月夜裏 野々香 小説の部屋

    

仮想戦記 『国防戦記』

 

 

 

 第05話 1946年 『薄 氷』

 日本軍は戦略物資の不足、工作機械の消耗で作戦能力を喪失していく。

 赤レンガの住人たち

 「東南アジアの戦力差が広がっているぞ」

 「トラック、ビアク、シンガポール、ブルネイ、バリクパパンに戦艦を埋め立てたからだろう」

 「いきなり策源地に上陸されて、スマトラ、ジャワの守備隊が作戦不能に追いやられたからだ」

 「体当たり攻撃をしなかったからだろう」

 「体当たりは、軍政も軍令も反対していただろう。命令できるわけがない」

 「防空に専念していたら良かったんだ」

 「アメリカ機動部隊の迎撃と弾幕が激しかっただけだよ」

 「アメリカ機動部隊を攻撃するからだ。何で、輸送船団を攻撃しなかったんだ」

 「トラックに対する反発じゃないの」

 「でも、アメリカ軍をスマトラ・ジャワに上陸させたのは悪くないよ」

 「武器さえ渡せば義勇軍は戦ってくれる」

 「現地軍は、両刃の剣だよ」

 「たとえ戦争で負けなくても、現地が独立すれば日本経済は死ぬ」

 「それにスマトラ・ジャワを失ったら日本は兵站を維持できなくなる」

 「アメリカは、生産力があっても輸送までタイムラグがあるよ」

 「しかし、大和、武蔵、長門を埋め立てても防衛できる範囲は小さいはず」

 「スマトラ・ジャワ上陸作戦後、陸長たちの発言力が強くなった時のことだから・・・」

 「アメリカ軍は、マレー半島、ボルネオ島に上陸して来ないんだ」

 「反米ゲリラが嫌なんだろう」

 「敵を増やさないのは戦略の常識。敵を打倒するため敵を増やすのは馬鹿だ」

 「だけど、大和、武蔵、長門も埋め立てか・・・黄昏るな・・・」

 「まぁ 最悪でもブルネイの油田があれば、というのは、頭で理解できるよ」

 「感情を優先しろよ」

 「世界最強最大の新鋭戦艦を埋め立てられるなんて・・・」

 「アメリカは新型戦艦10隻、旧式戦艦4隻」

 「イギリスは新型戦艦4隻、旧式戦艦8隻。常識で考えても勝てないだろう」

 「埋め立てたら、勝てるってか?」

 「戦艦2隻潰すために6隻以上が確実に撃破で」

 「その後もゲリラ戦で悩まされるなら、やめるだろう」

 「トールボーイに破壊されなければね」

 「スマトラ・ジャワ戦線は、中国のゲリラ戦と良い勝負だ」

 「そういえば、中国共産軍の勢力が急増している。まずくないか?」

 「・・・もう、どうしようもないよ」

 「工作機械が駄目だ。もうすぐ、航空戦力を維持できなくなる。限界」

 「地下壕とトーチカだけならいくらでも建設できるよ」

 「小銃、迫撃砲、噴進砲の製造なら大丈夫だ」

 「本土決戦は辛すぎるよ」

 

 

 侵略軍は、高度な政治力、経済力、軍事力を求められる。

 そして、勝ち戦であれば保てる士気も負け戦になると一気に喪失していきやすい。

 防衛軍は、生活圏、生存圏と直結。

 自主独立を脅かされる現地民は、無法であっても正当防衛で自己正当化しやすかった。

 勝ち戦、負け戦にかかわらず粘り強く戦いやすい。

 この状況が中国大陸の日本軍と中国人の関係であり。

 スマトラ・ジャワ島のアメリカ軍とインドネシア人の関係でもあった。

 

 

 アメリカ軍将兵の戦意、動機は “リメンバー・パールハーバー” にあった。

 その対象は、プライドを傷付けた日本人に注がれ、

 その同盟国のドイツ・イタリアにも向けられていた。

 しかし、インドネシア人に対しては、それも弱い。

 アジア解放を大義名分とした侵略の正当化は、日本の軍事行動と同じになる。

 日本を侵略国に祭り上げて対アジア戦略を有利に運ぼうとすると、

 アメリカ軍のスマトラ・ジャワ島占領は、自己矛盾を引き起こした。

 プロパガンダは、どこの軍隊でも行われる。

 偽善でしかない。

 オルガンを弾くアメリカ兵の周りにインドネシア人の子供たちが集まっていた。

 チョコレートが配られ喜ばせたりもする。

 平穏で楽しげな世界が写真に写され、カメラが回り、親米反日を宣伝する。

 しかし、これは、ほんの一部のこと。

 もっとも、アメリカ軍だけでなく、日本軍、ドイツ軍、ソ連軍、イギリス軍でさえ行われる。

 そして、その場から離れると、状況が変わる

 スマトラ島

 M3軽戦車、M8グレイハウンド装甲車3両、トラック5台。

 侵攻で求められるのは、軍の統制と兵站。高度な経営戦略。戦力も兵力も制約される。

 ゲリラ戦で求められるのは生存。

 不正規戦に国家間の決まりごとは関係なかった。

 侵略者が油断したとき、疲弊したとき、機会があるごとに襲撃する。

 侵略者に対し同情の余地はない。

 生まれたときから白人に支配されてきた世界が日本軍の手によって解放された。

 そして、もう一度白人に支配されてしまう恐怖がインドネシア人を凶行に駆りたて、

 女子供まで白人に殺意をいだかせる。

 数十人のアメリカ軍兵士が銃口を村人に向ける。

 「動くな!」

 家の中を覗き込み、ゲリラの証拠や武器弾薬など荒探し。

 言葉が通じなくても、現地民の憎しみは肌身で伝わる。

 アメリカ軍将兵は、武器こそ持っていたが内心、脅えていたりする。

 森の中に気配を感じたのか、ガーランドが撃ち込まれ、悲鳴が上がる。

 アメリカ軍将兵が警戒しながら、藪を覗き込む。

 母と娘が抱き合うように転がっていた。

 母親は右腕を吹き飛ばされ、

 娘は足を失って瀕死の状態だった。 

 

 日本兵はゲリラと共に行動し、

 武器弾薬の手配をしたりで後方任務が増えていく。

 逆にスマトラ・ジャワ義勇軍は、数を増していく。

 スマトラ義勇兵が99式小銃を構える。

 「アメリカ軍め・・・」

 銃声がジャングルに轟くとアメリカ兵が悲鳴を上げて倒れ、

 太ももから折れた足を押さえて、のた打ち回る。

 アメリカ軍は、最初身構え。

 インドネシア義勇兵は逃亡する。

 アメリカ軍が追撃部隊を出しても、義勇兵は人民の海の中に潜みこむことができた。

 戦死より負傷させる方がアメリカを疲弊させることができた。

 殺してしまえば、棺桶、遺族年金、見舞金だけで済む。

 負傷させれば、医者と看護婦2人が付いて、

 見舞金。治療費の方が高く付き、ベットも塞がる。

 足を射抜けば死ぬ確率は低く、看護も余計に必要になった。

 国家が、この負担を放棄すると将兵の士気が低下し、

 戦意すら喪失して戦線が崩壊する。

 当然、可能な限り被害を減らすため、疑わしきは標的とされ、

 現地民の生命が簡単に奪われていく。

 中国戦線と鏡写しのような戦場がスマトラ・ジャワにも作られていた。

  

 

 中国大陸

 対する日本軍将兵は、国家に家族を人質に取られ、逆らえば非国民で村八分にされる。

 愛国心と恐怖で滅私奉公を強いられる。

 軍部の恐怖に屈し捻じ曲げられた国家と国民は、敗北が迫るとモラルも失われやすかった。

 そして、占領地の被支配者は敵と味方の判別がつかず、

 匪賊に襲われる恐怖から凶行に及ぶ。

 「かかれ!」

 包囲した日本軍が農村を襲い、住民たちを一つの家に押し込め火を放つ。

 異国の地で野垂れ死にでは軍紀を維持できず搾取も激しくなり、

 現地民の敵愾心を煽ってしまう。

 中国大陸の日本軍もスマトラ・ジャワのアメリカ軍も大義名分を守るだけの余裕はなく。

 弾圧と復讐の憎しみの連鎖が増大していく。

 日本軍は中国大陸でゲリラに悩まされ。

 アメリカ軍はスマトラ島・ジャワ島でゲリラに悩まされていた。

 

 

 中国戦線

 アメリカ軍のスマトラ・ジャワ占領。

 そして、ソ連の宣戦布告と満州侵攻。

 関東軍は後退しながら壊滅していく。

 満州帝国滅亡。

 T34戦車の進撃で鴨緑江防衛線が切り崩され突破されていく。

 日本軍が辛うじて朝鮮半島南岸に留まる、

 これは、戦後、海峡支配の利権を維持するためでしかない。

 ソ連軍は、移動、再編成と補給を手間取りつつ北京に迫ろうとしていた。

 日本軍は、時間的余裕を利用して、権益を確保しながら南へと撤収していく。

 

 

 北太平洋

 空母ミッドウェー 艦橋

 「提督。日本艦隊が千島列島を北上しています」

 「そうか・・・」

 「何もしないのですか?」

 「そう命令されている」

 「アメリカ軍は、スマトラ・ジャワ島で苦戦しているから、日本の北進を中止されると困るよ」

 「ソ連に反発されそうです」

 「空母ミッドウェーと僚艦のフランクリン・D・ルーズベルトは、慣熟訓練中だよ」

 「無理ということにしておこう」

 「スマトラとジャワの航空戦は優位なのでは?」

 「どうかな、補給線が伸び切って通商破壊も受けている」

 「航空戦力は、防空だけでなく、対地支援も手が抜けない戦況らしい」

 「追加の上陸作戦は、行わないのですか?」

 「震電に体当たりされたら事だろう」

 「震電の防弾は強靭ですからね。VT信管の弾幕を突き破って突入されそうです」

 「例え小型艦船でも、1機で1艦だと割に合わんな」

 「しかし、千島を北上する艦隊とは、思い切った作戦ですね」

 「欧州の冷戦が太平洋戦争にも波及しつつある」

 「スマトラ・ジャワで日本軍の抵抗が減れば悪くないよ」

 「千島北上中の日本艦隊を見逃すのが、それですか?」

 「そういう事になるな。応援してやりたいくらいだ」

 昨年、北樺太と対岸を制圧した日本艦隊が動き出した。

 初夏のカムチャッカ半島は、それなりに温かく。

 満州侵攻後、ソ連軍守備隊は増援されていた。

 しかし、艦砲射撃を受けるとソ連軍守備隊は内陸に潰走させられる。

 天龍、球磨、多摩、木曽、長良、名取、由良、鬼怒、阿武隈、五十鈴、川内、神通、那珂。

 大井、北上、五十鈴。

 輸送艦に改造された元軽巡16隻と1等輸送艦22隻、2等輸送艦75隻は、上陸作戦を成功させた。

 シベリア北東部は、陸路より海上輸送に頼らなければならない。

 一旦、占領されると航空戦力か、海上戦力で巻き返さなければならなかった。

 しかし、ソ連海軍では、それもできず、航空戦力も航続力が足りなかった。

 

 日本上陸作戦部隊は、ペトロパブロフスクカムチャツキーを制圧してしまう。

 二人の将官が沈静化した戦場を見渡していた。

 「満州、半島から退いてカムチャッカ半島とはね」

 「大本営は、なに考えているんだか」

 「戦力比で満州防衛は不可能で、朝鮮半島も押し返せず、黄河南岸側も危険な状況だよ」

 「代わりにカムチャッカ半島か?」

 「結局、強者の論理を押し通すからね。妥協させるためらしいよ」

 「極地装備なんて足りないだろう」

 「ソ連人から奪えば何とかなるよ」

 「満州・半島の復讐か?」

 「“陸長たち” の判断?」

 「物資不足で負けそうなのに良くやるよ。もう、内地はスッカラカンだ」

 「寿命を縮めたな」

 

 

 ベルリン

 瓦礫の山が広がりソ連軍が街を支配していた。

 ソ連軍将兵の行動を妨げられる者は存在せず。

 ドイツ人男性は面白半分に殺され、女性は犯される。

 ドイツが降伏すると欧州大陸は、西の自由資本主義と東の共産主義に別れていく。

 そして、冷戦体制へと移行していた。

 数人の米ソの上級将官が睨み合う。

 「アメリカは同盟国として日本軍のカムチャッカ半島上陸を妨害し」

 「ソ連守備隊を支援する義務がありましたぞ」

 「スマトラ・ジャワ方面に展開するアメリカ軍将兵100万の兵站。楽なことと思いか?」

 「同盟に対する背信としか思えませんな」

 「同盟に対する背信とは、ソ連の中国や半島侵略を言うのですよ」

 「認めるわけにはいきませんな」

 「日本軍を追撃しているだけですよ」

 「侵略行為と思われても仕方がありませんな」

 「アメリカのスマトラ・ジャワ占領も侵略では?」

 「オランダから承認されている」

 「アメリカは、インドネシア独立に反対なのですかな」

 「・・・日本の傀儡政権を倒そうとしているだけですよ」

 「そして、インドネシアにアメリカの傀儡政権を打ち立てようとしている。同じなのでは?」

 「・・・・」

 「アメリカは、ソビエトの行為を非難できないと思いますが」

 「アメリカは、民族自決と民族の自由と民主主義を現地に打ち立てようとしているだけだ」

 「まともな国家も官僚組織すらもなく、封建社会すら実現できなかったインドネシアで?」

 「自由・民主主義とは、お笑いですな」

 「教育さえできれば、自由資本主義は根付きますよ」

 「アメリカ人は、後進国の人間性と識字率を理解していないようだ。正気を疑いますよ」

 「人間の可能性を否定する気にはなれませんな」

 「アメリカは、自分の都合のいい傀儡政権をインドネシアに立てようとしているだけです」

 「それはソ連ではないのですか、中国大陸で何をしようとしているのです」

 「さぁ 蒋介石国民党は自滅ですよ。ソ連に責任はない」

 「ほう、北京にソ連軍を入城させて、毛沢東共産軍の増強」

 「蒋介石国民軍の後退。ソ連に責任がないと言えませんな」

 「内紛から国家体制を自衛できない政府に何の価値があるというのです」

 「そんな体制なら滅んでしまった方が国民のためですよ」

 「国民の自由を押し潰し、強圧的な全体主義で選択権を奪って国民のためとは片腹痛い」

 「中国の民衆が共産主義を選択したのです」

 「そして、自らの意思で戦っている」

 「その意思は、ソ連の思惑に沿っているようですな」

 「他国の思惑に乗せられる程度のアイデンティティしかない国民性です」

 「ソビエトを非難しないでいただきたい」

 「とにかく、中国大陸でのソ連の行為は、断固として許せません」

 「ポツダム宣言に従ってもらう」

 「歴史は絶えず動いているのですよ」

 「進んだ針を戻すことはできないはず。情勢に応じ柔軟に対応すべきですな」

 「アメリカが新たな戦いを恐れていないとでもお考えか?」

 「どんな口実で?」

 「どんな大義名分があるのか楽しみですな」

 「・・・アメリカは、自由と民主主義を重んじる国だ」

 「それに核兵器を欧州に配備している、将兵の負担は小さい」

 「ほう、東部戦線は南北1500kmありましたよ」

 「直径4km程度の被爆でソ連機甲師団を食い止められると本気で思っているのですかな」

 「そんなハッタリが通用すると本気で、お考えで?」

 「アメリカ陸軍は、アメリカ本土に帰還している」

 「いまさら、どんな口実で将兵を欧州へ戻せるのでしょうか?」

 「現状戦力でも十分圧倒できるはずですがね」

 「それは楽しみだ」

 「」

 「」

 

 

 ブルネイ上空

 震電が駆け上がる。

 1530馬力エンジンは、一式陸攻から剥がしたものだった。

 「ちっ! 外れを掴まされた」

 1850馬力エンジン搭載機と比べる機体の重さを感じる。

 一応、パイロットに機体が振り分けられているが防空戦闘は早い者勝ち。

 1機でも早く、1機でも多く上空に待機させるのが先決で、生死の分かれ道でもある。

 震電は、ゼロ戦や疾風より、高々度性能が良く。

 ムスタングのサッチウィーブに抗うことができた。

 高度の優位がなくなれば、あとは、数、戦術、連携、技能の衝突だった。

 ゼロ戦にない性能が震電にあり、震電にない性能がゼロ戦にある。

 震電の機動性、格闘性能は低く、

 懸命に回避機動をとる敵機を射線に納めるのも苦心する。

 代償として高速飛行と上昇力、急降下能力が高く、サッチウィーブ攻撃が有効だった。

 この震電に求められたのはアメリカ軍機が得意とするサッチウィーブを牽制することであり、

 戦果ではない。

 高々度の震電とムスタングの群れは、緩やかな旋回曲線を描いて交錯し、

 機銃掃射を繰り返す。

 そして、交戦高度が低下してくると疾風が乱入し、

 さらに高度が低下すると数に任せてゼロ戦が絡み始める。

 爆弾が長門の回りに投下され水柱が立ち昇っていく。

 ブルネイ 対空監視所

 数人の将校が双眼鏡で航空戦の様子を見ていた。

 「“陸長”の望みのまま、大和、武蔵、長門も埋め立てられたか」

 「油田が重要なんだろう」

 「油田が重要なのは認めるがな、海軍の誇りを埋め立ててどうする」

 「出し惜しみするから見苦しく負けそうになるんだ」

 「ちっ!」

 「カムチャッカ占領は、どうかと思うよ」

 「上陸作戦の損害は、それほど大きくなかったらしいよ」

 「南方は武器弾薬が必要なんだよ。アメリカ海軍に妨害されたら事だろう」

 「アメリカ海軍は、カムチャッカ半島を攻撃する気がないらしい」

 「陸長どもの予想が当たったか」

 「トラックで引き揚げた戦車は、こっちに持ってこれるんだろうな」

 「埋め立てた戦艦で拠点を守って捕獲した戦車で広域防衛ならね」

 「マレーも、ボルネオも何とかなるってか」

 「怪しいものだ。戦車を餌に薄氷を踏むような策を弄しやがって」

 「北も南も、補給を維持できるものか」

 「いや、南方資源の方が重要なんだ」

 「満州・半島の撤収で余剰兵力があったのだろう」

 「だと良いがね。カムチャッカに輸送船を取られて厳しい・・・」

 低空でゼロ戦2機がムスタング1機を追いかけていた。

 ムスタングが地上からの対空砲火を避けようと機体を持ち上げる。

 途端に20mm機銃で被弾し、

 エンジンカウルは火を噴き、ムスタングは大地に叩きつけられて爆発。

 爆炎を立ち昇らせ木々を薙ぎ倒した。

 ムスタングは、高々度からの一撃離脱を震電に封じられ真価を発揮できないでいた。

 「震電か、もう、製造できなくなっている。徒花だな・・・」

 「工場で軍人が怒鳴っても、駄目なものは駄目か」

 「日本の国産工作機械じゃ ゼロ戦も製造できないよ。97式戦レベルだろう」

 「外国製工作機械で製造していたんだよな」

 「加工精度の低い工作機械ならともかく、もう駄目だろう」

 「親方日の丸の権威主義と押し付けだと、自由な発想も想像力も発揮できないな」

 「勝てねぇ」

 「97式戦闘機を生産するくらいならトーチカと地下要塞の方がマシ」

 「あとは、99式小銃、墳進砲、擲弾筒、迫撃砲で徹底抗戦・・・」

 「8万円の震電より、100円の99式小銃800丁か?」

 「んん・・・地下で使うなら99式小銃も半分に切り落とさないとな」

 「1人殺傷するのに必要な弾薬は25000発」

 「仮にアメリカ軍将兵30万を殺傷するなら75億発」

 「1丁100発なら7500万丁が必要だな」

 「人口分だけ99式小銃を製造しなければならなくなる」

 「無理だろう。そんなに製造できるはずがない」

 「しかし、もうすぐ、戦闘機も造れなくなる、近代国家と思えん」

 「日本産業は、繊維工業レベルだからな身の程を知るべきだよ」

 「植民地を欲しがって、無分別に軍事拡張したからだ」

 「不良債権の植民地を切り捨てて、効率の良い財政再建をしないとね」

 「軍事費もだろう」

 「ソ連が半島と満州を抱え込んでくれて清々したよ」

 「日本人の気質、技能、実力を総合的に判断すると有能ではないが無能ではない」

 「しかし、国内に青い鳥がいるとは限らないよ」

 「不正腐敗の種は、全ての人間に公平にある」

 「比較的まともな人間を選抜するのは良いと思うが」

 「能力で選抜するのは構わないけど、威勢の良いだけの主戦派ばかりじゃな」

 「必要悪とかもあるだろう」

 「特権階級で安寧を図りたいのは万人共通」

 「自分の権威と名誉のために弱者を虐げ、踏み躙るのも人情だと思うよ」

 「臭いモノに蓋をする体質も、わからんでもないがね」

 「自浄能力がないのは分別がない常習犯と同じだな。もう庇う気も失せた」

 「軍部以外なら上手くできたという理由にはならないよ」

 「人の性根は腐っているから生存権を広げて聖域を作りたがる」

 「聖域を作ると腐り始める。聖域を作らないことだよ」

 「まぁ まともな兵器を製造できなくなったら軍組織も縮小するしかないか」

 「しかし、地下でモグラみたいな戦闘はしたくないな」

 「地上のゲリラ戦だけより、地下を含めた方が効率良い」

 「地下鉄の路線は1kmで300〜340万だそうだ」

 「同じ赤字なら満州より、日本国内に作りたかったな」

 「満州投資総額30憶なら総延長1000kmの地下鉄か」

 「純粋に国土防衛なら繋がっていない方が良い」

 「主要幹線は重要だよ。支線なら軍事優先でも妥協できるけどね」

 「しかし、地下に潜んでも電力をやられると辛いな」

 「航空戦力を失えば、地下に隠れるよりほかにないよ」

 「・・・・」

 外国製工作機械が失われていく。

 無知な人間は、戦線の拡大を手放しで喜んだ。

 しかし、情報を知る者は焦燥感しか湧いてこない。

 優勢に展開される航空戦も色褪せてみえた。

 B29爆撃機からトールボーイが長門に向かって投下されてくる。

 黒い塊が長門の右舷に着弾して土砂が吹き飛び長門を覆い、

 さらに爆発する。

 長門の装甲と装甲を挟むように艦を覆う鉄筋コンクリートは、厚みが8m以上に達し。

 土嚢や装甲を含めるとUボートブンカーの防御力を越えていた。

 「外れたな。助かったか・・・」

 「トラックやビアクにもトールボーイが落とされているらしい」

 「完全に破壊された戦艦は?」

 「いまのところ破壊されているのは、天井だけだそうだ」

 「まぁ あれだけ鉄筋コンクリートを使えば、大丈夫だろうな」

 「問題は、原爆の直撃かな」

 「原爆は、いろいろと、支障ありじゃないか?」

 「だと良いけどね」

 

 

 朝鮮半島

 鴨緑江防衛線を突破したソ連軍は、朝鮮共産軍を引き連れていた。

 日本軍は困難な撤退戦を行いながら日本人を半島から引き揚げさせていく。

 祖国の独立を奪った日本軍を圧倒するソ連軍は、朝鮮民衆にとって紛れもなく解放者だった。

 朝鮮人民衆は、大極旗を振りながら歓呼で迎える。

 日本人は、朝鮮人に妨害されつつ、日本軍に守られ港から引き揚げていく。

 そして、朝鮮半島を支配したソ連軍がとった行動は、非人道的なものだった。

 満州帝国では、漢民族と逃げ遅れた日本人40万がシベリアへ送られ。

 今度は朝鮮人がシベリアへと送られていく。

 シベリア鉄道の建設とシベリア資源開発ソ連にとって最重要な政策であり。

 アメリカ軍は、太平洋のはるか彼方で目が届いていなかった。

 ソ連にとって幸いであり。

 満州・漢民族・朝鮮民族にとって不幸なことだった。

 

 

 

 対岸はソ連軍に支配し、地峡の向こう側に最強のスターリン戦車が砲を向ける。

 南岸にある小さい半島と島に日本軍が防衛線を構築していた。

 45口径120mm海軍砲が配置され、地雷源が敷かれ、対戦車塹壕は越えられない。

 スターリン戦車といえど突破は難しく睨み合うばかり。

 「てぇ〜!」

 日本軍陣地から25mm、75mmの対空砲火が撃ち上げられていく。

 対空砲台は爆撃と上陸作戦に備え、塹壕の中に配置され運用されていた。

 シュトルモビク爆撃機が弾幕を突き破って爆弾を投下していく。

 爆発が立て続けにおこり、土砂を巻き上げていく。

 日本軍陣地

 「被害は軽微。少し外れたようです」

 「だが、制空権を奪われると厳しいな」

 「南方に航空部隊を送るからです」

 「油が欲しいのだろう」

 「内地も痩せ細っていますからね」

 「油だけでは足りない、黄河以北をソ連軍に占領されている」

 「そのまま南下されたら石炭も鉄鉱石もソ連に奪われるな」

 「・・・!?・・・白旗です。ソ連軍の伝令のようです」

 背広を着たロシア人と数人の将校が地峡を歩いてくる。

 

 

 帝都東京は、爆撃されておらず。

 まだその姿を残したままだった。

 アメリカ軍のスマトラ・ジャワ占領。

 ソ連軍の満州侵攻、半島制圧、黄河以北制圧。

 日本軍の北樺太占領。カムチャッカ上陸作戦。

 状況に応じて日ソ、日米の間で非公式交渉が行われていた。

 会話の内容も戦局に応じて無節操なほど変化する。

 外交戦で膠着した思考だと戦わずして敗北であり、

 無節操、無分別なくらいが丁度良かったりする。

 とある部屋

 日本軍将校と赤い紋章を付けた将校が睨み合う。

 交戦中であり、どちらも将校だった。

 しかし、政治的な判断も求められる。

 「満州と朝鮮半島で退いたと思ったら北樺太とカムチャッカ半島ですか?」

 「日本は、随分と余裕がありますな」

 「少ない兵力で戦おうとすれば、適当な戦場を選択しますよ」

 「日本がソ連の中国大陸の権益を確約できるのでしたら」

 「少しばかり妥協の余地があるかもしれません」

 「お約束はできませんな」

 「ですが日本を支援すれば、アメリカと自動的に戦ってくれる。そうではありませんか?」

 「そういうことになりそうですな」

 「必要なモノは?」

 「まぁ 資源でしょうか、それと工作機械ですかな」

 「日本には、可能な限り、年月を稼いでいただきたいものですな」

 「利用されるつもりはありませんがね。太平洋戦線は保たれていますよ」

 「なるほど・・・」

 

 

 とある部屋

 日本軍将校と白い紋章を付けた将校が睨み合う。

 交戦中であり、どちらも将校だったが、政治的な判断も求められる。

 「日本も、ようやく、まともな外交ができそうですな」

 「外交努力はしますよ。内外の事情で制約されていましたがね」

 「しかし、日本のカムチャッカ上陸作戦は、見事でしたな」

 「アメリカ海軍の妨害がなかったからでしょうな」

 「まぁ いろんな思惑がありますよ。信義におとる同盟国への制裁に丁度良い」

 「欧州の余波が極東に、ですか?」

 「日本には、まだ余裕があるようで・・・」

 「政略的な取捨選択ですよ。外交もその一つ」

 「矢が尽き、刀が折れれば、外交に頼るほかないですからな」

 「そう思われるのでしたら、試しに日本本土を攻められてはどうです?」

 「いつまでも気勢を張っていられるやら」

 「そろそろ、保身の算段でもした方が良いのでは?」

 「正直なところ、厳しいですな」

 「日本は武器の量産どころか、衣食住すら事欠くほど」

 「軍組織を維持できないようですが」

 「腕力バカが減って丁度良いかもしれませんな」

 「ところで、日本は、ソ連から資源を得ている噂があるようですが?」

 「中国人や華僑を通じた通常交易以上のものはありませんよ」

 「日本とソ連は、等閑な攻防でお茶を濁しながら裏で手を結び、ですかな」

 「アメリカは、何か、悩み事でもあるので・・・」

 「まさか。ですが日本が人類の敵、共産主義と手を結ぶなど憂慮すべきことですよ」

 「ほぉ その人類の敵、共産主義と組みして3国同盟と戦ったのは、どこの国でしたかな?」

 「人類の敵と正義は、時勢に沿って移り変わりますからね」

 「なるほど、どこかの身勝手な国の正義に世界が振り回されるなど、困ったものですな」

 「このまま、中国大陸の赤化をおめおめと見逃すなど、日本の犯罪は重大です」

 「では、どうせよと?」

 「日本は、人類の未来のため、大陸赤化を防ぐべきではないかね」

 「そして、その間にアメリカが日本を占領するのでは?」

 「ふっ」

 「自分本位極まれりですな」

 「共産主義が東欧を支配し、アジアでも満州・華北・朝鮮を支配しようとしている」

 「座視できませんからね」

 「ご都合主義的ですな」

 「地政学上の失策を取り戻す必要がありますからね」

 「アメリカの地政学ですか?」

 「民主主義の地政学と言うべきですな」

 「民主主義は、個人の欲望のため全体の利益を損なう可能性がある。正しいといえませんよ」

 「軍部の綱紀粛清もできず」

 「軍閥、軍属に支配された国が日本を代表しているなど滑稽ですな」

 「はて、アメリカも衆愚政治の愚かさを経験しているのでは?」

 「個人の資質を社会全般で生かせる民主主義の方が人類社会にとって有益ですな」

 「資本家の都合でアメリカの正義が誘導されていないと誰が言えるのです?」

 「個人の資質を信じられる政体は、個人の資質を信じられない政体より優れていますよ」

 「個人の資質が公益と調和で成り立っているとしたら、そうですな。あり得ませんが」

 「特権階級の愚かさを強制される全体主義より」

 「愚かさを選択できる民主主義が好ましい」

 「人が愚かと決めつけることはないでしょう」

 「全体主義が愚かとは決まっていないのでは?」

 「それならば、民主主義が愚かと、決まっていないことになる」

 「人は体制にかかわりなく、欲望に支配され」

 「統制と圧政、自由と腐敗の歴史を綴り、離合集散する運命にあるのでは?」

 「よりベターな体制があるのですよ」

 「どの体制を生かすにしても、知性、良識の総量によりますな」

 「本気で、スマトラ・ジャワで民主政治が確立できると思いか?」

 「日本の妨害を粉砕したのちに可能でしょうな」

 「民族の独立を阻害してですか?」

 「それはどこの国ですかな」

 「きっと、数千万のインディアンを根絶やしにした国でしょう」

 「「・・・・・」」 むっすぅうう〜

 

 

 資本、人材、資材が軍事関係に引き抜かれ、

 社会構造は痩せ細り、貧民層が増大していた。

 良識派は軍国主義化を恐れ警鐘を流したりする。

 元々、脆弱な社会基盤が戦争によってトドメが刺され、自壊していく。

 物流の停滞による生活必需品と食糧の不足し、

 栄養の偏りで結核患者が増大していく。

 病傷者、病死者が続出。戦地も、内地もモノ不足から犯罪も増加。

 トラック島の善戦と “陸長” の出世が日本海軍の体質を変えていた。

 日本海軍は軍艦の建造を減らした余剰生産力で航空戦力を拡充する。

 誉エンジンで無理な技巧に走って数を減ずるより、

 栄・金星・火星エンジンなど既存に近い技術で数量と稼働率を保った。

 栄エンジンのゼロ戦62型、火星エンジンの震電に集中して生産量を確保。

 一つの飛行場で100機単位の作戦を可能にしていた。

 そして、陸軍も震電を採用する。

 「海軍は、誉エンジンを使わないんだ」

 「誉エンジンは歩留まりが悪過ぎるからね」

 「陸軍も疾風の製造を停止して、金星の5式戦闘機と火星の震電に集中し始めている」

 「航空機は贅沢だからね」

 「問題は、日本軍の士気が低下して、アメリカ軍の士気が向上していることだな」

 「金持ちなら徴兵逃れが普通。戦場で見殺しにされると分かれば士気も落ちるさ」

 「そりゃ 捕虜にされても補給品が中立国を経由して届くなら戦えるよ」

 

 

 工場

 不具合な工作機械。ボロボロの切断刃。

 不安定な電圧、代用品の潤滑油、切断油が使われ、工作機械の寿命を縮めていく。

 生産された部品の精度と品質は低下の一途をたどり。

 品質の低下した部品で組み立てられた工作機械の精度は、さらに低下し、歩留まりが悪化する。

 駅前で近隣縁者が出征兵士に “万歳” を叫んでも。

 右翼が “神国日本” “鬼畜米英” と扇動しても、ゼロコンマ00数ミリの精度が合わない。

 この悪循環は、工業生産力の破綻。生産不能で断ち切られていく。

 赤レンガの住人たちと工員たちが工作機械の前でうなだれる。

 「・・・これだけ不良品を出されたら、もう、駄目だな」

 「ああ」

 「これで、誉エンジンの製造は不可能になった。疾風は生産不能だ」

 「取捨選択は?」

 「赤レンガでやってる」

 「もう、割り振り利かなくなったな。生産量はガタ落ち、補修部品に集中するしかない」

 「工場は再統合で縮小、優良工作機械を栄、金星、火星に集中しよう」

 「日本製工作機械で国産製造できるエンジンは600馬力程度だ」

 「日本の国家基盤の底の浅さに泣けて来るな」

 「資本無し、資源無し、食糧無し、人材無しか・・・」

 「識字率は高いぞ」

 「識字率だけじゃな・・・」

 「どれか一つが平均を上回っても、一つが平均以下だと足を引っ張られる」

 「共有部品一つ製造できないだけで、全ての機械が動かない。総力戦は厄介だな」

 「資源のない日本は、戦争を始めた時点で終わったな」

 「バカ軍人に政治外交を任せたからだろう」

 「党利党略の内紛と派閥抗争で時機を失い、国力を停滞させる議会も、どうかと思うよ」

 「そうか? 議会は国内利権の派閥抗争で済む」

 「軍人は予算獲得のため国力を削ぐだけ、外征で戦うしか能がないからね」

 「まぁ 軍人に任せた時点で負かされるまで戦争が拡大するのが、性だろうよ」

 「結局、どこの省に予算を注ぎ込んで日本の命運を託すか、だろう?」

 「掛け捨て軍事保険より、払い戻しありの社会基盤整備とか、公共投資が良かったがな」

 「その件は、軍国主義者に潰されただろう」

 「連中は、日用品や衣食住を平気で犠牲にするからね。総合戦なんてわからんよ」

 「うまみがあるのは軍属と取り巻きだけだったからな」

 

 

 満州と朝鮮半島の悲劇は、緩衝地帯でなく。

 ソ連の兵站基地、前線に組み込まれたことにある。

 国境、人種、民族、文化の枠を超えた思想。

 特権階級から農民と労働者の搾取から解放する平等不偏の共産主義。

 しかし、キリスト教徒と並び世界市民を標榜する共産主義者も、やはり人の子だった。

 日本の北樺太とカムチャッカ半島占領が引き金になったといわれる。

 しかし、それは、人種差別の口実に過ぎなかった。

 何が行われたかと言うと、対日戦のドサクサで民族の殺戮。

 識字率の低い満州人民に対するそれは道義的に不当で外道あり。

 識字率の高い朝鮮人に対するそれは文明に対する冒涜であり、悪魔の所業といえた。

 欧州大陸を東西に分割して始まった冷戦構造は、アジア極東にも波及していく。

 殺戮を阻む力のあるアメリカは、カムチャッカ半島上陸作戦を意図的に見逃し、

 対ソ発言力を低下させていた。

 その国際関係が各国の外交戦略上の選択を変えていく。

 アメリカは、戦意を “リメンバーパールハーバー” の復讐と正当性。

 自由民主主義を守る正義に頼り、

 スマトラ島とジャワ島の虐殺で正統性を失いつつあった。

 ソ連は、対独戦で疲弊し、中国大陸で攻勢の限界に達していた。

 日本は、精力を使い果たし、ズタズタ・ボロボロ。

 イギリスは、戦意喪失。

 動機さえあれば、アメリカ合衆国だけが外征し継戦可能だった。

 

 

 アメリカ軍占領下のスマトラ島

 2機の戦闘機が滑走路を駆け抜けていく。

 速度が増すにつれ揚力が機体重量を上回り機体が浮揚する。

 主脚を格納すると空気抵抗が低下し、加速しながら上昇していく。

 時代が進み、航空機の性能が向上しても離着陸の要領は似ている。

 例え、最新鋭のジェット機でも航空力学と物理学の法則に従う。

 同型機同士が連絡を執り合いながら、ロッテ編隊を組み北上する。

 「日本の抵抗も少しは、低下すればいいが」

 『この機体なら大丈夫ですよ』

 「だといいがな」

 『楽勝だと思いますよ』

 「おまえ、トラック航空戦の後から来たんだな」

 『欧州では、ベルリン上空でメッサーシュミットを撃墜しましたよ』

 『任期が余ったのでこっちに来ましたがね』

 「ベルリンと違って、シンガポールは爆撃を恐れていない」

 『それが問題なのですか?』

 「まぁ いずれ分かるよ」

 周囲を警戒し、無線に耳を澄ませていたが表情は、柔らかで軽口が交わされる。

 「来たぞ。正面2時だ。震電・・・5機・・・8機だ」

 『了解。確認した』

 「続け!」

 『イエッサー!』

 日本軍機が迎撃で出撃してくる。

 最大速度966km。航続距離1328km。12.7mm6丁。ロケット弾10発。

 F80シューティングスターは、震電を振り切って上昇。

 緩慢な曲線を描いて震電の後方に回り込みロケット弾を発射した。

 ロケット弾が白煙を曳いて震電に向かって包み込んでいく。

 ロケット弾は1発で戦闘機を撃墜できるが命中率は低く、全弾が外れてしまう。

 機銃掃射を加える。

 バチ! バチ! バチ! バチ! バチ! バチ!

 機銃弾が震電をズタズタに引き裂き、相対速度200km差で、あっという間に追い抜いていく。

 「ちっ! 落ちない」

 『俺がやる』

 ロケット弾が震電をかすめていく。

 機銃掃射。

 バチ! バチ! バチ! バチ! バチ! バチ!

 懸命に回避運動を執る震電の機動は、速度差のため酷く緩慢に見える。

 『だ、駄目か・・・』

 ゆっくりと落ちていく震電は、見かけ上、ボロボロでも火を噴いておらず。

 プロペラも回っていた。

 頑丈な機体は、厄介で無駄弾を使わされる上に撃墜確認まで余計な時間を浪費させる。

 航空戦で無駄な時間を使わせられると、ジェット機でも命取りだった。

 焦燥感で辺りを警戒しつつ、落ちていく機体にも目を配る。

 『ロケット弾も当たらなきゃ、意味がない。12.7mm機銃も駄目だ』

 「もういい、時間の無駄だ。次の獲物を攻撃しよう」

 『そうだな』

 アメリカ軍はF80シューティングスターを投入後、ようやく、理想的なサッチウィーブが可能になった。

 しかし、高々度からの五月雨攻撃が可能になり、優位性を回復しただけだった。

 小結が横綱と同じ土俵で戦っても勝てない。

 大金星など、そうそうあるものでなく、弱小であれば弱小の戦い方がある。

 卑怯と罵られても我を張らず、土俵の外で戦う。

 震電は降下していく。

 『・・下に逃げた?』

 「気を付けて後方から回り込め。ゼロ戦も参戦して数が増えるぞ」

 『この機には、追いつけませんよ』

 「ジェット機だからといって安心するな。運動エネルギーを失うとカモられるぞ」

 高高度での競り合いで負けると日本軍機は低空に集まる。

 アメリカ軍機は、優勢でありながら地表近くでは、サッチウィーブで攻撃できず。

 シューティングスターは緩降下で震電を追い掛け回していく。

 F80シューティングスターも低空戦に引き摺り込まれると、

 格闘性能と上昇力が求められ優位性が低下してしていた。

 日本軍機は、低空で数で負けなければ相互支援で粘ることができた。

 日米の戦闘機が航空戦を繰り広げる中、B17爆撃機が対空砲火を突破。

 日本軍の施設に爆弾を投下していく。

 シューティングスター

 『た、隊長。弾切れです。それに100機単位で日本軍機が飛んでます』

 「ええぃい。埒が明かん。引き揚げるぞ」

 『了解です』

 引き揚げるシューティングスターを追撃できる日本機は、存在しなかった。

 日本軍機は、重量配分で航続力を低下させ、代わりに防弾を得ていた。

 その戦訓は、アメリカ戦闘機に20mm機銃弾の装備を強いさせようとしていた。

 

 

 カリブ海

 夜の海面、潜望鏡が海水を掻き立て、

 白い軌跡を曳きながら伊400号が浮上する。

 決められていたのは集合する日時と集合する座標だけだった。

 伊400号、伊401号、伊402号、伊403号、伊404号の5隻は、500m程の距離で互いを確認する。

 時間を惜しむかのように乗員が現れ、

 蛍光塗料を見ながら、会話も少なく作業が進む。

 格納庫が開けられると魚雷を抱えた特殊攻撃機「晴嵐」がせり出されてくる。

 集合する日時と座標に無駄があっても、

 作戦を可能にするだけの航続力と余力があればよかった。

 

 伊400号 艦橋

 「・・30000kmか。無事にここまで来れたか」

 「スマトラ・ジャワに上陸されたおかげで、長かったですからね」

 「南米大陸と南極大陸の間を通過したときは、死にかけたよ」

 「南太平洋の無人島で補給と休息ができなければ、士気も保てませんでしたね」

 「苦しかった旅も、ここで終わる」

 「帰りは通商破壊。まだこれからでは?」

 「晴嵐を射出するまでより、通商破壊の方が楽だよ」

 わずか5分で2機の晴嵐がカタパルトから射出され。

 15分後、3番機が射出されて行く。

 「行ったな。潜航!」

 伊400型潜水艦5隻から飛び立った晴嵐は15機。

 編隊を組みながら低空飛行を続ける。

 カリブ海 ⇔ ガトゥン閘門 ⇔ ガトゥン湖 ⇔  ペデロ・ミゲル閘門 ⇔ ミラ・フローレス湖 ⇔ ミラ・フローレス閘門 ⇔ 太平洋

 日の出を背にした晴嵐が西に300km。パナマ陸峡へと進入する。

 地上、地図、コンパスを確認しながら地表スレスレに飛び、閘門を確認する。

 最初、早朝からパナマ運河上空を低空で旋回する晴嵐は怪しまれていた。

 そして、閘門を確認した晴嵐が雷撃コースを取ると、岸から対空砲が撃ち上げられる。

 迎撃機も離陸するが間に合わなかった。

 1番機の5機が北のカリブ海側のガトゥン閘門。

 2番機の5機が南の太平洋側ミラ・フローレス湖に面したペデロ・ミゲル閘門。

 3番機の5機が南の太平洋側のミラ・フローレス閘門。

 ガトゥン閘門、ペデロ・ミゲル閘門が魚雷で破壊されると湖水が溢れ出した。

 ガトゥン湖130億トンの水量が通行中の艦船を押し流していく。

 雷撃を終えた晴嵐15機は、身軽になり、低空を時速560kmで離脱。

 一方、パナマのアメリカ軍機は、ベテランが少なかった。

 晴嵐隊がカリブ側に逃亡するとは思っておらず。

 太平洋側から無線を発する囮の伊号に惑わされ、

 太平洋へと誘導されてしまう。

 晴嵐15機は、カリブ海側で浮上して待ち構えていた伊400号の周りに着水して救出されていく。

 「提督。作戦は成功です。これで、日本は有利になりますね」

 「どうかな。主戦場は太平洋からインド洋側に移動している。少しだけ有利だろうな」

 「パナマ運河を修復させるのに年月を必要とするはずです」

 「閘門を再建して、コンプレッサーで海水を汲み上げるだけだ。年月次第だな」

 「苦労した割には、報われませんね」

 「小さなことからコツコツとだよ」

 「・・・提督。全搭乗員を救出しました」

 「よーし! 潜航」

 最後のパイロットが伊400号に救助されると2時間に満たない作戦が終わる。

 パイロットと航法士30人を救助した伊400号、伊401号は帰還の途に付き。

 伊402号、伊403号、伊404号は、北大西洋で通商破壊作戦を開始する。

 

 

 ジャワ海

 戦艦ワシントン、ノースカロライナー、サウスダコタ、

     インディアナ、マサチューセッツ、アラバマほか、

 40隻の艦隊がスンダ海峡を突破、ジャワ海に侵入する。

 戦艦ワシントン 艦橋

 「日本艦隊は出てこないようようだ」

 「てっきり日本軍機の空襲を受けると思ったのですが・・・」

 「どうやら、上陸させてアメリカ軍が疲弊したところを攻撃するつもりなのだろう」

 「ボルネオ、セレベスに上陸しないのですか?」

 「スマトラ、ジャワ島のゲリラ掃討戦は終わっていない」

 「ボルネオ、マレーに上陸すれば・・・」

 「・・・アメリカは侵略国家になるな」

 「ですが、そのつもりでスマトラ、ジャワに上陸したのでは?」

 「日本を打倒するためだ」

 「しかし、スマトラもジャワも親日反米で独立戦争になっている」

 「では、親米反日を期待して、スマトラ、ジャワに上陸したのですか?」

 「ああ、しかし、オランダの350年支配は、日本の3年半の支配より重かったのだろうな」

 「現地有力者を優遇したのでは?」

 「民衆のほとんどが親日ではな」

 「上陸後はますます反米がひどくなる」

 「・・・上陸しにくいですね」

 「ビルマ戦線を突破できないのがケチの始まりだな」

 「アラカン山脈は突破できないと思いますよ。ヤンゴンに直接上陸すべきでは?」

 「体当たりは怖いぞ」

 「イギリスが上陸作戦を見送って、アンダマン攻撃でお茶を濁しているくらいだ」

 「ビルマ人のゲリラ戦も手を焼きそうです」

 「アジア人の白人に対する拒絶反応は大きいようだ」

 「インドも各地で暴動が起きてます」

 「ガンジー派とチャンドラ・ボース派で分かれて、暴発寸前か」

 「チャンドラ・ボース派が勝てば独立戦争です」

 「大統領は、これ以上、独立戦争に巻き込まれたくないらしい」

 「確かに泥沼は好ましいとはいえませんね」

 「金持ちはケンカしないものだ」

 「ですが、日本軍は、まだ一つの航空基地で100機単位の稼働機を維持してます」

 「情報部の話しと食い違っているようだな」

 「もう、航空機は製造できなくなっていると聞いたが・・・」

 「戦艦の埋め立ててで時間を稼いだのでしょうか?」

 「んん・・・底値で計算ミスがあるのかもしれないな」

 

  

 帝都東京

 日本は社会構造が崩壊しつつあった。

 都市部は食糧の配給が足りず結核死亡者と餓死者が急増。

 食糧で余裕のある田舎へと人口が移動していく。

 疎開とも呼ばれ、空襲を恐れてと言うより、

 穀倉地帯から食料を都会に輸送できないためと言える。

 同時に都市部で作られる日用品の輸送も事欠く始末。

 さらに半島、中国、満州から日本人が帰郷して大混乱となってしまう。

 社会基盤が崩壊した日本で、

 ようやく意識改革が行われ軍事偏重からの脱却が進められていく。

 軍部と結託した重商思考から、

 再配分を強行する重農思考に切り替わる。

 損得勘定に支配されやすい日本人は、軍閥、軍属ぐるみの国政改革で土地を強制収用。

 企業主体で農地改革を進めてしまう。

 もっとも、この頃の日本人総人口は7400万に達していた。

 財政破綻は自浄能力の限界を超えて間引きでもしない限り、

 農地改革だけでは足りない。

 赤レンガの住人たち

 「日本の内地はボロボロで防衛不能。アメリカ軍が本土に上陸してきたら事だぞ」

 「どうかな。アメリカ軍は策源地スマトラ・ジャワで兵力を取られている」

 「兵站が長く、独立勢力の抵抗は激しい」

 「そして、日本本土は資源もないのに反撃が激しくうまみがない」

 「さらに日本本土に上陸し」

 「日本が負かしてしまうとカムチャッカ半島をソ連に返還させなければならない」

 「また、対日作戦で消耗すると中国大陸の共産軍の南下は加速し、ソ連の影響は拡大する」

 「アメリカ国際戦略の都合もあるわけか」

 「日本に足りないのは軍事力じゃなく、国際外交バランスと社会基盤だな」

 「だけど、このままだと1億総乞食。飢餓状態になるよ」

 「日本の国土で自給自足できる規模は小さい。大規模な公共設備をしないとな」

 「積極財政は、社会資本を奪って民間活力と可能性を削ぐことになるよ」

 「社会資本を奪ったのは軍事費だよ。取り過ぎて手遅れなほど足りないけど」

 「公共設備だって、やり過ぎると、親方日の丸で放漫財政になるよ」

 「権威主義と年功序列で柔軟性を失い取捨選択できず膠着化するな」

 「創造性も可能性も否定され、合理性がなく。経済効率も悪化する」

 「だけど、社会資本を潤おしても民間なんて識字率が高いだけで農民。程度が知れているよ」

 「どちらにしろ、戦争が終わらない限り、お手上げかな」

 「戦争が終わった方が、お手上げじゃないか、無理が利かない」

 「赤字国債と軍票をどうするんだ?」

 「国民を半分餓死させるくらい搾取しない限り、軍属と軍隊に給料払えないし」

 「満州と半島喪失で軍部は、大きく後退するだろうよ」

 「もう、軍人貴族も終わったな。半分くらい死んでくれなきゃ給与が払えん」

 「日本人って武士階級が好きだからな」

 「どんな体制でも、支配階層が5パーセントを超えたら末期」

 「被支配層は支えられなくなるから、お終いだよ」

 「まぁ 軍民とも戦意を喪失させているし。これまでかな」

 「その割に “陸長” は保身じゃなく」

 「カムチャッカ半島を制圧したり、パナマ運河を爆撃したり。大丈夫か?」

 「さぁな」

 「そういえば、軍事機構で何か言ってなかったか?」

 「抜本的な改革と軍縮ができなければ、人事を繁雑に行うしかないそうだ」

 「それで軍閥、私兵化を防ぐことができても軍隊は弱体化する」

 「軍隊は軍事機構だけじゃなく人間関係も重要だからね」

 「それに日本人は家族主義だから、馴れ合いがないと」

 「慣れがなければ暴走も反乱も起こせないけど」

 「信頼関係がなければ不信感でバラバラ。弱体化するよ」

 「家族主義で国家機構の構築はまずいだろう。慣れ合いで癒着から不正腐敗は困る」

 「いっそ、スターリン並みに大粛清か」

 「独裁はいやだよ」

 「日本民族は強いモノに巻かれやすく、損得勘定で動きやすい」

 「正道でも追求すれば死活問題だよ」

 「軍部は皇軍派と統制派の対立を利用して利権拡大。あげく、歯止め利かずか」

 「政府要人殺害で軍部が独立して私兵化したからね」

 「やはり、ここは無難に統制か、皇道かで、軍に鎖をつけるべきだろう」

 「軍部は天皇の権威を利用して好き勝手な法を作って強制するからね」

 「しかし、軍部そのものが無法者なんだよな」

 

 

 南太平洋

 伊号が浮上すると、ゆっくりと無人島に着岸する。

 窮屈な潜水艦の中に閉じ込められては、健康や士気を保ちにくい。

 そこで、小さな環礁や無人島に乗員を降ろして休養を取らせたりもする。

 そして・・・

 「上陸したら伊400潜水艦隊の荷を埋めて、交代で休憩してくれ」

 「パナマ運河攻撃で伊400艦隊はアメリカ海軍に捜索されているはず・・・大丈夫ですかね」

 「太平洋側で動き回って、アメリカ艦隊を分散させてやろう」

 「南太平洋に補給基地があると推測して、この海域にも目を付けるのでは?」

 「埋めた場所が分かるとは思えないがね」

 「それに行きがけの補給で燃料や食料を稼いでいる」

 「ここで補給を受けなくても帰還だけはできるよ」

 「ですがアメリカ側の損害報告が曖昧だと、パナマ攻撃の戦果がわかりませんね」

 「米ソ対立で微妙なバランスを保っているだけで、戦局は悪くなる一方らしい」

 「悪くなっているのは、戦局じゃなくて、日本社会なのでは?」

 「だな。生産力が落ちて工場が動かせなくなってるらしい」

 

 

 中国大陸

 日本本国からの兵站が滞ると、日本軍は恥知らずな自給策をとった。

 村を襲う野盗の分け前をピンハネする代わりに日本軍は野盗を庇い始める。

 本来忌み嫌われ、批判されるべき事柄だった。

 しかし、日本軍が最悪な軍紀で中国軍閥のモノマネをすると、

 中国社会にぴったり機能したりする。

 この頃、中国共産軍が黄河を渡って、鄭州(チョンチョウ)、洛陽(ルオヤン)を占領。

 後退した日本軍は一時、野営していた。

 「大佐。今日の取り分ある」

 「みんなに分けてやってくれ」

 「わかったある」

 大佐は、軽蔑するような視線と、自虐的な表情で焚き火を見つめる。

 「ゴミが!」

 「ゴミに餌をもらっているのも、どうかと思いますがね」

 「俺はあいつらが持ってきたものなど、食わんぞ」

 「上層部は、大丈夫でしょうけどね。下士官以下にまでは届きませんよ」

 「・・・今日は悪くない」

 「蛇は強壮に良いそうです」

 数人の日本軍将兵が捕まえた蛇を焼いて食べ。

 余りの骨と皮を犬に投げる。

 犬は、なんとなく、日本軍将兵に餌を貰い。

 いつの間にか飼われ、一緒についてきていた。

 慰安婦以外にも、女子供、野盗が日本軍と一緒に移動したりする。

 単に日本軍、国民軍、共産軍のどこがマシか、比較論に過ぎず。

 日本軍と一緒にいる方が総合で良いと判断されただけに過ぎない。

 「中国共産軍が強くなってないか?」

 「日本軍が弱くなっているんだ。武器弾薬がなくてね」

 「共産軍は、兵力とソ連製の武器弾薬が増えているからな」

 「いや、士気だろう」

 「しかし、なんで、中国人は、ドミノみたいに共産勢力に引っくり返るんだ」

 「いつの間にか共産主義勢力内に取り残されている」

 「国民軍も、後退中だそうだ」

 「国民軍は、不正腐敗で自滅しているんだよ」

 「日本も武器弾薬がなければ撤収するしかない」

 「南京まで後退したら石炭も鉄鉱石も入ってこなくなる」

 伝令が駆けてくる

 「・・・大佐。南方の南陽(ナンヤン)も共産勢力が蜂起」

 「ソ連製の武器を所持していて手が付けられず。守備隊は、後退すると」

 「ちっ! 日本軍が後退すると共産軍が埋めてきやがる」

 

 

 ワシントン 白い家

 世界の支配者たちは、微妙な表情を見せる。

 「戦局は?」

 「日本軍は急速に弱体化しています」

 「そのうち、震電もゼロ戦も飛べなくなりますよ」

 「年月の問題でしょう」

 「では、年月を置いて、このまま、東南アジアを押さえれば・・・」

 「侵略国家になるのはまずい」

 「スマトラ・ジャワの傀儡は?」

 「白人の傲慢さが災いしているようですな」

 「そうは言っても元々、スマトラとジャワは、国家の体をなしていなかったのですから」

 「年月はかけられない。このままだと中国大陸は共産圏に組み込まれる」

 「日本本土の国防は?」

 「地下施設が拡張されているようです」

 「兵器も航空機から小銃、軽機関銃、擲弾筒、噴進砲ばかり」

 「制圧は、手間取りそうですな」

 「それに日本を打倒してしまうと、カムチャッカ半島もソ連に返還させることに・・・」

 「・・・それは、面白くない」

 「では・・・」 

 アメリカ艦隊はパース、真珠湾、ラバウルに3分割。

 イギリス海軍はコロンボ港に配備。

 アメリカ軍とイギリス軍は、対日反攻作戦を準備していた。

 しかし、米ソ冷戦とソ連参戦で慎重になっていく。

 

 

 台湾 高雄

 日本海軍艦艇が威並んでいた。

 空母9隻

   (大鳳、瑞鶴、翔鶴)(飛鷹、準鷹、龍鳳)(瑞鳳、千代田、千歳)

 重巡17隻

   (古鷹、加古、青葉、衣笠)

   (妙高、那智、羽黒、足柄)(高雄、愛宕、摩耶、鳥海)(最上、鈴谷、熊野)(利根、筑摩)

 軽巡5隻

   (阿賀野、能代、矢矧、酒匂)(大淀)

 

 駆逐艦65隻

   (吹雪、白雪、初雪、白雲、浦波、綾波、敷波、朝霧、天霧)

   (初春、若葉)

   (白露、時雨、村雨、春雨、五月雨、海風、江風、涼風)

   (朝潮、満潮、朝雲、山雲、峯雲)

   (陽炎、不知火、黒潮、親潮、早潮、初風、雪風、天津風、

     時津風、浦風、谷風、野分、萩風、舞風、秋雲)

   (夕雲、巻雲、長波、巻波、清波、玉波、涼波、藤波、浜波、岸波、朝霜、早霜、秋霜、清霜)

   (秋月、照月、涼月、初月、新月、若月、霜月、冬月、春月、宵月、花月)

 

 大鳳 艦橋

 「戦艦が1隻もない連合艦隊か。世も末だな」

 「大和、武蔵、長門を埋め立てているのですから」

 「マレー半島とボルネオ島だけでも守りたいものです」

 「どうかな。アメリカ軍はジェット戦闘機シューティングスターを投入している」

 「日本はゼロ戦すら生産できなくなっている」

 「将兵は、土木建設と水田開拓ばかりで不満が大きいようです」

 「食料がなくては、生きていけんよ」

 「アメリカ艦隊がジャワ海に侵入したときは・・・」

 「ジャワ海に侵入しても手を出すな、だそうだ」

 「なぜです?」

 「シンガポール、ブルネイ、バリクパパンに上陸作戦が開始された時は、水雷戦隊で夜襲をかける」

 「では、上陸作戦が行われない場合。見逃すのですか?」

 「上陸作戦を撃退すれば、勝ちだそうだ」

 「埋め立てた大和、武蔵、長門の火力と防御力を期待するしかない」

 「大和、武蔵と砲撃戦を行わず」

 「離れた場所に上陸し、戦艦の射程外から地上部隊で制圧してしまうのでは?」

 「武器弾薬を現地の独立勢力に渡して支援するだけだそうだ」

 「ボルネオは、人口が少なく、アメリカ軍に上陸されると圧倒されるのでは?」

 「その可能性は高いがね」

 「いや、きっとそうするだろう」

 「しかし、アメリカ戦艦部隊とまともに戦って、勝てると思うかね」

 「いえ・・・」

 「既に艦隊の規模で太刀打ちできなくなっている」

 「例え連合艦隊が善戦して同じ数だけ沈んでも、日本海軍は、全滅する」

 「戦艦を埋め立てたとはいえ。じり貧で厳しいですな」

 「アメリカの攻勢の限界は、日本本土まで十分届くだろう」

 「東南アジアに寄り道させただけでも有利なんだがね」

 「日本の基盤は脆弱過ぎるよ。もう破綻している」

 

 

 

 日本で結核患者が増大していた。

 社会構造が滞り出すと戦うことよりも生きることの方が深刻になってしまう。

 夫が出征すると間男が入り込んだり。

 父親や男でが不在だと夜這いが入り込みやすかった。

 「なぁ ミズノ。いいだろう」

 「ええ、ゴホッ! ゴホッ! ゴホッ! ゴホッ!」

 「ん? 風邪か?」

 「ええ、最近、流行っているみたい」

 「旦那の代わりに暖めてやるよ」

 「まぁ 嬉しい」

 その日本で、風邪がはやり始めていた。

 

 

 軍属たちの晩餐

 日本各地で集団による収奪、簒奪が増加していた。

 地主大家が殺され略奪されていく。

 そして、軍閥すらも収奪され始め、財産を守るための維持費は高騰していく。

 ほとんどの有力者たちが真っ青になっていく。

 アメリカに利権奪われるどころではなくなっていた。

 日本人の民衆は、皇軍と軍属を憎しみ始めていた。

 軍属は、保身さえ危ぶまれる。

 テーブルに載せられた食材も年々、貧相になっていく。

 「まずいな。銃口を国民に向けなければ、我々は、民衆に襲われるぞ」

 「共産化してしまうのでは?」

 「共産勢力で日本の代表になれる者はいない。国家として空中分解を起こすよ」

 「降伏するしかないのではないか。このままでは、我々は、民衆に殺されるぞ」

 「降伏した途端。外敵が消え、我々が殺される可能性の方が高くなるよ」

 「ど、どうする。支配体制が崩れる前に何とかしないと」

 「スケープゴートは?」

 「中間富裕層の地主大家がやられている。次は、我々だ」

 「犯罪で奪われる前に我々の手でやるべきだろう」

 「根回しが終わっていないよ」

 「そんなこと言ってる場合か。維持できない手足は手放すしかなかろう」

 「貧しさのせいとは言え、社会の信頼関係が失われると脆いな」

 「保身も、いろいろとあるからね」

 「火遊びが過ぎて、母屋まで燃えてしまいそうなのに・・・」

 「ところで、風邪が蔓延しているようだが?」

 「ああ、死んでいるのは、結核なのか?」

 「どうも分からんが、風邪と結核が併発しているんじゃないか、病死者が急増している」

 「んん・・・またモラルが低下していくな」

 「もう、製造業自体が成り立たなくなるよ。我々もお終いだ」

 「それは兵器だろう。民生品は売れそうだな。精度は、手抜きができるし」

 「それは言える」

 「ところで、北樺太はともかく、カムチャッカ半島はないだろう」

 「“陸長たち” は強いよ。トラック環礁の沈没船は財産だからね」

 「まぁ あそこの鉄材だけでも再建で大きな力になる」

 「何隻引き揚げたの?」

 「もう75隻くらいだと思ったけど」

 「そりゃ凄い」

 

   

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 月夜裏 野々香です。

 史実より善戦していますが、絶望です。

 

 

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第04話 1945年 『取捨選択』
第05話 1946年 『薄 氷』
第06話 1947年 『外平かにして・・・』