月夜裏 野々香 小説の部屋

    

仮想戦記 『国防戦記』

 

 

 第10話 1951年 『カインの末裔たち』

 長男カインは、地を耕す者になり、

 二男アベルは羊を飼うものになった。

 カインは神に地に産する物を捧げ、神は顧みられなかった。

 アベルは羊を捧げ、神は目を留められた。

 カインは、怒って顔を伏せる。

 “なぜ、あなたは憤っているのか。なぜ、顔を伏せているのか”

 “あなたが正しく行なったのであれば、受け入れられる”

 “ただし、あなたが正しく行なっていないのなら”

 “罪は戸口で待ち伏せして、あなたを恋い慕っている”

 “だが、あなたは、それを治めるべきである”

 「さあ、野に行こうではないか」

 カインは、アベルを野に誘い出して殺してしまう。

 人類始祖の家族において、人類初の殺人事件が起きたのだあった。

 神が創造した最初の家族で骨肉の殺人事件が起きたとしたら、

 それは報われない結末と言える。

 人は公平ではなく、清濁があり、優劣があり、努力しても、運不運があったり。

 嫉妬、妬みでいさかいが起こり、殺人にも至る。

 歴史は、個人、家族、組織、民族、国家へと集団が広がりを見せていく。

 そして、最初の家庭で起きた状況が国家規模に至っても繰り返されていた。

 報われない末裔に救いがないかといえば、そうでもなかったり。

 顛末があったりする。

 “あなたは、いったいなんということをしたのか”

 “聞け。あなたの弟の血が、その土地からわたしに叫んでいる”

 “今や、あなたは、その土地に呪われている”

 “その土地は、口を開いてあなたの手から、あなたの弟の血を受けた”

 “それで、あなたがその土地を耕しても、土地は、あなたのためにその力を生じない”

 “あなたは地上を彷徨い歩く、さすらい人となるのだ”

 「私の咎は、大きすぎて、担いきれません」

 「ああ、あなたは、きょう私をこの土地から追い出されたので」

 「私は、あなたの御顔から隠れ」

 「地上をさまよい歩くさすらい人とならなければなりません」

 「それで、私に出会う者はだれでも、私を殺すでしょう」

 “それだから、だれでもカインを殺す者は、七倍の復讐を受ける”

 神は罪人を罰し、罪人を殺そうとする者には、七倍の復讐を認めてしまう。

 かくして、人類歴史は、災禍の袋小路に至り、

 不公平な世界から抜け出せないのである。

 しかし、歴史は流れ、曲がりなりにも文明が発達し、

 国家規模にまで世界が拡大していく。

 これは、不公平の中にあっても、怒りを治める者が少なからずいた、といえる。

 

 中国大陸。

 骨肉の揚子江戦線

 某所で非公式協議が行われていた。

 「中国人同士戦ってはいけないある」

 「そのとおりある。内戦は、列強の罠ある」

 「漢民族同士は、共に手を取り合って大陸を守るある」

 「そうある。世界の中心は中華ある」

 「そうある。世界の中心は中黄ある」

 「中華に世界が従うある、中華が世界に支配されているのではないある」

 「中黄に世界が従うある、中黄が世界に支配されているのではないある」

 「そうある。中国統一ある」

 「平等ある」

 「自由ある」 

 「違うある。平等ある」

 「違うある。自由ある」

 「違うある。平等ある」

 「違うある。自由ある」

 「「・・・・」」

 「「ぷぅぎゃああああ〜!!!!」」

 銃撃戦

 信じられない人間に権力を渡したり。

 嫌いな人間に生殺与奪権を渡したりは、勇気以上のモノが必要だった。

 “バカ”

 それは、狡猾で利己主義な中国人に欠けた気質だった。

 そして・・・・

 「やったある ばんざいある♪ 士官を倒したある〜♪」

 「良くやったある。自由を守った正義の戦士に、この腕章を与えるある」

 「へんしんある〜♪」 腕章をつける

 「「「「「おお〜!!!!」」」」」

 「羨ましいある〜」

 「駄目だったある〜 しょぼんある〜」

 「次は、きっとやれるある〜」

 

 

 

 アメリカ軍傭兵部隊

 「戦況は?」

 「どちらも、主力になる漢民族軍の士気が低いようです」

 「まともに戦っているのはソ連軍の朝鮮人部隊とアメリカ軍の台湾人部隊だな」

 「兵器を使うには識字率が必要ですし」

 「字の読めない人間は兵器に慣れるまで時間が必要です」

 「ぼちぼち、兵器にも慣れたはずだがな」

 「漢民族は、共産主義と資本主義の服を着ているだけで中身は同じですよ」

 「中華思想と不正腐敗の世界ですからね」

 「上層部が信用できないから、戦うより生き残る方を選ぶか」

 「アヘンの吸い過ぎでしょう」

 「ドブに捨てたくなるような悪癖が全部揃っていますよ」

 「人間も社会も、負の連鎖に入り込むと、どうにもならんな」

 「敵の陣地に爆弾を落とすより、アヘンを落とす方が戦果が大きそうだな」

 「もう、採掘するより、武器弾薬の方が高くつく」

 「いい加減、この大陸から手を引きたくなるぞ」

 「タングステンより、日本に鉄鉱石と石炭を輸出しては?」

 「んん・・・不良債権が増えてしまうのも面白くない」

 「生活物資も、武器弾薬も、安く上がるかと」

 「採算でいうと正しいのかもしれないが・・・」

 「北と南は、日本で生産した武器弾薬で戦うことになりかねません」

 「日本は、日に日に力を付けている。忌々しい国だな」

 「チベットに兵を進めれば兵站が伸びて、日本は、もっと、儲けるかもしれませんね」

 「・・・アメリカは、どこで間違ったかな」

 「南京の利権を台湾人に引き渡しているので、台湾人士官と補給が増えて有利になるのでは?」

 「朝鮮軍の方が多いが言語は台湾人部隊の方が有利だろう」

 「装備は、もっと増やせるかもしれないな」

 「台湾人が日本語も分かるのが面白くありませんがね」

 「まったくだ」

 

 

 戦争は起こる。

 しかし、戦争の合間に和解が生じ、交流が行われたりもする。

 これは、怒りを治め殺人未満の者たちが少なからず存在したからである。

 日ソ貿易協定は、厳密に言うと軍事同盟ではない。

 現金を介在しない包括的なバーター取引を含んでいた。

 資源、兵器・武器弾薬、日用品、雑貨、食糧が行きかう。

 日本は経済的な利益のためであり、

 ソ連は軍事的な対米戦略上の利益のためといえた。

 どちらも、その目的を達しているとしたら、

 それは、それで、正しい選択といえた。

 

 

 戦後の日本で、マスコミが力を付け始める。

 統治者は、時に疎ましく思いつつも、時にマスコミを利用し、時に反発する。

 民衆の力は経済の規模が広がるにつれ、

 世俗的な嗜好に走り、政治的な思惑から離れていく。

 「戦艦シベリアの建造は、利敵行為ではないのですか?」

 「日本産業は、民生で拡大しつつある」

 「日ソ貿易協定による兵器交換は、両国の経済負担を減じている」

 「二番艦ウラルの建造もされるのですか?」

 「シベリア型戦艦を引き渡したのち」

 「ソビエト海軍が満足するのなら、二番艦も受注される予定だ」

 「ソビエトは、我が日本の中枢を攻撃できます」

 「しかし、日本からはソ連中枢から遠い」

 「その事について、どう思われますか?」

 「我が国の市場は、太平洋沿岸諸国、ソ連から東欧にまで及んでいる」

 「それは、外交的な努力にと言える」

 「より、有利な国家と連帯すべきでは?」

 「我が国は、技術的な劣勢を安い労働力で生産した価格で補っている」

 「我が国の商品は競争力で強いといえない」

 「日本は、ゼロ戦、大和など優れた技術があるではないですか?」

 「戦争末期、ゼロ戦を製造できなくなったのは外国製工作機械が摩耗したためである」

 「大和を建造できたのも外国製の技術に依存していたからである」

 「しかし、ソ連は、思想的、軍事的に脅威と思われます」

 「日本の多くの企業が在庫を抱え込まず」

 「安心して労働し、生産できるのは相応の理由がある」

 「し、しかし・・・」

 「愚痴を言う暇があったら、日本の工場を見て回れ」

 「そして、どこの国で作られた工作機械で」

 「どこの国から原料を買っているのか、聞いて回るといい」

 

 

 ワシントン

 日米代理人がポトマック河畔を歩いていた。

 非公式の事務レベル協議がここで行われるのは、桜の効果を狙っているからに過ぎない。

 「日ソ関係は近過ぎではないですか?」

 「通常の貿易協定ですよ。交易量は増えていますがね」

 「日本は反共を謳いながらソ連と妙な関係ですな」

 「ソ連製の武器弾薬の方が安い。それ以上の理由はありませんよ」

 「満州の牛肉の量も増えているようですし」

 「距離的に満州の方が近いからでしょう。満州の大豆、山羊肉も悪くない」

 「日本の外交姿勢は、危険ですな」

 「経済的な理由で日本が反米になり、アメリカが反日になることもある」

 「ほぉ 日本の反共は、アメリカの赤狩り以上だと自負していますがね」

 「労働者は、組合を作る権利くらいあるでしょう」

 「会社を辞める権利はありますよ」

 「いまのところ好景気で、そっちの方が心配されているほどです」

 「戦後直後と、まるで違いますな」

 「2400万も餓死すれば、衣食住の問題は解決ですよ」

 「権利と人権の国で、どこまで赤狩りができるか疑問ですな」

 「少なくとも日ソ関係を容認する連中はアカ狩りの対象です」

 「個人の自由を標榜するアメリカで思想統制とは、情けない国になったものだ」

 「情勢の変化に多少警笛を鳴らしているだけですよ」

 「物は言いようで・・・」

 「ところで朝鮮人の人口が減っているようですが日本に情報が入っていますかな?」

 「さぁ ソ連に占領され併合されてしまいましたから。わかりませんな」

 「こちらの調査では700万程度しか残っていないと」

 「国外のことですから。シベリアは、さぞ開発されることでしょう」

 「日本が反共なのでしたら揚子江戦線で、もっと協力する義務があるのでは?」

 「国内事情、国内向けで反共なだけです」

 「他国に内政干渉するつもりはない」

 「中国大陸が赤化しても?」

 「反共でもソ連製兵器は自爆しませんし」

 「鉄鉱石も、石炭も、共産主義を訴えませんし」

 「ソ連に戦艦を売却するのは人類に対する反逆ではありませんか?」

 「航空機の時代ですよ」

 「戦艦が海戦で役に立ったのは、第二次世界大戦より前ですな」

 「日本は、アメリカと仲良くすべきだと思いますよ」

 「価格競争で負けて脅迫とは、まるでヤクザだ」

 「安物買いが良いとは限りません。揚子江戦線で証明できますよ」

 「それは、それは、ぜひ見てみたいものです」

 「ところで、米英が揚子江に埋め立てた戦艦についてですが・・・」

 「むろん、利権は相互承認しますよ」

 

 

 東シナ海。

 ミルMi1ヘアが日本機動部隊の周囲をゆっくりと飛ぶ。

 馬力430hp。重量1760/2550kg。ローター12m。

 航続距離650km。最大速度205km。乗員1+3。

 ヘリコプターは、水上機と違い、艦を停止させなくても着艦できた。

 巡洋艦利根、筑摩に搭載されたミル1ヘリは、艦隊上空の哨戒飛行を一手に引き受けていた。

 大鳳 艦橋

 ミグ15戦闘機が滑空し制動用ワイヤーに着艦フックを引っ掛け、

 飛行甲板に着艦する。

 「ほぉ 上手いものだ」

 「多少、難がありますが、軽量化を進めれば、もう少し役に立つでしょう」

 「翼面積がもう少し欲しいです」

 「しかし・・・まさか、ソ連製の航空機を着艦させることになるなんてな」

 「イギリス製ジェットエンジンを複製したようです」

 「日本も、もっとましなジェットエンジンを作れたらいいのだがな」

 「空技研は、設計だけなら理想的なジェットエンジンを作れるそうです」

 「しかし、ラインに乗らないようです」

 「相変わらずだな。ラインに乗らなければ無意味だろう」

 「まったくです」

 「そのうち、空母建造も発注することになるかもしれませんね」

 「しかし、ああいうヘリがあると、空母による艦隊哨戒を手抜きできそうだな」

 「戦艦シベリアを配備できるだけでも羨ましい話しだ」

 「物価が上がっているのですから、日本でも建造すればいいのに」

 「大型タンカーの建造で忙しいのだろう」

 「仁川海軍工廠を建設する動きがあるようですが?」

 「土建屋め、金に目が眩んだか。嘆かわしい時代になったな」

 「兵装を分担するのは合理的ではありますが・・・」

 「港湾設備、鉄道、発電所、道路は、そんなに大事かね」

 

 

 インドネシア連邦。

 アメリカが望んだのは、経済植民地化であり、南米化だった。

 南米諸国は、後から独立したアメリカ合衆国の大成功を羨望し、嫉妬する。

 インドネシア連邦も同様にアメリカ合衆国を羨望し、嫉妬する。

 しかし、羨ましがられ憎まれたとしても、金になるのであれば、経済植民地にしたくなる。

 そして、日本もアメリカの片棒を担いでいた。

 アメリカ圏のスマトラ・ジャワと、

 日本圏のボルネオ・セレベスに大きく分かれていた。

 無論、インドネシア政府も言いたいことがあるだろう。

 しかし、一度、地方分権が決まると利権は、手放さなくなる。

 そして、地主として金が入るのなら、

 管理人がアメリカでも日本でもいいという気になってしまう。

 大家。管理人・不動産。借家人。

 南米諸国と同様、この関係がインドネシア連邦に適応されていた。

 良い、悪いの判断は、大家が決めることであり。

 確実に収入が補償されるのなら、それぞれの国が判断すべきだった。

 幸か、不幸か、インドネシア連邦の税収と治安は安定し、

 発注する設備投資で豊かになっていく。

 ジャワ 大統領官邸

 「日本企業に発電所建設を発注するのかね」

 「残念なことに国内企業に発注するとダムの完成が遅れ、予算が浪費されてしまいますから」

 「労働者も日本から来るのだろう。国内企業が育たないではないか」

 「労働意欲の関係だと思われます」

 「日本人はそれほどまでに働くのか?」

 「同じ予算で10人中8人が働く国と」

 「10人中2人が働く国では、効率に差が生まれると思われます」

 「もっと日本に留学させるべきだろうな」

 独立した国から多くの留学生が日本に訪れる。

 しかし、日本にも日本人にも秘密はなかった。

 資源を持たない渇望する国。

 窮屈なムラ社会に押し潰されても自分自身を顧みず。

 自分の気持ちを押し殺し、ロボットのように働く、

 結果的に列強に追随し、いくつかの分野で追いつき、並んでいるだけ。

 合理的に働くのならアメリカ人に学ぶべきであり。

 効率的に働くのならイギリスに学ぶべきで

 機能的に働くのならドイツ人に学ぶべきといえる。

 日本人は、それらを模倣しながら日本風に取り入れ昇華していた。

 共通するものがあるとすれば、信用とか、信頼関係で成り立っている。

 種や仕掛けがあっても民族的な自己否定は辛かったりする。

 留学生の多くは、そう気付くと失望して帰国していく。

 そして、修理サービスに優れた日本製品は、次第に市場を席捲していた。

 

 

 

海龍型 潜水艦 (改伊400号)
排水量 全長×全幅×吃水 ディーゼル・モーター 航続力 速力 魚雷 本数 深度
水上 3500 122×12×7.02 8000 36000 20 8/4 26 160
水中 6000 5000 120 16
               

 呉海軍工廠

 44年、大鳳以降建造されていた軍艦は、丙型海防艦、輸送艦ばかり。

 中型艦でさえ伊400が最後だった。

 そして、久しぶりの中型軍艦の建造も大型潜水艦だった。

 海龍、蒼龍の2隻

 「水上機は無しか」

 「基本的に雷撃戦用だな」

 「しかし、製造費、高過ぎないか」

 「二重隔壁なんかするからだ」

 「水深160mなら悪くないよ」

 「もっと深く潜れないの?」

 「この大きさだからね」

 「潜航深度を深くするには隔壁を厚くするか。艦体を小さくするかだよ」

 「毎年2隻を建造すれば、安くなるよ」

 「数ねぇ」

 

 

 

 

 シンガポール

 中国内戦と印パ戦争で、工業化が進み、勢いが付いていた。

 住人が好んでいく場所があった。

 埋め立てられた大和は、爆撃されたあとが生々しかった。

 トールボーイで破壊されていた部分があったものの、

 主要な装甲は無傷で残されていた。

 トールボーイ直撃で破壊されなかったことが日本の主権につながったのであり。

 アメリカ軍の再上陸や侵攻拡大を防いだ立役者の一つでもあった。

 そこは、人工的な日本の象徴であり。紛れもなく日本だった。

 大和食堂は人気があり、大和銭湯が新設され、大和クリーニング。

 日本から出張してきた官僚や営業は、大和ホテルを好んだ。

 旧軍属関係者が大和の変わり果てた姿を嘆き、

 あまつさえ、接客サービスに使うとはと反発する。

 しかし、維持費を考えると、責められない。

 トールボーイで開けられた穴は、天幕が張られ、

 観光客から軍関係者まで見学にきた。

 「すげぇ ドイツのティルピッツは沈んだのに・・・」

 「天井が破壊されただけで済んでるなんて」

 「これだけコンクリートの厚みがあったら、大丈夫なんだろうな」

 「トラックとか、ビアクにもトールボーイが落とされているけど、天井だけが破壊されているってよ」

 「戦闘機で迎撃すれば良かったのに」

 「もう、最後の方は、戦闘機が飛べなくなっていたってよ」

 「良くそんなんで講和を結べたよな」

 「ソ連が中国に侵攻したからじゃないか」

 「まぁ 日本軍が地下要塞を建設するのも、これなんだろうな」

 「もっと大きなトールボーイを落とすんじゃないの?」

 「飛行機が運べる爆弾の重さは限度があるし」

 「日本軍が建設している地下壕って、もっと深いと思うよ」

 「そういえば、大深度法ができたっけ」

 「地下40m以上なら自由に掘れるってやつか。温泉がでたらどうするんだ?」

 「その時は、所有者のものだろう」

 「ソ連の安い戦闘機買って、穴掘るわけだな」

 「島国の国が引き籠ってどうするんだ」

 「人口が減って、食料自給率が良いからね。困らないんじゃないか」

 「資源で困るだろう」

 「ソ連とシベリア鉄道で連結されたら大陸に行けるよ」

 「気が進まねぇ」

 「同感」

 「なんか国防で、国民を巻き込んでいるし、守ってないよな」

 「いやなら、税金を上げて、軍事費を上げてもらうしかないよ」

 「それはいやだ」

 「社会資本に余裕がある方が新規産業を興しやすいのにな」

 「猫も杓子も土建屋が予算を取りやがる」

 「あいつら親方日の丸で、ピンハネするし、私腹を肥やすから嫌いだよ」

 「一度、利権ができてしまうと土建屋も、むかしの軍属と同じだな」

 

 

 シベリア鉄道

 日本人の客が増えていく。

 ツァーリーより古い皇帝が統治する国家。

 明確に反共を謳い、労働者の組合活動を根こそぎしている国家。

 しかし、政略的な判断が思想的な対立を超えていた。

 極東開発で日本の工業力は有用だった。

 対米戦略上、日ソ関係次第で天秤が傾く。

 「見ろよ。この琥珀。虫が入ってるよ」

 「おっ いいねぇ しかし、加工が微妙だな」

 「支店を置いて、ここで加工させて売れば、金になるかも」

 「だけど、ロシア人の加工って、ちょっとな」

 「まぁ 社会主義国家にサービスを求めるのはどうかと思うよ」

 「キャビアは、悪くない」

 無表情な客室乗務員が大雑把に食事を運び、お金と交換する。

 「・・・おおらかな田舎者は、だいたい、あの気質かね」

 「仕事のありようもおおらかだな」

 「元々の気質もある」

 「だけど共産主義は総役人みたいなものだ。資本主義には向かないだろうな」

 「ロシア人の見返りを求めない贈り物は、日本人にない気質だね」

 「日本人は、御返しがないと寂しいよ」

 「善意を無駄にしないという発想だよ」

 「しかし、ロシア人は男も女も酒とケンカが強い」

 「槍や弓の時代に出会わなくて良かったよ」

 「今後は精密機械の精度がモノをいう」

 「神経質で、きめ細やかな日本民族の方が有利だよ」

 「大局観ではロシア人だろう。第二次世界大戦では上手く立ち回ったよ」

 「大粛清で同族を大殺戮したのも大局観なのか?」

 「大雑把に政治的決断をしたのだろう。日本もそうしていたら戦争せずに済んだ」

 「そりゃ 憧憬に値するね。真似できん」

 「しかも現在進行形でやってるな」

 「朝鮮人と満州の漢民族は、大幅に人口減だ」

 「中国連邦軍の士気が保てず、大陸を統一できない理由でもあるな」

 「北樺太とカムチャッカ半島を取られた代償が満州と朝鮮半島の併合なのだろう」

 「スターリンは力の信望者だ。日本は力を証明し、認めさせたに過ぎないよ」

 「日本を占領する船がなかっただけだろう」

 「仁川に造船所を建造しているな」

 「当面は、揚子江と欧州側だろう。日本と戦う気はないと思うよ」

 「だと良いけどね」

 

 

 戦後、日本の航空会社の多くは、戦前戦中の面影をなくしていた。

 統廃合を繰り返しながら機種を減らしていた。

 優良工作機械を使わなければならないゼロ戦は製造できなくなっていた。

 そして、資源が供給されるようになっても工作機械、備品、機械オイルは別だった。

 工作精度は低下の一途をたどる。

 わずかに残された外国製工作機械で、かぼそい綱渡りを続ける。

 細心の注意を払い、数1千分の1の確率で組み立てられる同等の工作機械か、

 数万分の1の確率で出現する、より精度の高い工作機械の完成に期待する。

 戦闘機の生産が無理でも土木建設機械、鉄道車両、トラックであれば生産できた。

 親方日の丸式の放漫経営から採算重視の経営に切り替えられていく。

 ソ連製工作機械が並べられているのは値段だった。

 生産された製品の仕上げが丁寧なのは、国民性のためで、

 工作機械のせいではなかった。

 「どうだね。調子は?」

 「ドイツ製、アメリカ製、イギリス製より劣りますが、まずまずでしょうか」

 「複製だよ。精度は日本並みだな」

 「工作機械の量が圧倒的に多いのでしょう」

 「発電力でも余裕があるのだろうな」

 「ソビエトも戦争が終わって、兵器・武器弾薬の生産が一段落ですし」

 「工作機械も売却したいのだろう」

 「工作機械はドイツ製か、アメリカ製が欲しいのですが」

 「ソ連製工作機械を買った方がアメリカ製工作機械も安くなるらしい」

 「それは、どうかな、アメリカが態度を硬化させたら、大変なことになるかも」

 

 

 モスクワ クレムリン

 赤い塔に雪が降り積もる。

 数人の白人がテーブルを挟む。

 「書記長閣下。日本に戦艦を発注させたそうですが?」

 「陸軍は、十分な戦力がある」

 「戦後になれば、国際情勢に影響力を与えられる海軍戦力が必要になるよ」

 「ソビエトの軍部は、戦艦を求めているのですかな」

 「ソビエト陸軍は大きく。わたしの後任の者では、陸軍を押さえられないだろうな」

 「・・・海軍の強化はわかります」

 「しかし、日本人を本当に信用できるので?」

 「はて? ソビエトが日本に戦艦を発注すると、何か困ることでもあるのかな」

 「いえいえ、日本海軍の技術力など取るに足りませんな」

 「それなら気にすることはあるまい」

 「同じ連合国として、ともに戦った仲ですから警告ですよ」

 「戦後、国際政治で海軍は有用ですな」

 「海軍の主力は、空母の時代ですよ。戦艦ではない」

 「日本で建造する戦艦は、もっと違う、そう、もっと大きな価値をもたらす」

 「「「「・・・・」」」」

 「そう、君たちがこうして、ここにいることで、それを証明しているな」

 「「「「・・・・・」」」」

 老いたスターリンは、にやりと笑う。

 

 

 ビアク島

 太平洋戦争の開戦から10年目。戦後4年。

 岩肌に将兵の焦げた影が残されていた。

 己の生きた時代、所属した世界が正しかったと信じたい者たちが集まりやすく。

 花が添えられている。

 そして、機会があるごとに集まる者たちがいる。

 「・・・原爆が落ちた時は、地獄だったよ。もう、面影は消えているけどね」

 「落ちてすぐは、いかなる生命も許さない死の世界になると思ったがな」

 「だが自然は回復し、我々は、ここに立っている」

 「爆発の規模が、自然の許容範囲に収まっていただけだろう」

 「キノコ雲を見た時は、そう思えなかったがね」

 「軍事力に頼った結果なのだろうな」

 「その傲慢が10寝前の悲劇。太平洋戦争を引き起こしたのだ」

 「結果、このありさまだ。与えられた罰としては、大き過ぎる」

 「まさに地獄の跡だな」

 「地獄は、人の世だろう」

 「生態系の頂点を極めた人類は、同族同士で間引きし合う宿命を持っている」

 「人口調整を戦争でやるのは、反対だな。割が合わない」

 「人口調整を目的に戦争を始めたのではなかろう」

 「日本人のエゴを養うだけの土壌が日本列島になかっただけだろう。だから外征を行った」

 「いまは、土壌があるかな」

 「戦後2000万も犠牲者を出したのだ。戦中の犠牲者より多い」

 「それにボルネオ、カムチャッカの利権は大きい」

 「社会資本を増やせたおかげで貧民層が減って、余裕があるがね」

 「大きいのは、金食い虫の軍人を淘汰できたからだろう」

 「ここで、それを言うなよ。英霊に申し訳が立たない」

 「生き残った者がしなければならない事は、臭いものに蓋をする事ではない」

 「同じ失敗を繰り返さない事だ」

 「過ちか、我が身の保身、無分別で日本国民を戦争に追いやったなど、認めたくないものだな」

 「犯罪者の心理というものだろう」

 「戦争は犯罪ではないよ」

 「敵に悪いと思わないがね。遺憾の意を表明する事は躊躇しないよ」

 「しかし、打算と保身で国を危うくして、2000万近い餓死者を出したのは事実だ」

 「こちらの方は、遺憾の意では済まないだろう」

 「公職から追放され、命を狙われているな」

 「軍人が全てマイナスではなかろう。プラスもあった」

 「人間は、どんなに醜悪でも、すべからく、自己正当化する」

 「そして、存在価値を認められたいものだよ」

 「たとえ、反対する者の存在価値を否定してもね」

 「まぁ 結果的に同族から追い立てられているのだから、近親憎悪の結果なのだろうな」

 「軍拡で餓死した人間の身になれば、軍は敵だろうな」

 「「「「・・・・・」」」」

 

 

 土建屋たちの晩餐

 昭和の改新は、軍部と軍事産業のだけでなく、

 地主・大家の既得権を破壊し、農政改革が行われ、

 明治維新以上の効果をみせた。

 一旦、増大した社会資本は、再統合しつつ、新たな貧富を作るものの、

 土地所有者が増え、紙幣が増刷され、公共投資と設備投資が相次ぎ、

 インフレを起こしつつも国民の不平不満は解消され、

 中国内戦によって、大量の資源が流れ込み、

 アメリカとソビエトからの発注は相次いで、日本産業は急成長を遂げていた。

 半分が国内向けの生産であり、半分が国外向けの生産だった。

 そして半分の生産でさえ、戦中の生産記録を塗り替える。

 「人口が減っている割にとんでもない生産力で、とんでもない好景気だ」

 「土地の転売が増えているのだろう」

 「大深度法で地下鉄が掘りやすくなったのも大きいよ」

 「煩わしかったからね。対原子爆弾でも有用だろう」

 「ところで、日本は、原爆を作るのか?」

 「いくらだろう」

 「80億くらいじゃないか?」

 「国民を守りたいなら、穴掘りの方が良いよ」

 「対抗して原爆作ってもポケットは膨らまない」

 「確かにその方が利益誘導につながる」

 「パナマ運河が再建されたら、アジア太平洋の工場独占はなくなる」

 「そうなると、この好景気も終わるかもしれないな」

 「その前に工場を大きくしたいものだ」

 「アメリカは、本気で南中国を工業化させるかもしれない」

 「そうなると、中華合衆国は、最大のライバルになるかもしれないな」

 「ボルネオの近代化の方が早いかもしれないぞ」

 「ボルネオか、どうしても、人口が流れていくな」

 「資源が当たると大きいから」

 「やめてほしいね。山師なんてやくざな商売は?」

 「当たれば大きいからね」

 「原料が安くなって、採算性が増せば、産業も大きくなるし、競争力もつくからね」

 「原料を押さえて企業努力を怠るようで、危険信号という気がしないでもないよ」

 「まぁ 列強にそれをやられて膨張主義になったけどね」

 「それが、今度は守る側か」

 「海防艦を東南アジア諸国に売っているらしいけど大丈夫なのか?」

 「海防艦は人気あるよ。維持費が安いし、海賊退治も十分役に立つ」

 「何より、民用で潰しが利く」

 「独立国が敵にならなければね」

 「我々が売らなければ、ほかの国が売るだろう。その方が怖い」

 「少なくとも、継続して備品が売れて金が入るだろう」

 「できれば、インフラ整備を発注してもらいたいね。こっちはその方が助かるよ」

 「たしかに」

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 月夜裏 野々香です。

 中国の内戦でしばらく産業を引っ張ります。

 史実と違ってソ連が満州と朝鮮半島を併合してしまいました。

 おかげで人心が中国共産軍から離れ勢いを失っています。

 国民軍も不正腐敗で中国国民から総スカン。どうなる事やらです。

 だらだらと、史実の朝鮮戦争でしょうか。

 パナマ運河が破壊されているので、日本は、数倍の規模で儲けられそうです。

 

 

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第09話 1950年 『国是は反共親露』
第10話 1951年 『カインの末裔たち』
第11話 1952年 『つ・な・わ・た・り』