。
何しろ弱小商人は、労力が買い叩かれやすく、数をこなすしかない。
海里ツカサと永未ヨヘイが組めば、オランダ語、日本語、ベトナム語、マレー語の仕事が舞い込みやすかった。
オランダ帆船
「久しぶりだな。ゼーマイル(海里・Zeemijl)」
「やぁ 船長」
「結局、外へ出ても日雇い家業は変わらんな」
「船に乗っていた方が良かったんじゃないか」
「賭けで勝っただろう」
「まぁ 3枚とも表が出るとは思わなかったよ・・・」
「それより、例の作戦でいいんだよな」
「ああ、熱病で船員が倒れて船が漂着している。襲えばオランダ船が手に入るってな」
「本当は、中国でやりたいんじゃないか」
「駄目だな、あいつら用心深くて、本当に座礁していないと引っかからない」
「ネタ切れなんじゃないか」
「なぁあに、お前たちが上手くやってくれれば成功するだろう」
という仕事だった。
オランダ船の船員が熱病で漂着する。
襲撃する現地人も、騙すオランダ人も、
工作を引き受ける日本人も悪党だといえる。
原住民が温和で襲撃しないとか、
逆に手を差し伸べられると計画が狂って失敗。
情けは人のためならずが計画を空回りさせ、唯一の救いだったりする。
オランダ船も相手が悪党だと遠慮がなかった。
村ごと襲撃し、全て簒奪していく、
当然、奴隷も引っ張られていく。
「いゃあ〜 永未。善良な村人でなくて良かったね」
「まぁな」
「なんだ、同情か?」
「ちょっとだけな・・・」
引っ張られていく子供や娘達を見ると少しばかり滅入る。
親が悪党でも子供も悪党になるとは限らない。
親が善良でも子供が善人になるとは限らない。
親の因果が子に報いというヤツだろうか。
ため息。
オランダ船
「よう、ご苦労だったな」
「それはどうも、船長」
「それより海里。耳寄りな話しを教えてやろう」
「なんと交換ですか?」
「その鮫皮、象牙、胡椒だ」
「せっかくの戦利品なんですよ。本当に耳寄りなんでしょうね」
「おうよ。泣いて喜ぶ情報だ」
「・・・象牙と賭けならどうです?」
「よ〜し 表三枚ならお前の勝ちだ」
「・・・どうぞ」
3枚のコインが放られる。
そして・・・・
「・・・・あ、ありえん、なんか、違うだろう」
「なんで負けるんだ・・・・」 orz
アユタヤの王宮
外国勢力が他国の内政にかかわる場合、利益は莫大だがハイリスク・ハイリターン。
非常に高度な権謀術数などのスキルを求められ、
スキル不足だった場合は悲惨な結果となりやすい。
日本資本の財力と傭兵部隊の武力を背景にした圧力はアユタヤでも強かった。
山田長政は、アユタヤ王朝ソンタム王の信任を得て官僚第3位オークヤーとなっていた。
しかし、ソンタム王死後は情勢が変わる。
王位継承争いが激しくなれば、それまでの義理や人情をかなぐり捨てて行く。
目聡く人心を掌握した者が勝ちやすい。
順当なら遺言通りチェーターティラートが王位継承。
しかし、大臣のシーウォーラウォンは、ライバルになりそうな叔父シーシン親王に王位簒奪の疑いをかけて処刑。
その後、正統継承者チェーターティラート王は、右腕となるはずのシーウォーラウォンとの権力闘争の末、処刑。
ここで、山田長政と不和が生じる。
チェーターティラート王の弟アーティッタヤウォンが王位継承となるが、あまりにも幼過ぎた。
アユタヤ王朝の体制を抑えたシーウォーラウォンが王位を継承してしまう。
最後までシーウォーラウォン王に反対した山田長政と、
タイ王国アユタヤ王朝27代プラーサートトーン王の対立は決定的となり。
山田長政と日本傭兵部隊がマレー国境の警備へ左遷されると、
日本商人は、武力を背景とした圧力が利かなくなる。
プラーサートトーン王が華僑資本を後ろ盾にすると日本資本は窮地に陥る。
アユタヤの下流。
チャオプラヤー川沿いのワット・パナンチュー。
朱印船が停泊していた。
いらいらと行き来する船長は、ご機嫌斜め。
「・・・出航の許可は、まだか?」
「いえ」
「くっそぉ〜」
「いくら、タイの官吏が無能で怠惰でバカでも限度がありますね」
「嫌がらせしやがって。このままだと徳川幕府が引き篭もってしまうぞ」
「ありえますね。キリシタンも増えているそうですし」
「日本人の精神は利益以上の圧迫に耐えられない」
「海外だとキリシタンでも日本人で心強いんだがな。傭兵軍を出すか」
「ここで日本の傭兵軍を出せば、アユタヤに居場所がなくなります。搦め手で・・・」
「そんな、姑息な手段など使えるか、日本人は直情で単純なのだ」
「プラーサートトーン王め、日本人を舐めやがって、兵を集めろ軍を出すぞ!」
カレン・マルダーは、海里と永未の前に立って二人を見下ろしていた。
運命の悪戯か。定められた宿命か。
「ほっほほう。海里〜 いつぞやの様に、わたしを追いかけてみぃ」
くそ生意気なオランダ娘は、数年で海里と永未の背丈をごぼう抜き。
今では、勝ち誇ったように見下ろしている。
体格でも少女が勝る。
オランダが小さい国というのは、人間が大きいからだろうかと・・・
「ほぅ 私に助けて欲しいとな」
『・・・あのとき、やっておくべきだったか』
「金にならんことは、やらんぞ」
オランダ女性は、欧州屈指のつわものと評判で背丈以上に生意気だった。
アジアの血が半分混じっているようだが、どう考えても組み伏せられるのは、こっちだろうか。
「じゃ 賭けで、航路を外れた場合は、ジャンク船を3隻」
「賭けに負けたときは何もなしか?」
「そ、そのときは、アユタヤに残された日本の遺物かな」
「あと、日本と交易のときは助けてあげるよ」
「持ち船も持たないチンピラ風情が何もなしか」
「そんなもの、自分で奪える」
「ぅ・・・でも、タイミングとかは?」
「アユタヤでポルトガルと衝突したくないだろう・・・」
「んん・・・」
『はぁ ほとんど、売民奴の気分だ』
血気盛んな日本人傭兵部隊はアユタヤ最強だった。
アユタヤ王朝の王宮を占拠してプラーサートトーン王を人質にとってしまう。
タイ王国の日本人町は、この暴挙によって運命が閉ざされる。
しかし、弱小商人の海里と永未が日本人町の豪商に襲撃があると伝えても無視される。
「アユタヤが日本人町を襲撃?」
「日本人が王宮を占拠しているのに?」
「山田長政の傭兵部隊はアユタヤ最強だぞ」
「簒奪王のプラーサートトーンが負けを認めれば、それで終わりだよ」
「俺たちが、この国に日本刀という武器を供給して、お金の銅を供給しているんだぞ」
「アユタヤが折れるよ」
「そういえば、華僑も俺たち日本人の味方をすると言ってたぞ」
「ポルトガル人も日本人の味方をするって言ってたよな」
「簒奪王の味方をするやつは、いないよ」
と、日本人は、山田長政と最強の主力傭兵部隊が不在の割りに強気で、
日本人は現地勢力だけでなく、外国勢力まで敵にまわしていた。
一部は、警戒し始める。
アユタヤの日本人町。
海里と永未は、王城を占領して緊張している日本人町を歩いていた。
「海里。奏大人は?」
「彼は、華僑の中でも少数部族系でね。同類だけど非主流だよ」
「信用できるかという意味だよ」
「恩を売れば日本物で有利な商いができる」
「どっちに転んでも悪くないが信用があれば次の取引で有利だろう」
「いつ来るかな」
「さぁ ボチボチなんじゃないか」
「よう、海里、永未。いつ襲撃されるんだ?」
「・・・・・」
バカにしたように茶化す日本人もいる。
「王城を押さえて王様に御灸を据えているじゃないか」
「日本人に逆らうのは懲りているはずだよ」
「そうそう、物分りの良い他の王様に変えてやれば良いんだ。良い機会だよ」
他国の王宮を襲撃していながら余裕があるのだろうか。
不意に日本人町がざわめき始める。
それまで親しくしていたタイ人が突如日本人を襲撃。
わぁ〜!!
二人を茶化していた日本人がそばにいたタイ人に斬り付けられ倒れる。
日本人町の内のタイ人、華僑が豹変し、
日本人町のあちらこちらで悲鳴が上がる。
海里がサーベルでタイ人を突き刺して辺りを警戒する。
「今日か?」
「ちっ! 用心してても来るときは突然だな」
永未が血に染まった日本刀を振り回し、
襲いかかってきたタイ人の使用人を切り倒す。
中条流が冴えているのだろうか、門外の海里にはわからない。
しかし、並みの襲撃者は怖気づいて、近付けず、頼りになった。
「・・・海里! 狼煙を上げてくれ」
「主力傭兵部隊不在で残存部隊が王宮と日本人町にバラバラだと全滅だぞ」
「わかった」
そして、町の外からもタイ族、アラビア人、華僑の大群が襲ってくる。
海里の戦い方は、サーベルで相手を牽制する。
それでも近付こうとする相手にナイフや石を投げつける。
相手が気を逸らした瞬間に サッ! 突きながら払って、手元を怪我させてしまう。
怪我をさせてしまえば、周りの状況次第で追い討ちをかけたり、退いたりできた。
「襲撃だ〜!」
見張り矢倉から声がするが数十の矢が襲い、絶命。
アユタヤの日本人町は破壊され、放火され、燃やされていく。
狼煙が上がると王宮を押さえていた日本人傭兵部隊が日本人町へと逃亡。
朱印船5隻が出港準備。
さらにオランダ船とジャンク船3隻がアユタヤの港に着け、
燃える日本人町から日本人を救出していく。
男達は武器を持って戦って、王城の日本人傭兵部隊と合流し、
海里は知っている傭兵に声をかける。
「糸部。プラーサートトーン王は?」
「逃げられた。急に多勢に無勢で襲ってきやがった。ここまで逃げてくるのが、やっとだった」
「ちっ!」
「済まんな、海里、永未」
「とにかく、財産を船に乗せよう。ジャンク船3隻は、こっちで雇った」
「本当か?」
「火事場泥棒だが命の方が大切だろう」
「ああ」
女子供達は可能な限り物を持ち出していく。
中国人が日本人を襲う横から、同じ中国のジャンク船が日本人を救出していく情景に戸惑う。
しかし、どっちも簒奪者の目だったりする。
殺してから奪うか。
助けてから奪うか。
手段が違っても奪うのが目的なのだから同類。
とはいえ、華僑は国に養われておらず。自分で自分を養っている。
次の取引で日本商人との関係を保ち利益を得たいと思えば、程々で収まる。
「海里・・・こりゃ ひどいな」
「ああ、こんなに焼け出されるなんて」
「お〜ぃ! 早く乗せてくれ」
「急げ! 急いで乗せるんだ!」
「くっそぉ〜 タイ人も、漢人も。呪われやがれ!」
「いや、明は末期らしいぞ。飢饉に反乱。北は後金。南はポルトガルのマカオ」
「じゃ しわ寄せで日本人に呪詛を振りまいているわけだ」
「金で味方をする漢人もいるくらいだ。実情は明国も藁をも掴むだろうな」
「藁どころか、完全に引き摺り落とされたよ」
「たぶん、生き残った日本人の中にも裏切り者がいるな」 orz
「人のことは言えないよ。ジャンク船に乗った日本人は身包み剥がされる」
「下手すれば奴隷だ」
結局、弱小商人の海里・永未の言うことを聞く者は少数派。
それならばと火事場泥棒式に日本人と資財を積み込ませてしまうより他にない。
結局、日本人を陥れるように工作したのも漢人なら、
二人の若き商人に恩を売り、最後まで儲けるのも漢人の商魂。
傷心の日本人をさらに追い討ち、
生き馬の目を抜くとか、ケツの毛まで抜かれるとか、泣きっ面に蜂とか、こういう事だろうか。
帆に掲げられた海永という文字は漢人籍の船ではなく、便宜上、日本商人の船という証。
後々、アユタヤ王の追及を逃れる便宜上のもの。
最初に襲ってきたのもタイ王国軍ではなく民衆だった。
アユタヤ王は、後々の貿易再開で責任逃れができた。
日本の銅と日本刀は、それだけの価値があるのだろう。
代価は、逃れた日本人が運び込む荷で三途の川も金次第と良く言ったもの。
両岸から襲ってくるタイ軍を防ぐ日本人傭兵部隊は、数に押し切られて悲壮に尽きていく。
最後はジャンク船から矢が放たれるとタイ軍は退いて行く。
オランダ船とジャンク船3隻、朱印船5隻が河口を脱して海を走る。
東南アジア最大の日本人町が消滅。
日本人の海外雄飛は意欲が削がれ、引き篭もり気味になっていく。
ライバル関係にある、オランダ船のオランダ人も、ジャンク船の漢人も、同情せず。
内心ほくそ笑んでいた。
「・・・・どうする。海里」
「ああ、生き残ったのは女子供ばかりか、このままだと人身売買だな」
「漢人は、その気になっていないか?」
「奏大人は、たぶん約束を守るよ」
「それにオランダ船に先導を頼んだ。この辺の海なら最強の船だ」
海里が水平線の向こうを指差した。
「あの娘、ずいぶん、大きくなってたな」
「あの娘さんの持ち船だそうだ」
「オランダは羽振りがいいな、自分の娘とはいえ、15、6の娘に船を与えるなんて」
「欧州に戻っても混血だと嫌な思いもする、ここで、やっていくのだろうな」
「不憫だな」
「オランダ船には、ジャンク船が目的の航路を外れたら襲撃してもいいと伝えている」
「しかし、どうしたものか」
「とりあえず。例の場所に行こう」
「大丈夫か?」
「かまうもんか」
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月夜裏 野々香です。
アユタヤは、落ちました。
まぁ しょうがないでしょう。
日本人も慢心すると駄目ということで、一度、酷い目に遭って結束する必要があります。
ランキング
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