仮想戦記 『国防戦記』
第22話 1963年 『平和が良いねぇ』
01月02日 新年一般参賀
天皇家は “昭和の改新” 後も、人気を保っていた。
どこの馬の骨や実力者より、日本国民を集約するため血統を選択する。
権威と権力の分離は、近年始まった事ではなく、日本の建国にまで遡る。
権威無き権力闘争は、分裂と収拾のつかない内戦に至る可能性も秘める。
例え、権威と権力の分離に弊害が伴ったとしても甘受する者は多数派を占めた。
黒テンの帽子を被り、黒テンのコートを羽織った皇族がテラスに並び、
天皇・皇后陛下が新年を祝賀する。
ソ連軍のパレードを真似たものだった。
「へぇ 黒テンも良いよね」
「ソビエトからプレゼントされたんだって」
「光沢が良いね。高いんじゃないの?」
「ていうか、ソビエト共産党は、真似されると思わなかったんじゃない」
「君主が真似すると、厭味かもね」
「ソビエトとアメリカの両方の顔を立てたわけか」
「まぁ 燕尾服より洒落が利いて良いような気もする」
この時期、日本は設備投資が進み、社会基盤が拡大していた。
忙しい苦労の割に利益が少なく緩やかに成長が進む。
商取引は損益分岐点が存在し、4つの結果が生まれる。
1) 自分も勝ち、相手も勝つ。Win・Winの関係。
持続的に信頼関係が増していき、長期的に嬉しい反面。
カルテルとか、癒着に近いため第三者は大損。
2) 自分だけ勝ち、相手を負かす。Win・Loseの関係。
主従関係か、詐欺、または、相手が自滅して、大きな利益が得られる。
しかし、不信感を周囲に与え、高圧的になるか、孤立を招きやすい。
3) 自分が負け、相手を勝たせてしまう。Lose・Winの関係。
経験値だけは、得られそう、立ち直れるか、力と運が必要。
4) 自分も負け、相手も負けるLose・Loseの関係。
天災、恐慌、仲間割れ、裏切りと逆襲。
内輪、内紛、内戦、権力闘争とか、見苦しい。
しかし、市場を第三者が奪えるため社会資本の再編に繋がったりする。
国家間同士の力関係で利益配分率は、9対1から1対9まで多様多彩だった。
日本は、手札の多いアメリカと交換すると全てを晒され、
アメリカは隠し手札が残る。
そういった関係。
とはいえ、交換比で不利でも、利益配分率が小さくても
労動と犠牲を強いれる国民が多く、
商品に利潤を乗せられれば補填できた。
そして、近くに巨大な市場と資源があれば、より多くの利益を上げることもできた。
拡大する日本の社会基盤は、加工貿易の黒字で得たリターンでしかなく、
日本の生産力がアメリカ、中華合衆国、ソビエト、中黄連邦から利益を吸い上げていた。
救いがあるとすれば正規の取引であり、
略奪と違ってモラルを保ちやすかった。
「ボルネオ州に逃げていた東條英機が死んだってよ」
「良い気味だ」
「“誰かに殺された” が正解らしいけどね」
「ああいう器の小さな男は、どんなに優秀でも宰相になるべきじゃないね」
「旧日本軍の中では、比較的で標準よりマシだったらしいけど」
「伍長どまりなら良かったのに」
「というか、大半があのレベル以下じゃないの」
「いや、彼個人のためなら畑でも耕してたら良かったんだよ」
「あの時代は、ヤクザもどきしか、出世できないようになってたからね」
「番犬は番犬らしくしてりゃいいんだ」
「主君になり替わろうとするからおかしくなる」
「しかし、最近、違う意味で退廃してないか」
「女が強くなった」
「それは力関係で退廃とは違うだろう」
「女の働き口が増えて、婚期遅れも気にしなくなってる」
「まぁ 自分で稼いで生きていけるのなら無理に男に依存することもなかろう」
「容姿端麗で実力さえあれば、とっかえ、ひっかえ、納得できん」
「運が良ければ熟年まで遊んで暮らせるだろう」
「その後、寂しいが、それは男も同じだな」
「大和撫子はどこ行ったんだ」
「さぁ 昔から探しているが見たことないな」
キューバ危機以後、米ソの和解と反目のジレンマが続く。
アメリカ人は、勝利を祝い。
キューバ人は主権を踏み躙られ悔しさのあまり夜も眠れない。
ロシア人は、負けたことが原因で、さらに軍拡を図ろうとしていた。
とはいえ、戦雲も経済状態によって左右される。
軍事部門に傾倒し過ぎると保障のため規制が増え流通が滞り、
日常必需品などの不足を招いた。
軽工業の停滞と縮小は、農業、物流を膠着化させてしまう。
フルシチョフは、スターリン批判し、米ソ雪解け。宇宙開発。
日ソ友好(日本の理事国入り)など特筆すべき点があった。
そして、幸か不幸か、ソビエトの経済状態は悪くなかった。
経済政策で悪くないのは、フルシチョフ書記長の奇天烈な発想を底支えする
“何か” が原因だった。
一つは、満州・朝鮮の併合。
一つは、中国南北分断と中黄連邦の利権侵食。
一つは、日ソ交易。
いくつかの要素が重なり、
ソビエトは、軍拡をスローダウンしつつ、経済を立て直していた。
中央アジアで無理やり作付面積を増やし、不毛になるはずだった農地。
牧草地に対し、牛の多い過放牧で、森が減り水が枯れ、進むはずだった砂漠化。
食糧難になるはずが、日本・ボルネオ州の農産物がシベリア鉄道で供給され、
不毛の大地は、日本製の土木建設機械、農業機械、肥料で命脈を保ちつつあった。
満州では、畜産業が進み、朝鮮半島でも軽工業が回復。
日本にとっては、理事国入りの恩義を含めた資源供給と兵器に対する見返りだった。
第一外国語は、英語と並んでロシア語が入り。
第二外国語では、交易上の関係で中国語も強かった。
ソビエトも信頼できない共産主義衛星国家群より、
反共日本が役に立つという、ジレンマを抱え込んでしまう。
そして、問題を抱えているのは、ソビエトだけでなく。
アメリカも、だったりする。
キューバ危機以降、ソビエト共産主義の恐怖がやわらぎ、
国内の軋轢である人種問題が大きくなり、公民権運動が拡大する。
アメリカ合衆国憲法の自由と平等は、民主主義で民衆を糾合させ、
アメリカを短い歴史で世界最強の国家にさせた原動力でもあった。
1862年、エイブラハム・リンカーン大統領は “奴隷解放” を宣言。
アメリカ合衆国で奴隷制度は廃止されていた。
しかし、奴隷制が廃止されても人種差別は個人の主観であり、
白人と有色人種は、学校、トイレ、プールなど公共施設。
鉄道、バスなど公共交通機関で差別され、
異なる施設の使用を強制され、
アメリカの建国理念と憲法に対し、明らかに違反だった。
しかし、白人は特権を手放さない。
アメリカ国内の自己矛盾に対し、
マーティン・ルーサー・キング・ジュニア、通称キング牧師は、ガンジーに影響を受け、
非暴力主義、不服従を貫いていた。
中国内戦は、停戦し、終結したはずだった。
米英権益が点在する漢口以東の揚子江は、国際中立河川と化し、
北と南の物流が行き交う。
しかし、厳密に言うと中黄連邦と中華合衆国の国境線は定まっていない。
正確に言うと、青海省(チンハイ)の玉樹(ユーシュ)以西。
北の共産軍と南の国民軍の間は戦場だった。
北がウィグル。南がチベットと大きく分けていたものの、
青海省では、地域紛争が続いていた。
鉱山資源が豊かであると判断されたのか、
中黄連邦も中華合衆国も血相を変えて部隊を送り込む。
そして、軍事設備が増えると戦争も激しさを増していく。
中東、アフリカ諸国、南アジアで共産勢力が拡大していた。
その共産主義勢力の暗躍に戦艦シベリア、ウラルの影があった。
「ソビエト・ボルシェビキが恐怖を与え」
「中黄共産党が反抗心を奪い」
「日本人が管理する」
「ソビエトボルシェビキが左に舵を切り座礁させ」
「中国共産党が左ウィンカーを出しつつ右に舵を切る」
「日本人は、右ウィンカーを出して左に舵を切るが陸上でも走る」
色々 言われながらも新幹線は、ユーラシア全域へと延びていく。
ニューヨーク国連本部
「なぜ、日本は共産圏に協力するのだ」
「我々が協力しているとしたら、その相手は共産圏でなく、ロシア人であり、中国人と言える」
「共産主義の計画経済が成功している幻想を与えているのは、日本ではないのかね」
「成功しているのは共産主義の計画経済ではなく」
「日本人の計画経済であって、共産主義とは無縁のものだ」
「共産主義者は、キリスト教を弾圧する悪い宗教なのだ」
「だったら日本は、ソビエトのクリスチャーニン(農民)を助けていると思ってくれ」
波静かな海
アメリカ艦隊が周囲を警戒する中、
日本の業者が巨大な建造物を建設しつつあった。
アメリカは、公海上であることから文句のつけようがなく、
既にキューバの主権を蹂躙しており、さらなる乱暴狼藉を避けたがっていた。
日本が建設している、それは、まだ兵装が装備されていないモノであり、
兵装は、後からソ連軍が運び込む事になっていた。
アメリカ空母並みの巨大な建造物が連結されていく光景は、神への冒涜のようでもあり。
完成すれば “全長3000m×全幅342m” の史上空前の海洋人工構造物となった。
メガフロート・ウラジオーナ (海の支配)
戦艦ウラル(全長280m×全幅38m)
艦橋
白人の中、黄色人種が一人いた。
「この戦艦ウラルが玩具に見える」
「完成すればウラジオーナに入港できるでしょう」
「呆れるほど大きいな」
「鉄の塊ですよ。この海域は、無風なので、これくらいの滑走距離が必要です」
「同志フルシチョフを唯一尊敬するとしたら、日本との友好関係以外にないな」
「しかし、これほど巨大な構造物を海洋の真ん中に建造させるなど、信じられん冒涜だ」
「神に対するですか?」
「平等に対する冒涜だ。いったい、いくら儲けた」
「八島クラスを一個、作れるほどでしょうか」
「も、儲け過ぎだろう」
「シンガポールとボルネオ州の産業が飛躍した年ですかね」
「日本は、またメガフロートを建造するのかね」
「どうでしょう。ソ連と欧米諸国からのライセンス生産で社会資本が必要な時期ですから」
「安心していいのか、悩むところだ」
「ウラジオーナに日本区画が造られるのだろう?」
「ええ、海洋研究の区画が・・・」
「・・・日本区画に店はあるのか?」
「ええ、ありますよ。ちょっとした日本庭園もあります」
「ふ ロシア人民が日本の鉄道に乗りたがる理由が良く分かるよ」
「ソビエトに存在しないサービスがあるからだな」
「ロシア人の営業用スマイルは、イメージが壊れて、少し怖いですからね」
「退廃主義者め」
「人間が退廃的なのでは?」
「であるからこそ、共産主義によるバランスが必要なのだ」
「理想の追求は、ソビエトにお任せしますよ」
「ちっ!」
「・・・提督。アメリカの戦艦モンタナからです」
「親善交流を兼ね提督をモンタナに招待したいそうです」
「ほう、どういうつもりだ」
「たぶん、ウラジオーナ乗艦のための呼び水のはずです」
「行かないと言えば?」
「海洋国家の意見を言わせていただくと。かなり失礼なはずです」
「では、結局、ウラジオーナに招待することになるではないか」
「不審がられて、査察を要求されるより、マシでしょう」
「おのれぇ、アメリカめ」
「オンボロ戦艦を見せるから、ウラジオーナを見せろだと、ふざけるな」
「海のど真ん中で、孤立しているのですから、礼儀正しくすべきですよ」
「ふん!」
「ミグを配備すれば航空機運用能力は、アメリカ空母より上のはず」
「形勢は、引っくり返るでしょう」
「ウラジオーナが撃沈されなければ、の話しだ」
「核戦争を覚悟してですか」
「この海域にウラジオーナがあるだけでソビエト艦隊の稼働率は、飛躍的に増大するはずです」
「だと良いがな」
厚木基地
スプーンレスト(レーダー) 索敵範囲約275km。
S75ミサイル(SA2ガイドライン) 最大射程30km。最大射高28000m。
U2偵察機を撃墜したミサイルと言えば聞こえが良かった。
しかし、向ける方向はソ連側だったりする。
そして、日本との交易はソビエトが自国に向けるであろう、
兵器と武器弾薬を輸出する価値があった。
「悪くないですな」
「これで、日本の防空は、一安心でしょう」
「もっとも、どこが攻撃してくるのか分かりませんが」
「日本に奪われるような資源がありましたかな」
「労力だけですよ」
「ふっ 日本は、力ずくで奪う事のできない貴重な資源があるようですな」
「資源さえ供給されれば必要な商品をソビエトに供給できるでしょう」
「むかしの日本は、陸軍が対ソ。海軍が対米で柔軟性と協調性を失っていたらしいが・・・」
「そう思えんな」
「海軍は潜水艦ばかり」
「陸軍が国内に引き籠ってしまえば、オールレンジ対応になるでしょうね」
「昭和の改新のおかげか」
「4人に1人死ねば、さすがに懲りますよ」
主義思想は、己が命を賭けるに値する。
それが欧米社会だった。
しかし、アジア、特に中国大陸にとっての主義思想は戸籍上の違いに過ぎず。
衣服のように着替えることができた。
共通する敵を作る事で、味方をまとめ上げ、
互いに戦力を向け合う事も、領民に無理をさせ、
己が保身と権力と支配への欲望を果たすためであった。
そして、中黄連邦と中華合衆国の抗争も、
悠久の時を経て繰り返されてきた中国統一抗争の一コマに過ぎなかった。
揚子江
中黄連邦と中華合衆国は、互いに戦力を向け合っていた。
ミグ21 ミグ19 VS F4ファントムU スターファイター
T54戦車 T55戦車 VS M47戦車 M48戦車
それとは、別の次元で揚子江国際河川は、浚渫され、
大型船舶が行き来し、停泊し、港は繁栄していた。
南北の中国官僚は結託しつつ、
中国人民を酷使、鉱物資源を叩き売り、私腹を肥やしていく。
そう、南北中国は、一年交替で理事国を務めながらも、
実質、米ソの経済植民地となっていた。
埋め立てられた戦艦ニューヨーク 艦橋
米英の権益地は人海戦術でも占領できないほど急勾配な高台へと造成が進んでいた。
権益防衛の拠点は陸上へと移り、戦艦の役割は、実質、終わっていた。
もっとも、実質であって、名目上の中心は、戦艦にあった。
「ソビエトと組みやがって、そのくせ、ここに来るとは、良い度胸だ」
「国際外交で、アメリカとソビエトに随分と翻弄されましたからね」
「戦前の神経質、短絡、無知、無能で支離滅裂な日本人は、どこに行ったんだ」
「まぁ 懐が広くなれば、気持ちも余裕が生まれますよ」
「地下要塞なんぞ作らなくても労働力以上の資源のない日本なんぞ、占領する価値もない」
「それは、どうも。ところで追加工事があるので?」
「西域へ路線を伸ばさねばならなくなったが、社会設備が足りない」
「そう、発電所とか、各種サービスだ」
「兵隊用の衣食住。娯楽施設の類ですかね」
「そんなところだ」
「予算内に納めるつもりですが、大丈夫ですか?」
「チベットを共産主義勢力の魔の手から救わねばならん」
「なるほど」
「時に・・・新幹線は、どの程度、西域に進みそうなのかね」
「さぁ ソビエトと中国次第でしょうか」
「新幹線が東ベルリンまで届くそうじゃないか」
「資本が少ないのが難点ですが、チベットと違って、ウィグルは標高が低いですから」
「日本は、ウィグル民族の絶滅を助けるわけだな」
「チベット民族も同じような状況なのでは?」
「中華合衆国は、民主主義国家だ。中黄連邦とは違う」
「服の色が違う程度で、双子のように見えますがね」
「ウィグルの少数民族を憐れむ気はないのかね」
「アメリカが助けるのでは?」
「台湾人も、少数民族も中華合衆国では中間管理職のようですし」
「アメリカは、自由と平等を愛する国だからな」
「それは、それは、キング牧師も、さぞ感激するでしょうな」
「・・・戦争が始まれば、貧民層を戦争に駆り立てるから、それどころではなくなる」
「そういえば、ソビエトも、朝鮮人や少数民族を中間管理職にしているようで・・・」
「ふん、連中は、中国大陸を支配したがっているに過ぎん」
「そうでしょうとも・・・」
そして、中国西域
ミグ21 ミグ19 VS F4ファントムU スターファイター
T54戦車 T55戦車 VS M47戦車 M48戦車
が国境の定まらない戦線で、現実の戦闘が起こっていた。
この戦闘が東側に及ばないのは、米英権益地と国際中立河川の存在。
そして何より、利己主義で利権を余計に引き込みたいだけ、でしかなかった。
中国西域で中国貧民層同士を戦わせても口減らしでしかなく、胸も痛まない。
それだけ。
そして、西側も東側も戦訓を得ようと、軍事顧問団を派遣する。
実戦経験を伴わないマニュアルより、実戦経験者の体験が重視される。
どんな最新鋭機、最新鋭戦車であっても、
実戦でしか、その真価は、証明されない。
そして、ここにも日本人がいる。
「ああ、こんな中国の奥地でも穴掘りかよ」
「地下戦闘の戦訓が欲しいんだと」
「アメリカも、お金持ちだよな」
「だいたい、この地下基地に攻めてくるとは限らないだろう」
「意図的に地上部隊を下げて、攻めさせるらしいよ」
「もう、絶対に悪魔に魂を売ってるよな」
「ていうか、どう考えても対日作戦用だろう」
「建設する方も建設する方だよな」
「金の力は大きいよ」
キューバ危機を乗り切ったケネディー大統領が西ベルリンに訪れた。
“私はベルリン市民だ”
“全ての自由な人間は、どこに住んでいても、ベルリンの市民である”
と語ったのだ。
ソビエト首脳部は、軍事力以外の方法で優位性を示す必要に迫られ、
東ドイツまで新幹線を伸ばしてしまう。
東ベルリン
プロパガンダで優先で新幹線が使われる。
しかし、新幹線システムの習得は、間に合わない。
結果的に東ベルリンを歩く日本人も増えてくる。
非共産主義者。
いや、共産主義国家の最前線で、
反共を国是とする日本国国民が観光できるのも新幹線のおかげと言える。
そして、共産主義世界の闇経済と日本資本が結びついていく。
日本人は、外国人用の商店を任されると、
独自のルートで生活物資を運び込み、
途切れがちだった棚を商品で埋め始める。
ボイラー、水道、配管、電気配線、家電の修理を始めると、
いきなり仕事が殺到し、日本製品が売れる。
また、亡命の手段で日独国際結婚も行われ、
シベリア鉄道を東進し、日本から西側に亡命する者も現れた。
「よう、お兄さん。日本人だろう」
「ああ」
「トカレフ買わないか。ドイツ軍製横流しの優れモノだ」
「あ、大使館に持って行けよ。買ってるぞ」
「えっ」
そう、日本は、国産兵器や武器弾薬の取捨選択が進み、
国家が横流し品を買い取っていた。
ソビエト社会のドロップアウト組で、
欲望に駆られる者は、安定して商売できる日本と組みたがり。
我田引水的に圧力を掛け誘導し始める。
雪の中の山荘。
「・・・大佐。わかっているだろうな」
「しかし、KGBに不審がられたりしたら」
「なぁにKGBだからって自殺くらいするだろうよ」
「自殺する人間は多いからな」 にやり
「・・・わかった。書類を書き換えよう」
「そりゃ よかった」
「こちらも商品を渡そう。君らの部下たちの分もある」
日用品、電化製品の箱が渡される。
不正腐敗は、片方が綺麗なままだと信用されない。
悪党同士のつながりで、加害者と被害者。主従関係は弱く、
裏切りの危険が常に付きまとった。
運命共同体、成功と破滅が一蓮托生で、
オール・オア・ナッシングである方が絆が強かった。
「あ、そうそう、大佐の息子が好きそうな物も、あったぞ」
「ん?」
「日本の子供向けの雑誌だ」
「・・・・・おお〜」
国連会議
「国民の財産を奪い、自由を抑圧する帝国が存在し」
「暴力と破壊で世界を支配しようとしている」
「アメリカ帝国主義者は、我がソビエト連邦が閉鎖された世界であるといった誤った認識を広げ、中傷している」
「事実だろう」
「否! 我がソビエト連邦は、世界に開かれた国家であり」
「我が共産主義は、反共国家日本とも、友好関係を保っている・・・」
「恩着せがましいからだ」
「違う、真に世界平和を目指しているのは、ソビエト連邦であり」
「アメリカ資本主義こそ、金に目が眩んだ拝金主義者に過ぎない!」
建前を振りかざしつつ、ソビエト連邦は、共産主義の優位性と平等を訴え、
味方を増やしていく。
「何を言う! ロシア人の生活物資は、どこの国から運ばれている」
「国家間の正当な取引をしているだけだ。やっかんでいるのか?」
「ソビエト社会を機能させているのは、ボルシェビキではないだろう」
「軍事力で他国の主権を踏み躙ったくせに偉そうなことをぬかすな」
「暴力で国家を転覆させようとしている帝国が、ふざけるな!」
「金の力で権利を奪い、黒人を根絶やしにしている国が良く言う。この嘘つきが!」
「東欧諸国の主権を奪っておいて、平和だと。そっちの方こそ、嘘つきだ」
「キューバを忘れるな!」
「うるせ!」
「」
「」
冷戦は果てしなく続く。
『いつまで続くんだ』
『口論に飽きた頃に冷戦が終わるのではないか』
『冷戦が終わるって、熱戦は、困るよ』
『人類は愚かだが、そこまで愚かだろうか』
『ソ連側に日本がいるのがまずい』
『日本は、ソ連側というわけじゃないだろう』
『西側との貿易も拡大している』
『アメリカが、さっさと日本の常任理事国入りを認めなかったからだ』
『いや、そういう空気は、あったんだけどね』
『ちょっとした。しこりが災いしたんだよね』
『アイゼンハワーが悪い』
『いや、マッカーサーに切っ掛けを与えたくなかったんじゃないか』
『んん・・・あの頃のアメリカの世相だと難しいだろうな』
ワシントン大行進
『I Have a Dream』
“私は夢見ている”
“ジョージアの赤い丘で、かって奴隷だった息子達と”
“奴隷を所有していた息子達が共に同じテーブルに就き得ることを”
“私は夢見ている”
“不正と抑圧という名の熱で苦しむ不毛なミシシッピー州が”
“正義と自由というオアシスに変わることを”
“私は夢見ている”
“私の4人の子供達がある日、肌の色ではなく”
“人物の内容によって判断される国に住むことを”
“父が死んだ土地で、メイフラワーの清教徒達の誇る土地で”
“全ての山々から自由の鐘を鳴らそう”
“もし、アメリカが真に偉大な国なら、これを実現されなければならない”
MiG21 バライカ(フィッシュベッド)の編隊が日本の空を駆け抜ける。
深緑に赤いマークが印された機体は、格闘性が高く、身軽だった。
電装品と空対空ミサイルの一部は、日本製に換装されていた。
基本的に買い取りが多く、
徐々に日本製の部品を増やしていく予定だった。
『どうだ、神田。バライカは?』
「最高だ。栗原」
『こういう機体に乗ると腕試ししたくなるよな』
「そういや、中国西部で共産軍と国民軍がドンパチやっているらしい」
「そのうち傭兵を募集するかもな」
『神田〜 まさか、いかないよな』
「・・・F4ファントムとかいうデブ戦闘機が気にいらねぇ」
『あれは、アメリカそのものを暗示させるからな』
「ああいう、力で捻じ伏せるような戦闘機を撃墜したら、さぞ、気分が良くなるだろうな」
『アメリカが勝ちそうな予感がするぞ』
「だけど、鼻っぱしら圧し折ってやりたくなるよな」
『それは言える』
この時期、日本の世相は、中立的な見方をしていた。
基本は、主義思想の良し悪しでなく、損得重視。
しかし、大国が小国の主権を踏み躙った事実も残っていた。
管制塔
「新型タービン・ブレードは、どうだね」
「ソ連製より耐久性に優れたものができたはずだ」
「それは助かる」
「キューバ危機のおかげで、アメリカ製の工作機械が入ってね」
「ソ連製工作機械より良いのか?」
「ややね。それにソ連は守る国土が大きいから必然的に量を求められ、質で荒くなる」
「もう少し質にこだわりたいね」
「日本は、小粒でもキラリとしたものに改良して行くことになりそうだ」
「ていうか、戦闘機の数が500機じゃ 本当に小粒過ぎるだろう」
「穴掘り屋のごり押しには勝てんよ」
「キューバ危機で、ますます土建屋の取り分が増えたな」
「ちっ! もう、戦中の工作機械は一掃しているはずだろう」
「まだ少し残ってるぞ。外国製だけどね」
「いい加減、舶来物から脱却しろよ」
「それでも米ソと張り合えるようなものくらい作れるだろう」
「ターボ・ファン・エンジンを検討するくらいの予算はあるよ」
「機体は?」
「日ソ関係は、大切だからね」
「見かけかよ」
「中身が違っても、外見が同じなら、大丈夫だろう」
「軽量化するのか」
「予算があればチタンを増やしたいね」
「高いと聞いたが」
「そりゃ 過熱で窒素と酸素が化合すると、チタンは駄目になるから真空じゃないと・・・」
「む、難しそうだな」
「全部やると価格が10倍以上に跳ね上がりそうだな」
「なっ」
「だから、一部だな25パーセントも使えれば、4800トンを4200トンくらい軽くできる」
「見込みはあるのか?」
「さぁ まだ希望だな」
「電装品は?」
「そっちも、設備投資できないと、微妙だな」
「金か」
「まず予算ありきだからね」
「そっちの見込みは?」
「黒字貿易のおかげで、生活に余裕が生まれている」
「怠け者が増えて、繁華街が大きくなるだけじゃないだろうな」
「だが生活に余裕が生まれれば、開発費の上澄みも捻り出せる」
「もっと堅実な生産に集中すべきでは?」
「アメリカとの研究格差は、開くばかりでね」
「いつまでも、数だけでは、駄目ということか」
「得意分野の新幹線システム、シールド工法、メガフロート工法を知られている」
「教えるからだ」
「どうやって日本の貿易黒字が達成されていると思っているんだ」
「ミグ21は、タダじゃないぞ」
「んん・・・」
「取引なんて言うのは、そういうもんだ」
「そして、手札の多いお金持ちは、どうしても有利になる」
「んん・・・」
「まぁ 教えたからって、習得して産業レベルに載せられるかは、別の話しになるがね」
「そうか?」
「お金持ちは目聡いからね」
「なんでも自分のところで賄うわけじゃない」
「買った方が安いと判断すれば買うよ」
「だと良いけどね」
「アメリカは、きつい、汚い、危険を避けたがり、綺麗で華麗な仕事を望み始めている」
「そして、有色人種を揚子江に追い立てようとしている」
「つまり、肉体労働を嫌がらなければ、付け込みどころ満載というわけだ」
「日本人が同じようにならなければな」
「あの “昭和の改新” で金持ち風に肩で風を切るようなのは、懲りてるさ」
68年の豊原オリンピックが決まる。
「今度は、すんなり、決まったね。良かった良かった」
「キューバ危機のようなこともあるからね」
「あまり、日本に嫌がらせしても面白くなかったんじゃないか」
「でも、危なく、ハルピニスクになるところだったよ」
「あそこ、急速に伸びているからな」
「モスクワよりハルピニスクだからな」
「ソビエトも満州を既成事実にしたいのかも」
「次は、ソビエトに肩を持たせるの?」
「どうだろう。あまり露骨にやると。アメリカが目くじら立てるからね」
「しかし、東京を諦めて、豊原でオリンピックとはね」
「東欧からでもシベリア鉄道で来れるし、豊原も開発されているからね」
「施設は?」
「大丈夫だろう。北部日本に比重を移しているし、豊原の産業は、大きくなってる」
「計画都市でやりやすいけど、日本の伝統が伝わり難いからな」
「大切なのは、如何に多くの外国人が来るかだろう。伝統なら持っていけばいいさ」
日本海上空を深緑色に塗られた戦略爆撃機ベアが飛行する。
世界最高峰のジェットプロップエンジンは、二重反転の15000馬力×4。
最大速度は925km。
もっとも、燃費を考えると巡高速度680km以下であれば評価されるべきで、
さらに低燃費型に改良していた。
航続距離15000kmも大きなアドバンテージといえた。
日本に納入されたベアは、電子装備の重量の関係で2機種分かれ、
200機の配備を予定していた。
対潜哨戒と対潜魚雷。対艦哨戒と対艦ミサイル。(150機)
対空哨戒と対空ミサイル。(50機)
もっとも、予定は決定ではなく。いまは、各々20機。
日本海軍がこの機体を採用したのは、空中巡洋艦構想のためであり。
土建屋の航空基地拡充工事と密接に絡んでいた。
「まぁ 敷島、八島の拡張工事も含めれば悪くないさ」
「この機体を降りられるようにするのか」
「いや、ミグだろう。全長1200mじゃ ちょっと足りないらしい」
「この機体も軽量化するって聞いたぞ」
「らしいね」
「・・・4時に反応だ」
「・・・ベアか・・・ソ連の同型機か・・・」
「なにしに来るんだ」
「日本海にメガフロート建造しているからだろう」
「ベアの航続力なら、日本海にメガフロートなんていらないだろう」
「たしか、大和堆の調査も兼ねているんだっけ」
「何かあるの?」
「さぁ 日本海の平均水深が1350m」
「大和堆は、平均が400mで浅いところが236m。開発できるかもしれないとさ」
「ソ連が目を向きそうだな」
「どうだろう。海藻でバイオエタノールとか、考えているらしいが油田が出ると嬉しいかもな」
「なんか、ヤバいな」
「東シナ海でも建設するんじゃないか」
「ますますヤバくないか」
「巡洋艦が少ないから、戦闘機用で穴埋めだろう」
「栄光の日本海軍も哀れだな」
「潜水艦が主力だろう。戦闘機が飛んでないと安心して浮上できねぇ」
「んん・・・やっぱ、海軍は、大砲がないとな」
「船に乗っていると怖いのが航空機と潜水艦だろう」
「そりゃそうだけどね」
「もうすぐ、目標だ」
「・・・・あれか?」
「ああ。進路と高度を確認。救難ポットは?」
「異常なし、いつでも構いません」
海上に漂うボートが目標だった。
ベア爆撃機は、パラシュートを付けた救難ポットを投下する。
空中巡洋艦構想の一つで航空機による救難支援も含まれてしまう。
時化の中での救助活動は困難でも救急用簡易救助ポットの投下は可能だった。
ベアの15トンのペイロードは、それを可能にできる容積があり。
ベア爆撃機は、救助活動が可能という証明で、
予算の確保を確実なものにする思惑も働く。
そして、重量10トンの救難ポットは、ちょっとした漁船の大きさであり。
軍用のそれは、圧縮空気を膨らませながら海面に着水。
沈まない構造の救助艇に化けた。
これは、3か月ほど前の08月17日。
沖縄本島と久米島を結ぶ みどり丸 が、三角波を受けて転覆。
死者・行方不明112人をだした反動と言える。
「海上警備隊と、縄張り争いになりそうだな」
「海上警備隊も、アントノフ12で真似するんじゃないですか?」
「んん・・・どうも “昭和の改新” 以降、軍は肩身が狭くていけない」
「どこか攻めてくればいいのに」
「最初から民間人を巻き込んで戦うつもりの国に侵攻するなんて、嫌がると思いますよ」
11月22日
ダラスでケネディ大統領暗殺される。
三日後、アーリントン墓地に埋葬される。
各国の代表が参列し、日ソの二人も来ていたりする。
「まさか、やってないでしょうな・・・」
「まさか」
「キューバの件で動機は、ありそうですが?」
「動機なら不治の病の本人にも、あるでしょうよ」
「状況から、自殺と思えませんが?」
「部下に依頼したのかもしれない」
「まぁ 公表できない事はたくさんあるでしょう。アメリカの国内問題ですよ」
「それなら良いのですがね」
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月夜裏 野々香です。
戦記の共産勢力は、中国西部、アフリカ諸国で伸びそうです。
東南アジアは、南中国が防波堤となっているせいか、微妙に平和。
ベトナムは、統一された状態です。
少年×××が戦略物資になりそうな・・・
バラライカ無頼
てへっ! やってしまいました。
暗殺事件、
ケネディは、石油業界の既得権益(利益27.5%)の廃止とか、考えていたそうで・・・
まぁ いろいろ背景がありそうですが・・・
こういう線も、ありかと、フィクションですから。
アジア発のオリンピックは、諸事の事情で豊原になってしまいました。
日本人には不便ですが、シベリア鉄道で東欧を含め共産圏から客が集まりそう。
北日本も急速に発展しそうです。
第21話 1962年 『キューバは燃えているか』 |
第22話 1963年 『平和が良いねぇ』 |
第23話 1964年 『天 元』 |