月夜裏 野々香 小説の部屋

    

仮想歴史 『キミンの時代』

    

  

 第03話 『生 存 圏』

 山田長政は、アユタヤ権力闘争で敗北し、

 マレー半島の防衛拠点ナコーンシータンマラートに左遷されていた。

 そして、軍を担う者が地方行政を管理する。

 日本人らしく生真面目に働くと現地民の間で角が立ちやすい。

 それでもバタニ軍から、この地を守り、

 これまでより公平だとわかれば波風は収まっていく。

 山田長政は現地民から信頼され、

 慕われていくと情報が入りやすくなる。

 ナコーンシータンマラートから26kmのルアン山(1855m)と連なる山々は、要衝だった。

 峠の山道をバタニ軍が通過していく。

 現地民の協力が得られると、

 日本人傭兵部隊は地の利を生かした作戦が上手く行きやすい。

 南のバタニは過去においてアユタヤの支配下にあった。

 しかし、マレー人が多くイスラム化。

 アユタヤとの摩擦は大きくなり、交戦状態になっていた。

 バタニ軍との戦闘は、時折行われ、

 山田長政(40)は繰り返し戦場を駆け抜けていた。

 「仁左衛門(にざえもん)。バタニ軍が山道を通るぞ」

 「三好の部隊に合図を送れ、挟み撃ちだ」

 蟇目鏑矢(ひきめかぶらや)が音を惹きながら空を駆け抜け、バタニ軍を動揺させる。

 「矢を射掛けろ!」

 狭い山道に閉じ込められたバタニ軍は、日本人傭兵部隊に殲滅されていく。

 「だいたい終わったな」

 「ああ」

 「・・・仁左衛門。バタニの日本人町からだ」

 町から来た伝令が山田長政に手紙を渡す。

 「・・・・・」

 「仁左衛門。どうした?」

 「んん・・・愚痴だな・・・要約するとだ・・・肩身が狭いから、ほどほどにしてくれだと」

 「あはは・・・」

 「あちらを立てれば、こちらが立たずか・・・」

 「身が立つ方を取れよ」

 「勝ち馬に乗らずにアユタヤの王城から追い出されやがって」

 「義理を通したかったんだよ」

 「仁左衛門。日本人同士でも、それぞれの日本人町の利権が絡んでバラバラだな」

 「このままだと・・・」

 「わかっている。わかっているが・・・」

 「アユタヤの日本人町も人質に取られたようなものだ」

 「このままだと、いいように使われ、消えていく運命かな」

 「損得勘定に走れば日本人はバラバラにされてしまう」

 「結集させるのに足りないものは多い」

 「・・・鬼になれよ。仁左衛門」

 「鬼か・・・」

 「希望がなくなってもバラバラになるな。日本人同士で・・・ということもある・・・」

 「ん? 船だぞ」

 峠から沖の船団が見えた。

 「なんだ。妙な組み合わせだな・・・」

 オランダ船とジャンク3隻。

 そして、窮地から逃れた朱印船5隻がナコーンシータンマラートの沖に到着。

 ジャンク船

 「アユタヤから乗せた物は、全て船に置いていくんだ」

 ジャンク船に乗った者は不運で、私財を奪われ海里・永未を憎んだりする。

 命があっただけでも儲けもの、

 その上、事前の警告を無視した事を棚に上げるのだから違う意味で猛者。

 朱印船5隻、ジャンク船3隻から日本人避難民が降りてくる。

 ナコーンシータンマラートの日本人傭兵部隊は、わが妻、わが息子の惨状を見て豹変。

 独り者も多かったが復讐に火がついてしまう。

 傭兵部隊は憎しみに駆られるまま、この地域一帯のタイ人を大虐殺。

 大地にタイ人の血を沁み込ませていく。

 日本人の村社会的、事勿れな人間関係は海外で通用しにくく、

 孤立しやすい日本人は、資財を奪われ、狩られてしまうこともある。

 そして、島国気質は簡単に変わるものではない。

 華僑・漢人のように商才、謀略、策謀に長け、数に任せた圧力がないのなら。

 日本人の選択肢は限られてしまう。

 「この地を押さえて、確固たる武力を背景にするべきだろうな」

 ナコーンシータンマラートの町でタイ人が殺戮され、

 見張り矢倉まで血の臭いが届いていた。

 「・・・しかし、この辺境の地で、アユタヤ王朝とバタニの両方と事を構えることになろうとは・・・」

 「日ノ本に救援を求めるのが良いかと」

 「徳川幕府は及び腰だよ」

 「どうせ、幕藩体制と権力保身のため、引き篭もるに決まってる」

 「しかし、このままでは・・・・」

 「とにかく作戦を練ろう」

 「ご苦労だったな、若いの。良くぞアユタヤの日本人を救出してくれた」

 「これから、どうされるので?」

 「バタニと和平して力を付けて、アユタヤを攻める」

 「さ、さらに犠牲を出すのでは?」

 「各国の日本人町を糾合し、反タイ同盟を結成させていこう」

 「犠牲は?」

 「既に犠牲が出ている、このナコーンシータンマラートを賠償で、もらわなければ納得できん」

 「・・・・」

 「なあに、負けはせん。船をやるから、なんとか日本から、日本人を引っ張ってきてくれ」

 「確かに、しばらく身を隠した方が良いかもしれませんね」

 「漢人に身包みはがされても、お前達は命の恩人だ」

 「留守を任せた者たちが謀略に引っ掛かって、軽挙妄動に走ったのは自業自得」

 「戻ってくる頃には、恨み辛みも忘れているだろう」

 「はい」

 「人は苦境に陥るとき、責任回避と自己正当化の手段として、他者を悪党にして乗り越えようとする」

 「心が弱いのだ」

 弱小商人の若造にできることは少ない。

 それでも、アユタヤの日本人町に警告を出し、避難船を用意。

 最悪の事態でも可能な限りの日本人を脱出させ、この辺境の地に送り届けた。

 人がいれば、資産を失っても、それなりに士気が保てた。

 そして、この地での日本人傭兵部隊の復讐は殺戮とか、虐殺に近く。

 ナコーンシータンマラートのタイ人世界は、完全に破壊されてしまう。

   

 

 タイ王国。

 アユタヤのチャオプラヤー川を挟み、

 西側に灰燼と化した日本人街。

 東側にポルトガル人街がある。

 プラーサートトーン王は窮地を脱し、日本人町を奪ってホクホク。

 しかし、ナコーンシータンマラートの山田長政が反乱を起こしたことを知ると、

 南方に兵を差し向けなければならず苦慮していた。

 

 チャオプラヤー川のオランダ船は大砲を宮殿に向けていなかった。

 しかし、圧倒的な火力は砲艦外交の見本。

 そして、日本人が生き残っていると、いろんなことができる。

 アユタヤ王宮に入っていく、オランダ商人の手には借用書が・・・・

 「・・・プラーサートトーン王。これらの日本人の借用書の分、返還していただきたい」

 「・・・・」

 絶句するほどの取引額が借用書に書かれ、

 引渡しの相手はオランダ商人になっていた。

 “日本人は、日本人町を担保に大借金を抱えていた” と。

 元々は、タイ王国が貿易量の多い日本商人に町を貸し与えていたはず。

 それをヤクザが借家人に借金があるから、

 借家人を追い出した貸主に借金を払えと、押しかける状況は泣きたくなるほどで・・・

 “お前、それは、違うだろう・・・” とか

 “それは人間として、やっては、いけないだろう” とか

 閉口するしかない。

 この頃のオランダは、ポルトガル、スペインを抜いて覇気があった。

 川の両岸をポルトガルとオランダの欧州勢に取られてしまうとバランスが悪い。

 傍に付いている漢人、ペルシャ人は謀略が得意でも純粋な暴力に屈するしかない。

 これを口実にして、オランダはアユタヤ西側の日本人街を会得してしまう。

 しかも、タイ王国自身で元通りの状態に戻してだった。

  

   

 ナコーンシータンマラート殺戮後。

 日本の戦国時代、制圧した領地で行われたこと、それ以上のことが行われた。

 「仁左衛門。救われたな・・・」

 「ああ、この地を支配するには動機が必要だった」

 「この地を押さえれば・・・」

 「日本人は、結集させられるかもしれないな」

 「あの若造たちのおかげで助かった」

 「ああ」

 海里と永未ヨヘイは戦場跡で品定め。

 敵も味方も切れ味が良く、軽量な割りに強靭な日本刀を使っていたりする。

 日本刀の重量、打ち下ろしの速度を合わせた威力は対人殺傷で最高峰。

 しかし、切り返し、もう一度振り上げる場合、両手が塞がれる。

 相手を牽制し、その場を凌ぐだけなら日本刀は過剰に思えた。

 「日本で一儲けできるかな」

 「まぁ 今回は、あれだ、山田長政の伝があるから堺に降ろせるよ」

 「海里。小太刀に慣れたか?」

 「どうもなぁ 寸足らずが寂しいよ」

 「日本でサーベルだと目立つだろう。目立たないようにしろよ」

 「んん・・・」

 「太刀は、一杯あるぞ」

 「んん・・・両手では軽く、片手では重い」

 「宮本武蔵とかいう剣豪は二刀流で片手持ちだそうだ」

 「そりゃ 腕力がないと無理だろう。討ち下ろしできてもな・・・」

 「太刀は両手で振り上げないと、持ち上げるのが遅れると殺されるな」

 「まともに斬り合わないならサーベルとか、中国の剣は軽くて良いんだぞ」

 「まともに斬り合わなければな」

 「しかし、相手が正面を見据えて、日本刀で間合いを詰めて来たら厳しいだろう」

 「逃げる」

 「俺を置いて逃げないでくれよ」

 「そのときは声をかけるよ」

 「まぁ 持って走れば、小太刀の方が軽いから逃げ切れそうだな」

 永未の中条流は、総合武術的な要素が強く、小太刀、槍術も含み、

 海里は、小太刀の考え方、使い方で基本的な手ほどきを受けることができた。

 二人とも剣客でなく商人。刀剣類を持っても護身用以上のモノでなく。

 武器の基本的な考え方、使い方だけで十分だったりする。

 特に海里は、相手を殺傷することに意義(目的)を感じておらず、

 武器は生き残るための道具(手段)でしかなく、逃亡も辞さなかった。

 自由になる片手に石やナイフを持ち、

 軽量なサーベルを高速で突く事を得意としていた。

 例え、相手が日本刀でも飛び道具とサーベルで牽制ができた。

 日本人の土地執着で一所懸命な感性と違う柔軟性を見せ、

 始末に終えないタイプといえた。

  

  

 東シナ海を北上するジャンク船。

 この時代の帆船は規格した寸法で合わせて建造せず。

 木に合わせた手工業で帆船を建造する。

 梁や桁が全て違って世界に1隻のカスタム。

 一概に朱印船が良いとか、ジャンク船が良いとか、いえないほど固体差でバラツキがある。

 それでも、大まかに最良船は、決まっており、

 オランダ船 > イギリス船 > スペイン船・ポルトガル船の順番になってしまう。

 伝統的な竜骨無しの和船は、もってのほかで、強い時化で沈むかもしれず。

 いまどきの日本の朱印船は和洋中折衷型。

 中国のジャンク船も洋中折衷型で建造されていた。

 もっとも、オランダ帆船と比較すると朱印船とジャンク船は、見よう見真似の建造で、まだ怪しい。

 明と日本は直接交易が禁止され・・・

 

 奏大人の船は、漢民族の乗組員が多くても華僑で化外の民。

 明船でなく、ベトナム船扱い。

 さらに奏大人はアユタヤの日本人救出で恩を売った実績で、日本との関係を確保できそうだった。

 いろいろと手続きを踏むと上手く行ったりする。

 そして、アユタヤ日本人町の利権移動で恐喝したオランダは半分、借用書を書いた日本人は半分。

 両方から手数料で10分の1が海里ツカサと永未ヨヘイの懐に入ってしまう。

 二人が中規模商人になった瞬間でもあった。

 このクラスになると自己資本で船を持つ商人もいる。荷だけ所有の商人もいる。

 船賃を払っても大量の南蛮物を日本に運び込み、捌けば利益は大きかった。

 海里も、永未も、船に弱く、荷だけの商人。

 オランダ、ベトナム、マレーの言語ラインで安く南蛮物を買って、それを運んでもらう方を選択する。

 そして、船に強いと陸に弱いのも道理で運び屋に専念する中規模商人と互いに補っていた。

 「海里、永未。随分と大きな荷ある」

 「よろしく頼むよ。奏大人」

 「わかっているある。海里のおかげで船旅が楽になったある」

 「帰りも荷を運ぶつもりだ。よろしくな」

 「それは嬉しいある。特に日本刀は、すばらしいある」

 「まぁ 安い日本刀を探してみるよ。戦国時代が終わって、余っているからね」

 「是非是非、よろしくある」

 「明は、大丈夫なのか?」

 「北の後金が強くて、明は内政も危ないある。おかげで日本刀が売れるある♪」

 「中国の刀剣の方が使いやすくないか?」

 「中国は、中国刀の叩き切る。剣の突き刺すで分かれ、一つ一つで優れてるある」

 「得意な者が使えば日本刀は恐ろしくないある」

 「しかし、日本刀は全ての性質で劣っていても切り裂く、突き刺すの全てができるある」

 「日本刀に討ち掛けられてきたら、中国の剣は叩き折られてしまうある」

 「折られない中国刀は重過ぎて、踏み込まれて切られるある」

 「日本刀は、軽さの割りに強靭で折れにくいある。中途半端でも得意の技が使えるある」

 「まぁ 何とかしてみるけどね」

 「よろしくある♪」

 日ノ本と明。

 国同士がいがみ合っても下々のレベルになると生活とか、財欲が優先する。

 国が養う役人はともかく、

 自分で自分を養う者は生きるための権利を行使する。

 しかも華僑は、台湾と同じで化外の地の住人。

 そして、船は、それ自体が一つに社会で金になると国の法律など、知らん振りだったりする。

 

 

 

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 月夜裏 野々香です

 占領してしまいました日本人傭兵部隊のアユタヤ反逆と、

 ナコーンシータンマラート殺戮事件です。

 ここは、善悪を問うて全滅するより “鬼” “悪党” “人殺し” “殺戮者” でも生き残りましょう。

 

 “剣” は両刃、

 “刀” は片刃。

 日本刀は基本的に同じ、

 総合力で優れているため剣術の幅が狭かったりする。

 中国の刀剣は、日本刀を折るほど重い刀から、

 拳法者が舞いながら捌ける剣まで、多様過ぎて、いろいろ。

 単機能化で長短がはっきり、長所を生かせれば強く、生かせないと悲惨。

 

 作者的な感性で剣術を航空戦な発想で見てます。

 筋力がエンジンで、刀剣が機体しょうか (笑)

 

 

 中条流

 室町時代初期(〜1384年)創始者、中条兵庫助長秀によって体系化された太刀・小太刀・槍術の総合武術。

 昭和初期〜中頃まで存続。一刀流、富田流(戸田、當田流、外也流)、東軍流の母体。

 

 

 NEWVEL    HONなび 

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